53話
「はい、どうぞ御一献」
「あ、どうもどうも……でも良いんですかねぇ、向こうではまだ先生1人と生徒1人が……」
「学園長先生が良いと仰ったんですから良いんじゃありませんか? 今晩は月黄泉先生は気にせず呑まれたら良いかと」
和風のホテルの一室で、二人の女性が酒を酌み交わす。
杯に酒を注がれたのは月黄泉小萌、見た目幼女だが、中身は比較的しっかりしている教師であり男子中等部3-Aの引率である。酒を注いだのはメディア=キャス、このホテルの女将として勤める身だ。
二者は、同性と言うこともあって意気投合して、酒を酌み交わす機会を得。
「まぁ、うちの子達が大人しくしていてくれるのは有難い限りです、お陰でのんびり晩酌が楽しめます」
本来ならば、月黄泉先生は騒々しいクラスの面子を押さえるために、就寝時間を過ぎても騒ぐ生徒達の対応で新田先生同様に苦労する筈だった。
そう、筈だった……けれど今、月黄泉はのんびりと晩酌を楽しむ余裕すら出来てしまった。
最早、男子中等部が馬鹿な事をするなど有り得ないという絶対の確信を得てしまったのだから。
一応、夜回りもあるのだが、幸いにして今晩は別のクラスの担任が担当だ、4泊するのだから、教師も少しは羽根を伸ばしてもいいだろうと、二晩ずつの交代にしておいて良かったと心から思う。
まぁ、切り出してきたのは同僚の詠川なのだが。
「本当に、ちゃんと忠告しておいたと言うのに」
女子中等部3-Aが本館に泊まっている、露天風呂まである……その事実が男子中等部の一部生徒達のテンションを高めてしまった。
結果、生徒達の騒ぎは月黄泉や詠川の予測の其れを、容易く上回ったのである。
……そう、上回ってしまったのだ。
「まぁ、お陰で、お怒り暴君朱雀ちゃんが、鎮圧した挙句、外出禁止令を出してくれましたが」
「あの子、女の子に手を上げるのは苦手だけど、男の子には手が出るのが早いから」
元々京都で不機嫌で、様々な騒ぎで唯でさえ苛立っていたところに青髪ピアスを中心とした女子風呂覗き決死隊の結成を直感的に察知。
直後、暴君が君臨。其の場で決死隊を粉砕し、別館に向けて『騒ぐな』と一喝。
其の殺意に圧され、彼らは理解した。
“これ以上機嫌を損ねれば死ぬ”と!!!
とかく、今晩の暴君の機嫌は悪かったのだ、何があったのかは分からないが気がかりがあるようで、苛々していた処に女風呂覗きと言うのはまずかった、色々考えさせられるものもあるもので。
「その言い方は、誤解を招きかねませんよー。まぁ、朱雀ちゃんはちゃんと女の子に興味がある子ですけど」
「あら、学校だと結構やんちゃしてるのは知ってるけど、そっちも頑張ってるの?」
「そんなの、女子の子達を見てる朱雀ちゃんを見てれば分かりますよ〜大事にしてるから良いですけどね〜私も朱雀ちゃんみたいな相手が欲しいですー」
「ふーん……本当に教師としてはしっかりしてるのね……会社の経営とかは興味ないかしら、優遇して迎え入れてあげるわよ」
一緒にお酒を飲む月黄泉先生はコンパクトで愛らしく、中身もかなり愛らしい。
……はっきり言ってしまえば、容姿的にはかなりメディアの好みに適う。
しっかりしているし、補佐的立場で迎え入れればつまらない仕事も楽しく過ごせると、急遽ヘッドハンティングに挑み。
「うーん、私はうちの子等の相手をしてるのが楽しいですからねー」
「そう、残念」
実際、とても残念に思うが、目の前で微笑む幼女を見ればメディアにも諦める気が出てくる。
この幼女は問題児の相手をしてるときが一番楽しいのだろうと、可愛らしい子を優遇する上で、本人の意思こそ尊重するのは当然だろう。
今も、見ているだけで幸せになれる笑みを浮かべてくれているのだから……取り敢えず、酒飲み友達には絶対になろうと決心し。
「……ずっとこんな感じだと良いですねー」
少し、表情が素に戻る……おそらくは旅行のことを言っているのだろうが、ずっと続けば良いというのはメディアも考えていること。
月黄泉先生から見えない位置には槍の騎士から届けられた人間の部位が一欠片。呪詛はコレで充分に為せるが……まずは、フェイトとの会談が優先……
娘のように愛する少女、心から愛する伴侶、無骨の感はあるにせよ信に足る仲間、そして自身に幸福を与えた主。
此れほどの幸福をどうして逃がせようか。
此れから世界が乱れると知らされて、どうして見過ごせるか、この世界を、何よりも……『私達の居場所』を乱されることが許せるわけが無い。
「そうね、こんな日々が続くなら、其れは何よりの幸福だわ」
故に魔女は笑み、窓から空を見上げる。
その先に在るだろう星を睨むようにしながら。
