73話
刹那と詠春は息の合ったコンビネーションで互いを補うことで、実力差のあるフェイトとの近接戦を優位に運んでいた。
それは強力な魔法障壁を有するフェイトに対し、その絶大な魔力量で障壁を突き破る
けれど、その優位は一瞬にして覆される。
「っ、下だ、刹那君っ」
「くっ」
此処10年以上を長としての立場においてきた詠春だったが、実戦に身を置くことで、かつての戦闘勘を取り戻してきていた。
その直感が、足元に異質な気配を感じ取った。
けれど、それは攻撃ではなく、護衛対象である木乃香と自身等とを分断する形で現われた、突如として畳を割いて現われたのは、大広間を横断するように広がった鏡のような金属製の光沢を持つ壁で。
「お嬢様っ」
「余所見は駄目だよ」
「くっ」
「刹那君」
一瞬気を取られた隙にフェイトの拳を胸に受ける刹那、計算された角度で詠春のほうに吹っ飛ばされてしまう。
詠春にすればそれを受け止めるしかなく……その間に、フェイトは切り落とされていた自身の片腕を拾い上げる。
「すいません、長」
「それより、分断された……仲間が居ればこのかが危険だ」
「はい、あの少年は私が食い止めます、長は壁の破壊を……くっ、お嬢様の魔力供給が途切れましたっ」
木乃香の魔力供給を受けることで、強力な刀身を形成していた
これまでに供給された魔力が残存しているので、まだ多少は保つだろうが、この場合は魔力供給が途絶えたことが問題だ。
仮契約カードと木乃香が切り離されたか、最悪既に木乃香が浚われてしまったということで。
フェイトは深追いはせず、腕の断面に切り落とされた片腕を合わせると治癒を開始する、腕を捨て置くわけにはいかないため、まずは自身の回復を優先し。
「斬岩剣っ」
詠春は野太刀を振るうと、銀の壁に斬りつけた。鉄さえ断ち斬る斬撃は銀の壁を容易く斬り裂き……その切り口を塞ぐように、壁の一部が流動して傷口に流し込まれる。
「液体金属っ……魔力で操られているのか」
其れは、魔力の込められた水銀。
鏡のような金属光沢を持つ超剛性の其れは、鋼鉄の剛性と液体の流動性を併せ持つ防壁であり。
そして、不定形な水銀は、裏を返せば如何なる形態も取り得るということでもある。
「っ、刹那君っ」
「なっ」
攻撃を察知した水銀……礼装・
壁の複数個所がくびれて、細長い帯状に伸び上がり、次の瞬間、鞭のようにうなりを上げて振るわれた。
「くっ」
四肢を狙うようにして振るわれるそれらは、高速で刹那や詠春を斬り付け、四肢に浅く傷をつける。
詠春も反撃するが、幾ら傷つけたところでその損害は液状の周辺部が塞いでしまい。
また、攻撃が苛烈になっていく。
水銀は常温で液状を呈するもっとも重い物質であり、これを高圧、高速で駆動した際の運動エネルギーは絶大なものになる。しかも形状は鞭に、刃に、槍にと自由自在に瞬転し、その切れ味はレーザーすらも凌駕する超高圧水流カッターと同等だ。
一転、詠春や刹那は防戦を強いられ。
「……余程、余所見が好きなようだね」
それは、回復を済ませたフェイトが呪文を唱え上げるには十分過ぎる隙だった。
刹那と詠春が目にしたフェイトは、その指先に光を宿し。
「
咄嗟にアーティファクト、
それが彼女のアーティファクトであることは、ネギから聞いていた。
賭けになる……が、詠春は彼女の正体を知っている。その身に秘めた、魔法世界の秘奥の存在を。
「
レーザーのように放たれる石化の効果を持った魔法、詠春は足元のハリセンを拾い上げると、それをもって魔法を迎え撃った。
そして、詠春に向けて迫っていた石化魔法は、軽快な音と共に消え失せた。
「何」
「やはり、魔法無効能力のアーティファクト」
そのまま、襲い来る水銀の鞭もハリセンで叩く、それだけで、超高速で振るわれていた水銀の鞭は、魔力の加護を失い辺りにぶち撒けられ。
「これならば……」
水銀の壁に迫り、ハリセンを振り上げる詠春。フェイトは咄嗟にその背を追い。
「余所見を……するなぁっ」
「くっ」
フェイトに迫るのは
「
詠春は、おそらくは其の効果を発揮するであろう真言と共にハリセンを水銀の壁に叩きつけた。
その効果は直ぐに顕れ、軽快な音と共に魔力を帯びていた水銀の壁は魔力を失い、水銀に戻って崩れ落ちた。
