69話
獣化して戦いを挑んできた狗神使いの少年。
ネギ・スプリングフィールドとそのパートナーは戦い慣れた様子のその少年によって重傷を負わされた。
あの時、クーフェイが相手を阻まなければ、より深い痛手を負わされていただろう。
そして、そのクーフェイもまた苦戦し、横合いの竹林でその死闘を見ていることしか出来なかった宮崎のどかも飛び出して来た。
戦う術等持たない生徒が。
その時に、その魔法使いは現われた。
「宮崎さんが男の子の前に立ち塞がったとき、横から強力な雷の魔法を使って男の子を吹き飛ばしてくれたんです。その後、無詠唱で魔法の矢を放って、すごく強かったです。結局、男の子は逃げて行ってしまったんですけど」
本山にて長である詠春と二人、話を交し合う。
詠春は宴の席を用意してくれたのだが、魔法使いとしての話し合いが合ったため二人は席を立って離れ。
「僕は……あの人を、昔、見たことがあるんです、故郷のウェールズで」
「……6年前の、事件ですね」
「知ってるんですか?」
「ええ、少しばかりね……」
今から6年前、ネギ・スプリングフィールドが暮らす村に大量の悪魔が襲来すると言う事件が発生した。
襲来した悪魔によって少なくない数の村人が完全石化の呪いを受けた事件。
けれど、それは本来はもっと悲惨な結果になるはずだった。
それが覆されたのは、一人の英雄と、通りすがりの
「間違いありません。僕、見たんです。父さんと同じように悪魔を打ち払う女の魔法使いの姿を」
死んだと思われていた紅き翼の英雄 ナギ・スプリングフィールド。そして、通りすがりの魔法使いとその従者。
幾度も村の人々の口に上り、捜し求めていた魔法使いの姿をネギは再度目撃した。
「それで……あの人は、関西呪術協会の人なのか、関東魔法協会の人なのか、GFの人なのか……知っていたら教えて欲しいんです」
「……関西呪術協会には類似する特徴の術者は居ません、関東魔法協会にも……居ないと聞いています、そもそも、所属しているのならばエヴァンジェリンの呪いの対処を請われているはずです」
関西呪術協会にそれほどの西洋魔術の使い手は居ないと思われ、関東魔法協会は6年前からエヴァンジェリンの呪いの解除のために、アーティファクトの使い手を捜していた……逆説的に、関東魔法協会の所属ではない事になる。
「じゃあ」
「しかし、GFの魔法使いと言う確証もありません……フリーの傭兵のような立場の者や、国外の団体に属する者と言う可能性もあります」
実際は、詠春の中ではGFとの関わり合いがある魔法使いである可能性は極めて高いと考えられている。
これは、関東魔法協会でも同じように考えられている。
闇の福音と戦闘を行った際に、仮契約すら破戒するアーティファクトを使用したと言うのは、極めて精度の高い情報だ。
けれど、干渉できない以上、それをネギに教えるのは問題になるだろうと言葉を選ぶ。
「そう、なんですか」
「ええ……」
見るからに落ち込んだ様子のネギ……憧れの魔法使い、石化された村人を救えるかもしれないアーティファクト、それらとの繋がりを望むネギには残念な話で。
ふと、魔女との会話が呼び起こされる。
落ち着いて思い出せば、魔女はネギに言葉を残していた……それらの幾つかが、ネギの心を乱す。
魔法をひどく危険なものだと言ったこと、立派な魔法使いを馬鹿みたいな称号と言った事、そして……
「あの……長さんは、父さん……
父のことを、詠春に聞けと言われたこと。
「君のお父さんのことですか? フフ、よく存じてますよ、何しろ私は、
「そ、そうなんですか!?」
「ええ、そうですね、宴の席で昔の話でも……」
共に魔法世界や京都で楽しくやった日々を思い出して思わず笑みを浮かべる詠春。
ネギの理想を打ち砕くかもしれないが、色々と面白い馬鹿話もある、戦友の息子に話をしてもいいかと思い。
「だ、だったら教えて欲しいんです、父さんが戦争の英雄ってどういうことなんですか?」
ネギの言葉に、浮かれていた気持ちが吹き飛んだ。
それは、少年が知るはずも無いことで。
「……さっき言った、女の魔法使いが言ったんです、20年前の、魔法世界の戦争の英雄だって、赤い羽根のナギ・スプリングフィールド、茶番劇だって……」
大きく息を吐く。
まだ10歳に過ぎない少年は聞かされた言葉の意味を分かりかねているのだろう。
だが、詠春にすれば、それらはひどく悪意的な見方をしているとも言える、真実ではあるだろう、けれど、実の息子に聞かせる言い方ではない。
「……そうですか……分かりました、私が知る限りについて教えましょう」
佇まいを正し、ネギの前に立つ詠春。
息を呑むネギを真摯に見つめながら、戦友と共に駆け抜けた戦場を思い出す。
「今から20年前、確かに魔法世界で戦争が発生しました、そして私達……ナギを中心にした仲間達、
その戦争では、裏で戦争を長期化させ、魔法世界の滅亡を目論む一団が居たのです……ナギと私達はその一団、『
真実を世界に示し、世界を戦火の混乱に陥れたとされた一団とその首領を倒し、世界を平和に導いたことで、ナギは魔法世界に知らぬ者なき英雄となったのです」
「そ、そうなんですかっ」
きらきらと、詠春の言葉を羨望の眼差しで見上げるようにしながら聞くネギ。
