49話
穏やかな風が流れる古都京都。
修学旅行の初日は大半が移動時間で費やしてしまうため、清水寺を見学したらそのまま旅館へ移動する事になっています。
私達男子中等部3-Aはタイムスケジュールの多くが女子中等部3-Aと重なっているため、清水寺の見学もほぼ同時刻に行われます。
現に、今目の前では女子3-Aが記念撮影を行っており、その後は男子3-Aが記念撮影を行う段取りで。
「……まぁ、予想通りですが」
原作では記されていませんでしたが、観光客にも何人か此方を伺う視線があります。
近衛さんを狙っているのか、私への意趣返しを考えているかは分かりませんが、確実に悪意ある視線を感じ。
それが徐々に減っていくのも感じられます。
移動中での不測の事態に備え、ディルムッドは大宮駅からそのまま車で京都まで移動してきています。
到着後は私達の身の回りの危険を排除する役回りなっていますので、早々に動き始めたのでしょう。
近衛さんには桜咲さんが付きっ切りですし、超さんとも注意してくれています、余程のことがあっても対処は可能ですね。
一つ、不安点があるとすれば。
「おおっ、こ、これは……さすがだな超鈴音、誉めてやるぞ」
「落ち着くネ、口調に気をつけてもらわないト」
観光地では絡繰さんボディで吸血鬼が解き放たれるんですよね。
同じ班の桜咲さんと近衛さんは観光目当てで連れまわされないように注意が必要です。
まぁ、絡繰さん2号機に夜間の警備として動いてもらえるのは非常にありがたいんですが。
そうして、私達も記念写真を撮って、清水寺の観光を始めます。
と言っても、私は京都には正直良い印象が無いのであまり楽しめそうに無いですが。
明日の奈良や、完全自由行動日となる明後日は少しは楽しめるかもしれません。
「よっしゃー、ザクヤン、みんなもう行っちゃったやんか、早く行こうやー」
「……いえ、まだ写真を撮ったばかりでみんな居るんですが」
「いやいや、もう行っちゃってるぞい、ほれ」
青髪ピアスと槌帝が指す方向には早々に次の観光スポットへ移ろうとしている女子3-Aの姿……自分のクラスのことは完全に眼中に無いんですね。
「今日は団体行動の日ですよー……明日渡そうと思ってましたが、新田ちゃんにはコレを渡しておきます」
うちの班の常識人、新田君に月黄泉先生が黄色いカードと赤いカードを渡しています。
「うちの子たちが女子の皆さんに迷惑をかけたりセクハラしたりしたら使ってください、黄色3回でアウトで、赤は黄色2回分です、朱雀ちゃんに武力介入……じゃなくて、フレンドリーなスキンシップを要請してください、先生が許しちゃいまーす」
とりあえず、意識を奪ってバスに放り込めば良いですかね……マグダラの聖骸布ならさすがに青髪ピアスも復帰できないでしょうし。
果たしてそのルールで青髪ピアスは何分持つんでしょうか。
「ではでは皆さん、くれぐれも騒ぎを起こさないよう、くれぐれも周りに迷惑かけないよう気をつけてくださーい」
大事なことは二度言われました。
「んー……」
何やら考え込むような顔で早乙女がアホ毛を清水の舞台から空に向けてやがる。
何を受信してるのか知らないが、出来れば私達のいないところでやってくれ。
もしくは、あそこで神社仏閣豆知識を垂れ流してる、アホ毛仲間の綾瀬とやっててくれ。
「ど、どうかしましたか早乙女さん、まさか飛び降りようとしてませんよね」
清水の舞台の縁で珍しくも考え込んでるもんだから子供先生も気になって声をかけてる。
ついさっき、長瀬が飛び降りるフリをしたばかりだから気が気じゃないみたいだ。
「んーー……私のラブ臭センサーVer801に微妙に反応が……ねぇ長谷川、もしかしてディルムッドさんも京都に来てる?」
「……さて、知らないな」
何で気付いてんだよこいつ。確かに朱雀の話だと影ながら護衛についてるとか言ってたけど。
隣に居る大河内も少し首を傾げてるよ……大宮駅まで送ってもらった後、遠出するとは言ってたからな。
「あ、やっぱ来てるんだ、いや、今朝から学園での目撃情報が急に消えたって連絡があったからさぁ、千雨様を追いかけて来てるんじゃないかとカマかけてみたんだけど」
「千雨様言うな……ちっ、私は知らないからな」
前に様付けで呼ばれたのを聞きつけたらしく、偶にこうしてからかってくる。
後、連絡って何処から受けてんだ。例の非公式ファンクラブか、半日姿を見せないだけで情報が伝わってくるのか。
「ええと……様、ですか?」
