58話
「ん〜……大丈夫かね」
事此処まで至って、少女の心に不安が湧き上がり始めていた。
むしろ、数十分、数時間前の自分がどうかして居たと言うべきか……
「どうしたんすか、姉さん急に」
声をかけながら胸元から這い出してきて肩へ飛び乗るのは、つい数時間前に知り合ったばかりの協力者。
事は3-Aの面々がホテルへと戻ってきた時刻へと遡る。
同じ班である委員長の雪広あやか達から『教師と教え子の淫行疑惑』……と言う話題を振られ、その調査を依頼されたのだが。
実態としてはネギ先生が誰かに告白されただけというネタであり、相手も小学生レベルの恋愛観の宮崎のどかであり、この件に関しては胸に秘めるに留まると決めた。
けれど、その直後。彼女は超特大スクープと巡り会ったのだ。
「いや、魔法使いの大切な儀式ってのは聞いたんだけど、今更ながらにキスはまずいかなぁって」
宮崎のどかへの取材の後、偶然見かけた子供先生の後を追ってみたところ。
ホテルの前の道路で猫が大型自動車に轢き殺されそうになる現場を目撃、それを見て子供先生は大型自動車の前へと飛び出し。
大型自動車を杖の一振りで吹き飛ばし、ペットとして連れてきたオコジョと会話し、魔法と言う言葉を口にし、空を飛んでいった。
そう、こうして朝倉和美は超特大スクープを見つけ。
「何言ってんすか、何度も言いやすが、
魔法の存在を疑った朝倉和美は麻帆良学園内にいたころには疑問にも思わなかった様々な疑惑を次々に思い出し、源しずな先生に変装して入浴中の子供先生を直撃したのだ。
結局、子供先生の魔法の暴走に巻き込まれて証拠諸々吹き飛ばされてしまったのだが。
その直後、声をかけてきたのが目の前で熱弁する。子供先生の使い魔兼マネージャーを自称するオコジョで。
「いやだから、ネギ先生って2年の3学期にちょっと問題起こしてんのよ、これもバレたらやばいのよ」
そのオコジョから魔法に関する基礎知識と引き換えに、クラス内でのパートナーの情報を求められたのだ。
その際に、オコジョから作戦Xなる計画への協力を求められた。
この時点では確かに、朝倉和美はクラスメイトと子供先生を有耶無耶のうちにキスさせようと言う作戦に懐疑的だったのだ。
次に問題を起こせば進退の危うい子供先生に危険な橋を渡らせるのはまずいと。
「大丈夫ですって、兄貴からはそんな大変なことじゃ無かったって聞いてやすぜ」
その後、オコジョにパートナー候補を紹介するために館内を周り、露天風呂で入浴中のクラスメイトの写真を撮ろうとした辺りで……何だか自信やら高揚感やらが沸きあがってきて。
気付けばオコジョと協力してこのイベントの段取りを終えていた、ギリギリ、神楽坂や魔法関係者の多いという6班は話題から除外できていたのは幸運なのか不幸なのか。
後、何故か、不思議な事に露天風呂に入浴していた生徒を撮ったはずの写真が撮られておらず。
多少、狐に摘まれたような気持ちだが。
「いや、結構大事だったんだけどねぇ……まぁ、ここまで準備しといて中止じゃ、みんな収まんないし、やるしかないかなぁ」
子供先生と共に居た神楽坂明日菜への説明も終え。
オコジョがどうしても参加させたいという長谷川千雨への声かけをし……この辺りから気分が落ち着き始めた気がする。自信と高揚も薄れ始め。
今となっては、やりすぎた感も否めないが、今更退く訳にもいかず。
「ま、男子も巻き込んであるし、最悪、向こうの噂の
せめて、最低限の備えを追加してイベントを開催することだけが。
慢心の精霊が抜かれ、冷静さを取り戻した彼女に可能なことだった。
結局、彼女は秘密裏に参加者10名を一箇所へ集め。
「ルールは簡単、各班から二人ずつを選手に選び、瀬流彦先生方の監視をくぐり、旅館外をパトロールしているネギ先生の唇をGET!! 妨害可能! ただし、武器は両手の枕投げのみ!! 上位入賞者には豪華商品プレゼント!? なお、先生方に見つかったものは他言無用、昨晩同様朝まで正座!! 死して屍拾う者無し!!!」
