50話
楽しい旅行となるはずだった修学旅行。
けれど、参加している生徒の一人、神楽坂明日菜は不安を覚えつつもあった。
新幹線での移動中に突如発生したカエルの集団、地主神社ではクラスメイトが落とし穴に落ち、音羽の滝では水にお酒が混入されるなんて言う珍事まで発生した。
幸い、最初に一気に飲んで酔いつぶれてしまった二名はホテルの女将が処方した薬のおかげで問題なく覚醒したが、通常の修学旅行では有り得ないだろう事が3件も発生し。
「ちょっとネギ、ネギ」
最近で不可解な事態が発生した場合の、殆どの原因となる子供先生に確認をとる事にした。
吸血鬼との戦いでパートナーとなった少女は、ロビーの休憩席でオコジョと密談をする子供先生に近付き。
「一体何があったって言うのよ」
「じ、実はそのー」
「言っちまえよ兄貴!」
助言者たるオコジョにも後押しされ、神楽坂明日菜にこの修学旅行に隠されたもう一つの目的が語られる。
関西呪術協会との不和、それを払拭するための特使としての役目、そして近衛木乃香が狙われているという事情が。
「えーー、このかが変な関西の魔法団体に狙われてる!?」
「はい! 関西呪術協会って言う……」
「どうりで、あんなカエルだの変だと思ったのよ」
魔法に関わる厄介ごとに溜息をつく神楽坂。けれど、狙われているのがルームメイトで親友でもある近衛木乃香であれば黙っているわけにはいかない。
「一度親書も奪われかけて……それは、このかさんの護衛の桜咲さんが取り戻してくれたんですが」
「桜咲さん……そう言えば、このかの昔の幼馴染だって聞いたことがあるわね、3年になってから一緒に居ることが多いけど」
「そう言えば、その、このかってぇネギの兄貴が世話になった人も魔法使いらしいですぜ」
オコジョから語られるのは驚愕の事実、何年もルームメイトで一緒に暮らしている少女が魔法使いであるというのは神楽坂には驚きで。
「え、マジ」
「はい、学園長の前ではっきり言いました、見習い魔法使いだって」
魔法使いと何年も……実際には魔法使いとしては一月ほどだが……同じ部屋で過ごしながら、それに気付けなかった事に驚く神楽坂。何せ目の前の子供先生は僅か一日で魔法使いだとバレたのだから。
「今兄貴と相談してたのは、桜咲ってのとうまく協力して親書とこのかって生徒を護ろうって話をしてたんすけど……よければ姐さんも……」
「そうね、このかが危ないって言うなら黙って見てるわけにはいかないもの、力を貸したげる」
「よっしゃーパートナーの姐さんの力が借りられるなら百人力でさー」
仮契約を果たしてパートナーの力が借りられると分かり喜び舞い踊るオコジョ。
その後でふっと、思いついたように動きを止め。
「そう言えば、吸血鬼のときにも聞いたんすけど、長谷川って人のお力は、やっぱり借りられないんですかい」
「そうよねぇ……そう言えば、男子の集団に朱雀さん……長谷川のパートナーって言う人もいたし、力を借りられれば心強いわよね」
魔法関係らしきクラスメイト、けれど、学園長からは再三に渡り、魔法関係での接触を禁じる事は伝えられている。
研修中の無闇な接触は厳禁だと。
「姐さん姐さん、それだけじゃないんでさー、さっき小耳に挟んだんですが、他にも強力なパートナーを京都に呼んでるらしいですぜ、まほネットでも薔薇散らす槍って名の知られる凄腕の戦士でさー。
嘗て、桃源郷(女子寮)への侵入を試みた際に邪魔をしてくれた
仮契約を推進しようと、子供先生の生徒を誘い出そうとしたときにも邪魔をしてくれた
二つ名を【薔薇散らす槍】、この春から麻帆良学園に赴任してきた指導員で、僅か数日でデスメガネ同様無類の強さを誇り怖れられる存在となったらしかった。
それが長谷川千雨を様付けで呼んでおり、早乙女情報では長谷川千雨が2人の騎士を従える主のようなことを言っていたと、オコジョは説明し。
「うーー、やっぱり長谷川さんに協力してもらいたいなぁ」
「学園長に接触を禁じられてるんですよね……」
