70話
「お好み焼きお好み焼き、ドロドロ コテコテ」
「炭水化物うめー うめー」
「串カツにつけるソースは一回まで」
「礼儀 礼儀」
「タコ焼き食わずに何が大阪」
「タコは……私はちょっと」
「焼きソバ ホルモン かんとだき」
「繊細なのか雑駁なのか」
大阪食い倒れツアーは盛況のまま大阪を縦横無尽に駆け抜けた。
メディアが用意した魔法薬はその効能を十全に発揮し、1班、4班は普段に数倍する量を胃に収めるも、一定以上の満腹感は感じず。
どんな高級店でも電話一本で予約が済み、当然のようにブラックカードで支払うメディアの財力に気付いた4班もその殆どが遠慮することをやめた。
思いつくままに大阪の街を歩き回り、今も見た目はそれほど良くないお好み焼き屋で何枚目かになるお好み焼きを平らげていた。
「むぅ、さすが亜子のお勧めのお店」
「これや、これがほんまのお好み焼きなんや、あ、ディルムッドさん、ウチが焼きますから」
「美味しい〜これ、旅館に持ち帰れないかな〜」
既に、本日何店目かのお好み焼きだが、間にも大阪名物を色々挟んでるため、十分に美味しく頂いている様子で。
「……美味い……美味いんだが、どうしても炭水化物の多量摂取には危機感が」
「気にしたら負けですよ千雨ちゃん、毎日同じ事をするわけにはいきませんが、偶には良いじゃないですか」
「食べた分は運動でカバーすると良いよ、今度千雨もプールに来る?」
「チアリーディングでも良いよ〜千雨ちゃんなら可愛いと思うし」
普段からスタイルの維持を気にかけている者にすれば、少々どころではないカロリーオーバーだろうが、魔女の秘薬を飲んだ後であれば、実際、一定量以上は吸収されない。
毎日同じ薬を常用するのは問題だろうが、偶には良いだろうと割り切り。
「いやぁ、怖い人だと思ってたけど良い人っすね〜」
「まぁ、ご相伴に預かれたのはラッキーだったな……ちなみに、ネギ先生や学園長に余計なことを言うと睨まれるぞ」
「大丈夫っす、長いものには巻かれるタチなんで、コキ使う上司より気前の良いお姉さんっすよね」
運良く同道できた魔法関係者は、下手にちょっかいかけなければ害はないと判断して高価なもの優先で平らげていく。
メディアが甲斐甲斐しく世話を焼く面子を確認して、自分たちが気に入られることは無いと早々に理解した事もあり、便乗出来ただけで満足で。
「ほら、セクストゥムちゃん、口の周り」
こう言う食事……いや、そもそも食事自体が初めてなのか。あまりテーブルマナーが得意で無い様子のセクストゥムの口の周りがソースで汚れているのに気付き、メディアが甲斐甲斐しくハンカチでそれを拭う。
白を基調とした衣服にも付かないよう、何かと気にかけており。
そんなメディアのポケットから携帯電話の着信音が響き渡る……それを無視して口元をハンカチで拭ってくるメディアをセクストゥムは怪訝そうに見つめ。
「これは無視しても良い音なのよ、そうね、後でセクストゥムちゃんの携帯電話も買いに行こうかしら」
暫し鳴り響いた後で、その着信音は鳴り止んだ。
それを気にもせずに、メディアはお好み焼きを細かく切り分け……今度は別の着信音で携帯電話が着信音を奏で始める。
直ぐにメディアはニコニコと笑みを浮かべると携帯電話の通話ボタンを押し。
「はい、もしもし、どうかし……何であなたが、彼女の携帯電話で電話してくるのかしら」
『その、私のもので電話しても繋がらなかったものですから』
「当たり前でしょう、どうせくだらない話なんだから」
軽く指を振って周りに会話内容が伝わらないよう魔術を起動する。
電話をかけてきたのは桜咲刹那……メディアが気に入っている少女、近衛木乃香の護衛役だ。
メディアは携帯電話の着信音の種類を、相手により幾つか分けさせるよう設定させており、今の其れは木乃香の携帯電話からの着信の時のみの音の筈だ。
恐らくは、電話が繋がらなかった理由を察してわざわざ木乃香から携帯電話を借りて電話してきたのだろう。
『いえ、これはお嬢様のお願いでもあるのですが……実は、長の計らいで私達は明日まで本山に留まる事になりそうでして』
あくまでも木乃香からの頼みと言うことを強調しながら刹那が話すのは、ネギ達が本山に留まるために、身代わりの式が関西呪術協会からホテルに送られること。
それを何とか見逃して欲しいと言うような内容で。
