46話
「昨日はありがとうございました」
「全くよ、世話のかかる先生なんだから」
吸血鬼との戦いを明けて翌日の昼休み、子供先生は喫茶店にて共に戦った神楽坂明日菜に礼を言っていた。
魔法世界でも名の知られた【闇の福音】エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとの戦闘。幼い彼を支えた少女に子供先生は感謝の表情を浮かべ。
コーヒーを奢ろうと買ってきて、テーブルに着こうとした時、ほぼ同時に同じテーブルへと着こうとする小柄な影があった。
昨晩、戦闘を行った件の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そして、その従者の絡繰茶々丸である。
魔法をもって戦い合った二者の、半日を置いての再会で。
「こ……こんにちは、エヴァンジェリンさん」
「フン! 気安く挨拶を交わす仲になったつもりはないぞ」
命を奪い合うほどではなかったにせよ、互いに魔法を交わした身。
一瞬、緊張もするが。神楽坂の軽口などにより、一応は穏便な形で双方席に着き。
「……ところで、お前もナギを捜しているんだろう」
今回の戦いにおけるエヴァンジェリン側の対価を思い出しながら話しかける。
学園長に言われるままに標的を魔法生徒のみに留め、子供先生への襲撃可能期間を二ヶ月間に限定した……本来は承諾等するはずもない条件だが。
その対価として、学園長は一つの情報を口にした。
故に、彼女は条件を受け入れた。
「え、はい、父さんの事を知ってるなら教えて欲しいんですが」
公には10年前に死亡したとされる英雄。
けれど、子供先生は6年前にその勇姿を眼にし、同様にその姿を目撃した者の証言も多く噂になった。
吸血鬼は学園に縛り付けられながらもその姿を追い求め続け。
「ジジイは何か知っている……私は本来、もう少し派手にやるつもりだったが、ジジイから吸血を一人に限定された。加えて枷をつけられた、一般人を巻き込むなと……ジジイが私に出したカードは『ナギの仮契約カードを持つ者の情報』だ」
「父さんの……仮契約者」
吸血鬼が踏み止まったのは、偏にその情報の価値故に。
もしも、その仮契約カードが『生きている』なら、ナギの生存は確定になる。
故に、誇りを傷つける事になろうと、用意された餌のみを使用するに留めた……可能であれば、もう一つ、数ヶ月前に自身に呪いを重ね掛けした相手の情報も欲しかったが。
擬似消去した、心深くに留まる激昂の対象も知りたがったが……
『ナギの仮契約カードを持つ者の情報』は、それを押し殺すには充分だった。
「私が知るナギの仮契約者はアルビレオ・イマと言う男だ……他に居るかはわからんが、あいつなら飄々と生きているかも知れんし……あいつのアーティファクトなら、ナギに会うことすら可能だ」
「父さんに……」
「私は警戒されてるが、お前はジジイも気にかけている……うまく聞きだしてみろ、一足飛びにナギに近づけるかも知れんぞ」
それは吸血鬼にしても悪くない情報提供。
巧く子供先生が情報を引き出せれば、足元の緩い子供程度から情報を引き出すのも難しくない。
「後はそうだな……京都、京都に行ってみるがいい、奴が一時期住んでた家があるはずだ、前に詠春に探りを入れた感じでは奴が場所を知っている……私は学園から離れられないから確認できていないがな」
永い15年、そしてナギが死んだという話が流れて10年……再び、ナギの噂を聞いて6年……ずっと、ずっと探してきたのだから。
吸血鬼は可能な限り手を伸ばし。
「詠春さん……ですか?」
「近衛詠春、クラスメイトの木乃香とか言うのの父親だ、ナギの戦友だよ」
「父さんの戦友!」
「て言うか、え、このかって魔法使いなの!?」
話を横で聞いていた神楽坂が驚く。今まで、ルームメイトにそんな気配は微塵もない故に驚きで。
……むしろ、不自然を素で通す子供先生こそが異常なのだが。
「父親の意思で魔法には関わらせないようにしていると聞いた覚えがあるな」
「……あ、そうなんだ……じゃ、やっぱりクラスメイトで魔法使いは一人だけか」
「まぁな……魔法生徒と言う意味ではそうか。ふん、まぁ普段から悪戯で騒ぎを起こしてるからジジイには使い易かったんだろう、逃げ足くらしか取り柄が無いからお前を呼び出すくらいにしか使えなかったが」
それは吸血鬼の独白。
出来れば四人くらいは手勢が欲しかったが、一般人への手出しは制限され、用意されたのは碌に魔法も使えない……一部特化して得意な魔法もあったが……魔法使い見習いだけで。
「え、逃げ足って……長谷川さん、足が速いの? 」
神楽坂は自分の知る魔法に関わるクラスメイトの名を挙げ。
「何を言ってる、クラスに居る魔法生徒は春日美空だけだろう」
