63話
「ディルムッドと私の妹のような子なの」
「義理の妹は真理です」
修学旅行三日目、完全自由行動日にUSJを訪れた女子3-A 1班、4班と男子中等部数名。
その前に現われた、見るからに外国人然した少女。と言うか、アーウェルンクスの名を普通に出してしまう、三馬鹿の被害を受けてしまった様子の少女。
即座に朱雀はメディアに非常事態の発生を告げた……結果として、ホテルで待機していたメディアは慌てて転移で一行に合流し。
その場で認識阻害の結界を展開した。
生徒達とは女将として顔を会わせてもいるが、そこは賞金首であっても容易く日常生活を送れる魔法変装技術のある世界。認識を別方向に向けさせる事で違和感無く別人と認識させて、合流したディルムッドの縁者を演じ。
「日本に来たばかりで、少し世間知らずのところがあるけど」
「現在学習中です」
後は、ディルムッドを合わせて3人で大阪を観光中だったと設定を捏造。
朱雀たちが来ることを聞いて今日はUSJにしたのだと言う形で押し切り。
「よくしてあげてね」
にっこりと。
特に学園の魔法関係者である春日美空には重点的に、暗示を行うこととした。
記憶操作や改竄等は朱雀もメディアも好ましく思わないが、下手をすれば裏に巻き込みかねないのだから仕方ないと判断し。
特徴や名前等が記憶に残りづらいようにし、事実とは多少異なる認識に上書きされるよう調整する。
「ふーん、じゃぁ今日は一緒に回るの?」
「そうね、そうしてもらえると嬉しいかしら」
ただ、その上で無論、メディアは4班の品定めも忘れない。
特に、和泉亜子には興味を惹かれた様子だが。
何故か、和泉は恐々した目でメディアを見ており。
「……どうかしたかしら?」
ディルムッドの縁者であり、初対面と言う印象を与えたはずの少女からの不審な視線にメディアは戸惑い。
「あ、いえ、何でもないんで……」
「ちなみに、メディアさんはディルムッドさんの恋人なんですか?」
「それは有り得ないわね」
控え目に一歩引こうとした和泉の代わりに明石が気になったことを聞いてみる。
それにあからさまにほっとする和泉と、背中を叩く明石に、事情を把握し。
「相変わらず節操の無い……私は別に相手が居るし、ディルムッドはフリーよ……あんまりお勧めはしないけど」
最初と最後の一言は聞こえないように呟きながら、さも背中を押すように声をかける。
無論、応援する気など欠片も無く、アドバイスの形で着せ替え等を楽しむための布石なのだが。
「て、そう言えば……セクストゥムちゃんだったかしら」
わいわいと……ディルムッドの周りを4班が囲み、とりあえず正座させられた朱雀が3人に囲まれている……何時もの光景を無視してセクストゥムに近付くメディア。
「正解です、氷のアーウェルンクスを拝命」
「……アーウェルンクスの名は問題があるから、以降はセクストゥム・オディナとでも名乗りなさい」
「了解しました、お姉様」
嘗て、『
そのため、メディアは小声で名を偽るよう指示し、僅かに眉をひそめた。
「……今、何と言ったかしら」
「氷のアーウェルンクスを拝命」
「その後よ」
「了解しました、お姉様」
暫し瞑目し、内容を反芻する。
その上で出た結論は簡潔だった。
「良いわね」
「友好関係に至った相手への呼称は学習済み」
無表情のまま、ぐっと、右拳を握って親指を上に向かって突き立てるセクストゥム。これもまた、此処へ至るまでの期間で学習した馬鹿恥識の一つなのだろうが。
相手に好印象を与えたことで、恥識がうまく活用されていると思ってしまったようだ。
「それはともかく、その服は無いわね」
「フェイトの予備を拝借、男装っ娘です」
「其れは駄目よ、可愛い女の子はちゃんと着飾る義務があるの、男の服の借り物なんて論外。フリルをつけなきゃ駄目なの」
「勝負服ですね、学習済みです。プラグスーツと包帯は必須アイテム、また、男性から衣服を借用する場合、裸ワイシャツが最終兵器」
此処で運が無かったのが、また少女を増やした事に付いて朱雀が正座の上説教されていた事と、メディアにそちら方面の知識が不足していたことだろう。
メディアはセクストゥムの言動の端々に聞きなれない単語を感じながらも、それらをスルーし。
「……あのフェイトとか言う子、どんな教育してるのかしら」
溜息を漏らしながらも、適当な着替えを脳内リストからピックアップする。
GFに電話で連絡して、近くのホテルの一室を用意させ。
「さて、ディルムッド、先にこの子の服を用意してくるから、その子達をエスコートしてなさい」
「はい、朱雀殿は……」
「もう暫くは終わらないでしょう」
道端で正座させられて絶賛説教中の朱雀に溜息を漏らす。
同じ班員の柿崎や釘宮等もにやにや笑ってる事だし、ディルムッドに一緒してもらえるなら4班の面々も文句は無い。
