42話
「さて、では号令を」
「起立」「礼」「着席」
そうして、麻帆良学園中等部3年A組の始業式は異常な雰囲気で執り行われた。
HR前に生徒が全員席に着き、委員長の号令の下、一糸乱れぬ動きで立ち上がると……深々と教壇に向けて礼をする。
若干一命、面倒そうにする合法ロリも居るが、隣に座る保護者的ガイノイドに促され礼をし、着席も静粛に行われた。
私語すら無かったのだ、3-Aにっ!!!
教壇に立つのは新田と言う名の年配の教師。
規範に厳しく、麻帆良中等部においては鬼の新田の二つ名で怖れられる教師である。
教員暦も長く、教職員側からの信頼は厚いのだが、生徒……特に問題児揃いのこのクラスでの評判は悪く。
「ふむ、と言うわけで、改めて私が3-Aの担任になった訳だが……学年主任の仕事に加え、学園長から追加で教育委員会との折衝も任せられる事になって、正直担任としての業務に注進することは出来ない、よって、実業務を執り行う副担任を就けてもらった……入りたまえ」
「はいっ」
若く……いや、幼い声と共に少年が教室へ足を踏み入れる。
オーダーメイドのスーツを身に纏い、その背に何故か杖らしき物体を背負って。
少年が入ってきた瞬間、明らかに教室の雰囲気が変わる。
軽く手を振ったり目配せしたり等、声を上げたりまではしないが歓迎する様子で。
「ん、では、改めて号令を」
新田の声に委員長が再び声を上げようとして、それを遮って別の声が沸きあがる。
「「「3年!」」」「「「A組!!」」」「「「「「「「ネギ先生—っ♪」」」」」」」
一転、教室は喧騒に包まれる。
そう、それこそが3-Aの在るべき姿。喧騒こそが彼女等の真価である。
騒ぎたかった、ずっと騒ぎたかった。それを、子供先生を迎え入れるこの瞬間のために耐え凌いでいたのだ、根本から色々間違えている気がするが、このクラスにおいて常識的な行動はずっと底辺に位置され。
あからさまな歓迎の声、ネギも軽く笑みで応え。
「っ、静かにせんかぁぁぁぁっっっ!!」
新田先生の一喝に、辛うじて喧騒が収まる。
頭を抱える新田先生を気遣うように委員長や長谷川等が見るが……教室の雰囲気はあからさまに騒ぎ足りないと言っているようで。
「……HRの最中に騒ぎすぎだっ、ネギ先生、ネギ先生で指導が無理と判断した場合は、即座にネギ先生にはクラスの指導から離れていただく、分かっていますねっ」
「は、はい」
クラスから不平の声が上がるが、それも新田の一睨みで押さえ込み。
「では、先程のような状態のときにネギ先生がすべき事はなんだったかも分かりますね」
「はい、み、皆さん、他のクラスでもHRは行われています、大きな声は上げないようにお願いします」
まだ騒ぎ足りないと、クラスの半数以上が顔に浮かべているが、教壇で笑っていたネギ先生と違い、新田先生はしかめっ面でクラスを見渡し。
「それと、桜咲……教室に何を持ち込んでいる」
「はっ、え……じょ、常在戦場の心構えの元、木刀を……」
始業式直後の教室に木刀片手で参加していた神鳴流剣士に目を留める、真剣でないだけマシと言うのは3-Aと言う存在に慣れた人間の感性だろう。
持ち物検査等行えば、卑猥な創作物やモバイルPC、竹刀袋の真剣やら十字手裏剣、ワインや拳銃(自称エアガン)が当然に持ち歩かれている面々なのだから。
「直ぐに剣道場に戻して来いっ、私物ならば私が預かるので、放課後、職員室まで取りに来るように」
「……私物です」
無言で桜咲から木刀を受け取る新田、一瞬、片腕で持ったそれに身体がふらつき。
「……って、何だこの重さは」
「あ、鉄芯が入っていまして」
「……何故鉄芯を?」
「た、鍛錬用に……重さが必要でして」
教室に木刀を持ち込んでいた桜咲がまずは指導を受ける、変な私物を持ち込むのは3-Aで許容される悪癖だろう。
今日は教室に居ない春日も稀に眼に見える位置に十字架を手にしているが、その辺りはまだ許容範囲で、桜咲のように木刀を持ち込んだり、銅像を持ち込んだりと枚挙に暇が無く。
暫し新田も考えるが、剣道部でも上位の腕前であることと、(表では)今まで問題を起こしていないことから無言でそれを預かるに留める。
「佐々木も……それは、リボンか」
