裏話1
其れは最良の朗報か、果ては最悪の凶報か。
……その報が『
最も、かつては十万にも届く勢いだった『
其の中にあって、最も永くを組織の中で生き、組織の屋台骨が崩れていく様を目の当たりにして、最後に残された幹部として手段を選ばず組織の存続を望み……死んだフリをして遣り過ごす選択をした大幹部デュナミスは本拠にて頭を悩ませる。
事は僅かに前、デュナミスが復活させた計画の実行者たる人形、
瑣末な事情で旧世界での活動を余儀なくされた人形からもたらされたのは、計画の協力者を得たという情報。
既に、信に足ると判断したと
「……果たして、信じていいものか……」
デュナミスは頭を抱えそうになる。
何せ、協力を申し出たという相手が相手だ、真実ならば此れほどの朗報は無く、罠であれば『
幸い、
「デュナミス様、只今戻りました」
情報収集のため、連合の首都へと侵入していた少女達が戻ってくる。
目を細め、角のような形状の樹木を側頭部に備える少女。人に似ながらもわずかに長い耳をした少女。そして、二人を先導するように髪をツインテールに纏めた小柄な少女。
此処数年で組織に……いや、
「ふむ、全員揃ったな」
「……暦と環が居りませんが」
「暦はまだ部屋だ、自主謹慎とも言えるが」
デュナミスの平坦な声に少女達が僅かに身を竦ませる。
愚かな失態でマスターたる
……最も、其れにより、イレギュラーの存在しない世界では捜し人を見つけ。イレギュラーの存在する世界では同盟相手を得ると言う幸運をもたらしたのだが、今の彼女は其れをまだ知らず。
「環は本拠に居たので先に詳細を告げ、用を言い渡した……少しばかり大事が起きたのでな……
仕える主の名が出たことで少女達に別種の緊張が宿る。
戦災孤児だった彼女達を拾い、多くに平和な日常を与え、自分達を此処まで高めた主への忠誠は並々ならぬもので。
「旧世界にて協力者を得たと……此方の事情を理解し、充分な助力になる相手だと」
伝えられたのは、魔法世界の現状を理解し、旧世界の平穏のために魔法世界を切り捨てる覚悟を持った協力者の存在。
そして、其の名。
「問題は、協力者の詳細……少しばかり厄介だ」
「罠……ですか」
此処まで孤立無援の状態で計画の成功を目指してきた少女達にも不安が過る。
常に虐げられた身に在る自分達の味方は、此れまで主のみで。
「
だからこそ、主が信じたのならば自分達も信じる。
それは崇拝にすら近い信頼。
「無論、安全策はとる……
「「私が参ります」」
声は二つ。
僅かに耳の尖った少女とツインテールの少女。
樹木に似た角を備えた少女は無言のままだ。
「調はフェイト様より儀式のオペレータとしての技術を学習中です、私か栞がよろしいかと」
常に冷静沈着で、5人居る従者の中でもリーダー格である少女、焔がそう口にする。
自身の信も確かだが、最も古くから主の傍にあった栞も忠誠心はズバ抜けてあり。
「……では、焔か」
栞と焔、二者のアーティファクトの希少さを考えれば、レア度の高いアーティファクトを持つ栞が惜しく。
「至急、地下のゲートポートを用いて旧世界へ赴き。赫翼の槍騎士ディルムッドとその主の」
「おまっ」
彼等が本拠とする場所は、かつて空中王宮として栄えた廃都オスティア。その中心部の王宮跡の一部を整備し、活動に足る拠点として利用している。
何よりも、此処には魔法世界で休止中と認識されているゲートポートが存在する為、旧世界との繋がりも存在し。
……まぁ、ともあれ。デュナミスの言葉を途中で遮ったのは沈黙のまま頭を垂れていた調だった。頬を紅くし、ぱくぱくと口を開閉し。
「……お待ちください……い、今何と?」
「む、焔が監視する協力者の話だが。かの赫翼の槍騎士と其の主、それが我々に協力を申し出て」
