75話
携帯電話の通話が途切れると同時、刹那は深く息を吐く。
朱雀達と交戦の経験がある刹那は、彼等がどれ程の実力者かを理解している……助力を得られれば、非常に心強かったのだが、魔女は積極的な助力を拒否し。
「……刹那君、気持ちは分かるが、今は切り替えるべきだ」
「はい、お嬢様を取り戻しましょう……彼女の実力は本物です、強力な呪詛が一昨日の呪符使いを中心に向けられたのは確かなはずです」
「多少の足止めにはなったと思いたいですね……今、式神に気の跡を辿らせている、場所が特定できたら直ぐに向かおう……それと、本山の結界の強化も行っている」
神鳴流に属する剣士、近衛詠春と、桜咲刹那は四肢に負った傷に手早く処置を行うと、覚悟を決めて頷きあう。
浚われた近衛木乃香は、彼等にとってかけがえの無い存在だ、故に、士気は十分で。
「ぼ、僕も行きます……発動体は、もう直ぐ届くんですよね」
魔法使いの少年、ネギ・スプリングフィールドもまた、意気を上げる。
発動体である魔法の杖の調子が悪くなってしまったため、現状、魔法を使うことは出来ないが、とある魔女との交渉により、発動体は届けられるはずで。
「……ネギ先生は……」
刹那がそれに、少し沈痛な面持ちを見せる。
一昨日の襲撃の際に、敵を取り逃がす原因となってしまった少年……その甘さがある以上、共闘には不安がある。
「ええ、ネギ君はエヴァンジェリンと対峙し、それを下すほどの魔力があると聞いています……後衛として協力していただきたい」
「あのエヴァンジェリンさんを?」
けれど、詠春は未だそれを知らず。
逆に、エヴァンジェリンとの対決や、先の魔法の射手の印象が強い。
仮に知っていたとしても、ナギをよく知る詠春にすれば、その強力な魔力を頼るために見て見ぬ振りをしたかもしれないが。
小太郎との戦いで深手を負いはしたが、それは近接戦に持ち込まれたからだと判断する、自身等が前衛で壁となっている間に魔力任せの攻撃さえしてもらえれば構わないと言う判断だ。
「わ、私も行くわよ」
「アスナさん……」
「……確かに、明日菜君のアーティファクトは強力だ」
そして、ネギのパートナーである神楽坂明日菜も参戦を決意する。
詠春にすれば、そのアーティファクトの能力のみを頼りにする感もあるが……ハマノツルギには使いようによっては戦局を覆す
「私も行くアルヨ」
そして、武闘派の少女もまた、立ち上がる。クラスメイトの危機に何もせずにはいられないと。
事実、ネギが惨敗した小太郎とも、気が使えぬままで互角にやりあえるだけの格闘能力を持っており。
「刹那君、彼女は……」
「一般人としては最強の部類です、気さえ使えれば私と互角と言っても過言では無いかと」
「ム〜、あれさえなければ、犬耳少年相手にも何とかなったアルガ」
けれど、彼女には裏の世界に関わるには圧倒的に不足しているものがある。
魔力、ないし気による身体強化、それなくして魔法の絡む裏の世界で戦うことは難しく。
「それの問題を解消する名案が俺っちにあるっすよっ、ほら、昼間にクーフェイの姉さんに話したやつっすよ」
「ム、ぱくておーアルカ」
昼間、ネギと明日菜の治療行為が行われていた際に、クーフェイとカモは暫し話し合う時間があった。
その際に、魔法に関する説明が為され、その中で明日菜が異常な身体能力を発揮している理由も説明されていた。
「そうっす
「……確かに……少なくとも、気が使えず、魔力供給もされない女の子を戦闘の危険のある場所に連れて行くわけにはいきません」
刹那と互角の腕があるのならば、戦力として申し分が無い。
故に、詠春は魔力供給さえされるのならばクーフェイを同行させる事に異論は無く。
「ついでに、剣士の姉さんも一発どうですかい、剣士の姉さんは気が使えるだろ? そこに兄貴の魔力を上乗せすれば、一気に倍のスーパーパワーUPってわけさ」
「「無理ですね」」
ハイテンションにヒートアップするカモに詠春と刹那の冷淡なツッコミが入る。
盛り上がりに水を差されたカモは思わず前のめりになって倒れかけるが。
「気と魔力は相反する性質を持ちます、相応の練習もせずに魔力供給を受ければ、逆に弱体化しかねません……故に、私はお嬢様からの魔力供給は全てアーティファクトに使用しています」