次に槍玉に挙げられたのは新体操で使うリボンを手にしていた佐々木まき絵。
「ぶ、部活動で使うやつで……あると便利で」
「……まぁ、それくらいは良いが」
過去に、授業中に落ちたシャープペンシルを器用にリボンで拾い上げていたことを思い出し許容する。木刀と違って凶器ではないし、これまでも授業中に無意味に振っているようなことは無かった。
部活動で使う道具を常に持ち歩くことは、野球のボールを持ち歩く高校球児などによく居る事だし。
「さて……ネギ先生、この後はお願いしますが……スケジュールはお分かりですね」
桜咲や佐々木との会話の最中、一人の幼い女生徒に目を留めていたネギは、新田の言葉に慌てて記憶を反芻し、この後が身体測定であることを思い出す。
「は、はい、皆さん、この後は身体測定です、教室で行いますので、えとっ、あのっ、今すぐ脱いで準備してください」
新田と自分が教壇に居るままで、生徒に脱げと言い放つ。
それに生徒達は頬を染めながら笑みを浮かべ。
「……ネギ先生……まだ、私も居ますし、子供とは言えネギ先生は教員、3学期に引き起こした件を忘れたわけではないですね」
「は、はいぃぃぃっ、えっと、この後、しずな先生が来ますので、皆さんは準備をして、えっと」
「ふぅ……昨年も一昨年もやってることだから段取りは分かっているな、転校してきた相坂は誰かフォローするように、この後しずな先生も見えられるので、分からない点は彼女に聞くように……当たり前のことだが、カーテンはきちんと閉めるように」
慌てた様子で段取りを確認するネギに、遮る形で新田が指示を出す。
それだけ言っておけば委員長や那波といった面倒見の良い生徒が勝手に進行するだろう。
「では、私は職員室に戻るので、ネギ先生は……しずな先生が身体測定が終わったら連絡する手筈になってますので、待機していてください、後の段取りはお願いできますね」
「はっ、はいっ」
意気込んで応えるネギ、やる気がある事と真剣さは理解しているので、空回り気味な子供先生が生徒の玩具にされないよう、気をつけることは彼が3学期の件で決めた決意の一つで。
「では、桜咲は私物を取りに来ることを忘れないように」
そう、言い残し、教室を後にする新田。
残されたネギは、一人残された事に責任感を感じながら。
「では、皆さん、僕が教室から出たら服を脱いでください」
「「「「はーい」」」」
教室を一歩出ると、そこで足を止めた……身体測定が終わるまで、ここで待てば良いと。
……やはり色々と、脇が甘い子供先生である。
教室から聞こえてくる喧騒に、楽しそうだな、等と思いながらも子供先生は教室の直ぐ前で杖を片手に立ち尽くし。
一瞬、ネギの勘が違和感を感じる。
普段の行動から察するに、全く役に立っていないだろう直感が、珍しくもネギに危機の接近を知らせ。
「先生ーーっ、大変やーーっ、美空が、美空が」
「何!? 美空ちゃんがどーしたの?」
その危機は……本来有るべき形から、少しだけズれて動き始めた。
「まったく、面倒な……」
幼い吸血鬼と、ガイノイドは教室の片隅で、無理矢理に押し付けられた制限に辟易とし。
「…………」
長谷川千雨は冷めた眼でそんな吸血鬼を見ていた。
「マジ勘弁……ナマハゲ……ヤダ……ナンデ私バッカ……」
「ど……どーしたんですか、美空さん」
保健室で眠らされていたのは涙目でぶつぶつとうわ言を洩らすネギの生徒の一人。
余程怖い眼に遭ったのか、顔面は蒼白で、意識は無いだろうにしきりに声を上げる。
「な、なにか桜通りで寝てるところを見つかったらしいんだけど……大したこと無いのに変なうわ言を言うわねぇ」
ほほほと笑いながら春日の頭を撫でるのは、介抱していただろうしずな先生だ。
その優しい手が春日に触れれば、直ぐにうわ言は収まる……微妙に震えているように見えるのは、寒気でもするのだろうか。
大したことが無さそうな様子に様子を見に来ていた生徒たちは安堵するが。
一人、ネギ先生だけは思案顔で……
その才覚は、その身に纏わり付く“魔法の力”を確かに感じ取った。
(この学園に来て、魔法の力を感じ取ったのは二度……一度目は長谷川さんとエヴァンジェリンさんの時、二度目は図書館島だけど……もしかして長谷川さんかエヴァンジェリンさんが?)