エヴァンジェリンは従者として操った魔法生徒の名を挙げた。
それは単純な認識違い。
吸血鬼に操られた春日によって吸血鬼の前まで案内された子供先生は知っていたが。高畑からの助言を受けて途中参戦の少女はその姿を知らず。
吸血鬼が魔法生徒として紹介され、唯一吸血と下僕として扱われたのは才の無い少女で。
「坊やは、アーティファクトを使ったのを確認しただろうが、私が下僕に使った春日美空は魔法生徒だよ、従者側だがな」
「あれ、じゃぁ長谷川さんが魔法関係者って言うのは」
神楽坂の疑念。それは、以前にネギから与えられた情報。
長谷川千雨は魔法関係者だと。
「こっち側に身を置く者でも立場は様々だ、春日美空は魔法生徒だが、他に魔法を知る者が居ないとは言ってない、傭兵、護衛、夢想家……私が知るだけでも3.4人、魔法使いに関わる者があのクラスには居る。長谷川千雨が魔法関係者だというのは初耳だが」
それは、契機。
それは、彼らの認識とあまりに異なり。
「えっ、でも、……長谷川さんとエヴァンジェリンさんは知り合いですよね? 前にエヴァンジェリンさんを嗜めるためにアーティファクトを使ったってタカミチが言ってましたし」
子供先生は禁句を口にした。
「私が……窘められる?……待て、それはつまり……あぁ、そうか……長谷川千雨、あいつが……数ヶ月前に私に……ネギ、ネギの味が口中にっ、ねぎゅっ、ニンニクの匂いもっ、眼が、眼から玉葱の絞り汁がぁぁぁぁっ!!!」
断片化された情報ではあるが、記憶を自ら封じたエヴァンジェリンでも解答へ辿り着く。
忘れ去られた記憶の中で、自身に呪詛を与えたのはその長谷川千雨なのだろうと。
それは、彼女への強い害意となり、呪詛を具現化させる。
「ちょっ、エヴァンジェリン、急に」
吸血鬼は突然涙と嗚咽を浮かべ騒ぎ出す。
子供先生にすれば、夢を覗き見たときに見たサウザンドマスターに翻弄されていたエヴァンジェリンにそっくりな様子で。
「失礼します、マスター」
「あにゃにゃにゃんっ」(ジジジジ)
公衆の場で無様にもがき苦しみ始めたエヴァンジェリンに、従者たる絡繰茶々丸は無言で指先を押し当て、内蔵されたスタンガンが起動する。
酷な対処ではあるが、一刻も早く意識を奪うことこそ主の苦痛を短くする最善と、この数ヶ月で学習したのだ。
後は、改めて学園長に記憶を消去してもらえば良い。
人前で前後不覚な姿を曝すよりはマシだろうし。
「……申し訳ありませんが、これで失礼いたします……それと、今後マスターの前では彼女が魔法関係者であることはけして、口に出さないようにお願いします」
ぺこりと頭を下げると、小柄な主を背負って去っていく絡繰茶々丸。
それを2人は呆然と見送った。
「え……し、修学旅行の京都行きは中止〜〜〜!?」
翌日、早朝のHRから子供先生はご機嫌だった。
昨日、吸血鬼主従が去ってから休みや旅費のことで考え込む事になったのだが。
うっかり忘れていたが、3-Aのクラスは修学旅行で京都へ行くことが確定しており、それに便乗すれば自然と京都に行けるのだ。
公私混同と言う言葉を体現するかのような真似だが、今更である。
朝、教室に行ってみれば吸血鬼主従も平然とした顔で登校しており、昨日のような様子は無い。
父の仮契約者の情報や戦友の情報等も得られ、【闇の福音】に勝利してからは、まさに順風満帆な状態で。
……直後、学園長に呼び出され、修学旅行の中止が言い渡された。
そのあまりのショックに子供先生はふらふらと倒れこんで壁に突っ伏し。
学園長は困った顔でその様子を眺める。
「まだ中止とは決まっとらん、ただ先方がかなりイヤがっておってのう」
「先方? 京都の市役所とかですか?」
「いや、うーむ、何と説明してよいやら……関西呪術協会、それが先方の名前じゃな」
日本において、関東魔法協会と勢力を二分する日本固有の組織の名前を口にした。
そのままつらつらと、関係や今回の対応の話等が伝えられ。
子供先生には特使としての親書が預けられた。
子供先生はその役目を明るい顔で受け入れ。
「うむ、では修学旅行は予定どおり行おう、頼むぞネギ君」
「はいっ」
話が一段楽したところで。コンコンと、学園長室の扉を叩く小さな音が響いた。
「ん、誰じゃ」
「学園長、お孫さんと桜咲さんがお見えです」
「ふむ、来たか……昨日言っておったからのう、ネギ先生への話は終わった、通しなさい」
しずな先生に案内される形で姿を現すのは、子供先生の受け持つ生徒でもある近衛木乃香と桜咲刹那。
……このかには何時も通りの感じだが、刹那は竹刀袋を背負っている。
「ネギ先生、おじいちゃんとのお話は終わったんか?」
「は、はい、無事に修学旅行に行くことができそうです」
