78話
深い夜の森を進む一団。
先頭を詠春と刹那、その後をネギと明日菜とクーフェイ、最後尾には楓と龍宮。
土地勘のある二人が先導し、戦闘経験の少ない3人を挟んで荒事の経験もある二人が最後尾を固める。
即席チームではあるが、比較的バランスの良い構成となった面々は、相手の気の痕跡を辿って進んでいた。
故に、先頭を行く詠春は感覚を研ぎ澄まして、周囲の気や魔力の残滓を追い続ける。
幸い、踏み均された獣道のような場所を通っていったのか、歩くにも難は無く。
また、詠春は同時に式神から伝えられる相手側の様子も観察する……その、式神から伝えられる情報では、相手側は呪詛により同士討ちの目に遭っている。
それは、追跡側である詠春にすれば好機と映り、自然と進行速度が速まり。
怠ってしまったのは、魔力や気に頼らない機械的な仕掛け。
「む、いかん、足元を見るでござるっ」
それは、むしろ一団の中で魔法関係との接点が少ない楓だからこそ気付けた違和感であった。
魔法等に頼ることの多い者は、魔法に一切頼らない仕掛けに気付けず。
少し前まで一般人だった者達も無論、其れには気付けず。
詠春は、敵方の仕掛けた罠を発動させてしまった。
「くっ」「むっ」「きゃぁっ」「うわぁっ」「何アル」「ちっ」「息を止めるでござるっ」
詠春の足元で閃いたのは夜闇を消し去るほどの強力な発光と、楓の忠言を遮るような強力な轟音。
フラッシュグレネード……人の知覚域の許容量を越える、強力な発光と大音量を瞬間的に発生させることで、一時的に視覚や聴覚、平衡感覚を麻痺させる非殺傷兵器。
それが、誘拐犯を追う一団を捉え。
同時に、プシュッと言う噴出音と共に煙が辺りを包みだす。
「刹那っ、催涙ガスだ、散らせっ」
「っ、百烈桜花斬」
「百烈桜花斬」
近代兵器に詳しい龍宮の声に、刹那と詠春が野太刀を振るう。
二人から放たれた剣閃は幾百もの斬撃となり、辺りの木々を巻き込んで吹き荒れる。
その斬撃で生み出された剣風は、一瞬辺りを包み込んだ煙を周囲へ拡散させ。
「これでござるかっ」
ガスを噴出す缶を見つけた楓が、それを掴んで遠くへ投げ捨てる。
それで漸く、辺りにそれまでと同じ、夜闇に包まれた森の情景が戻り。
「罠が仕掛けてあったようでござる……大丈夫でござるか」
寸前で気付いた楓には特に影響は無い、咄嗟に耳を塞いで眼を閉ざし、龍宮の前に出て影となる余裕もあり、平行して発動した催涙ガスにも直ぐに気づいた。
龍宮も、耳を多少押さえてはいるが、特に問題は無さそうで。
「……私は大丈夫です、この程度でしたら直ぐに」
詠春は、最も至近で受けたが、然程影響は無いと口にする、刹那も同様だ。
大規模攻撃魔法や大量の雷気を伴う決戦奥義等の只中に身を置くことがある彼等には、この程度ならばそれほど影響は無く。
「つぅ……楓が足元とか言うから思わず見てしまったアル」
クーフェイも目元を押さえながらも、何とか無事そうだ、ただ、ふらふらしているのは間違いなく。
「何なのよ、今の……」
明日菜もまた、クーフェイ同様ふらつきながらも立ち上がる。
もっとも、二人とも多少の目眩や耳鳴りがする様子だが。
「罠、のようですね」
「罠って……そんなの何時の間に仕掛けたのよっ」
眼をしばしばと瞬かせながら叫ぶ明日菜、その中にあって、楓は無言で先頭へ追いつくと、辺りを見渡し。
「ワイヤー式の簡易罠でござるな……手慣れた者なら、ものの数秒で仕掛けるでござる、それと……数歩先に僅かに掘り返した跡があるでござる、おそらくは圧力式の仕掛け罠があるでござるよ」
ワイヤーに気付いた場合の備えとしての、より見つかりにくい罠も仕掛けられており。