「そ、そしたら、アーティファクトのみに魔力供給を……」
「お嬢様と何度も練習したからこそできるようになった事です、急造のコンビでは無理でしょう……それに、お嬢様と離れ離れになった時のために、魔力供給用の宝石を備えています」
懐から見るからに高額の宝石を取り出す刹那。それには木乃香が込めた魔力が蓄えられている、これさえあれば、木乃香が居なくとも
……無論、これも魔女によって用立てられたものだが。
「そ、そうっすか……と、ともかく、カンフーの姉さん、一緒に闘ってくれるって言うなら
「そう、ですね……子供を戦いの場に連れて行くなど、関西の長として、一人の剣士として情けないばかりですが。刹那君に匹敵する拳士ならば……助力願いたい」
恥を忍んで頭を下げる詠春、最早形振り構わぬ様子で。
それを確認すると、カモはパッパと仮契約の魔法陣を描きあげる。
「この魔法陣の上でキスすりゃ仮契約は成立でさ」
「ム……非常事態なら、仕方ないアルカ……本来は、自分より弱い者に唇は許せないアルガ」
家の古い掟で、婿を連れ帰るという意味を持つ行為だが、クラスメイトの木乃香の危機に手をこまねいているわけにもいかず。
「兄貴はまだ子供っすよ、ノーカン、ノーカンっす、明日菜の姐さんも同じこと言ってたっす」
「そ、そうね、ガキ相手なんだからカウントしなくていいって」
「ム……覚悟を決めたアル、さっさと済ませるといいアルヨ」
クラスメイトの窮地とあって覚悟を決める。自身の掟に背くこととなろうと、結果として友を見捨てることとなれば、より深い自責にかられる事となる。
今、戦う力が無いのは自身の未熟故で、それを補うために他者の手を借りるのも厭わないと覚悟を決める。
「す、すいません、失礼します」
暫しの沈黙の後、ゆっくりとネギとクーフェイの唇が重ね合わされる。
それに合わせるように、カモの手には一枚のカードが握られ。
「
「なるほど、昨晩のイベントはこの
それら、一連の光景を眺めていた綾瀬夕映は、度重なる異常事態を、ゆっくりと頭の中で噛み砕いて理解してっいた。
親友の石像が発見された事に端を発する異常は、喋るオコジョに、突然の戦闘、銃撃に、同じ図書館探検部である木乃香の誘拐と、枚挙に暇が無く。
「あ……そう言えば、夕映ちゃんのこと忘れてた」
「……申し訳ありません、事情を知らぬ方が巻き込まれていたことを失念していましたね」
これから行う木乃香奪還の事のみを考え、置き去りにされていた夕映に視線が集まる。
「いえ、皆さんの会話の内容から、大体の事情は理解しているつもりなのです……ですので、聞かせていただきます、のどかとハルナは大丈夫なのですか?」
「はい、どうやら敵は一般人に危害を加える気は無いようです、石化自体は強力な魔法でしたが、少なくとも命に別状があるものではありません……解呪に多少の時間を要する可能性こそありますが、誓って、お二人の命に関るようなことではないと約束しましょう」
既に、目の前で詠春が石化しかけの状態から回復したことも、詠春の言葉を裏付ける証拠にもなる。
残り3本となった魔法薬イクシール、それを用いれば回復は可能なはずで。
「では、今、一番危ないのは連れ去られたこのかさんなのですね」
「はい……その通りです。本来ならば、関係ないあなたを巻き込んでしまった私達には、詳しい事情を説明して安全な場所まで逃がす責務があるのですが……」
「いえ、大丈夫なのです、このかさんを優先して欲しいのです」
夕映にとって、図書館探検部の3人は、1年の頃からの友達であり。
世界がそれほどくだらないものでもないと教えてくれた親友だ。
「……どうかお願いするのです、私を巻き込んだ責務を果たすというのであれば、のどかと、ハルナと、このかさんと……4人での日常に私を帰してほしいのです」
「……誓って、約束いたしましょう」
夕映が、非日常に憧れに似た気持ちがあるのは確かだ、けれど、それと引き換えが友の危機などと言うのは受け容れ難く。
「……私と刹那君の式神を残すつもりですが、最悪、この場に一人で残っていただく事になりかねませんが」
「構わないのです……私のことは気にせず、頑張ってほしいのです」
この場で唯一戦闘能力が無く、完全な一般人である夕映が足を震わせながらもそれでも言い切る。
