52話
「赫翼の槍騎士か……とんでもないのが居るね」
戦場の隅にあったほんの僅かな水溜り。
そこから湧き上がるようにして現われたのは、年端も行かぬ少年だった。
子供先生や、現在のディルムッドとほぼ同年代の少年……けれど、其れが持つ圧迫感は異常なものだと感じられた。
「…………参る」
最早ディルムッドに子供先生や千草等は眼中に無い。
唯、目の前の少年しか眼中に無く、自身のアーティファクトの能力により主からも下賜され、規格外の数値を誇る英霊の力で少年へ迫る。
少年は一瞬、月詠に視線を向けるとディルムッドの突撃を受けて数歩を下がり。
「悪いけど、場所を変えさせてもらうよ」
「望むところ」
それを追う形でディルムッドも追撃をかける。
ディルムッドが踏み込めば、その分を少年が退く、自然、戦場は子供先生等から離れていき。
高速移動で戦場を変えていく2人の姿は、直ぐに子供先生達の視界から消えていった。
「ああああ、あの、追ったほうが」
「止めておいた方がいいでしょう、足手まといになるだけです……それより」
残されたのは幼い魔法使いとそのパートナー。
そして、若輩ながらも戦場に立った経験のある剣士……その強い視線が、月詠へと向けられる。千草は動きを見せないので、最早意識が無いのかもしれないが。
「……このまま捕らえさせてもらう、投降しろ、お前もそうだが、そちらの呪符使いは早めに処置しなければ命に関わるぞ」
辛うじて、息はあるようだ、ディルムッドがそうなるよう調整したのだろう。
「……酷いですなー、あんな罠があるとは思いませんでしたー、そちらの子供の魔法使いさんが千草さんをホテルに招きいれたところから罠だったわけですかーけふっ」
「え、えー、僕がー?」
凶剣月詠が一瞬の槍戟によって与えられた負傷は腹部を貫いた刺突と、左足の膝から下、右腕の肩から下を斬り落とした斬撃……気によって身体を強化しているが、まともな戦闘など不可能だろう。
特に、二刀使いである月詠が片腕を失ったのは致命的で……けれど、その眼にはどこか愉悦がある。
ただ、刹那には最後の一言が気になった、蒼白になって震える少年が呪符使いをホテルへ招きいれたと……後で確認すべきだろう。
「けど、凄く良い槍捌きでしたー……もう一度、今度こそしっかり打ち合ってみたいですなー。あぁぁぁぁん」
ゾクッと刹那に背筋が凍る想いが奔る。
突かれ斬られながら、それでも月詠の眼に宿るのは先の一撃の素晴らしさへの感動。
全身を襲った死の実感、神業的な速度、無力化のために躊躇い無く四肢を斬り落とした決意……どれもこれもが素晴らしく、達してしまいそうになるほどに愉悦を覚える。
何としても、再度の相対を願いたい……それのみがその身を満たし。
全身を走る痛みすらも、与えられた技の素晴らしさを思い知らせ悦楽に感じる。自然と笑みが零れ。
「……お前は危険だな、確実に無力化させてもらう」
刹那は野太刀を振り上げる、その峰を返して意識を奪うため、振り下ろそうとして。
「ちょ、ちょっと刹那さん……その子、もうボロボロなのよ、て言うか救急車、うっ……酷い……ヒド」
神楽坂の目の焦点がブれる。
眼に映るのは、腹を突き抜かれ血を流す月詠。階段に背を預けて機を伺っている。
口元からも血が毀れ……
「あ……あ……」
「どいてください、神楽坂さん……その剣士はまだ眼が死んでいません、無力化します」
「だ、駄目ですよ、そんな傷だらけになってるんですよっ! 何を言ってるんですか、どう見てもやり過ぎです」
子供先生も刹那と月詠の間を遮るように立ち塞がる。
幼い魔法使いには、半致死状態とも言える月詠に向けて尚、剣を振り上げる刹那の方に問題があるように映るのだ。
「何を、どいてください、その剣士は」
「もう勝負はついてます、これ以上する必要はありません、早く傷を回復させてあげないと」
これまでに子供先生が争った相手といえば、絡繰茶々丸やエヴァンジェリン……勝敗さえつけば、直後には和解できた関係の少女達。
それを想えば、月詠が負ったダメージは明らかに過去の其れを上回る。
故に、子供先生達の意識では既に勝敗は決し、今、子供先生と神楽坂が背後に守るのは怪我人で、目の前に居る刹那は其れに尚鞭打とうとする者で……