まず、すべきは深く頭を垂れ、謝意を述べること。
それが、完璧を逸した騎士の忠義。
「申し訳ございません、天ヶ崎千草、月詠の両名を取り逃がすという失態を為しました、責は全て我が不覚故に……ですが、フェイト殿との接触には成功し、会談の席を設ける意を受け取っていただけました」
フェイトと言う名の西洋魔術師との接触こそが、修学旅行における最大の利。
故に、学園長の侭も受け入れ、協定に掠める其れすら無視した……目的を為すために、主の大儀を果たすためにフェイト=アーウェルンクスとの接触は大前提であり。
「気に病む必要は無い、二者は放置しても構わない、其れよりもフェイトと接触を持てたことこそ重要……無理を強いましたが、良くぞやり遂げてくれました」
実際、安堵する。
基本、天ヶ崎千草や月詠、小太郎と言った者を捕らえ、誘き寄せるか、原作通りの流れを作って接触する機会を作るしかないかと思っていた朱雀にとって、初日に接触し、会談を取り付けたというのは朗報で。
「はっ……此方から宝石を預けましたので、明朝以降にメディアと念話で場所の折衝をする段取りとなっております、まずは味方陣営に戻って頂き、万一の危惧を取り除くを優先しました」
「
治癒不能な傷で四肢を斬り落とし、腹を刺した、最悪出血多量で死に至ることも考えられる。
「治癒不能な傷について伝えたところ、一旦全身を石化させると、後は朱雀殿の会談後に対処を考えると申しておりました」
フェイトにすれば、五月蝿いのを石化させた後で回復手段を探して来るとか理由をつけて抜け出せば良い。
癒えぬ傷の対処法は、傷を与えた本人に聞くのが一番効率的なのだから。
「やはり何かありそうですね、リョウメンスクナ程度に興味を持つ筈が無いですし、英雄の息子の評価か……紅き翼の古参で表舞台にある近衛詠春への斥候……いえ、考えるだけ無駄ですね、会ってから考えましょう、その間、私の大事な人たちを任せます」
フェイトと言う少年の実力と立場を知るが故に、天ヶ崎千草と言う名の女の下にあって鬼神復活に協力する姿勢に疑問が芽生える。
もっとも、これも考えるだけ無駄なのだから、直接本人に聞けば良いだろう。
「さて、フェイト=アーウェルンクス……それに、超鈴音……協力者は揃った、始めましょう、世界を救うために」
魔法世界のテロリストと、此方の世界でテロを起こす予定だった少女。
それに手を貸すのだ、自身もテロリストのようなものだろう……けれど、それで構わない。
彼は、全てにおいて、身内の安全こそを優先するのだから。
残されたのは三者。
神鳴流の剣士である桜咲刹那、英雄の息子ネギ・スプリングフィールド、未だ世界に知られぬ破魔剣士神楽坂明日菜。
一瞬にして、追っていた呪符使いと護衛の剣士の四肢を無残にも斬り裂いた槍騎士の姿は既に無く、残されるのは血痕と肉の一部。
その階段には未だ、深い血臭が残され。
ひとまず、階段の下方へと移動する……それでも、足元に付着した血まで取れるわけではないが。
「……私はホテルに戻ります、このちゃんが心配なので」
「待ってよ、桜咲さん……あの木乃香が本物じゃないって、知ってたの?」
それは、ネギやアスナにすれば明らかな裏切り。
此処での刹那の行動は守勢を主とし、積極的にこのかを取り戻そうとする二人よりも、引き際を常に頭の片隅に置き。
ネギの魔法の不発をもって、決心した。
彼には無理だ、彼女にも無理だ、そして……私の命を賭ける場は此処ではないと。
故に、ディルムッドの助力を願い……結果として、ディルムッドは二者を死に至るほどの傷を与えて打ちのめした。
「知っていました、先に説明されていましたので……そうですね、本来ならば私は謝るべき立場にあるのでしょう、事実、事が終わった後には謝らさせてもらうつもりでした」
子供先生には絶対に教えるな、教えればこの策は何ら無意味なものになる……そう言っていた魔女を思い出す。
今ならば其れも理解できる、敵を騙すにはまず味方から等と言うレベルではない、この二人に知られていれば当然のように敵に策を悟らせていただろうと思えてしまう。
「……ですが、私も言いたいのです、何故あの時私を遮ったのですっ! あの時お二人が私と剣士の間に入らなければ、私はあの剣士の意識を奪い、このちゃんを狙った二人の術士を捕らえられたっ!!」
「っ、あんな怪我してる子にさらにって、何でそんな酷いこと普通に言うのよっ、あの子、あんなにボロボロだったのよっ! ねぇ、ネギ」
「は、はい、あれはやりすぎだったと思います、もう充分……いえ、やり過ぎていました、幾らなんでもあれは酷すぎます」
「兄貴、兄貴、少し落ち着いて」