今この場で出来ることは待つことだけだと理解して。
「……では、この場にいる者達でこのかの奪還に向かいたいと思います……ですが、皆さんには、必ず守っていただきたい事があります……白い髪の少年、そして、コートの男との交戦は避けてください、あれらは……私が相手をします」
ぐっと、野太刀を握りながら言い切る詠春。
周りが思わず息を呑むが、あの二人だけは子供たちに相手をさせるわけにはいかないと詠春も決めている。
「一昨日の呪符使いと剣士、そして昼間の狗神使い……刹那君達から聞いた話から鑑みるに、この者達ならば、十分に皆さんでも相手取れると思います、ですが、白髪の少年とコートの男は別格です」
刹那と詠春の二人係でも押し切れなかった白髪の少年、そして、木乃香を浚って行ったコートの男。
未だ、呪符使いと剣士、狗神使いは姿を現さないが、昨日の回復魔法薬の盗難事件を考えれば回復している可能性は高く。
「けど、コートの方は銃こそ使っていやしたが、まだ戦っていやせんぜ、本当に強いかは」
「……分かるのですよ、長年の勘と言いますかね……だから、お願いです」
それは、詠春だからこそ気付ける特質。
あのコートの男から感じた、確かな血の臭い。
あれからは、殺し慣れた人間の臭いが感じられた。
木乃香の腹部……子宮に銃口を向けながら、まったく緊張が見られなかった以上、あれすらも手馴れた行為なのだろうと。
「ですが……長が問題視する相手は二名になります、各個撃破を容易くさせるとも思えません」
「私達の勝利条件は敵を全て倒すことではありません、木乃香を取り戻し、明日、腕利きの部下たちが戻るのか、もしくは……関東魔法協会からの増援が来るまで堪え忍べばいいのです」
つまりは、木乃香を取り戻した後は一気に撤退戦になると言うことだ。
確実な居場所を探り当て、全力で一当てをして木乃香を奪還、詠春を殿として本山まで退避する。
その段取りを詠春は説明し。
「電話の最中から準備を整え、本山の結界強度は高めてあります……欲を言えば、転移魔法の使い手がいればいいのですが……ネギ君、君は」
「す、すいません、転移魔法は使えないんです」
「龍宮……私と学園で一緒に仕事をするものが、転移魔法符を持っているのを見たことがあります……先ほどの電話では、助力に来てもらえると」
「そうですか……転移魔法符があれば、木乃香を奪還して直ぐに木乃香だけでも本山に送れます……符によって距離が変わるのが問題ですが」
「お嬢様さえ安全な場所に送れれば……後は私達が逃れるだけですね、ただ、龍宮のそれは短距離の転移魔法符だったかと、長距離のものは高額ですし」
この戦いは、どちらが木乃香を手中に置くかと言う点が大きい。
本山と言う拠点に再び木乃香を取り戻すことが出来れば、持久戦に持ち込むことが可能なのだ。
「そうですね……む、今、本山前に何者かの気配が」
一斉に戦闘体制を取る面々、けれど、刹那には、感じられる、その気配に覚えがあり。
「これは……龍宮に、楓? あと一人は覚えが無いが」
「む、そう言えば、非常識には非常識と、長瀬さんに助けを求めたのでした」
刹那と夕映の言葉に、僅かに緊張が弛緩する。
実際、龍宮は刹那に助力すると言葉にしているため、新たな加勢が加わったという事になる。
「刹那君」
「龍宮は仕事をする際のパートナーです、楓は、裏と然程関りはありませんが、気も使いこなす忍です」
「え、龍宮さんとか長瀬さんて、そんなに強いの」
明日菜の言葉に深く頷く刹那、結局、全員で本山の前まで出向くこととなり。
其処には、3つの人影が在った。
「助太刀に来たよ、刹那」
「にん、便乗させてもらったでござる」
「あ、あっしは、これを渡したら直ぐに帰るでやんす、じゃなくて、帰るっす」
それは、バイオリンケースを携えた長身の女性であり、チャイナ服を纏った細目の女性であり、サングラスとマスクをつけた謎のシスターだった。
「まさか、GFの……」
「あぁ、転移魔法で送ってくれてね、お陰で電車賃が浮いたよ……一応、今の私はメディアさんに雇われて、彼女の護衛と言う事になっている」
「窓から出て行こうとしていたはずでござるが、気付いたら龍宮と一緒に居たでござる、よくは分からぬが、ノーキンはホテルにいるよりこっちに居てくれた方が良いと送り出してくれたでござるよ」