冷静さを取り戻してから追加したルールの魔女と槍兵とチートがネギま!で無双では単純に、イベントの開催箇所をホテル内ではなく、ホテル外の中庭に移動させたことが大きいだろう。既にネギ先生にはしずな先生に変装した上でこの時間からのパトロールをお願いしている。
これで少なくとも、ネギ先生の部屋に女子生徒が潜り込む危険性は回避できる……そんなのが新田先生に見つかったら洒落じゃすまないのだから。
また、昨晩は新田先生の一喝以降は多少大人しくしたのと、今日の静けさが大きかったか、今晩の見回りは瀬流彦先生と聞いている。比較的甘いあの先生なら見逃される可能性も高く。
「あ、後、トラップとして男子のほうに無記名のラブレター何枚か送っておいたから、ネギ先生と間違えないように。見つかったら勘違いされるかもしれないから気をつけてね」
「ちょっ」「朝倉さん、何て真似を」「勘違いアルカ?」
「ルール説明の段階でトラップアリってあったでしょ、あんなの信じるのはどうせ
その上で、男子数名が中庭の数ポイントを待ち合わせ場所とするように配置した。
音に聞こえる
新田先生に気付かれたら彼らを残して退避すれば騒ぎの原因は受け持ってもらえるだろうし。
「と言うわけで、ネギ先生がパトロールを終えるまでが勝負だよ、スタートっ!!」
こうして、10匹の猟犬……もとい、10人の恋する乙女達は解き放たれた。
「ふぅ、見回り完了と……」
「は、はい、じゃぁ僕はこの後、旅館外のパトロールがありますので」
ホテル内の見回りを終え、5班の部屋の前で足を止める神楽坂と子供先生。
今日は、告白されたり魔法がバレたりと、色々といっぱいいっぱいだった為、一段落すれば安堵でき。
「そうね……ねぇ、明日親書を届けるんだったっけ」
子供先生と行動する内に相談された親書の受け渡し。
明日の完全自由行動日か明後日の京都観光の間に行うしかチャンスは無く。
「は、はい、そうだ、それで明日の朝、長谷川さんも誘おうと思います」
「そう、うまく都合が合えば良いけど」
「親書を届けるなんて名誉な仕事ですから、是非参加すべきですよ。アスナさんも明日は……」
「はいはい、手伝ってあげるわよ」
立派な魔法使いの仕事として、親書を届けることを自分と長谷川千雨の合同にする。
そうすれば、立派な魔法使いとしての自覚も芽生えてくれるかもしれないと子供先生は夢想し。
パートナーである神楽坂明日菜も苦笑ながらも手伝いを同意してくれた。
波乱の多かった一日だが、最終的には問題も無く終わったと子供先生は判断し。
「さて、ちょっと遅れちゃったけどこっそりお風呂入ってくるわね」
「はい、よし、僕はパトロールだ」
杖を手に、改めて教師としての役割を果たすために子供先生はその足を中庭へと向けるのだった。
ほぼ同時刻。
『修学旅行特別企画!! くちびる争奪!! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦〜〜〜!!!』
1班のテレビには各班から選抜された、子供先生のくちびるを奪うべく立ち上がった10人の乙女が映し出されていた。
朝倉の手により、ホテルの見せ掛け上の監視カメラを幾つも掌握し、こっそり移転することで中庭の様子を垣間見ることが出来るのだ。
多少薄暗がりではあるが、其処はそれ、こっそりと光量も増やすことでカバーしてある。
これらを成し遂げた頃は自信と高揚に満ちていたため、ホテル側に見つかっていた等考えの端にも浮かばず。
『1班不参加により、各班からの希望者で結成(代)1班に楓選手とクーフェイ選手。2班からは未知数の鳴滝姉妹、3班はやる気不明のザジ選手にネギ先生への偏愛と執着が衆知のいいんちょ 人気No1です、4班はまき絵とゆーなの安定感のある運動部二人、5班は大穴図書館組の本屋と綾瀬夕映が参加だーースタートーー』
それぞれの分割カメラの中で、本館から次々に足を踏み出していく5組10人の乙女達。
妨害者である他の組を警戒しながら暗がりの中庭へ足を踏み入れる。
子供先生はパトロール中と聞いているが、パトロールの経路等は聞いていないため、まずはネギ先生を探し出すことが肝心だ。
けれど、その中にあって常人に無い勘を持つ者が数人居た。
