59話
闘争から逃れるように、三箇所の戦場に背を向け、距離をとる綾瀬と宮崎。
背に負った彼女達の戦い……特に、自分達を逃がすために、どんな変態かも分からぬツンツン頭との戦いに身を投じた明石と佐々木は心配だが。
「……なんでこんな事になってるのでしょう」
そもそも、冷静になって考えてみれば、これはクラスのレクリエーションだ。
あまりの変態ぶりに動揺してしまっていたが、あれが朝倉の仕込だった可能性もあり。
「……よく考えれば、状況を見ている朝倉さんが新田先生を呼ばない時点で想定内なのかもしれませんね」
尚、この時のことを正確に言うのであれば、朝倉は迷っていた。
無論、先生を呼ぶべきか否かではなく、警察に通報すべきか否かで……
クラスのイベントは最早、子供先生のことを飛び越えて、異種格闘技戦を観戦するような状態に成っている。部屋で観戦している者達には好評なのだろうが。
「ゆ、ゆえ〜 ど、どうし」
「落ち着くです、のどか……まずは彼らから距離をとって……あれは」
けれど、そこで観戦者達の意識を掻っ攫うイベントが発生した。
テレビの分割モニタでの戦闘を観戦していた視線は殆どが、一つの分割モニタに集まり。
「よし、考えもまとまったし、そろそろちゃんとパトロールを……あれ、何か騒がしいような……」
「っ、ネギ先生」
「あ、あれ、夕映さん、何でこんなところに」
そう、戦場からの退避に成功した5班のメンバーと子供先生との接触である。
パトロール前に少しばかり、宮崎の告白のことで考え込んでいた子供先生は少し遅れてその場所に現われたのだ。
瞬時に綾瀬は考えを巡らせる。
このイベントに参加したメンバーのうち、1班代理の長瀬とクーフェイは変態ゾンビの相手を、2班の鳴滝姉妹は3班の委員長に護られる形で変態金髪グラサンの相手を、そして4班はその身を削って、変態ツンツンから自分達を此処まで導いてくれた。
あの変態達が相手なのだ、幾ら3-Aの面々と言っても手間取ることは間違いないだろう。
故に、綾瀬は決断する……これは
「はい、のどかが話があるそうなので」
自分達の背後に警戒しながらも、綾瀬は宮崎の背中を押して一歩前に進ませた。
自然、宮崎のどかと子供先生は向かい合うこととなる。
紆余曲折と言うほどの事は無い、変態2人を乗り越えて、宮崎のどかは子供先生へと辿り着いたのだった。
「あ……宮崎さん……」
「せ……ネギ先生……」
変態達とクラスメイトのリアルバウトに注視していた3-Aの視聴者にしても、本命が現われてはそちらに意識を向けざるを得ない。
けれど、小声で会話を交わす二人の声は監視カメラの集音性では聞き取れず、初々しい台詞は宮崎本人と傍に居る綾瀬にだけ聞き取れて。
「あの、と、友達から……お友達から始めませんか?」
「……はいっ♪」
けれど、宮崎のその笑顔から。誰にしもその会話が有意義なものであっただろう事は伝わった。
彼女はとても嬉しそうに微笑み。
「えーと、じゃぁ……旅館に戻りましょうか」
「は、はい」
袖口から愛用している『超神水』なるパック飲料を取り出し、それを飲みながら綾瀬は二人の様子を見ていて。
タイミング良く宮崎の足を引っかけた、それで巧く転べば初々しいハプニングが発生するだろうと。
そして、微笑ましい光景に注視していた面々は気付かない、唯二人、ネタ的な意味でそれを眺めていた千雨と何だか面白そうと言う好奇心で見ていた椎名を除いては。
……空高く、フラグを求めてあの男が舞い上がった事に……
結果として残るのは唯一つ。
タイミングよく足を引っかけられた宮崎は転びかけ、そのまま子供先生のほうに倒れこみ。
その間に神上が挟まった。
うん、大事なことは二度申す。二人の、間に、空から、降ってきた、神上が、挟まった。
CHU!
