57話
「ふむ、色よい返事がもらえて良かったネ、こんなお土産まで貰えたヨ」
極度の緊張のせいで、全身に汗をかいているが、表情にはそれを見せず。
「……まぁ、相手と連絡を取るときは便利だから良いですけどね」
朱雀はそれを見て軽く苦笑した。
会談後に問題となった事の一つに、今後の連携をどう取るかと言うものがあった。
その方策の一つとして、フェイトが朱雀陣営への監視も兼ねて従者の一人を此方に預ける事を提案したが、何分急な話のために一旦保留……
次の会談の段取りだけ済ませるはずだったのだが……超鈴音が自身を従者にすれば良いと提案した。
「か弱いコウモリは、鳥にも獣にも近づけるようにしておかないといけないからネ」
直接的な戦力と言う意味において、圧倒的に二者に劣る超は両者の下に付くことで、自身の目的が近付くことを望む。
無論それが、薄氷の上を渡るような行為と理解しつつ。
「それじゃぁ、これで解散と言うことですが……」
ふと、辺りを見渡す。
既に異界からは戻り、場所はホテルの中庭だ……意外と広く、木々も多いから隠れる場所も多く。
異界から戻るには最適と判断したため其処から戻ったが。
「珍しいですね、男子の居る別館の方が騒がしい感じがします」
別館と本館の騒ぎの音が聞こえてくるのだが、昨晩のそれとは明らかに違う。
昨晩、暴君の君臨により静寂に満たされていた別館は騒がしく、あれほど騒がしかった本館は静かで。
「むっ、そう言えば……うちのクラスが居るのにやけに静かネ、新田先生が早めに抑えたのかナ」
女子中等部3-Aと言うクラスは、修学旅行二日目で疲れが溜まるようなクラスではない。
昨晩も就寝時間が過ぎてもなかなか騒ぎが収まらなかったのだが、それでもまだまだ騒ぎ足りないはずだと、超等は断言できる。
……それが、今日はやけに静かな感じがする。
時刻はまだ8時過ぎ……とてもではないが、3-Aの面々が騒ぎ疲れるような時間帯ではない。
むしろ、絶好調の時間帯の筈で……それがこの静けさと言うのは。
「超さん」「朱雀さん」
「「嵐の前の静けさですよね(ネ)……」」
本館の上にどろどろとした雲でもかかりそうなほど、不穏な気配が漂っていた……
黙々と。
黙々黙々と。
女子麻帆中3-Aの面々は静かに部屋で過ごしていた。
普段から、その騒々しさには辟易している長谷川千雨等は、部屋自体が静けさに包まれているのは良いことだと感じている。
修学旅行先で、3-Aが此処まで静かになるなんて、さぞ新田先生も感激していることだろうと……
「いや、むしろ不安がってるかも知れねぇな」
「新田先生?」
千雨同様、積極的に参加していない大河内アキラに首肯が返される。
千雨自身はモバイルPCに顔を向けているが、手持ち無沙汰のアキラが一人ですることもないのも苦だろうと、二人で適当に小動物の画像サイトなどを見て回っている。
せめてテレビが占領されてなければバラエティ番組でも見ているのだろうが。
「ん、私決めた」
「オッズはこれで確定だよね……んー、やっぱうちも参加すべきかなぁ」
「桜子が出ないって言うなら出ないほうがいいでしょ」
残りの三人は、小声で手元の携帯電話を操作する。
目の前には部屋に備え付けのテレビ……けれど、テレビに映し出されるのは、時間帯特有のバラエティ番組等ではなく。
何故か見知ったクラスメイトの顔写真で。
「あれ、千雨ちゃんたちが何時の間にかエントリーされてる」
「お、本当だ、何だ何だ、興味無いふりしてしっかり出るんじゃん」
「あん?……」
ふと、興味も無いので放置していたが、いきなり名前を出されて戸惑う千雨。
テレビの画面を覗き込み……1班の代表として自分とアキラの名前があるのを見つけ……
「なんっむぐぐぐうううううっ」
「駄目だって千雨ちゃん、新田先生に警戒されちゃう」「本番まで騒ぎは厳禁、みんな我慢してんだから」
叫ぼうとしたところを桜子と柿崎によって取り押さえられた。
けれど、テレビに映し出される画像には確かに長谷川千雨と大河内アキラの姿が写されている。
自分はこんな馬鹿騒ぎに参加表明した覚え等なく。
アキラのほうへ目を向けるが、首を横に振る、一応他の面子にも確認するが首を横に振るだけで。
「……主催は朝倉だったな……」
叫ぼうとすると取り押さえられるのが目に見えているため、ひとまずは声を抑えて呟く。
人を勝手に参加させるとはいい度胸だと、3班の部屋を目指そうとして。
「おっとー、お手間は取らせないよ」
