66話
魔女が去った後、とり残された者達は困惑と恐怖に襲われた。
当然だろう、クラスメイトの少女は顔も見せなかった魔女に連れ去られ、其処は出口すら見つからぬ無間方処の呪法の術中。
重傷を負ったネギと明日菜には一刻の猶予も無いと言うのに、脱出の糸口すら見つけられず。
けれど救いの手は直ぐに訪れた。
魔女が放った大規模な魔法攻撃は、本山の至近で行われたこともあり、本山の術士達も気付き。
何よりも、式神を噛み潰された刹那が本山に至急の連絡を行っていたことで、ネギ達の捜索のために数名が既に現場へ向かっていたのだ。
無間方処の術式も魔女によって解かれていたのか、その数名は直ぐにネギ達の下まで辿り着き。
重症だったネギと明日菜は関西呪術協会の手によって本山へと運び込まれ、クーフェイもその協力者として招かれた。
その後、長への接見を後回しにしてネギと明日菜は陰陽道による治療を受けるために奥の間へと運び込まれる。
幸いにして、腕の立つ部下こそ人手を割かれて不在であったが、回復系や結界に特化した者は本山に数名居り。
ネギはそれらの治療術と、身体内部の損傷が激しいことで当初から魔法薬治療も並行して行われたこともあり、短期間でほぼ全快へと近付いた。
故あって、今この時点で関西呪術協会にある魔法薬は数が非常に限られ、最後に残されていたものを使い切る形になってしまったが、関東魔法協会からの特使と言う立場に在るものに希少と言えどそれらを使わないわけにはいかず。関西呪術協会の総力をあげての治療が施され。
「ふぅ……」
突然の襲撃から、惨敗、邂逅、救助、治療と、息つく間もなく移り変わる事態に右往左往していたネギは、漸く一息をついて客間へと足を踏み入れた。
其処では、退屈をもてあました様子のクーフェイがオコジョと共に雑談に興じており。
「おっ、大丈夫アルカ、ネギ坊主」
「兄貴、大丈夫なんですかいっ」
満足に動くことも出来なかったネギは、懸命の治療によって行動に支障が無いほどまでの回復を得た。
現代治療を遥かに超越する魔法による治療は奇跡的な回復を容易く為し、日本独自の魔法である陰陽道は西洋魔術には無い特化した点も多く、治癒系の其れも西洋魔術に劣るものではない。
「はい、関西呪術協会の皆さんのお陰で、大丈夫です」
故に、その身は直ぐに復調を果たした。
骨が折れ、骨格すら歪み、内臓機能にも損傷を受けていた少年は、自身の身に魔力供給を行うと言う手段を教えられたこともあって、回復は早く。
「アスナさんは……」
「むぅ、何も教えてくれないアルヨ、ネギ坊主が元気になってるのも、今知ったアル」
お茶とお茶菓子だけ与えられていたクーフェイは暇そうにしており、唯一オコジョから魔法に関する知識が得ることのみが暇つぶしになった。
「まぁ、うち等は一応関東魔法協会の人間になりますからね、仕方無いっすよ」
関西呪術協会によって手厚く看護されたネギは回復し、この分なら神楽坂明日菜も問題なく回復するだろうと安堵する。
懸念があるとすれば、魔女によって連れ去られたような形になった宮崎のどかの無事で……
「それと、本屋は無事だったアルヨ、ブラックから電話があったアル」
「本当ですか」
その杞憂はクーフェイによって晴らされた。
ネギ、明日菜、クーフェイの不在を怪しんだ早乙女と綾瀬は3人の携帯電話に電話をかけ。
明日菜とネギは治療中のため繋がらなかったが、クーフェイには問題なく繋がった。
その時はオコジョにも尻尾の治療が行われていたため、クーフェイは一人で応対し。
嘘がつくことが苦手なクーフェイは、辛うじて魔法に関する秘密を守りながらも、日常にありがちな方向の説明をしどろもどろにもしてのけた。
早乙女からの追加注文にも何とか応えられ。
「すまないが、ネギ坊主が暴漢に襲われたことと、アスナが野犬に噛まれたと言ってしまったアル、そのまま、このかの実家に逃げ込んだと」
「いえ、十分です……そうですね、皆さんにはそのように説明しましょう」
「怪我をしたがそれほど問題ないと言ってしまったアルガ……けっこうな重症だったが、ネギ坊主が回復しているならアスナも大丈夫アルナ」
武術家としての目から見れば、怪我の具合としてネギの方が状態は悪いように見えた。
アスナの怪我は出血こそ多く、痕も残りかねないものだが、急ぎ止血も行われたため、大丈夫だろうと……