少し深く考え込む、正解の一端を掴んではいるが、情報の少ない現状で易々と答えが出るはずも無く。
杖を手に、幼い少年は決意を秘める。
魔法使いとして、すべき事をしなければと……
「……確か、彼女は魔法生徒だったか」
「うん、同意の上でエヴァンジェリンの被害者役を買って出てもらったんだ……これはネギ先生の魔法使いの修行の試練なんだ、あなたも手出しは無用でお願いするよ」
保健室からネギが去った後、その後姿を眺めるのはスーツを纏った二人の男性。
一人は咥え煙草のまま、走り去るネギの背中を見つめ。一人は無言で保健室のほうへ目を向ける。
「……確かに、やり口はともかく効果的だろう、これであの少年は【闇の福音】に立ち向かう事になる、一般人を巻き込まず内輪で行う分には干渉はしない」
「今晩は満月……修学旅行に間に合わせるには今日しか無くてね、ネギ君には今晩、エヴァンジェリンと相対してもらう、また、生徒が襲われるけど、その子もさっきの魔法生徒の予定だ……幻術が得意な子でね、クラスの子の一人に変装してもらう」
……何処からか、ナマハゲイヤーと言う悲鳴が聞こえた気がするが……
息を洩らすのは保健室へ眼を向けていた男。
この学園に、監査の職として在るディルムッドだ。
呆れたやり口ではあるが、英雄の息子に相応しい舞台を整えるために学園は尽力している様子で。
……これで、一般人を巻き込めばまた騒がれると判断し、事情を知るものだけで舞台を整えたのだろう。
事実、無闇に一般人を巻き込めばディルムッドも動くと決めていた。それでは明らかな犯罪幇助だからだ。
そして、修学旅行は京都の予定と聞いている、ならば、関西呪術協会へのパフォーマンスとして【闇の福音】を下した【英雄の息子】を差し向ける形になる。
春休みの頭に諸々あって、今までに無い緊張状態と、得がたい好機が内在する関西呪術協会に【英雄の息子】が訪れれば、特使として申し分ない。
「子供を都合よく使いまわす」
「……先々の彼の事を思ってだよ、彼への期待は大きいからね」
ディルムッドの独白が気に入らなかったか、咥え煙草の男……高畑が険を見せる。
そしてそのまま、僅かに視線を下げ。
「……それと、もう一人…………生徒がこの舞台に参加する事になるかもしれない、その娘が関与した場合も、手出し無用でお願いするよ」
「その者も魔法生徒なのか?」
「いや、一般人だよ……今の立場は」
僅かに空気が重くなる。
高畑も、少女を巻き込む事に不安があるのか、紫煙を吐き出す息は重く。
「一般人が巻き込まれるなら見過ごせないな、主が気にされる」
「……保護者も……了承済みだ……遅かれ早かれ魔法に関わる事になるのなら、彼と共に歩んで欲しいと」
それは高畑の決意。
いずれ、何処からか彼女にも魔の手は伸びるはず。
彼女が背負う宿命は重い、このまま過ごして欲しいとは思っても……叶わないかもしれないから。
彼女を狙う組織はしつこく生き延び続け。
最近、ついに消息を絶ったが、それが擬態でない証拠も無い。
何時かまた、高畑の師であるガトウが命を失ったときのようなことが起きぬ確証は無く。
その時に、ナギの息子であるネギが傍にいてくれればと。
パートナーとして、護ってくれたならば……
「……保護者とは?」
「僕さ……僕が、彼女の保護者だ……保護者がそうすべきと、魔法に関わるべきと決めたんだ、邪魔しないでくれ」
指で煙草の火を挟み潰す。
じりっと、肌を焼く火の熱すら生温く。
「……オッドアイの瞳に、ツインテールの髪型……鈴のアクセサリーをつけた、さっき保健室にも居た女の子……神楽坂明日菜……彼女が魔法に関わろうとしたのなら、どうか、止めないであげてくれ……」
どうしようもない焦燥感と不甲斐なさの中。高畑ははっきりと口にした。
高畑の態度は魔法に関わること推奨してるっぽいんでこんな形に
先々狙われることも分かってる筈ですしね
まぁ、そこでネギを選ぶ辺り見る眼が無いのか
魔法世界辺りで別人と入れ替わるのを見越してるのか(ぉ