「……周到ですね、どうやら、彼等の痕跡をそのまま追うわけにはいかないようです」
詠春には、もう一つ、不利な情報がある。
罠の発動の直ぐ後に、敵集団を偵察していた式神が破壊されたのだ……手を下したのは、木乃香を浚った男。
同士討ちの状況に置かれた敵集団を瞬く間に蹴散らすと、詠春の式神も破壊し。
……合流地点までは確認できたが、このまま気の痕跡を辿っていけば罠による足止めを食う事になるだろう。
「……こうなっては、まともに追っても駄目ですね…………刹那君、この辺りの地理は覚えていますか」
「はい、無論」
「……よし、私と刹那君で、別ルートから相手を追います、正直、行程はかなり過酷なものとなるので、ついて来れそうなのは……」
「拙者でござるか」
詠春の視線は一人だけを見ていた。
本来は、気の痕跡を辿って追うのが順当だ。
けれど、その道には罠があり、また、罠を仕掛けたであろう彼等が通ったルート以外に踏み均された道は無い。
それを避けるならば、過酷な山道を進む事になる……それも
「相手が離れて居場所が分からなくなる前に距離を詰めたい……先の音で追跡にも気付かれたでしょうから、最速で行きます……私の見たところ、着いてこられそうなのは君だけだ」
これまでの足取りから判断したのだろう、楓の身体能力ならば問題ないと詠春は判断し。
「……他の者はどうするでござるか」
「行き先の方角で、このかの魔力が必要になる程強力なモノが一柱存在します……今の段階では、彼等の狙いはそれである可能性が高い。彼等を追うのではなく、直線距離で其処に向かっていただきたい」
甘い推測ではある。
それを囮に、別の目的がある可能性も高いが……明日菜やネギの足取りを見る限りで、詠春の全速についてこられるとは思えず。
「飛騨の大鬼神、リョウメンスクナノカミが封印された大岩、その封印の祭壇……現状、彼等の目的地は其処である可能性が高いのです。すまないが、ネギ君達は……ネギ君?」
「きゅう〜〜〜っ」
「ちょっ、しっかりしなさいネギー」
フラッシュグレネードの光と轟音でふらふらになった様子のネギの頬を明日菜が叩いて正気に戻そうとする。
魔法戦闘初心者3人組の中でも、体力自慢の二人に比べてネギはそれなりにダメージを負った様子で。
「長……私は」
其れを無視するように刹那が詠春に話しかける、その手は肩越しに自身の背中に添えられ。
「……そうか、気をつけなさい、出来るだけ、私とタイミングは合わせるように」
こくりと頷く刹那、その手には春日から強奪……もとい、託された転移魔法符がある。
襲撃の際、位置的にもっとも不意を打つのに適しているだろう刹那が其れを持たされているのだ……刹那には、他の者には無いアドバンテージがあったため。
その刹那は、一瞬、視線を楓やクーフェイに向ける。
「……楓達には見せたことが無かったな……これが、私だ」
呟くと、着ている制服の裾をたくし上げる、お腹側はへそが出る程度だが、背中は肩甲骨までが露出するほどに上げ。
バサァッと、勢いよくその背に翼が拡げられた。
其れは、刹那に流れる人外の証、
「……私は空から行きます、空ならば罠もない」
「あぁ、頑張るでござるよ、刹那殿」
「……それだけか? 楓」
それなりに仲の良い友人であるために、隠し事に付いて引け目もあったが、既に知っていた龍宮はともかく楓も気にした風もなく。
「おー、綺麗アルナぁ」
クーフェイもまた、実直に感想を口にする。
それらは、人外の血が混じる刹那の姿に何ら嫌悪を抱いた様子は無く。