「それで、本屋のことも聞いたアルガ、そもそも、ずっとゲームセンターに居たとみんな言ってたアル」
綾瀬も、早乙女も、宮崎本人すらも。ずっとゲームセンターに居て外に出て等居ないと言いきられた。
魔女の言葉通り、日常に戻されていたのだ。
「どうも、うちの5班で、班から居なくなったのはアスナと私だけみたいになってるアル、本屋は会話にも参加してきたし、今日、少しでも班から居なくなったようなことは……無かった事になってるみたいアル」
「……あの人が、巧く誤魔化したんでしょうね」
自分達の前から、宮崎のどかを連れ去った魔女。
それが為したことはとても簡潔で、難しいこと。
居なかったはずの少女が当然のように、その日、日常を過ごした事になっている。
それを、周りの人間と本人、それらが容易く受け入れさせ、違和感すらも感じさせない。
ほんの数十分、魔法に関わってしまった少女を日常に戻してあげる。
言うは易し、行うに難しを、魔女は当たり前にやってのけ。
「ネギ君っ! 大丈夫なんかっ!?」
襖を押し開きながら、飛び込んできた少女はその場の雰囲気を切り裂いてネギへと詰め寄った。
それは黒い髪を腰程までに伸ばす、まさに大和撫子と言うべき美しい少女で。
「こ、このかさんっ!? あ、あれ、京都観光の筈では」
「せっちゃんに聞いて慌てて帰ってきたんや」
その背後には桜咲刹那の姿も見える。
式神を犬上小太郎によって破壊された刹那は直ぐに関西呪術協会の本山へと連絡を取り。
10分と経たないうちにネギ達の状態を聞かされた。
即ち、敵の襲撃で重傷を負って本山にて治療中と。
それを聞かされた木乃香は我慢できずに、6班の面々から離れると、刹那と共に本山へと駆けつけたのだ。
「ネギ君は……大丈夫なんか?」
「あ、はい、関西呪術協会の皆さんが回復魔法を使ってくれましたので」
「そっか、良かった……アスナは?」
「まだ治療中みたいアル……結構出血もしてたアル」
「……て、クーフェイ、何で此処に居るんや、それにえっと、あーー、オコジョは煙草吸ったらあかんっバレてまう」
本来居るはずのないクーフェイの姿に慌てる木乃香、刹那は最早諦観したのかネギとオコジョを順に目で追って溜息を漏らすが。
「大丈夫でさ、このかの姉さん、クーフェイの姉御には助けてもらったんでさ、既に事情も説明済みっすよ」
「うむ、ネギ坊主が敵に襲われていたところに助けに入ったアル、まぁ、私も然程役には立てなかったアルガ……結局助けたのは変な紫色だったアル」
「あーー、そう言や、あの紫ローブの二人組は関西の人間なんすかね、使ってたのは西洋魔術っぽかったっすけど」
「っ……」
ネギの脳裏に焼きつくのは、圧倒的な魔力で小太郎を吹き飛ばした紫紺のローブを纏った魔女。
幼い時の記憶に重なるその姿、けれど、その口からは『
「本屋を無事に届けてくれたから、味方アルヨネ?」
「ネギの兄貴や姐さんがボッコボコにされるのは無視してたみたいっすけどね、一般人の子に手を出そうとしたから仕方なく参戦したみたいな……」
幾つかの言葉を拾い上げれば、魔女はあのタイミング以前から戦いを眺めていたような言葉を漏らしていた。
そして、一般人である宮崎のどかが危機に陥りそうになって漸くネギ達に助力し。
辛辣な言葉を残して去って言った……明日菜のことで頭が一杯だったネギにも、残していった記憶が蘇り。
「すまない、失礼する」
その部屋に、眼鏡をかけ、やつれた感じの壮年の男性が飛び込んできた。
慌てた様子でネギと、木乃香に目をやり。
「このか、本山に戻っていましたか」
「お父様、ネギ君とアスナが心配で……それで、アスナは」
その男性こそ、関西呪術協会の長である近衛詠春であり、ネギが親書を渡す相手なのだが、慌てた様子の詠春は佇まいを正すよりも早くネギと木乃香に声をかける。
「単刀直入に聞かせていただく、関東魔法協会の特使ネギ・スプリングフィールド君、それに、このか、君達に回復魔法の心得はあるかね」
「え、あ、えっと、軽く活力を与えられる魔法くらいです」
「うちは治癒魔法を覚え始めたばかりや」
ネギは攻撃魔法に特化して魔法を習得しており、回復魔法は不得手としている。
木乃香は才能こそ一級品であるが、修行期間が一月と短い上に師となった女性が回復魔法を不得手としており、先に宝石魔術の起動術式を叩き込まれたためあまり習得しては居なかった。師から魔力のこめられた宝石を受け取っておけば初心者でも熟練魔法使いクラスの攻撃や防御が出来るのだから間違いではないのだが。