傍で話を聞いてた子供先生も不思議そうな顔で。
「そう……薔薇散らす騎士ディルムッドの主で……そう、そうよ。同じ騎士の不死鳥の騎士と2人で旅行へ言ってしまった主、それを影ながら追って姿を追っていたら、見られてると気付かず燃え上がる2人……来た、新作は古都での和風シチュ」
「カオスストーリーに勝手に私を混ぜるんじゃねぇっ!!!」
「だいじょぶだいじょぶ、主も男の設定だから」
「尚更やめやがれーーーっっっ!!!」
「うん、様付けで呼ばれてるの、ちょっと困ってる」
後大河内、普通に子供先生と会話してんじゃない……私とか大河内や椎名は普通に様付けだからなディルムッドさん。何か、朱雀と同じくらい敬意みたいなのを向けらるし。
「キターー主のライバル登場ーー!!」
スケッチブックに猛然と見たくも無いラフ画を書き始める早乙女。
これはもう人権侵害で訴えていいんじゃないか。前にチェックした時は、デフォルメされてたけど何となく幼馴染と、その保護者を思い出しちまったぞ。
ちなみに、さっきからブツブツ設定垂れ流してるけど、主は長髪で眼鏡をかけた小柄な女顔でライバルとやらは長身で寡黙らしい……私達も怒って良いと思うんだ。
「こらお前達、もうみんな次の場所へ移動を始めてるぞ」
周りを忘れてエキサイトしてたらみんな次の場所へ移動してしまったようだ。
一心不乱にスケッチブックに欲望を書き綴る早乙女は声をかけられた事にも気付いてなく。
あわあわと私と早乙女の間で訳が分からず慌てていた子供先生も巻き込まれたな。
「まったく、こんなところまで来て早乙女は何を」
あ……新田がスケッチブックを覗きやがった。
フリーズしたのは当然だろう、ラフ画だろうが、あいつの速筆は結構凄いレベルの上に、画力のレベルが高く、内容も濃い……この場合の内容の濃さは、そっちの趣味のない人間に対してはダメージの高さと比例すると言って良い。
「さ……早乙女——っっっ!!!!修学旅行に来てなんてものを書いとるんだーーっ!!!」
スケッチブックを没収されて騒ぎ出す早乙女を尻目に、私は大河内の手を引いては早々に逃げ出させてもらった。
あんな面倒に巻き込まれたくはない。
「不死鳥……あ、朱雀さんの事かな、ディルムッドさんてカモ君が言ってた……」
子供先生がぶつぶつ言ってるが、どうせ意味なんて分かってないだろ。
さっさとルートを進んでみんなに追いつかないと……うちのクラスの面子は早乙女の趣味を知ってるから、人前でスケッチブックを取り出したらとりあえず距離を取る。
誰だって、あんなモノを書いてるのと同類に見られたくはないからだ、今回も例に漏れずさっさと先に行ったらしい……私達を置いて……ついでに、副担任と担任も置いて。
「いい度胸だ椎名、覚悟しとけよ」
「あれ、桜子ちゃん何かしたんですか、と言うか二人ともどうしたんですか」
「あ、朱雀……と、こんにちは」
「こんにちはー美人さんやねぇ」
ふと、横を見ると朱雀が居た。小学校で同じクラスだった新田もいるし、朱雀の班か……うちのクラスが移動してるって事は男子の方が見学の時間って事だからな。
良かったな早乙女、さっきの騒ぎを気付かれないで、気付かれてたらアホ毛の残りまで失うところだったぞ。
「ちょっと騒ぎに巻き込まれてな、薄情な班員に置いていかれた」
「新田先生が説教でも始めたんですか? それに巻き込まれたとか」
正解だ、ちなみに題材は古都で突然書き始めた卑猥に絡み合う男性像の作画について。
言うと暴走するのが目に見えるから言わないが。
「いや、こっちも可愛い子やねぇ、眼鏡無いほうが良いんちゃう、ザクヤンの知り合いは可愛い子ばっかやねぇ、ボクにも分けてくれへん?」
「ん、どうした新田、おい、死にたくなかったら離れろって何を」「良いから距離を取れ神上、奴は今、死線を越えた、もう手遅れだ」「槌帝、珍しく口調がまともになってるぞ、何だ、そこまで」
「ところで君等、彼氏は居るん? 可愛い子に美人な子やから居るんかなぁ。ボク、寝取りとか浮気もオッケーな愛の狩人なんやけど、一緒にスリルある愛の軌跡をぶほぅぁぁんっっ」
凄いな、誰一人驚くことなく赤い布が巻かれた状態で放物線を描く青い髪したのを眺めてる。
一部敬礼してるのも居るが……あ、落ちてった。
「……大丈夫? ……あの人舞台から」
「清水の舞台の生存率は85%と意外に高いらしいですよ」
「いや、加速つきだときつくねぇか」
「那波さんのや私の一撃を受けても5分で復活する方なので」