具体的には、某犬神家の如く真っ逆様と言うべきか、まさに上下逆に振ってきた神上に既にどちらを向いているか等の判断等つかなかったが。
確かなことは二つ。確かに唇と唇は重ね合わせられ、一枚の
神上との間に。
直後、ズドンッと重い音を立てて宮崎と子供先生の間の地面に神上が着弾する。
「きゃっ」「あわ、あわわわ」
その勢いに押され尻餅をつく子供先生と宮崎はあまりの出来事……目の前に人間が降ってきた……に涙目になり。
目の前には頭から地面に叩きつけられた様子の神上がサイバーマンに自爆されたヤムッチャの様に倒れ伏す。
背後の戦場を振り返った綾瀬の眼に映るのは……惨劇の痕。
ブリーフ姿で直立不動のまま、頭から中庭の池に突き刺さる人間の形をした何か。何故か委員長が傍で荒く息を吐いていて、二頭の謎生物に跨った鳴滝姉妹がザジと三人でハイタッチをしている。
そして、リボンで縛り上げられた挙句、頭をボールに見立てていい感じの木の枝にダンクシュートをしたらあんな形に成るんじゃないかと言うくらい、見事に二股に分かれた木の枝に
その大樹の下では佐々木と明石がハイタッチで手を打ち鳴らしあっている。
そして、互いに奥義を放った顔で此方に向けて拳を突き出す長瀬とクーフェイ。
あの拳の角度で人間が吹き飛ばされたら此方に飛んできてもおかしくは……いや、おかしいが、おかしくはあるのだが。
ぐっと、自分はやり遂げたと拳を突き出してくるが、どんな反応を返せばいいのか。
「……何が起こったですか」
それは、部屋で腹を抱えて大笑いする椎名と、頭を抱える長谷川のみが目にした奇跡の珍事であった。尚、神上が不幸であったことだけは此処に記しておく。
そして。
場所は1班の部屋に移る、それはずっと5人で観戦していた部屋で……
布団を被りながらも観戦していた5人は突然の出来事に笑うやら嘆くやらと騒がしく。
「あ……なんかやな感じ」
慌てた様子で椎名がチャンネルを変える。
朝倉の実況中継が映されていた画面には、代わりに深夜のニュース番組が映し出され。
「失礼しますよ」
直後、ガラッと、勢いよく扉が開かれた。
「わっ」「ぬ、抜き打ち!?」
部屋を見回りに来たのだろう、そこに居るのは困った様子のしずな先生。
部屋の中を少しだけ見回すと背後の教師に頷き。
「なにやら騒がしいようだが」
新田先生も顔を見せた……3-Aが普段に無く大人しい。
それは喜ばしいことではあるが、何か隠しているのではないかと思った新田先生はしずな先生にも協力をお願いして就寝時間以降に抜き打ちで見回りを敢行し。
「……外でも騒ぎがあるようだが、一応、1班は全員は居るようだ……だが、既に就寝時間は過ぎているっ!」
外での騒ぎは一旦、瀬流彦先生に任せ、逃亡するであろう3-Aの行動を先読みして部屋に居ない人間の確認から始める。
容赦の無い新田先生らしいやり方とも言え。
「はい、寝ますー」
椎名がテレビを消すのに合わせ、慌てて布団に入りなおす面々。
けれど、そこで慌てるのが3-Aの面々のあるべき姿だ、バタバタと慌てて布団に入りなおしたせいで大きく音を立ててしまい。
「……どうか、したのですか……」
今まで眠っていたのだろう……たぶん……少し眠そうに隣の部屋から四葉五月が姿を現した。
「むっ、起こしてしまったのか」
「大丈夫ですよ、トイレに起きただけですので」
日頃から温和で話しやすい四葉とは、超包子で常連にもなって色々と話もしており、問題行為も無いために話し易い存在だ。
新田先生の語調も多少緩み……そして、その
ほんの一瞬、二班の部屋の前で四葉が引きとめてくれた。その一瞬で外で暴れていた面々に新田襲来の報が伝えられる。
「至急、部屋に戻るでござる」
まずは忍者が分身体を1つ作り上げ、その分身体で双子を抱え上げると慌てて跳びあがる。
二班の部屋の窓に貼りつくと、双子をそのまま、慌てている相坂の布団に放り込む。
「あわ、きゃぁ」「わっ、すごっ」「変態居ない? もう居ない?」
「二班は……全員居るが……布団が随分乱れているな、あまり暴れないように」