「そうか……仲の良い2人の魔法ならばと思うが……」
「お父様、何かあったん?」
「……運び込まれたもう一人、神楽坂明日菜君の治療が難航しています」
それは、明日菜の特異体質が招いてしまったミスだった。
最初に詠春が確認しておけば良かったのだが、組織の長が易々と顔を出すわけにもいかないため治療は部下に任せ。
……運び込まれた少女に回復術が効かない様子だと告げられたのは、ネギの治療の大部分が終わる頃であった。
試行錯誤をしたのだろう、色々な回復術を試したと言うが、効果は無く。
その体質と、カグラとアスナの名、オッドアイの瞳が結びつき。
その時点で漸く、運び込まれた重傷者の一人が完全魔法無効化能力者であることに気づいた詠春は、魔法薬による治療へ移行するように命じた……が。
昨日に回復系の魔法具や魔法薬が根こそぎ強奪されている事と、最後の魔法薬を特使であるネギに使用してしまったことが判明してしまったのだった。
「そんな、僕の傷は治ったのに」
「彼女は……魔法が全く効かない体質のようだ、そのため回復魔法も消し去ってしまっている。コントロールすれば自身に害の無い魔法だけ受けることが可能なのだが」
本来であれば、攻撃魔法以外の魔法消去はそれほど行われない。
けれど、ここ数ヶ月で明日菜が魔法に対して持ったイメージと言えば、攻撃魔法のみである。
基本、害悪ある魔法の存在しか知らない上、魔法に関わる戦闘で重症を負い、魔女による攻撃魔法も目撃した。
最早無意識的にも魔法とは危険なものであると刷り込まれてしまっているだろう。
「そんな、お父様、何とかならへんの」
「せめて、魔法薬があれば良いのだが……関西呪術協会に保管されていた魔法薬は何者かによって奪われていた」
「そんな……くっ、魔法の素はもう無いし……」
「どこかに魔法薬を持ってる知り合いとかはいないんすか」
「……関西では今、緊張状態が続いている、触れを出したところで相手にされまい。後は関東魔法協会に縋るくらいしか……」
「それですよ、学園長にお願いすれば」
ネギの顔に喜色が灯るが、詠春の顔は渋面になる。
特使のパートナーを関西呪術協会の関係者が傷つけ、その上、魔法薬も無いため恵んでもらいたい……言うまでもないが、関西呪術協会の面目は潰れるだろう。
故に、それは最悪の場合の手段となり。
「……魔法薬……せっちゃん、メディアさんなら持っとらへんか!?」
「彼女ですか……確かに、それ位は持っていてもおかしくはないでしょうが……」
良いアイディアを思いついたと喜ぶ木乃香だが、刹那も詠春のように渋面を見せる。
最も、理由は全く別なことであるが。
「あの、関東魔法協会は……」
「その……直ぐには、向こうにも都合があるでしょうし……このか、そのメディアさんと言うのは」
「うちの魔法のお師匠さん、色んな薬を持っとるはずや」
その言葉に、刹那と同じ理由で渋面を深くする詠春。
先月に娘の木乃香が魔法の存在を知り、とある魔法使いに弟子入りした事は義父から伝えられている。
その素性も含めて、故に渋面になり。
「その人なら魔法薬を用意できるんですか!? 僕からもお願いします、なんとかお願いしてみましょう」
「……長、構いませんか?」
「仕方ないでしょう、この件は、このかの個人的な頼みとした方が良いのでしょうね」
詠春の呟きに刹那が深く頷く。
「どうしよう、頼んだら来て……」
「本山に招くのは難しいかと思います、けして近付きはしないでしょう。長、私達が泊まっているホテルへ神楽坂さんを戻すことは可能でしょうか」
「今は、彼女は時間遅滞の空間結界内に居る、出来れば動かす事態は避けたい」
「……ホテルか何処かで落ち合って、魔法薬を受け取るか、神楽坂さんを召喚……いえ、召喚にはネギ先生が必要で……ネギ先生ですか、駄目ですね……」
「え、駄目って何が……」
「まず、魔法薬を持っとるかからやよな、電話してみるわ」
木乃香は携帯電話を手に取ると、登録されている番号に電話をかけ。
「関西呪術協会や関東魔法協会の名が出れば彼女は協力を拒むでしょう、長やネギ先生は口出しの無いようお願いします」
「え、なんで」「しっ、ネギ君……このかに任せましょう」
詠春によって押し留められるが、不満そうな様子のネギ。