「大丈夫だな、私等はさっさと追いつくぞ」
「うん」
朱雀と見て回るのは楽しいだろうが、周りを男子に囲まれてるのはあんまり面白いシチュエーションじゃない。
少し早足でルートを進む……まぁ、朱雀のところの班も男子の先頭の方に居るから並び歩いてるようなもんだけど。
「何だか騒ぎが起きてますね」
「うちのクラスが居るんだろ」
「新田先生もネギ先生もまだ後に居ると思うから……」
ルートの先のほうでざわざわと騒ぎが起きているようだ、委員長とか超も先に居るはずだから然程心配はないけれど。
……あ、今、携帯電話片手に子供先生が脇をすり抜けて走っていった。
「何かあったのかな」
地主神社の階段を登りながら喧騒を聞いていると、『カエルー』とか『落とし穴がー』とか聞こえてくる。
朱雀を見れば肩を竦めるだけ……
地主神社の石段の上の方では私達を待っていてくれたのか、椎名とか柿崎がクラスの後の方に居てくれて。
委員長とか佐々木が落とし穴に落ちていた……神楽坂と子供先生が引っ張りあげてるけど。
「おかえりー……って、千雨ちゃん痛い痛い」
私達を早乙女の所に置いて先に行った椎名には軽くこめかみをグリグリしておく。
気持ちは分かるが、置いていかないで欲しかった。
「で、何があったんだ」
「んー、いいんちょとまき絵が恋占いの石を爆走して落とし穴に落ちたの、アスナがネギ先生を呼んで助けたとこ」
またカエル……なんか思い入れでもあるのかね。
長野の諏訪大社とかだと一部信者にカエルが祀り上げられてもおかしくないと思うが。
「まぁ、命の危険は無さそうですし」
京都の嫌がらせって言うことなのかね。
随分と子供じみた嫌がらせだけど。
結局、追いついてきた新田先生が落とし穴の片付け等を指示しているうちに、時間も押すので男子とほぼ同時に見学する事になった。
さっき、飛んでいった青髪は赤い布に包まれたまま金髪のサングラスに引きずられてた……誰も気に留めないんだな。新田は渋い顔してたが、他校のことなので口出ししないようだし。
後、何気に絡繰が随分とはしゃいでるな……珍しい。
「音羽の滝ーー、ゆえゆえっ、どれが何だっけーっ!?」
「右から健康・学業・縁むすびです」
「左・左ーっ」「あー、私もーっ」
「お前達、あんまり騒ぐんじゃない、順番にしなさいっ」
霊験あらたからしい水を求めてクラスの面子が殺到するが、新田先生に雷を落されて一瞬沈静化する。
改めて列になってるが、クラスの大半は並んでるな。
……けど、先頭の委員長と佐々木、何か様子がおかしくないか。
「む、何だかお酒臭くないか」
「……新田先生、音羽の滝から匂いがしませんか……飲ませるのは止めさせたほうが良いかと」
結局、屋根の上に跳び上がった……少しは自重しろよ……子供先生により、音羽の滝にお酒が混入されていたことが発覚。まぁ愉快犯による悪戯と言うことで酔い潰れた委員長と佐々木に罰則は無かったけれど。
そのまま、今日泊まる事になるホテルへと移動する運びになった。
「いらっしゃいませ、ホテル嵐山へようこそ」
「………………」
ニコニコと、私達を出迎えてくれた旅館の若女将風メディアさん。
クラスの面子は外人の女将だとか騒いでるけど、何やってるんだこの人は……新田先生も目に見えて強張った表情だが。
「調子を崩された子が居られるようですね、お薬を用意しておきますね」
「う、うむ……いえ、まずは佐々木と雪広を其々の部屋に、那波と村上は雪広を、龍宮と春日は佐々木を運んでやってくれ」
「各班のお部屋は此方になります……6班のお部屋は此方ですので」
「は、はい……ありがとうございます」
新田先生の手伝いをしながら各班の班長に部屋の場所を教えるメディアさん。
6班の部屋だけ少し離れた場所にある気がするのは……気のせいじゃないんだろうな。
「各自、部屋に荷物を置いてきなさい。班長は入浴時間等の確認をするので、17:30にロビーに集合すること、別館には男子が宿泊しているため女子は立ち入り禁止だ、分かったな」
そうして、解散が言い渡された。
新田先生は旅館の女将と相談事でもあるのか去って行き。子供先生も神楽坂と一緒に何か話し込んでる。
まぁ、朱雀が騒いでない以上、私達には影響もないだろう。
「千雨ちゃーん、行くよー」
「はいはい」
……そう言えば、旅館に入ったときに、一瞬、子供先生のペットのオコジョが消えた気がしたけど……まぁ、メディアさんが女将してる時点でまともじゃないか、このホテル。