ちなみに、新田はディルムッドを盾にするように常にメディアから死角に入る位置を死守しており。このまま4班について逃走を図る様子だ……男の子には色々と優しくないのであるこの魔女は。
「じゃぁ、みんな……私達のことは気にしないでね」
念のため、追加で暗示をかけて記憶に残りづらくしておく。魔眼もちの龍宮には効きづらそうだが、超に雇われているため然程問題は無いだろう。
「さて、それじゃぁ着替えましょうか、何かリクエストはある?」
「お姉様にお任せします、私はどんな属性にも対応可能な学習を得ています」
代わった言葉遣いをすると思いながらもスルーするメディア。
そのまま近くのホテルまで移動すると、予約させた部屋へ案内させ、神殿と空間を繋ぐと多種様々な衣服を用意させ。
「濡れるかもしれないからこの辺りかしらね」
濡れて透けるのも悪くは無いが、不特定多数に見せ付けるのは好ましくないため撥水加工などの衣服を選んでいく。
イメージ的に色調の強い柄は似合いそうに無いため、白や青系統のものを選ぶが。
「……あまり時間をかけたくはありません。私はディルムッド主従の監視の命を受けています、主従から離れるのは好ましくありません」
「心配しなくても、私達の中で一番悪巧みするのは私よ、私を監視しておくのが一番効果的なの」
「あなたは強いのですか?」
「えぇ、強いわ。あ、こんなのも似合うかも……偶にはクール系な子も良いわね」
にこにこと、無垢な様子を微笑ましく思いながら着飾らせていく。
「…………」
ただ、ちょうど着飾らせるのが終わるくらいになって、メディアはあからさまに不機嫌そうに顔を顰める。
苛立ち混じりに息を吐き、首を傾げるセクストゥムに軽く肩を竦めながら、ポケットから掌に乗るサイズの水晶珠を取り出した。
「……まったく、野良犬は腐った葱を食べて腹を壊していれば良いものを、ついでに葱も食いちぎって欲しかったけど」
「これは、話に聞く修羅場と言うものですか?」
水晶珠を覗き込みながら呟くセクストゥム。
京都から大阪まで移動した上、朱雀に待たされたり、ホテルで着替えをコーディネートしたりと、それなりに時間が経過し。
他の班もそれなりに観光地巡りを進めているはずで。
「……セクストゥムちゃん、さっき聞いたわね、私が強いかどうかって」
「はい、赫翼の槍騎士とその主と同格に振舞うあなたの力量に興味があります」
「そう」
直後、其処にメディアは居なかった。
いや、正確には、それまで少女服に囲まれて着せ替えを楽しんでいたメディアと言う名の女は存在しない。
其処に居るのは、紫紺のローブを纏った最強の魔術師の姿。
「じゃ、今から見せてあげるわ、私の力」
少し時を遡り。
とある竹林の中に築かれた巨大鳥居の前に、二つの人影があった。
「ここが関西呪術協会の本山……?」
一人は子供先生、関東魔法協会の長より親書を預かり。関西呪術協会へ特使として派遣されたネギ・スプリングフィールド。
「伏見神社ってのに似てるな、ここの長に親書を渡せば任務完了って訳だな」
その肩にはオコジョ妖精であるカモミールが乗っており、パンフレットを片手に辺りに気を配り。
「うわー何か出そうねー……ん?」
パートナーとして行動を共にする神楽坂明日菜が物々しい雰囲気に威圧される。
彼等は、完全自由行動日と言うチャンスを利用して秘密裏に関西呪術協会の本山を訪れようとしているのだ。
途中、神楽坂と同じ班である5班の図書館探検部の面々とクーフェイも着いてきてしまうという問題もあったが、班員がゲームセンターでゲームに熱中し始めた辺りで大半を撒く事に成功し。
こうして、関西呪術協会の入り口前まで辿り着き。
『神楽坂さん、ネギ先生、順調でしょうか』
そんな二人の直ぐ傍に、人形サイズの妖精のような剣士が現れる。
式を利用した分身のようなもので、6班の桜咲刹那に酷似した姿をしており。
「なっ、何よアンタ」
「せ、刹那さん?」
『はい、ご無事かどうかを確認したくて』
6班で行動している近衛木乃香が心配しているため、式を飛ばして無事を確認したのだ。
一昨日の件で確執があるため、刹那自身はあまり接触はとりたくないとも思っているのだが。
『この奥には確かに関西呪術協会の長がいると思いますが、東からの使者のネギ先生が歓迎されるとは思いません。罠等に気をつけてください』
「わかってます、十分気をつけますから」
「役に立つかわかんないけど、私のハリセンも出しとくし、まかせてよ」
そうして、二人と一匹と一体は鳥居をくぐって奥へと進んでいった。
「うー。何か修学旅行に来てるのにこんな事ばかりしてる気がするアルよ」
「あうあう、すいませんー、私が気になるなんて言ったからー」
「ピコピコゲームよりはましだから良いアルガ」
『……あの子、秘匿する気、本当にあるのかしら』
後に続く二人と、いずこからと無く見つめる視線に気付くことなく。