「まぁ、長谷川は結構面倒見良いところがあるから、本当に危なくなったら助けてくれないかしら」
「……そうっすね、もしかしたら学園長が用意してくれた備えかもしれないっすよ。いくら兄貴が強くても万一の事態が起こらないとも限らない、その時に迅速に動けるようにと」
やや楽観的に、一生徒への勘違いを深めていく3人。
だが、備えとしてネギに内緒で用意された保険と言うのは3人の耳にも聞こえ良かった。
物事を都合の良いほうに考えがちな思考回路を持つ2者と1匹は期待に胸躍らせ。
「……ネギ先生、少し相談が……」
そこに現われたのは、先の話にも上がった、このかの護衛である桜咲刹那。
ネギに用向きが有ったので来たのだが、神楽坂が居たのでぺこりと首肯し。
「すいません、内密に少しご相談が有るのですが……」
「あ、いえ」
「魔法の話なら問題ないですぜ、神楽坂の姐さんは兄貴のパートナーなんすよ」
オコジョが神楽坂を気にすることなく声を上げた。すると、驚いたように桜咲も神楽坂を見る。
けれど、直ぐに持ち直すとそれならばと周りを気にしながら懸念を述べる。
「もう直ぐ6班の入浴時間なのですが……どうも、脱衣所に式の仕掛けがあるらしく、敵方からの襲撃が予測されるそうなのです」
とある魔女からもたらされた情報。
無効化も容易いが、子供先生の手に負えるうちは子供先生に任せるスタンスを取るらしく、刹那にはその情報だけを渡された……無論、子供先生には自分達の情報は明かさないよう言い含められて。
他にも備えとして幾つかの情報を渡されているが、子供先生には絶対に言うなと言う念の入れようで。
「そ、そうなんですか、それは解除したほうが」
「いえ、私がお嬢様の身代わりを作成しますので、一旦引っかかってみようかと……その上で、相手側の情報を引き出したいのです……ご協力いただけませんか」
魔女が望んだのは敵方の相手の視認……寧ろ、実行犯を捕まえてしまえば今後の警護も楽になるだろうと。
その上で、自分たちの事を可能な限り隠して行動したいので、子供先生を分かりやすい囮にするとも言い切られた。
優秀な西洋魔術師と聞いていた子供先生が意外と対応が不甲斐なかったので、心配になってきている刹那としては不安も募るが。護衛対象である近衛木乃香の安全を最優先にするならば悪い手ではない。
子供先生の手に負えない事態になれば、魔女達も対処するので……それまでは、一人の護衛として責を果たせと言われれば、それ以上言いようも無いのだから。
「はい、やりましょう」
子供先生は意気揚々と気勢を上げる。
段取りとしては簡単で。スケジュールでは教師が先に入浴してから6班から順に入浴を済ませるので、ネギ先生が露天風呂に入っている状態で囮の式と共に桜咲と神楽坂が脱衣所に入り、敵の出方を見て捕らえる事となった。
そして。
「うまくいきませんでしたね」
意気消沈した子供先生が
「今回は式のみで、此方の護衛の状態を確認されてしまった気がします……すみませんでした」
結論としては、風呂場での襲撃は小規模なものとなったため未遂となった。
脱衣所には大量の小猿の式が現われ、このかを真似た式を連れ去ろうとしたが……それ以外は姿を現さず。
此方は桜咲刹那、ネギ・スプリングフィールド、神楽坂明日菜が対応した事を確認されてしまった形になる。
「いいのよ、それに、桜咲さんが凄い強いって分かったし、凄かったわよ、小猿があっと言う間に消えちゃって」
「いえ……それより、相手が式を使うことが分かった以上、式神返しの結界を設置したいので、少し待っていただけますか」
魔女から、このホテル全体に何かしらの防備が施されていると聞いているが、刹那の目からすれば何ら対処の為されていないただのホテルに見える。
結界を敷きたいのならば好きにすれば良いとも言われているため、刹那は呪符を入り口等に設置し。子供先生等と作戦会議を開く。
「えと、刹那さんもその……日本の魔法を使えるんですか」
「ええ、剣術の補助程度ですが」