「……そう、良いわよ、対価は今度考えておくわ」
クスリと、朱雀やディルムッドや千雨が見れば間違いなく距離を取る笑みを浮かべメディアは其れを快諾する。
ほっとした様子で刹那は通話を切るが……その笑みを見ていれば、けして安堵は出来なかっただろう。
「ちょっと予定が変わったから、電話してくるわね」
そのまま、ホテルの結界に微細な細工をするために席を立つ。
……同時に、少しばかり人形の手筈を変えなければいかず。
人形を繰る魔女は、舞台が都合の良い方向に転がったことを歓迎し、その口角を上げて笑みを見せた。
「やれやれ、ホテルに戻るまでに襲撃をせなあかん思っとったけど……本山に留まってくれるなら願ったり叶ったりや」
本山を眼下に出来る木の枝に立ち、今朝まで瀕死の重傷の身にあった天ヶ崎千草は笑う。
その眼は愉悦に満ち、自身の計画の成功を疑う様子も無い。
魔女のホテルに戻られてからの襲撃は色々と面倒が発生するため、本山を出てホテルに戻るまでの間隙を襲撃する予定だったが。
どうやら、木乃香達は本山に留まることを選択した様子だ。
……これなら、遅い時間になるのを待って襲撃することも可能になった。使えないはずだった3枚目の手札も使えると、口角をあげて笑みを見せ。
「親書も渡されたようだね」
「それはもうええわ、うちはスクナさえ復活できればええんやから」
同じく、木の枝に立つフェイトに適当に返事を返す。
実際、契約によって関西呪術協会によるスクナ復活の支援を望まれているフェイトにしても、それだけを考えてくれるならありがたく。
「千草さ〜ん」
その木の枝に、追加で少女の姿が現われる。
それは、晴れやかな笑みを浮かべたファンシーなドレスを纏った少女で。
「小太郎さんも、目を覚まされました〜」
「ほか、他のもん等はどないや?」
「皆さん、とても気分が良さそうですよ〜スクナ復活のために、力の限りを尽くしていただけるみたいです〜」
本山の結界を易々と抜く手段もある。
大怪我を負った様子の小太郎も回復した。
協力者を無理矢理にでも集めて、説得して皆言うことを聞いてもらえるようになった。
最早、千草の道を阻むもの等存在しない。それほどの高揚感が身を包む。
「スクナを復活させるんや……うちが復活させるんや」
「そうですね〜復活させちゃいましょ〜」
「……ま、良いけどね……じゃ、もう少し待とうか……不確定要素である魔女たちがホテルに戻ってからの方が都合が良いだろう?」
「そやなぁ、もう少し待つで」
「はい〜」
かつての狂気も見せずに笑みを浮かべる月詠。
そして、満足そうに笑みを堪える千草。
それをフェイトは呆れたように見ていた。
そして、その時は訪れた。
修学旅行三日目、完全自由行動日を終えた麻帆良学園中等部は、1班から6班まで、皆問題なくホテルへと戻り。
……問題は、ネギ達が滞在する本山にて発生したのだった。
「きゃああああー!?」
宴を終えた後、偶然廊下で出会った夕映から、戦争の英雄と言う言葉の、ある側面からの見方を伝えられたネギ。
それは、ネギの根底を揺さぶるような内容だったが、その意味をきちんと確認するよりも早く、響き渡った悲鳴によってネギの思考は遮られた。
「今の声は」
「のどか!?」
夕映と二人、慌てて用意された部屋へと駆け込む。
其処には、驚いた様子で固まった宮崎のどかと早乙女ハルナの姿がある……立ったまま、身じろぎもせず。
「あ、あれー二人とも、何してるんですか? 固まっちゃって、何かの遊びですか? ……え……」
「のどか、急に悲鳴を上げてどうし……なっ」
近付けば、その異常は直ぐにネギと夕映、そしてネギの肩に乗ったカモにも伝わった。
何故ならば、二人の肌は灰色に染められ、その身を石と化していたのだから。
「これは……パルさん!? のどかさん!!」
「のどか、のどか、こ、これは一体」
寸前までと同じ装いのままの姿をした石像、悪戯にしても度が過ぎているだろうその姿に夕映も狼狽して石像に縋り付く。
その感触は固く冷たく、あまりにも現実感のない状況で。
「落ち着け兄貴、ヤツラだ!!」
「っ、あの時の下品な声……ね、ネギ先生のペットのオコジョが喋ってるですか?」
「カ、カモ君」
「今は細かいことを気にしてる場合じゃ無いっすよ、それよりヤツラに備えろ兄貴!!」