そんな中で、木乃香の電話は繋がったようで。
「もしもし、メディアさん、はい、このかです……あの、回復用の魔法薬とかって持たれてませんか……はい、そうです、その通りです、知っとったんですか? はい、アスナには回復魔法が効かんらしくて……何や、お父様が言うには誰かに奪われてしまったって……はい、何でも言う事聞きますから……はい、ホテルにあるんですか?」
“何でも”の辺りで刹那の額に青筋が浮かぶが、何とか自制してスルーする。
魔女の性癖は分かっているのだから、何を要求されるかは大体想像がつき。
「あ、はい……せっちゃん、何や代わって欲しいって」
その携帯電話が刹那に手渡される、見るからに嫌そうな顔で刹那はそれを受け取ると耳に当て。
「第一声がそれですか……いえ、分かってます、5歳以降のになりますがよろしいですね……分かりました、長と相談して幼児期も何とか……分かりました、1班の部屋の……なんてところに保管してるんですかあなたはっ! 魔法薬は救急箱に入れるようなものじゃ……いえ、良いです、今更でした。イクシールと言うんですね、分かりました、誓って私以外は部屋に入らないようにします……えぇ、必ず本山に残していきますから……ノウキン? ……あぁ、クーですか……はい、その3人と1匹はけして……はい」
通話を切ると木乃香に携帯電話を返す刹那。
疲れた様子に見えるのは気疲れだろう。
「イクシールと言う魔法薬を5本ほどなら用意できそうです、足りるでしょうか、他にも必要なら貯蔵はあるようですが」
「イク……馬鹿な、魔法世界でも最高級の魔法薬ですよ」
「いえ……いろいろと規格外な方ですので……」
木乃香に付き合って魔女の神殿へ赴き、色々と裏の世界の常識すら破壊されたことを思い出す。
今回もまた、その非常識の一端を垣間見たわけだが。
「あ、あの、ホテルにあって、1班てもしかして」
「……今から私が取ってきます、急ぎますので、30分ほどもあれば」
「ぼ、僕も行きます、空を飛べば早く着きますよ」
「申し訳ありませんが、ネギ先生は此処でお待ちください……ご心配なく、私も飛べますので」
認識阻害の符を出しながらの刹那の言葉に詠春が驚いた顔になる。
直ぐに一つ頷くと、笑みを浮かべ。
「そ、そんな、僕も何か」
「彼女に関わることではネギ先生が関われば物事が悪化します……学園長から、干渉しないように言われてるはずです、未だ彼等と【闇の福音】の冷戦状態は続いているのですから、それを刺激するような真似は看過できません」
長谷川千雨に声をかけるくらいならば、まだ副担任と生徒の間のことで片がつく。
何だかんだで彼女も気風のいい性格だから、見逃されることもあるだろう。朱雀やディルムッドも多少のお目こぼしをしてくれるかもしれない。
けれど、魔法に関わることで、よりによってこの少年をあの魔女に関わらせるのは危険すぎる。刹那はそう判断し。
「……え?」
「……まさか、聞いてないんですか?」
それは、関東魔法協会に関わる者全てに下された通達。
そして、ネギには伝えられていない真実。
ネギにはただ、干渉するなとだけ伝えられ。
「刹那君、時間が惜しい、君は向かいたまえ、事の経緯は私も把握している。説明は私からしておこう」
「すいません、長、お願いします」
言って、一瞬。木乃香に目を向けた後。窓から飛び出していく刹那。
それを見送ると、詠春はネギに眼を向け。
「失礼いたします」
それを遮るように、襖が開かれて一人の巫女が部屋へ入ってきた。
困ったような顔をしながら木乃香に目を向けると。
「このかお嬢様、ご学友の皆様方が来られておりますが、如何致しましょう」
「お、来たアルカ」
話についていけずハテナ顔していたクーフェイ以外には想定外の客人の来訪を告げた。
委員長班も来させるべきか迷い中
5班は確定、班員の合流は当然ですしね。
クーフェイは当然の事をしただけ、薬味と明日菜が治療中と言う話になれば当然こうなる
綾瀬→(アスナさんが怪我した報告)→いいんちょ(心配して合流)
那波と村上とザジと朝倉なら怪我したアスナの心配と好奇心で同意するでしょう
新田先生にまで伝えたらそろそろ血管切れるな
朝倉巻き込むルートだとこうなってしまうんですよね……
石像が増えるだけだし良いか(ぉぃ
ザジが意外に奮戦してとんでもないことにもなりかねないですがwww