「はい、これっす、これを渡せば私の任務完了っす、早く私を帰らせてー」
グラサンマスクシスターと言う新ジャンルを見出した、謎のシスターが差し出すのは割り箸だ……正確には、手にした割り箸で摘んだ綺麗な指輪のことを言っているのだろうが。
「それ……もしかして」
「メディア様から宅配をお願いされた呪いの……じゃなくて、魔法の発動体っす……あ、一応こっちが一般的な発動体っす」
謎のシスターはついでとばかりにポケットから折りたたみ式の魔法の杖を差し出す。
電話での会話を聞く限りにおいて、その指輪には何かしらの呪いがかけられているはずで。
……だからこそ、直接手にせず割り箸で摘んでいるのだろうが。
それ等をネギの手に置くと、役目を終えたとばかりに万歳する謎のシスター。
「さて、これで護衛の任務は終了だな……その後は好きにして良いといわれてるのでね……助太刀するよ、刹那」
「にん、助けに来たでござるよ、リーダー」
龍宮と楓は、其々、刹那と夕映に笑みを見せる。
それは、彼女たちにとってはかけがえない助力であり。
「あー……じゃ、私はもうこれで失礼させてもらうんで……あ、一応聞いておくっすけど、一般人で巻き込まれた人とか、居るんすかね」
グラサンマスクシスターはさっさと撤退準備を始める事にした。
ただ、己が主……もとい、メディア様から確認しておくよう言われた内容だけは口にして。
「……そうだね、すまない、麻帆良学園の生徒の彼女を巻き込んでしまった、申し訳ない」
詠春は、電話での会話を聞く限りにおいて、麻帆良学園の関係者と言う事になる謎のシスターに謝罪する。
魔法生徒であれば、同じ学園の生徒を巻き込んでしまったということで。
「あ、いいっす、メディア様から、巻き込まれた一般人の子がいたらついでに連れて帰って来いって言われてるだけっすから、はいはい、行くっすよ、こんな危険な場所はおさらばっす」
夕映の姿を見つけると、他に居ないことを確認して手を引く、魔女から伝えられた、巻き込まれた可能性のある2.5人の一般人の中でこの場に居るのは夕映だけのようで、アホ毛も転がってない。
「あ、ちょっと待つです」
そのまま本山を背にしながら懐をがさごそと漁り。
「……すまない、本山の周りにはまだ敵がいる可能性がある、安全のためにも、明日までは此処で待機を」
詠春の忠言に謎のシスターが見せるのは一枚の符、魔眼を持つ龍宮は無論、ネギや刹那が見てもとんでもない魔力が秘められていそうな代物であり。
「メディア様から結界完全完備のホテルへ直行できるスペシャルな長距離転移魔法符を貰ったんで大丈夫っすよ、定員も3名までと言う素晴らしい代物っす。フフフフ、やはりメディア様につくのが正解かもしれないっす。よっしゃー終わったーっ、これで光の速さでフェイドアウェイ、あっしはばびゅーんと光の速さで遠ざかるでやん」
がっしっと、魔法符をかかげるベ……謎のシスターを数人の女子が取り押さえにかかったのは言うまでもない事であった。
「なっ、離せ、離すでやんす、それはあっしの魔法符でやんすーっ」
「よし、これでこのかを逃がすための転移魔法符ってのはゲットね」
「このちゃん……このちゃんのためなんです」
「よく分からないですが、とりあえず、待つですよ、このかさんのためです」
……ほぼ同時に、詠春の式神は敵の姿……呪いを喰らったか、視力を失った様子の10人近い陰陽術士の一団を発見しており。
「……義父さんへの借りも、GFへの借りも返しきれないものになってしまうでしょうね……ですが、私は……父親なんです」
近衛詠春は躊躇わない。
今の地位も、何もかも失ってでも、それでも娘を取り戻すと。
「行きます」
彼等は、戦場へと走り出す。
話が進まない……ちょっとせったんとかが冷静すぎる気が自分でもしてます(ぉ
尚、謎のシスターは謎のシスターです、M.Kさんとは一切無関係ない・・・だといいなぁ(ぉぃ
むしろ、三下犬娘風味が強くなってまいりましたが
多少問い合わせがあったので、軽く説明
三下犬娘ベネット 一人称が「あっし」語尾が「やんす」と言う、異色のイロモノキャラと言うのがあるんです(ぉ
はい、転移魔法符、強奪されましたぁ(待つでやんすーーっ