65話
その場に居合わせた全ての者が言葉を失ってしまった。
それも当然だろう、寸前まで自身等に危害を与えようと怒気を露にしていた少年。
獣化し、全身に気を漲らせ、神楽坂明日菜やネギ・スプリングフィールドに深手を負わせながら自身は大してダメージを負わなかった少年は。
至近から放たれた、強力な攻撃魔法によって吹き飛ばされ、視界から消え去った。
「あっ…………貴女は」
輝く魔法陣の上で這い蹲るようにして呻くネギ。
強力な双掌打によって打ち抜かれた身体は大きく軋み、肋骨の何本かを折られ内蔵にも大きくダメージを受けて、動くだけでも損傷が増えるような状態だ。
満足に立ち上がることすら出来ず、ただ、突如として現われた女性を大きく見開いた目に映し。
「っ、新手……いや、味方か? 西洋魔法使いっぽいよな」
その肩のオコジョは、狗神に尻尾こそ齧りつかれたものの、日頃の悪運ゆえか傷等は見受けられず、突如として現われた顔を隠した二人の女性を警戒しながら見つめ。
「…………」
クーフェイは驚愕のままに目の前の惨状に目をやる。
ネギを背後に庇うようにして構えていたクーフェイ、その前に宮崎のどかが少年から庇うように飛び込んできたのも驚いたが。
真の驚愕はその直後、横合いから放たれた雷と風の奔流は地面を穿ち、鳥居を砕き、竹林に大きな穴を空けながら吹き抜けた。
「あ……あああぁぁぁぁ……」
それは、まさしく眼前にて目撃してしまった、のどかにも感じられた。
いや、目の前の少年が一瞬にして吹き飛ばされる、それを目撃してしまった彼女だからこそ、その衝撃は強く。
「あら、いけない」
魔女の指先がそんな、のどかの額に触れられることで、その身体からは一瞬で力が抜け。
意識を失った宮崎のどかは優しく魔女の手によって受け止められる。
それを大切そうに抱き上げる魔女は、見上げるネギや驚愕したクーフェイを無視するように、のどかを抱き上げたまま踵を返し。
「ちょっ、ちょっとあんた、本屋ちゃんをどうする気なのよっ!」
最後の一人、地面に穿たれた雷の暴風の破壊跡を挟んで、ちょうど反対側に居た神楽坂明日菜が大声を上げる。
その両腕と両足には深く狗神に噛み付かれた傷痕が残り、既に指先、爪先までが血によって朱色に染め上げられている。
かなり痛むだろう、その傷を負いながらも、それでも明日菜はハリセンの先を魔女に向け。
「こんな危険な場所に一般人を置いておける訳が無いでしょう、安全な場所まで連れて行くのよ」
そんな明日菜に魔女は冷淡に言い放つ。
魔女にすれば、一般人である少女を此処に置き去りにする事など有り得ない話だ。
何を当たり前の事をと言わんばかりに言い切り。
「まてや……」
明日菜の言及は、別の声によって遮られた。
慌ててクーフェイは構えの矛先を魔女から、破壊跡の先へと向ける。
其処には、全身を焼け焦がせ、あちこちから血を流しながらも、それでも立ち上がる犬上小太郎の姿。
「っ、あんたっ」
「あら、生きてたの……思ってたより丈夫ね」
獣化による魔法抵抗と、幾つかの幸運によって命を繋ぎ止めた小太郎は爛々と輝く目で魔女を射抜き……
「じゃ、改めて死になさい」
魔女は感慨も無く無詠唱で魔法の矢を放つ。
その数は二桁を軽く越え、三桁に届きそうなほどの数の魔法の射手。それが絨毯爆撃の如く小太郎へと降り注ぐ。
一瞬の間に起こった事態に、魔法の知識に乏しいクーフェイと明日菜は理解が追いつかず、ただ目の前で巻き起こった爆風から身を護るだけだ。
無論、そんな爆撃を受けた小太郎のダメージは計り知れず。
その結果を想像しただけでクーフェイと明日菜は大いに青ざめ。
「……ふぅん、種族固有能力かしら、この世界の真祖並の回復力ね」
目の前で巻き起こる事態はクーフェイと明日菜の想像を軽く超越した。