「このちゃんと同じことを言う……皆さん、先に行きます」
詠春から相手の大体の居場所を聞くと、その場で翼をはためかせ。
野太刀を手に夜空へと舞い上がっていく刹那。
それは、夜の森を行く者達とは比較にならない速度で。
「……すまないが、私と長瀬君も先行する、龍宮君、方角を示せば……」
「あぁ、大丈夫だ」
詠春は、残る4人の中では最も頼りになるであろう龍宮に方角を示し。
自身もまた、駆け出す……その寸前。
背後から、轟音が聞こえてきた。
「っ……これは……本山で、爆発!?」
「え、えぇぇっ、ちょっと、美空ちゃんとか夕映ちゃんは?」
轟音が発生した方向と距離、残してきた式神から与えられる情報から本山にて発生した事態を理解する詠春。
それによれば、残してきた者達がいる大広間は特に問題は無さそうだが……本山の何処かで爆発が発生し、大広間にも煙が流れ込んできているようで。
「いけない……火災が発生したのかも、それに、万一これが襲撃ならば……」
「……拙者が戻るでござる、この中で足の速さならば拙者が速いでござるし」
指で印を切ると、楓はその身を5つに分身させる。
密度を伴う分身で、生み出された4体もまた、物も持て、戦闘能力を有する実体だ。
「拙者なら、一人で全員を脱出させることもできるでござる」
残されている春日と夕映、そして石像と化したハルナとのどかを脱出させる必要があるかもしれない。
その際には手数の多い楓が有効だ。
「重ね重ね、すまない」
「ニン、では、拙者は一旦戻るでござる」
分身体4体を引き連れて、高く跳び上がると木々の枝を蹴って疾駆する楓。
そのまま本山へと戻っていき。
その姿もまた、直ぐに消え去り。
「……ネギ君は、大丈夫ですか」
「う、あ……はい、だいぶ楽になってきました」
フラッシュグレネードによる影響が薄れてきたのか、何とか立ち上がるネギ。
それでも、多少の違和感はありそうだが。
「……龍宮君、先程の方角に大岩と祭壇がある、万一、目的地が違った場合は式神を放って連絡する」
「分かった」
「では、私も先行します」
楓同様跳び上がると、符を持って中空に魔法陣を発生させ、それに飛び乗る詠春。
刹那ほどの飛翔力は出せないが、それを足場にすれば罠を気にすることなく直線距離で相手の元へ向かうことができる。
ただ、その移動方はネギや明日菜には到底着いていけるものではなく。
「さて……私達も移動しよう」
「そうね、ネギ、行ける?」
「は、はい、大丈夫です」
4人は踏み均された道から外れ、木々生い茂る山の中へと足を踏み出すこととなる。
そうして、詠春が指示した祭壇へと直進距離へと向かうのだが。
「む……今、何か」
「……やれやれ、開けた場所を捜すのが先のようだな」
クーフェイが違和感を感じると同時、龍宮は開けた場所を探し始める。
少なくとも、木々生い茂った場所では不利だと。
「ど、どうかしたんですか」
「どうやら、敵が来るらしい……進むより先に、迎え撃つ必要がありそうだ」
それは、森に狂剣士と狗、そして数多の式が解き放たれた瞬間だった。
飛翔する刹那は背中の翼を拡げ夜空を翔けていた。
その速度は鳥の如く、あっと言う間に千草達がいるであろう場所まで近付き。
「ひゃっきやこー」
「神鳴流奥義 百烈桜花斬っ」
眼前に現われた、10匹ほどの式神を紙の如く容易く切り裂いた。
無論、足止めにはなり、飛翔は止めざるを得なかったが。
「折角集め直したうちのコレクションが〜本当に、いけずやなぁ〜」
「貴様……月詠と言ったか」
刹那の前に降り立ったのは、詠春同様、中空へ浮かべた魔法陣の上に立つ剣士、月詠。