「ヤツラ……ネギ先生は、何が起こってるのかご存知なのですか?」
突然、親友が消え、親友の姿をした石像が部屋に残されているという悪夢のような現実に取り込まれてしまった夕映。
実際、悪夢だと思いたいが、手で触れる宮崎のどかの肌の硬さは本物で。
「今は細かい話をしている場合じゃねえんです、
油断したせいで敵の攻撃を受けた、そう理解したネギの表情に苦悩が浮かぶ。
事情も分からない夕映にすれば不安そのものだが、今は夕映の不安を和らげる事が出来るものも居らず。
ふと、ネギの脳裏にパートナーである明日菜や、生徒である木乃香たちのことが思い起こされる。
その安否を危ぶんで廊下に飛び出すと、明日菜の名を呼び。
「アスナさん、アスナさーん」
「そ、そうです、このか、このかさんは無事なのですか、クーフェイさん、クーフェイさん」
ネギ同様、同じ図書館探検部の木乃香やバカレンジャーのクーフェイの安否を危ぶみ声をあげる夕映。けれど、それに応える声は無く。
「ハッ……そうだ、カードを」
「それだぜ、兄貴!!」
仮契約カードによる念話の存在を思い出すと、パートナーである明日菜に念話を繋げるネギ。
この時、明日菜は怪我を危ぶんだ木乃香と共にあり、木乃香達は何人もの石像にされた巫女を発見していた。
そのため、まずは合流すべきと、昼間に宴を行った大広間での合流を提案し。
ネギは、唯一無事であった夕映を伴うと大広間に向けて走り出した。
夕映は、事態が分からないまでも木乃香の無事を聞かされれば安堵し、共に大広間へと向かい。
「兄貴、落ち着けよ、いいな!? わざわざ
「じゃ、じゃあ、のどか達は無事なのですね?」
「おう、よほど強力な
「昼間……クーフェイさんの言いよう……それではまるで……」
「あ、あれはっ」
廊下を駆けるネギと夕映、その前に一つの人影が見て取れた。
それは、身体の半分ほどを石化させた近衛詠春の姿で。
「長さん」
「っ……石像に、なりかけているのですか、ではやはり、先ほどの石像は……」
「ネギ君……申し訳ない、本山の守護結界をいささか過信していたようですね」
「だ、大丈夫なんですか?」
ネギの言葉に詠春は返答しない、精神を集中して少しでも石化の進行を遅らせる事に終始する詠春。
気を全身に漲らせ、ほんの僅かで良いから時間が稼げればと。
「あ、あの、長さん……」
そんな長の下に、ドタドタと凄い勢いで足音が近付いてくる。
ネギが警戒して杖を向けると、其れは見知った顔で。
「クーフェイさん!!」
「言われた物を持って来たアルヨ、ネギ坊主も無事だったようアルネ」
クーフェイもまた、石像を発見して、屋敷内を探索していたのだ。
その時に、ネギ達よりも早く詠春と接触したため、詠春に急ぎの使いを頼まれたのだった。
「すいません、直ぐに頂けますか」
クーフェイの手にあるもの、それは、4本の栄養ドリンク。
その見かけに思わず目を疑ってしまうが、高価な物のため、詠春は今後代金を支払うことも考え全て中身を確認していた。
見かけはアレだが、4本とも、中身が最高級の魔法薬であることは確認してある。
クーフェイに頼んでそれを口まで運んでもらうと、一本を飲み干し。
「くっ」
石化していた身体が光に包まれ、魔法薬の効果が発揮されて石化が解除されていく。
詠春の高い抵抗力と、魔法薬の高い効果が相乗した結果、その身から石化の効果は完全に消え去り。
「す、すごい」
「最近の栄養ドリンクは凄いアルネ」
「見かけは栄養ドリンクですが、中身は昼間にアスナさんの怪我を癒した魔法薬なのですよ」
最高級の魔法薬イクシール。
その存在に夕映が目を輝かせる。
「そ、それを使えばのどか達も助けられるですか?」
「あ、そ、そうか、これを使えば」
「……確かに可能かもしれませんが、石化自体は命に別状はありません、まだ敵が屋敷の中に居るはずです、先に彼等を何とかしないといけないでしょう……敵の狙いはこのかでしょうから」
「そ、そうでした、このかさん達と大広間で待ち合わせをしたんです」
「そうですか……では、急ぎましょう。刹那君も其処に居るはずです」
ネギと夕映、それに詠春とクーフェイを加えた4名は、木乃香達の無事を祈りながら、広間へと向かうのであった。
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