ネギにすれば初めて聞く英雄譚で、思わず泣き出しそうになるほど感動した様子だ。
「もっとも、ナギが
「ま、まだ凄い事をしてるんですかっ!?」
曖昧に笑みを浮かべる、詠春……事実、華々しい活躍のみを語ったが、未だ幼いネギには語れない話もある。
特に……
「あ、あの、どんな事をしたんですか?」
「ふむ、そうだね、紛争地域で人助けをしたり、色々とね」
紛争に巻き込まれた亜人の少女を救ったり、その後、その少女が乳神への道を拓いたりと様々な人の未来を築いた英雄。
それを茶番劇呼ばわりされたり、赤い羽根等と言われるのは、詠春にとって魔女の悪意すら感じ。
「うわぁ、うわぁ」
父親の過去の話に喜んだ様子を見せるネギを微笑ましく見る。
よくもあのナギから、こんな真っ直ぐな子がと、昔から生真面目で堅物な詠春は喜び。
「僕、心配してたんです、父さんが英雄に祭り上げられただとか、母親がどうとか言われて」
「っ……」
「長さん?」
きょとんと、怪訝そうに見上げてくるネギ。
けれど、その寸前に放たれた言葉は詠春の肝を冷やすには十分なものだった。
あの時、確かに英雄となったナギと
……僅かな逡巡の後、詠春は何か言うべきかと口を開き。
「ネギく〜ん、お父様〜」
遠くから、木乃香の声が聞こえてきた……随分、長く席を空けたために心配したのだろう。
「……戻りましょうか、ネギ君」
「はい」
父の昔の話が聞けて、嬉々とした様子のネギと共に宴の席へと戻っていく。
ただ、ネギのポケットに潜むような形で話を聞いていたオコジョは僅かに首を傾げていた。
「……もる所だったです」
宴は盛大に盛り上がり、何やら気分が高揚する不思議な液体を巫女達に勧められるままに呑んだ夕映はトイレから出るとほっとする。
結局、夕方くらいまで宴は続けられ。詠春の勧めで今晩はこの屋敷に泊めてもらえる事となった。
ホテルへの連絡はネギ先生と詠春がしてくれると言うことで、ハルナなどが乗り気になって押し切られた。
……その後、慌てて真っ青な顔で何処かに電話している刹那が印象的だったが。
そのまま、布団を用意してもらった夕映達は少し休み……
その騒ぎで同じく寝ていたのどかとハルナを起こしてしまったのは申し訳ないと思ったが。
「ふぅ……良い風ですね」
木乃香の実家に用意してもらった浴衣を着た夕映は、思ったよりも寝入ってしまったらしく、既に星が出ている。
宴はとても楽しかったので良いのだが。
「おや」
ふと、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると随分と上機嫌な様子でネギが向かいから近付いてきていた。
この時、詠春と共にお風呂へ入ったネギは追加でナギの話を聞いたり、明日、父の住んでいた家に案内してもらえる約束も交わしたため、非常に上機嫌で。
「あ、夕映さん、起きられたんですね」
「はいです、のどか達も起きたみたいなので、これからカードゲームでもしようかと」
明日菜やクーフェイ、木乃香や刹那は比較的元気だったのか眠りに落ちたりはしなかった様子だ、何処かに居るだろうから誘うのも良いだろうと。
「そうなんですか、楽しそうですね」
「ネギ先生も、随分と上機嫌なのですね」
明日菜から気分が高揚する液体の摂取を禁止されたネギだが、宴の間も常時ハイテンションで。
巫女ノ杜の如き大量の巫女に取り囲まれて接待されていた夕映は、何をもってそんなに機嫌が良いのか少し気になっていたのだ。
「はい、長さんから色々話を聞けたんです」
「そうなのですか……参考までに、どのようなことを?」
のどかとの仲を推し進めようと思っている夕映にすれば、ネギが何をもってそんなに上機嫌になったのかが気になる。
これほど上機嫌なネギを見るのはひょっとしたら初めてかもしれないのだから。
「えっと、そうですね何と言うか……せ、戦争の英雄の話を」
魔法の事を話すわけにもいかず、最初に詠春に尋ねた言葉を上げるネギ。
ネギにすれば、魔法世界の戦争を平和に導いた英雄の話で。
「……随分、物騒な話ですね」
「ぶ、ぶっそうですか?」
「はい……むぅ、男の子はそういうのに惹かれるものなのでしょうか」
小声で呟いたつもりだが、それなりに耳が良いネギにはしっかりと届いた。
戦争の英雄と言う言葉に夕映は、嫌悪すら感じている様子で。
「あ、あの、夕映さんにとって戦争の英雄ってどんな人なんですか?」
「あ、いえ……一概には言えませんが」
「いえ、夕映さんが今、思ったことを教えて欲しいんです」
困った様子の夕映に、何か嫌な予感を募らせながら聞こうとするネギ。
詠春とは全く逆の反応に、夕映の感想が気にかかり。
「むぅ、戦争の英雄とは……私は二通りの意味があると思うのです。一つは、神話や伝説の英雄譚をモチーフにした
冷たい風が吹く。
偶像とは、存在しない象徴と言うことだ。ネギには何か嫌な予感がし。
「もう一つは……物騒な方ですが、最近の戦争の場合ですね、言いたくは無いですが……一人殺せば殺人者、千人殺せば英雄と言うものです」
そして。
「きゃああああー!?」
長い夜が始まった。
退かぬ、媚びる、省みぬ。
何を言われようと、最早我が道変わらず
背後など振り返る暇は無いのですよ(ぉぃ
クライマックス突入です