顔の前で両腕を交差させて魔法の射手の爆撃を防いだ……その、両腕を引き換えにして。
そして、その腕が瞬く間に癒えていく。
それこそが、雷の暴風を受けても尚、小太郎が立ち上がれた理由。だが……
「いえ、違うわね……あぁ、回復用の魔法薬を事前に服用してるのね、それも、たぶんとんでもない量を」
復元されていく両腕を目視しながら魔女が出した結論は其れ。
そして、事実でもある、昨日から仲間の回復のために関西呪術協会や神鳴流の回復用魔法具を総ざらいした小太郎は、効果を確かめるために自身にも多量を投与し、その中には極めて強力なものもあったため、今になっても効果が残っていた。
ただ、その回復の勢いが著しく力を奪うため、今はまだ動けず……
「消し飛ばせばいいのでは? 」
「それもいいけど……けど大丈夫よ、そろそろ“癒えない傷の呪い”も効いてくる筈だから」
背後からの少女の声に、にぃっと、口元を釣り上げ笑みを浮かべる魔女。
けれど、それを聞かされても小太郎は動揺しない、何故ならば。
“癒えない傷の呪い”の対応策は、既に得ているのだから。
新入りの西洋魔術師、フェイトが打破したその呪い、その対抗策は小太郎にも渡されている。
内ポケットから宝石を取り出すと、傷を癒しながら小太郎は躊躇わず其れを飲み干し。
「はっ、種は割れとるんや、そんなもん効か……ん、わ……」
「単純な子」
それは数瞬の逡巡、けれど小太郎は空ろな目で魔女を見つめ。
「チッ、ココハヒイタルッ」
言い捨て、踵を返すと、獣化した脚力でその場から走り去っていく小太郎。
それを魔女は冷めた目で見送り。
改めて、宮崎のどかを腕に抱いたままネギ達に対して背を向けた。
「……って、だから待ちなさい、あんたは何者で、何、本屋ちゃんを連れてこうとしてるのよっ」
「安全な場所まで連れて行くと言ってるでしょう、こんな子を危険極まりない魔法の世界に関わらせられるわけがないでしょう」
腕の中で眠る宮崎のどか、その目の端に残る涙の跡に心痛めながら、魔女はどうでもよさげに明日菜をあしらい。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございましたっ」
羨望の眼差しで魔女を見上げるネギを無視した。
その視線が向くのは唯一人、未だ構えを取ったままのクーフェイで。
「そういえば聞き忘れていたわね……あなたはどうする? 望むなら、この子と同じように記憶を消して安全な場所まで連れて行ってあげるわ」
魔女の前に在る3人にとって重要な言葉を容易く言い放った。
安全な場所まで連れて行ってもらえる、それは良い……良いが。
「記憶を……なんと言ったアルカ」
「記憶を消すのよ、魔法使いとしては当然の事ね、既にこの子から此処数十分の記憶は消してあるわ、直ぐに日常に戻れる」
「あっ、あんた、本屋ちゃんの記憶を消したっての!?」
激昂したのは明日菜、けれど、魔女は最早其れにも取り合わない。
相手にするだけ無駄だと言う確信を得たのだ。
「い、いや、姐さん、魔法に巻き込まれた一般人の記憶を消すのは魔法使いとしちゃ当然の事で」
「け、けど、パーになったりするかもしれないじゃない」
オコジョと明日菜の問答も無論無視、その目はクーフェイにのみ向けられ。
「どうする? 正直あなたは危険極まりない魔法の世界でもなんとでも生きていけそうだからどちらでもいいけど」
「……その世界に、強者は居るアルカ」
「そう、まぁ予想通りね……この子だけ連れて行くわ。あぁ、今のままだと次にあの犬が来たときには殺されるから、もう少し強くなっておきなさい。まぁ、その前に私がとどめを刺すかもしれないけど」
改めて踵を返す。
腕に抱えた宮崎のどかに優しい笑みを向け。
「待って……ください」