そう、人の居ないはずのこの時間帯に人の気配を察知する猛者二人のグループが。
「人の気配……こちらでござる」
「ワタシ
さすがは武闘派の面目躍如と言ったところか、本館から出発した3-Aの面々とは異なる気配を如実に感じ。その気配の元へと足を踏み出す。
……ただ、ショタオーラを察知するはずの委員長はそちらのほうへは足を向けず。
クーフェイと楓の前に。
「ようこそお
蒼い弾丸が飛び込んできた。楓の胸目掛けて勢いよく飛び込んできた弾丸……青髪ピアスの突撃に。咄嗟に繰り出したクーフェイのカウンターが腹へと突き刺さった。
そのまま勢いよく吹き飛んでいき。
「アイヤーやりすぎたアルか……」
「油断するでないでござる、
「あ、あはー……やんちゃな子猫ちゃんやねー。けど、僕の無限の包容力はどんなプレイも受け止められるんやー」
むくりと、ゾンビの如く青髪ピアスが起き上がってくる。
クーフェイにすれば、確かに急所を捉えたたはずの一撃、そして、相手の物腰を見る限りでは然程武術に精通しているようにも見えず。
「な、何あるかこの
不意に寒気を感じた楓が前に出る。
「ふっ」「あうんっ」
瞬動で踏み込んで顎を掠め、打ち抜く掌打を突き放つ。
ダメージよりも、相手の平衡感覚を奪い去る事に比重を置いた一撃。その一撃に青髪ピアスはぐらりと大きく身体を揺らし。
「お、おお、おおおおおおおお、VIVA、VIVA、VIVA、VIVA、おっぱいが8つもあるでー、それもぶるんぶるんに揺れてるでー。何や四つ子ちゃんやたんか、二パイで四度楽しめるなんて、なんてお得なんや」
ぐらぐらと揺れながらも、その目の焦点を確かに乱しながらも、はっきりと楓の胸元へ視線を合わせる青髪ピアス。
視界は揺らぎ、楓が4つにも見えているだろうにその視線は胸から外れない……一応言っておくが、分身は使っていない、純粋に脳震盪で4つに分かれて見えているだけだ。
本来ならば、先のそれでもこの一撃でも彼の意識は失われていただろう……けれど、彼は2年と少しの間あの暴君の一撃を受け続けてきたのだ。
『刺す気』から放たれた一撃すら5分で回復を果たすその回復力を甘く見てはいけない。
「っ、何でござるかこの怖気は」
「……楓、いったん下がるアル、こいつ、まともじゃないアル」
「今度は鬼ごっこなんか……およ、何や歩きにくい……列先生直伝のほやさー」
脳が揺れ、まともに歩くことすら出来ない混濁状態。その中にあって、青髪ピアスの脳裏に閃く天啓。
『そう言えば、今週のチャレンジャーでこんな漫画あったなぁ』と。そして、彼は迷わずそれを実行した。
揺れた衝撃によって、脳が揺れているのならば、それを正常に戻す衝撃によって脳の位置を正常に戻すと。
「……分かっとるで、格闘っ娘や忍者っ娘のフラグと言えば一つ。ボクが勝ったら付き合ってもらうんやー ハァァァァァァァァ」
「くっ、くるアルよ」
「むむ、何と言う回復力、只者ではないでござるな」
片足を上げ、両手を白鳥のように拡げ上げ、未だ嘗てどんな流派にも存在しないだろう奇怪な構えを取る青髪ピアス。
それを前に、楓とクーフェイは息を呑んだ。隙だらけだと。
そして、それを映像で見ていた千雨は突っ込んだ、セクシーコマンドーかと……こうして、正当武闘派二名と変態の戦いの火蓋は切って落とされた。
それと少しだけ離れた場所で。
「お、お姉ちゃーん。な、なんか、かえで姉たち変な人と戦ってるよーーー」
「大丈夫だって、僕らは、かえで姉から教わってる秘密の術があるだろ」
変態と武術家の戦いから少し離れた辺りを、枕を抱えた小柄な二人の少女が駆けていた。
3-Aでも飛びぬけて小柄な双子の姉妹、鳴滝姉妹である。二人は小柄な身を活かして影から影に移動するように動いていた。
「けど、何か怖いーーーひっ、お、お姉ちゃん」
けれど、それはあまりにも大きな過ち。
彼女達だけは参加してはいけなかったのだ。
それは、当然のように、他の9名等には目も向けず、研ぎ澄まされた身体能力と培われた経験の元に標的の前へと立ち塞がった。