「なるほど、ちょっとした魔法剣士って訳だな、つまり」
軽く呪符を整えながらロビーのテーブルに集まる3者と1匹。
宿泊している部屋のほうからは枕投げの音や、悲鳴や、姦しい声なども聞こえてくるが、この辺りは新田先生の部屋も近いためわざわざ近付こうとはしないようだ。
「敵のいやがらせが、かなりエスカレートしてきました……このかお嬢様自身、自身の身が狙われているのはご存知ですので部屋に居られるので大丈夫だと思いますが……1班の部屋も近いので、あの辺りには鉄壁の守りが施してある筈ですから」
それは刹那にとっては確信。
あの魔女が溺愛する娘達が過ごす部屋だ、自身に気付けぬほどの結界があっても不思議には思わない。
「そ、そんなに凄いの……1班の近くって」
「えぇ、あそこの関係者には【闇の福音】クラスの魔法使いが居ますので……と言うか、ホテルに入った時点で何かとんでもない仕掛けがあると思いましたので」
刹那が思い出すのはホテルに入った瞬間に見つけてしまった、件の大魔法使いの姿……椎名や大河内といった面子との会話を刹那が盗み聞いたところ、買収して改築したらしい。
その上で、罠もふんだんに仕掛けてあるというから……ホテル内での安全は確保されたに等しいだろう。下手をすれば本山より安全なのでは無いかと思ってしまうほどだ。
「そ、そうなんだ……よし、じゃぁ私達は敵を見つけて捕まえればいいのね」
「そうですね、私達の敵はおそらく関西呪術協会の一部勢力で陰陽道の「呪符使い」そして、それが使う式神です」
つらつらと、桜咲の口から関西呪術協会の術士の特徴と、西洋魔術師との違いが述べられる。
それらを聞き終えれば、三者は手を組み。
「よし、私達でこのかを護りましょう」
「はい、決まりですね。
神楽坂明日菜と桜咲刹那と言う助力を得られた子供先生は意気を上げながら拳を握る。
そのまま走り出すと。
「敵が来るかも知れませんね、早速僕、外に見回りに行ってきます!!」
子供先生は走り出す。
途中、ホテルの入り口のところでタオルを満載したカートを押す女性とぶつかったりもしたが。それとすれ違って外へと走り出して行った……
入れ替わりに女はホテルへと足を踏み入れ。
ネギはそのまま走り去っていった。
その背後で、女の姿が突如として消えた事に気付くことなく。
「何や……案外簡単なもんやな、拍子抜けやわ」
女は通路を歩む。
ホテルの従業員の姿をしているため、周りから注目されることも無いし、ホテル内を歩くのも自由だ。
修学旅行と言う行事のお陰で就寝時間が定められているため、殆どの部屋からは寝息のみが聞こえ。
おまけに部屋の扉には宿泊している生徒の名前まで記されている、致せり尽くせりと言った感じで。
「鳳凰の間は……1班には居らんようやな、音月の間……此処や」
護衛の存在もあるため、作業は迅速に行う必要がある。
トイレで式神を羽織り、直ぐに符が使える準備をすると音月の間へと踏み入る。
護衛は居ない、その幸運……そう、楽観にも幸運と感じ取ってしまった女は足を踏み出す。
自分は完璧に仕事が出来ていると、ゆっくりゆっくり、心に染み入る慢心に浸っていく。
自分の計画が完璧だと何度も何度も反芻しながら。
「……誰?」
部屋の椅子には一人の少女、浴衣姿の黒髪の少女の姿。捜し求めていた少女は直ぐ目の前に居る。
手元には小瓶が一つ、美しい装飾が施されているが何を素材としているのか分からない、陶器なのか硝子なのか、中に液体が入っているようだ。
「近衛、木乃香やな」
「えぇ、私は近衛木乃香です、何か御用で……御用なんか?」
写真で確認したのと同一人物。強力な魔力も感じる。
女が符をかざせば、少女は意識を奪われたように倒れこむ。
「ふふふ、行きましょうかお姫様。ふん、うちにかかればこんなもんや」
持ち上げれば、子供のように軽い少女の体……それを抱えて窓から飛び出し。ホテルから去っていく……
「お前達、いい加減に静かにせんかーーーっ!!」
背後のホテルの喧騒と、響き渡った怒号に気づくことも無く……