「そかそか、ほんなら次はうちからのお願いやな」
学園長が困った顔をする前で、子供先生の前に立って佇まいを正すこのか。
その傍らには刹那が立ち、凛とした眼を子供先生へと向ける。
「改めて、関西呪術協会の長、近衛詠春の娘で魔法使い見習いの近衛木乃香や」
「お嬢様の「お嬢様違うーー」……こ、このちゃんの護衛で神鳴流剣士、桜咲刹那です」
数秒時が止まる。
学園長はこうなるだろう事を知っていたから苦笑気味だが、子供先生は眼に見えて動転し。
「うちの現在の立場はちょっと危うくて、もしかしたら狙われるかも知れへん、せやから、早いうちに言っておこう思ってな……ネギくーん、だいじょぶかー、お眼目ぐるぐるやよ」
「こ、このかさんが魔法使いーーーーー!!!!??」
はわわ、あわわとどこぞの軍師をリスペクトした子供先生が動転するが。
このかはニコニコと微笑むだけで。
「一応、内緒にせなあかんからなぁ、アスナにも内緒やよ」
とっくの昔に神楽坂にも魔法はバレているのだが。この場でそれを知るのは学園長と子供先生の2人のみ。
2人ともが口を噤み。
「び、ビックリしました」
「そかー、うちもネギ君が魔法使い聞いたときは驚いたわ」
修学旅行で京都へ行く。
今までならさして気にすることでなかった、むしろ生まれ育った地へ戻るのだから気が休まるほどだ。
けれど、春休みのときに知ってしまった自分の家の関わる家柄。
メディアから与えられる、“正しい”情報。
それらに不安を持ったこのかは、自分が京都に戻っても大丈夫なのかと祖父に相談し。
副担任のネギ・スプリングフィールドが魔法使いであり、彼が護ってくれるから問題無いと言う断言を貰い。
ならば、挨拶をしなければいけないと対面となったのだ。
自分だけ知っているのも心苦しいし、メディアから護衛される立場としての教育も受けた。
自身の護衛である桜咲刹那をきちんと紹介しておかねば要らぬ不和……最悪、敵と誤認……を招きかねないと。
故に、護られる立場であることを告げ、護衛も紹介したのだ。
「うち、狙われとるみたいでな、そのせいで迷惑かけるかも知れんけど、頼めるか」
「は、はい、大丈夫です、生徒を護るのは教師の勤めですから」
「そか、ありがとな」
このかが微笑み、傍らの刹那もぺこりと頭を下げる。
その後に、関西呪術協会の組織の事が子供先生へ伝えられる。思わず学園長が口を挟みたくなるような批評もあった。
学園長にすれば、孫娘が弟子入りしたという女が離縁工作に吹き込んだのではないかと邪推もしてしまうが。遺憾な事にその全てが事実で。
「うちの家の騒動に巻き込んじゃって、ごめんなネギ君」
「い、いえ、気にしないでください」
「ありがとな……よし、後問題は一つだけやな」
にっこりと微笑んで、このかは学園長へと顔を向ける。
「こ、このちゃん、もう話なんて」
「まだ
「あわあわあわあわ」
近衛木乃香にとって残る問題はただ一つ、何日も前からずっと頼んでいるのだが、護衛である桜咲刹那が
信頼できる護衛には、もしもの時に瞬時に呼び出せる仮契約はしておいたほうがいいと魔女から理論武装を得たこのかは、困る刹那も楽しむように
「フォッ、
「何でやー、おじいちゃん、せっちゃんとに決まっとるやん」
「お嬢様ーー!!!」
少しの期待を込めた学園長の言葉はあっさり切り捨てられる、だが、それはそれでと学園長は面白そうに顔を歪め真剣に向き合う……無論、刹那を弄る意味合いで。
「あ、そうだ、
「ふむ、このかとの
「ややわぁ、おじいちゃん」
ゴンッと、無駄に長い学園長の後頭部……高頭部? をこのかの金槌が打つ。
一瞬の流血は最早ギャグの領域で。
「い、いえ……その、お父さんの
ネギの頭を過ぎったのは吸血鬼からの情報提供。
学園長は所在を知っていると……そのアーティファクトならば、会うことも可能だと言っていた。
学園長はふと、真剣な面つきをすると。
「ふむ、ナギの
学園長にしても、吸血鬼に情報を洩らした以上、こうなることは想定していた。
学園祭になれば本来の居場所以外にも出張ることが出来るため、二ヵ月程で会わせることは可能だと思うのだが……
「……体調を崩しておってな……療養中で、此処二年程、姿を見せんのじゃ」
二年前の学園祭以降、その姿を見せることがめっきりと無くなってしまった。
最後に姿を見せたときには随分と憔悴し、消耗しきった姿で。
馬鹿なことをしてしまい、仮契約の繋がりを失いかけたとまで言った。
そして、ネギが来るまでには快復してみせると言ったきり、結局お祭り好きにも拘らず、昨年の学園祭にも姿を見せない。
「近いうち、連絡があるはずなので、あれば伝えよう」
「あっ、はい、ありがとうございます」
そうしてネギらは学園長の部屋を去っていった。