「私が参りますっ」
がばっと調がデュナミスの方へ踏み込みながら叫ぶ。
その、普段に無い様子に思わず面食らって数歩を下がるデュナミス……所詮小娘と侮っていた存在が、今の一瞬、かつて
「危険な役目ならば、最も新参者である私が赴くのがよろしいかと」
「落ち着きなさい調、貴方には儀式のオペレータ技術の習熟があるでしょう、私達の中で最も適正があるのは貴方なんです」
何故か興奮した様子の調を、栞が嗜める。
だが、何故かデュナミスはさらに一歩下がった。
「そのお役目は私が確実に成し遂げてみせます」
「何故栞が行く話になっている、命を賜ったのは私だ」
焔が左眼に炎の輝きを灯らせながら笑みを浮かべる。その口元が引きつっているのは間違いではあるまい。
とりあえずデュナミスは曼荼羅の如き魔法障壁を展開した。
「私のアーティファクトならばデュナミス様の前にディルムッド様ご自身の御意思をお連れすることも可能です、私が行くべきでしょう」
「命じられたのは監視でしょう、戦闘能力が高い私が行くわ」
「待ちなさい焔、ディルフェイのあなたは主には興味がないはずでしょう、此処は譲りなさい」
「調が見たいのは主の顔だけでしょう、後で写真を撮って送るわ、では、デュナミス様、私が」
「焔、落ち着きなさい、私のアーティファクトならこの本拠にお招きすることが出来るのよ」
「……どうやってディルムッド様に変装する気かしら邪道娘が」
「なっ、良いじゃないですか逆ハー、焔の執事ディルの方がよっぽど邪道よ」
「なんだとこらーーっ」
「何よーっ」
「私を無視しないでくださいーっ」
「……どうしたものか、果たして此れは朗報か凶報か……」
其れは最良の朗報か、果ては最悪の凶報か。
背後の喧騒は聞かなかった事にして遣り過ごす選択をした大幹部デュナミスは本拠にて頭を悩ませる。
「戻った」
ふと、その場に新たな少女が歩み寄ってくる。
小さな封印箱を手に本拠へと戻ったのは、帽子のようにも見える、大きな角を頭頂に生やした少女で。
「む、それが」
「言われたとおりの場所にあった」
それは、協力者達からフェイトに与えられた情報の一つで。
かつて『
同時にデュナミスに手渡されるのは魔法世界と旧世界の通帳で……思わず目を疑う額が記帳されている。
「……信に足るか……否か……」
「あれは?」
少女……環によってデュナミスは眼を背けていた現実に眼を向けさせられる。
其処では何やらアーティファクトの弦楽器を手にした調やら、左眼から炎を吹き上げる焔やら符を手にする栞がいて。
「む、何やらディルフェイやら執事とか……彼女等なりの符号だとは思うのだが」
再度、目を背けるデュナミス。
小さな封印箱の封を破れば、その小さな箱に収められていたとは思えぬ量の魔法具等があふれ出した。
「それは違う」
沈黙のままに、貴重なそれらを自身の魔法障壁の内に収めると、デュナミスは諦めて扉近くまで退避した。
「真理はフェイディル」
「何ですってノーパン娘っ」
「尻尾が入るサイズが無いだけ、耳が悪くなるからその騒音はやめて」
「こっ、これは、まさか嘗てのものが現存していたとは。ふむ、これがあれば人形の一体くらいなら稼動できるか、うむ、そうしよう」
「炎精霊化 最大火力っ!」「木精憑依 最大顕現 樹龍招来」「竜族竜化」「あ、卑怯です、みんなばっかりズルいですっ私も何か」
「はっはっはっはっは、さぁ目覚めるのは
背後の喧騒を忘れ、デュナミスはその場を去った。
望外の幸運によってもたらされた、かつての『
背後の喧騒を頭から消し去って……戻ってきた時に勝者が存在しなかった場合は、全部人形に押し付けると心に決めて。デュナミスはその場を去ったのだった。
とりあえず、公式発表されるまでは氷のままで。