直後、嫌悪すらも顔に浮かべながら振り返る。
其処には、骨を折られ、内臓を傷つけられただろうネギ・スプリングフィールドが立ち上がり。
「何で……そんなことを言うんですか」
正直、さっさと転移で消えてしまいたい。
脳筋の相手も馬鹿の相手も男の子供の相手も嫌だ……が。
面倒な事に、魔女のお気に入りの少女の一人がコレに気を揉んでいるのだ。
「どれかしら、犬を殺そうとしたこと? この子の記憶を消したこと? それともまさか、あの犬に次は殺されると言ったこと? 」
「全部、ですっ、何で、『
それは、ネギの中にあって絶対に曲げられない信念。
あの日、村を救い、多くを助けてくれた『
けれど、その言葉は魔女の逆鱗に触れる一言だ。
望まずして英雄譚にその銘を飾られた魔女にすれば、其れは認められる銘では無い。
「随分とふざけた子ね……よりによって、私が一番嫌いな馬鹿みたいな称号で私を呼ぶなんて」
正義を護るための魔法使い。
善き事のために魔法を使う立派な魔法使い。
世のため人のため、陰ながらに魔法を使う魔法使い。
「っ、『
「20年前の大国の戦争の火種はまだ燻ってるわ、そんな魔法の世界が危険ではない……よく言えたものね」
面倒なので、冷淡に言い放つ。
お気に入りの少女がもう一人気にかけている、神楽坂明日菜も居るのだから丁度いい。
「戦争……小規模なのはあっても、大きな戦争は、50年も……」
其れは、あまりに無知な言葉。
魔法使いとして、徹底的にある事象から避けられて育てられた事による弊害。
最早呆れるよりも糾弾に近い、英雄候補は憧れる英雄の姿を満足に知らされることも無く。
「
「……魔法世界の……戦争? 父さんが、戦争の英雄 茶番劇!?」
「本当に何も知らないのね」
それは、憧れ続けていた『
「関西呪術協会には近衛詠春とか言うのが居るんでしょう、それに聞けばいいわ……自分の父親が、どれだけ立派な英雄に祭り上げられたかを……そのせいで、自分の母親がどんな目に遭ったのかを」
「っ、いい加減なこと言うんじゃ無いわよっ」
その言葉に、思わず激昂して襲い掛かるのはネギではない。
魔女は最早興味もないと身を翻し、その周囲に湧き上がった4体の竜牙兵でその一撃を防ぎ。
敢えてそのハリセンを受け止めた一体が一瞬で牙へと戻ってしまった。
「あぁ、成程」
それを振るったのは、四肢に重傷を負いながらもハリセンを手に取る一人の少女。
明日菜は、痛み以上に涙を浮かべながら魔女を睨みつけ。
「魔法無効能力……確かに」
「確認した」
其れは、確認するかのような呟きだ。
最早用は済んだ、魔女は一瞬で転移の準備を整えると其れを展開し。
その場から消え失せる。
其の場に残してきた者達も、あれだけ派手に暴れれば関西呪術協会の者が直ぐに発見するはずで。
無理に立ち上がっていたネギも回復魔法を受ければ今日中に回復するだろう。
唯一の懸念は、魔法無効能力を持っていた少女だが。
「まぁ、協会と言うくらいなら回復魔法薬の備えもあるでしょう、犬であれだけ使えるなら寧ろ潤沢かしら」
回復魔法も効きづらいだろう少女の傷を少し心配……正確には、傷を追った少女に気を揉むお気に入りの少女の姿を心配……するが、魔法薬があれば何とかなるだろうと結論付け。
「じゃ、この子を日常の場所まで運んだら、もう一度着替えましょうか」
「了解した、お姉たん」
「……ちなみに、そのバリエーションは……いえ、いいわ、自分で気付くから」
「ぐっじょぶです、お姉ちゃん」
彼女達は日常へ戻っていく。
日常が崩壊した3名を気にかけることもなく。
ちょっと感想への返信が遅れております
筆がのってる内に書けるだけ書きたいです。
とりあえず、大事なことは一つ。感想は、力です(少なくともカモネギ的には)
一気にスクナまで逝くぞーーー