辛うじて間に合ったようだ、新田先生が確認する時には部屋に3人と1体の姿が確認でき。
「きゃっ、ちょっとザジさん、この子にもっと優しくするよう言ってくださいな」
3班の委員長とザジは謎生物が抱え上げて、長瀬の分身体に倣う様に、窓から中へと流し込んだ。2班を確認しているうちに戻れたため多少余裕があり。
4班と5班は順次、本体の長瀬が参加者達を抱えあげて窓から流し込む……あっと言う間の中庭からの撤退模様だ。
「あ、あれれ、宮崎さんは……皆さんも」
「ネギ先生、なにやら騒ぎがあったようですが……」
取り残された子供先生の前には死屍累々と言った感じの
『不幸だー』と言う声が聞こえたかは定かではない。
その後、新田先生の警戒心が準警戒態勢に入っていることを察した面々は布団に潜り込んで静観を決め込み。
若干一名。
「朝倉は何処だーーっ!!」
3班の部屋に姿が見られなかった朝倉を追い求める新田先生の怒号がホテルに響き渡り。
その晩は朝までロビーで正座する朝倉とオコジョの姿が見られたという。
賭けの結果については翌日に持ち越され、そのまま二日目の晩は更けていった。
「……ん」
大河内アキラは僅かな寒気と、直後に隣に来た温もりによって意識を半覚醒させた。
結局、イベントは有耶無耶のままに中断され、結果発表は朝倉の捕縛により翌日に持ち越された。
明日は大阪への遠征がある1班は早々に眠りに着く事にし。
「……椎名?」
「んにゃー……」
深夜に、不意の寒気とぬくもり、ついでに確かな感触にアキラは目を擦る。
見れば、自分の布団に椎名桜子が潜り込んできている……桜子の布団の方を見れば散らかされ、扉のほうを見れば少しだけ開いている。
トイレに起きた桜子が、布団をかき集めるよりも確実な温もりを求めて潜り込んできた……何となくだけれど、直感的にアキラはそれを察し。
桜子の幼馴染が全員揃っているという状態に事情を推測する。
朱雀の施設等に泊まった時などはこんな感じで、何時も桜子はメディアさんに抱き枕として連れ去られると。
桜子自身、そうされることが嫌でないらしく、むしろ安心できて良いらしい。
護られてる感じがして安心するのだとか。
その時と混同し、空の布団よりも誰かが居る布団に戻る感じなのだろう。
「ん……」
今日はやけに冷える。
同じ布団に戻しても、また散らかせば風邪を引くかもしれない。
一緒に寝てあげれば大人しいとメディアさんも言っていたしと……
軽く桜子を引き寄せる。
一緒に眠ればきっと暖かい。
少し寝惚けも混じっているかもしれなかったが、アキラは桜子と共に同じ布団で眠りに落ち。
……桜子のポケットで、カードが淡い光を放ち始めた……
椎名桜子の仮契約カード
従者の称号: <お城の中の眠り姫>
カード番号: 777
色調:金
徳性:知恵
方位:中央
星辰性:金星
アーティファクト: 『眠り姫の抱き枕』
形状: 羊の形をした抱き枕
効果: アーティファクトカード所有者を庇護する対象に幸運の恩恵を与える。
最大で一日の間、効果は持続する。
与えられる恩恵は、使用者の安全度・安心感・幸福感によって増減する。
対象が一名のときに限り、類稀な直感も付与される。
条件: 所有者が睡眠中に自動起動する。
所有者がアーティファクトの使用を意識する必要は無い。
抱き枕の羊には多少の自意識があり、意図的に効果を集中する事がある。
特別に、能力の対象を個人に特定したい場合は、所有者を抱き枕にすることで恩恵を一身に受けることが出来る。
この際に、所有者の安全・安心・幸福を損なった場合、一転して災厄を受ける事となる。
備考: この効果により、現在、椎名桜子を庇護する関係にあるメディア、ディルムッド、朱雀命は幸運が1ランクアップしている。
この効果を単身で受ける者が現われた場合、それ以降幸運は通常値に戻る。
椎名桜子が眠りについた時点で対象はリセットされる。
ラストダンジョン突入前夜のマスターを独り占めできる素敵設計。
自分は安全な場所に居ながら役に立てる意味では究極系。
寝言はオマケ機能らしい。