「……よしっ、このかっ」
「このちゃんっ」
遮っていた壁が消え失せたことで、向こう側の状況も分かるが……其れは、見知らぬ男の手中に木乃香が囚われていると言うもので。
その男からの銃撃が刹那と詠春に迫る、それらは容易く野太刀で切り落とされるが……その銃口は、木乃香に向けられ。
「銃口は子宮を向いている……即死はせず、失うものは大きい、僕に損は無い」
「貴様っ!!!」
木乃香を盾にするようにしながら、冷淡に言い放つ男。
それに刹那が激昂するが、銃口が軽く揺れれば足を止めるしかなく。
一瞬の場の停滞を見逃さず、転移魔法を起動したフェイトによって男と木乃香は連れ去られるのだった。
「くっ……何と言うことだ」
「水を利用した『
「そんな、木乃香さんが」
敵の去った後、残された者達に重い空気が圧し掛かる。
結局、防戦むなしく木乃香は浚われ。
「刹那君、追いましょう……気の跡を辿れば、まだ追えます」
「はい……ですが、少々お待ちを、事此処に至れば手段を選んではいられません……彼女に、メディアさん達に救援を求めます」
敵はとんでもない強敵だった、このまま追うだけでは手詰まりとなるだろう。
戦力向上を果たさぬまま追っても二の舞になるだけだ。
「確かに……GFの助力を得られれば……」
刹那は携帯電話を取り出すと、迷わず発信履歴にある番号に電話をかける……今はホテルに居るだろう、魔女に。
気に入られている木乃香が浚われたと知れば、関西呪術協会を嫌ってはいても助力してくれる可能性は高いが……
「そ、そうですね、僕も学園長に連絡を」
ネギもまた、どうしようもない事態に自身の上役である学園長へ電話をかける。
最も、其の返答は、直ぐに急行できる人材が居ないというものだったが。
「くっ、出ない……このちゃんの携帯電話は、このちゃんが持ってたはずだし」
刹那からの電話には滅多に出てくれない魔女は、当然のように応答はしない。
着信拒否さえされている可能性もある。
「ホテルに電話をかけてはどうかね」
「そうですね、番号を調べて……いや、龍宮がホテルに戻っているなら、直接言ってもらえるかも」
魔女への電話は不通……ただ、この場合は刹那からの電話だったため出なかっただけの可能性が高い。ホテルには居るはずなのだ。
龍宮に連絡が付くと、刹那はすぐにメディアへ繋いでほしい旨を伝え。
「あ、あの、長さん……僕の杖、ちょっと使えなくなってしまったようなんです、此処に魔法の発動体はありませんか」
父から手渡された魔法の発動体である杖……先の戦闘で、ネギはそれによる魔法の発動に失敗してしまっていた。
改めて、それを用いて幾つか簡単な魔法を試してみるが、やはり、魔法は発動することなく。
杖は魔法の発動体としての機能を損なってしまったようだ。
「西洋魔術の発動体は……此処にはありません、関西での入手は困難かと」
関西呪術協会の影響下にある京都では、西洋魔術の発動体などまともに取引されることは無い。
詠春自身も、西洋魔術は用いないためそれを有することは無く。
「そんな……」
顔面蒼白になるネギ、木乃香が浚われたというのに、杖が発動体としての役目を果たさなければ、魔法を使うことが出来ず。
「アスナ、取り合えず服は着たほうが良いアル、まだ追えるみたいアルヨ」
「そ、そうね」
「もしもし、長瀬さんですか…………はい、少し非現実的な事態に直面してるです、ですので非現実的な方なら何とかと……」
一般人側寄りの3人も、木乃香が浚われた事が確かのために対処を其々に考える。
着替える者や、銃痕を見つめて覚悟を決める者、刹那とは別方面に助けを求める者等が居り。
「っ、GFなら……あんな魔法薬を持ってた人なら発動体も持ってるんじゃ」
「……そうですね、刹那君、連絡が取れるようならそれも用立てられないか確認してもらえないか」
「……聞くだけ聞いてみますが……あ、龍宮か……非常事態だ、手を借りたい」
まずは、仕事で協力することも多い間柄で、ルームメイトの龍宮に連絡を取る刹那、幸い、ホテルには戻ってる上に今日はメディア達と行動を共にしていたらしく。
取次ぎくらいなら構わないと了承され。
……その報は、魔女の元にまで届けられるのだった。