「甘いですなー、けど助かりました……逃げるチャンスをくれて」
「えっ」
刹那は子供先生と神楽坂に遮られて手出しできない。
既に決着は着いたと感じていた子供先生と神楽坂は僅かに振り向くのが精一杯で。
「ひゃっきやこー」
月詠が片手で手持ちの呪符を全て解き放つ。出し惜しみ等しない。
100枚ほどの呪符から大量の小柄な式神が溢れ出、神楽坂と子供先生の背を押すようにして階段の下方へと流れ出す。
「うわー」「きゃー」「くっ」
ファンシーな衣裳や小物が好きな月詠だが、その趣味の中に可愛らしい式神収集と言うものがある。その為だけに呪符を学んだのだが、好きなことへの執着が強い月詠の習熟は意外と強く、本職の呪符使いでも難しい大量召還を一息で成し遂げる。
子供先生達には階段と言う立地条件が災いした、大量の小型式神は神楽坂と子供先生を掴みながら階段を下るように動き、その勢いで刹那も巻き込んで階段を転がり落していく。
階段で何度も身体を打ちながら3者は距離を取らされる。そして、僅かな猶予さえ出来れば充分。
「狗神っ! 千草姉ちゃん達の手足集めぇっ!」
自分たちの勢力にはもう一人、協力者が居るのだから。
先程、少年が現われたときに一瞬、月詠に唇のみで話しかけたのだ、読唇術で読み取った其れは『いぬもくる』と言う一言だけ。
けれど、長く共に戦い続けた仕事仲間の特性を分かりやすく表した一言であり、その場には大量の黒い狗が雪崩れ込んできた。
其の犬達は階段に転がっていた手足を咥え、また、数匹が階段の下へ転がり落ちた刹那達を警戒して壁になる。
「月詠の姉ちゃん、無事か」
それらの犬を引き連れて現われたのは、学生服を身に纏った幼い少年。
無残に突き、切り裂かれた千草と月詠の姿に一瞬顔を顰めるが、小さな体躯で直ぐに意識の無い千草を抱え上げ。
「新入りは足止めが精一杯言うとった、厄介なのが戻る前に退く」
「はい、承知です〜」
千草は少年が背負い、月詠は狗神の一匹の手伝いを受けて何とか身体を起こす。
刹那が狗神を斬るが、短期決戦を覚悟した少年が続々と狗神を召喚し続け、
その間に、狗神の一匹にまたがるようにし、自身の式神のフォローもあって月詠はその場から去っていき。
「一旦退いたるが、次は俺もヤったるからな、千草姉ちゃんと同じ痛みを味合わせたるから覚悟しとけっ」
最後に残った式神と、狗神をけしかけて少年も去っていく。
一体一体、一匹一匹は大した事が無くとも、数だけは大量に居るそれ等に囲まれた刹那達にそれを追う術は無く。
結局、狗神と式神の残党の殲滅は敵が去った後、ディルムッドが戻ってきても終わる事は無かった。
「……逃げられたか」
「申し訳ありません、後を任されたにも拘らず」
血に濡れた槍を手に戻ってきた少年の姿に、子供先生と神楽坂が青ざめる。
刹那にすれば、完全に無力化された呪符使いと剣士を、任されたにも拘らず逃げられるという失態だ。
「いや、初手で殺さなかった私にも問題がある、無理に生かさず心臓を射抜いておけば面倒は無かっただろう」
其れは充分に可能なことだった、ただ……主の命で、命だけは繋ぎとめるようにしたのだが。
「っ、何よそれ、アンタ、あの2人を殺す気だったの!?」
神楽坂たちには、其れは許されない考え方だろう。
子供先生も驚きと隔意を持ってディルムッドを見つめる……木乃香に変装していた少年、ずっと騙されていたようなものだ。アレだけ心配したというのに、刹那も其れを知っていたようで。
「……桜咲殿、一般人を巻き込むのは誉められたことではないが」
「い、いえ、ネギ先生のパートナーと聞いていたので……その」
「そうか……まぁ良い、私は至急に主に報告があるので先に戻るが……ふむ」
ふと、階段の隅に転がっていたものを見つけると、汚れないようにハンカチで庇いながら摘み上げる。
突然の動作に3人も眼を向け。
モノを見て、刹那は僅かに顔を顰め、神楽坂と子供先生は口元を抑えた。
それは、女性の指だった。
「呪符使いの腕を斬り落としたときに小指を掠めた覚えがあったな、大物は持っていかれてもこれは残ったか……呪詛の媒体としては充分か」
「なっ……あ、あんた、何でそんな酷いことを当たり前みたいに言うのよっ!!」
神楽坂の言には耳も向けないディルムッド、最早聞くだけ無駄だと諦めたような感じだ。