それは、決定的な断絶。
この二人は戦場に立つ意思など欠片も無い、魔法使いとしてもその従者としても明らかに“常識”が欠落している。
唯一、オコジョのみはこの状態を許容している感はあるが。
「ディルムッドさんの気持ちがよく分かります……」
魔女は、子供先生等と手を組むことは無いと言った。
事実だろう、この敵地の真っ只中において、彼等と手を組むことは利にならない。
「……私は彼女と手を組みます、神楽坂さん達は、このやり口が気に食わないようですから、もう協力は出来ないと思います」
故に、剣士が選ぶのは魔女の誘いの手……癪ではあるが、幼馴染の少女は魔女にとても気に入られている。
何よりも、ディルムッドが口にした、白髪の少年が自身に匹敵するという評価。それは、事態が既に子供先生の手に負えるものでないことを意味する。
「ホテルに戻ります、神楽坂さんはネギ先生の杖でどうぞ」
故に、剣士が取るのは魔女の手。
学園長の意に背く事になろうと、確実な戦力を欲する……まして、ディルムッドには主への忠義を評価された。
ならば迷うまい。明らかにディルムッドの不興を買っただろう二人と行動を共にすれば、要らぬ誤解を招きかねない。
「あ、ちょっ」
跳び去る。
ディルムッドほどとは言わないが、一瞬の虚を突いて距離を取るのは容易く。
置いてきぼりにされた二人と一匹は互いに顔を見合わせる。
「桜咲さん、彼女と手を組むって……」
「長谷川さんですよね……たぶん……」
「強いほうにつくってことかよ、薄情な奴っすね……まぁ、本当に強いのは間違いないんすけど」
「あんな事をしたのよっ!? ……うっ、思い出すだけで……」
つい、先程まで手を重ね、協力を交し合った3者。
けれど、あっと言う間にその繋がりは断たれてしまった。
「……ネギ、どうすんのよ、アンタも長谷川に協力してもらう気?」
「ですが、長谷川さんのやり方は……」
子供先生が見渡すのは階段、血に濡れ、血臭漂う悪夢のような光景。
此れほどの血の臭いを感じるのは、エヴァンジェリンが襲われていたのを見たとき……あの時も、今と同じ濃い血の臭いを感じ。
「思い……出しました……見間違いでも、幻影でもなかったんです……朱雀さんも、エヴァンジェリンさんにも同じ事を」
二つに断たれた絡繰茶々丸。
全身から血を流すエヴァンジェリン……高畑からは幻影と説明されたが、あれは事実だったと、今のネギには言い切れる。
朱雀もまた、容易く同じ事をするのだ……こんな惨状を作るのだと。
「じゃ、じゃぁエヴァンジェリンが3学期に随分休んだのって」
「たぶん、傷を癒してたんです……あんな傷、幾ら真祖の吸血鬼でも……」
自分が苦戦したエヴァンジェリンを下していた朱雀。
そして、ディルムッドもまた苦戦していた相手を二人まとめて一蹴した……とても、凄い力で。
けれど、子供先生には認められない。
相手を殺して善しと言えるような者は、彼の中の“
むしろ、エヴァンジェリンのような悪い魔法使いに思え。
「僕は……どうしたら……」
子供先生の認識では長谷川千雨のパートナーと言う事になるディルムッドも、近衛木乃香のパートナーである桜咲刹那も間違ったことをしていると思う。
その確信は子供先生の中にあり……
「兄貴の処の生徒なんだから、副担任権限で言うこと聞かせることは出来ないんですかい」
「それが出来たらエヴァンジェリンのときにも苦労してないわよ」
オコジョと神楽坂の掛け合いに、ふと子供先生の頭を天啓が過る。
自分は彼女の教師であるのだと。
生徒を導くのが、自分の仕事だと。
悪い魔法使いだったエヴァンジェリンと戦い、悪いことをやめさせた……
春休みの間、新田先生からも教導を受けた少年は、本質こそを理解しないままに、教師の本分と言うべきあり方を思い出し。
エヴァンジェリンと戦いの末、勝利し、【悪の魔法使い】がちゃんと授業に出席するように更正させた教師として、悪いことをしている長谷川千雨を見過ごすわけにはいかないと。
「決めました、僕は……長谷川さん達を導きます、長谷川さん達が“
やり方が悪いのなら、相手に傷を与え、死に至らしめることが気にならないのなら。
きちんとした、“
とんでもない勘違いと、傲慢な自意識と、自己中心的な考え方の基に子供先生は決意したのだった。
G T N(傲慢な ティーチャー ネギ)とG T N(ジコチューな ティーチャー ネギ)どっちが良いですかね。(ぉ
ちょっと、ネギが原作より頭が可哀想でしょうか……また賛否分かれそうでちょっと怖いですがw
うちのネギは勘違いを爆発させておりますww
学園なら迷わず果たし状書いてます(ぉ