長身とそれに増しても長い両腕、この暗がりの中でも外さぬサングラスの向こうから少女を射抜く視線は強く熱く。
それは、雄叫びと共に史伽に手を伸ばした。
「義妹、ゲットだにゃーーーー」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー」
軽々と、両腕で捕まれて持ち上げられる史伽、それを為した槌帝は手にした妹属性の少女を手に勝利を叫び。
「あっ、史伽を離せこの変態っ」
「そんなに誉められちゃうと照れちゃうぜい」
「誉めてないーー 助けてーー」
ぽかぽかと枕で妹を高い高いする変態を叩く風香。それをむしろ満足そうに受け止める槌帝。まさしく変態の為し様で。
「史伽さんを、離しな……さいっ」
「にゃ……にゃーーーー」
クラスの委員長として、誘拐犯の如きその所業を見過ごすわけはいかない。
遠目でそれを見ていた少女。雪広あやか流なる独自の流派すら生み出し、神楽坂明日菜と死闘を繰り広げてきた委員長の手により。力で優るはずの槌帝は容易く投げ飛ばされ。
「きゃーーーーー」「ハムッ……食べてイイスカー」
「ダメ」
途中で投げ出された史伽は、ザジが連れている謎の生物の一体に受け止められた。
大きな口で浴衣の帯を咥えられた史伽にすれば気が気じゃないだろうが。
「あーー、オレの義妹がーー」
「誰があなたの義妹ですか、史伽さんは風香さんの妹です」
「……ん、てことは風香って子をゲットすればあの子が義妹になるんかにゃ?」
「ダメダコイツ、ハヤクナントカシナイトー」
ザジの連れてる謎生物が、其の場の一同の心に浮かんだ言葉を口にしてくれた。
こうして、2班と3班もまた、底知れぬ変態を前に、戦う決意を確かめるのであった。
そして、残る4班と5班は……
「ど、どうしよう夕映ー きっとこの人も」
「落ち着くです、のどか、変態さん、貴方がどれ程の変態かは知らないですが、のどかには指一本触れさせないですよ」
「あのー、せ、せめて話を聞いて」
「うぅぅぅ、変態さんにリボンて効くのかなぁ」
「それより、この変態が私達と図書館組、どっちをターゲットにする変態なのか気になるんだけど……まさか、両方いけるとか」
「だ、だからね、俺は別に」
あちらを見れば、楓の胸から視線を外さず如何なるダメージを負っても立ち上がる不死身のゾンビ青髪ピアス。
そちらを見れば、見た目小学生の鳴滝姉妹から視線を外さず、委員長にぽんぽん投げられても身軽に着地する槌帝。
どちらも何を狙っているのか明白に過ぎる。
そして、4班と5班では、その体格に大きな差がある。
特に明石のそれは他の三者を大きく引き離し、綾瀬のそれも別の意味で多きく引き離される。
「……夕映、本屋……私等が食い止めるからあんたら逃げな」
故に、明石裕奈は神上の前へと立ちはだかる。いくら図書館探検部といえど、得意な図書館島と言うフィールドで無い以上、バスケと新体操で鍛えた自分達の方が身体能力に優れていると思われ。
何より。
「で、ですが明石さん……相手は変態」
「夕映はちっこいし頭回るし体力あるだろ、いいから行け、ゆえ吉っ」
「あ……明石さん、すいませんっ」
「あっ、ゆえ〜」
「助けを呼ぶんだ、ゆえ吉っ」
ぎゅっと親友の手を握ると走り出す夕映。
後を振り返ることなく、宮崎を連れて走り出す。
「悪いね、まき絵……こんな変態との戦いなんかに巻き込んじゃってさ」
「ううん、いいよ、クラスメイトを変態から護るためだもん」
こくりと二人で頷きあう、このとき二人の思いは同じ。逃がした二人を変態から護る。
明石は枕を構え、佐々木はリボンを構えて決死の覚悟で神上へと向き直る。そして神上は。
「変態……それもあいつ等と同レベルの変態……俺が変態……」
二人に背を向け、縮こまっていじけていた。
……あれ、まさか続くのか。
おかしい、1話で終わるはずだったのに何故こうなったw
57話で、カモの仮契約陣設置場所が分かりにくかったようで少し訂正しました
①露天風呂付近で撮影行為に及んだ (逝って来ますコースご案内)
②表に戻ってきた
③いろいろ憑けたまま計画立案
④魔法陣設置
の順です