子供先生も不満そうな面持ちで。
「……桜咲殿、その娘が友ならば、二度と戦場に出させぬほうが良いぞ。あの白い髪の少年、私から逃げおおせた……私と同格と考えて良い、気に掛けることだ」
「っ、ディルムッドさんと……ですか」
それだけ呟いて、颯爽と跳び上がるディルムッド、神楽坂が騒いでいるが相手にすることなく。
そのまま、主の下へと駆け出した。
大事な報告を、するために。
時を少し遡り、ディルムッドと白い髪の少年が先の戦場から離れ始めて少し。
其処でディルムッドは重大な決意を胸に少年へと槍を振るっていた。
其の身は未だ少年の姿故、ステータスは低下しているが、アーティファクトにより、主から絶対の加護を受ける槍兵は、容易く望むとおりに白髪の人形を誘導する。
即ち、少年を“先の戦場から遠ざける”
狗神使いによる救出を望む少年にとっても、怪我を負った千草や月詠から赫翼の槍騎士を遠ざけることは必要であり、二者の意思が重なり合った結果、2人はめまぐるしい勢いで移動をしていた。
そして、京都の主要施設から離れ始め、子供先生や桜咲刹那から確実に距離を取ったと判断したところで、ディルムッドは動きを変える。
ルーン魔術による人避け、また、メディアから与えられた宝石を撒き散らし。
ビルの屋上に急造の結界を築き上げる。
「結界、逃がさない気……じゃぁ、無いみたいだね」
それを怪訝そうに見つめる白い髪の少年、結界をざっと見るが、外界からの光・音などの情報の遮断……結果内での出来事を外界へ伝えぬことを主目的とした結界だ。
それは、魔術と魔法による完全なる外界との情報の隔絶。其れも、大量の魔法具や宝石を使っての大盤振る舞いだ。
「増援を呼んだのは分かるけど……結界の意味が分からないな、増援も式を利用してるだけで大したこと無さそうだし」
「あら、気付いてたの、まぁ、気にしないで頂戴、私は万一の保険だから」
影から顕れるのは、紫紺のローブを深く纏った魔女の姿。
本人ではなく、式を使い遠隔操作する人形のようなものだが……宝石に込められた魔術を発動するには充分で。
其れは、神代の秘蹟による魔術。
……けれど、少年はますます怪訝そうにするだけだ。
その結界には、少年を逃がさないための役割が全く無い。
とにかく、情報の遮断、其れのみが主目的とされていて……
「良いわよ、これで誰にも見られない聞かれない、此処で起きたことは誰にも伝わらない」
魔女の宣言に、槍騎士は深々と頭を下げた。
今まで槍を向けていた、白髪の少年へと。
「失礼を致しました、フェイト殿」
それは深く謝罪の意を口にする、先刻まで殺しあっていたはずの少年に向け、槍騎士は槍を足元に置き、完全に敵意がないとアピールする。
「僕の名前を知ってるようだね」
「ハッ、立場柄、このような形でしか意を示せぬ事を、どうかお許しください。また、刃を向けてしまった事も、お許し戴ければと」
「なるほど、フェイントが多かったのはそう言う事か……僕に用があって引き離したんだ」
「ハッ……我が主君より、
それは有り得ぬ光景。
魔法世界において、闘技場で、かのラカンに次ぐ無双を誇り、あらゆる誘いを主君への忠義のみを理由に払い除ける。
最上の忠臣が、刃を重ねた相手に深々と頭を垂れる。
「『完全たらんとする、フェイト殿に取引を申し入れたい、協力する意思がある』と……我が主は、貴君との対話の場を求めております。願わくば……我が主との会談に応じて頂きたい」
完全、フェイトの名前、其れ等は白髪の少年の意を引くに充分過ぎる単語。
まして、赫翼の槍騎士は深々と頭を下げる。
「無論、条件は用意しております……
「……正気かい、君は」
「ちょっとディルムッド」
「如何でしょう」
三者の思惑が交錯する。
最強の魔女と最上の忠臣、そして……世界を救わんとするもの。
「……良いよ、君の主に興味が出てきた、君程の騎士の主に協力してもらえるなら心強い。
彼らの思惑は重なり合う。
二種類の未来を知るイレギュラーは新たな未来を求め、運命にその手を伸ばした……
アンチネギフラグがたちました(ぇ
ちょっとマトモじゃない方向のアンチになりそうですがww
どう考えても手を組むならネギじゃなくてこっちだよなー(ぉ