丁度タイミングよく、件の朝倉が1班の部屋へと滑り込んできた。
……胸元から子供先生のペットのオコジョが首出してるあたりで千雨の目元がきつくなるが。
「……1班は参加者無しだって椎名から連絡が行ってるはずだが」
「いやさ、折角のイベントだしみんなで騒ぎたいじゃん、1班も6班も参加者無しじゃつまらないし協力してよ」
「却下だ、だいたい私は」
「ちなみに、男子中からも何人か参加する予定なんだけどなー♪ 勿論あの班から……えっと」
一瞬、朝倉が一歩引く。
少なくとも、千雨がすこぶる不機嫌になったのは伝わったのだろう。
その上で、朝倉に近づくように一歩踏み出し。
「クラスで騒ぐ分には別に構わないし、態々企画したイベントを邪魔しようとも思わないが……馬鹿げた思惑に私達を巻き込むって言うなら、新田にチクるぞ」
「や、やぁ〜、みんな頑張って我慢してるんだし、ここでそれは無しっしょ長谷川」
「だったら無理矢理私を巻き込もうとか考えてないで、自主的に参加したい奴を探して来い」
「あーんー、了解。長瀬さんとかに声かけてみる」
その場で朝倉が携帯電話を数度弄ると、テレビに映し出されていた千雨とアキラの顔に不参加の文字が浮かんで消えていく。
代わりに、新規参加者募集の枠が追加され。
朝倉の携帯電話に何通ものメールが殺到していく。
「じゃ、じゃぁ、スタートは11時の予定だから〜」
手を振って去っていく朝倉。
それを見送りながら、テレビに眼を向ける。
其処には、朝倉が主催して決定されたゲリライベントの参加者達の姿。
密かに一部生徒を除いて広められたそれは、ネギ先生との仲を親密にさせる賞品が手に入ると言う特別イベントの案内。
名付けて『くちびる争奪戦 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』
……裏で画策しているだろうオコジョの姿を思い出しながら、千雨は静かに息を吐いた。
「うわーガード固っ、てか長谷川もマジで関わってそうな雰囲気だったね」
「出来れば参加して欲しかったんすけどねぇ」
肩に乗ったオコジョと普通に会話を交わす少女。知り合ったのはつい数時間前だというのに大した順応力で。
そのオコジョから是非とも参加して欲しいと言われた少女の不参加に残念そうにする朝倉。
「ま、うちの参加者は揃ったし、男子も何人か釣れたし……これでなんか有っても向こうの
「カード一枚につき、5万オコジョ$もうかるから、百万長者だぜ姉さん」
廊下を含み笑いしながら歩いていく一人と一匹。
丁度、女将らしき女性とすれ違ったため軽く頭を下げ。
「美人の女将っすね、何とか宿泊中に俺っちのコレクションを」
「どうせろくでもないコレクションでしょうけど、ほどほどにしときなよ……って、あれ、何か頭がすっとしてきた……ん〜大丈夫かな? 何か急に不安になってきたんだけど」
「何言ってんすか姉さん、ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ、笑いが止まらねー」
何だかんだで相性がいい感じの二人は、そのまま急遽設営した放送ブースへと足を向け走っていき。
「……下種な
魔女は冷ややかな眼で、そんな二人の背を見送っていた。
ホテル嵐山改築ポイント ①玄関
お客様に快く訪れていただくため、絨毯から壁紙まで全て新規に貼り代えさせて頂きました。
壁紙の裏にまで意匠を施しておりますが、通常は見ることは出来ません。こちらの意匠に関しましては女将直々のお迎えの場合のみ御覧頂くことができます。
また、急なお客様の来訪にも備えられ、予約の無いお客様専用の異館を異界に新築させていただいております。此方は自動でのご案内になりますのでお手間も取らせません。
異館では、外部からの侵入ならびに内部からの脱出を完全にシャットアウトし、お客様に静寂のみの空間を楽しんで頂ける造りになっております。
また、空間内では無謀と慢心の精霊による心のマッサージを自動で受けて頂き、お客様に、小細工など不要と感じるほどの自信と、あらゆる事がうまくいくような高揚感、あれもこれもと欲張っても問題に感じない絶対感、自分に向かって風が吹いているような錯覚を感じていただけます。尚、光の矢はオプションサービスとなっておりますのでご了承ください。
※注意事項
露天風呂近辺でカメラ等で撮影行為を行いますと、自動的に異館へのお迎えが発生しますので、パパラッチはくれぐれもご自重ください。