ぎらぎらと狂気に彩られた眼光で上から下まで刹那を眺め。
「けど、良いですな〜一昨日とはまるで別人……今晩の先輩なら、うち、とっても楽しめそうや」
一昨日、浚われた木乃香が魔女によって用意された偽者だと知っていた刹那は月詠との戦闘で守勢を主とし、けして無理な攻めをすることはなかった。
けれど、今は魔女による謀はないと……刹那は思っている。
故に、刹那の気迫には鬼気迫るものがあり。
「赫翼の槍騎士との再戦がしたかったんですが〜……うち、今の先輩なら満足できそうです〜」
「ふんっ、相手をする義理は無い」
刹那は躊躇わず空高くへと舞い上がろうとする、翼ある刹那と違って月詠は足場を用意しなければいけない、大きく迂回すれば避けることは難しくなく。
その点、空の高さは限りが無いと言っていい。
けれど。
「逃げたら駄目です〜」
バサァっと、刹那のものではない羽音が幾つも折り重なる。
それは、森の中から飛び出てきた数十体の影、翼もつ化生達。
鴉天狗や
「うちの相手してくれる間は手を出さないよう言ってあります〜」
舌打ちして、
怪訝そうにする刹那に月詠は笑み。
「先輩がアーティファクトを使ったら、周りの皆さんも襲うように言ってあるのでご注意を〜剣だけで勝てたら、一切邪魔せず通せとも言ってあります〜」
「……そんな言葉を信じろと?」
「うちは、楽しい斬りあいが出来れば満足ですので〜信じる信じないはお任せします〜……いきますよ〜」
両手に剣を握り、刹那へと襲い掛かる月詠、その言葉通りか、周りの式達は一切の手出しをする様子は無く。
「くっ」
アーティファクトを用いての集団戦と、神鳴流のみの一騎打ち……何れを選ぶか一瞬迷い。
ギンッと、刹那の夕凪と月詠の双剣が噛み合った。
……
「ふふ、楽しめそうですな〜センパイ」
「ほざけっ」
夜空の中、其々、魔法陣と翼を閃かせながら、二人の神鳴流剣士は刃を交えた。
詠春もまた、空を駆けていた。
魔法陣を足場にする以上、刹那の速度には及ばないため、少し遅れていたが。
鋭敏な視覚は、大量の式達と、その中に囲まれるようにして一騎打ちをする刹那を視界に収め……
「ハッ」
下方から飛来した銃弾を野太刀で斬り落とした。
……直ぐに、数条の銀の鞭が詠春へと襲い掛かるが、その全てを切り払い。
「……お前か」
「……」
森の中からの返答は無い、けれどこの攻撃と、銃撃と言う戦闘法は間違い無いだろう。
愛娘に銃口を押し付けた、あの男。
やがて、森の木々よりも高く、先の銀の壁が
RPGに出てくるスライムのような動きだが……それに秘められた殺傷性は極めて高く。
下方の森に居る男の銃撃にも気をつけねばならない。
厄介な相手の一人が自身の前に現れたことは好都合だが、行く手を阻むように蠢く水銀……屋敷で壁を形成した魔力を帯びた液体金属の厄介さは身に染みている。
天敵とも言える明日菜のアーティファクトは此処には無い。
再び何かの飛来を感じて詠春は其れを切り落とそうとする……寸前。
飛来した物体は強烈な発光と轟音を放ち、ほぼ同時に礼装・
液体金属に光も轟音も関係なく、その攻撃は正確で。
辛うじて避ける詠春の足場は危うい。
「神鳴流・決戦奥義」
それでも、詠春は下らない。
その先に、娘である木乃香が囚われているのだから。
「真・雷光剣」
放たれた斬撃は雷光を纏い、液体金属の攻撃を消し飛ばしながら、スライムのように蠢く塊に直撃した。
それにより、液体金属は四方へと飛び散り。
「……映画のように、溶鉱炉にでも入れないと駄目ですかね」
思わず嘆息してしまうが、それも当然だろう。
飛び散ったそれらは直ぐに再び形となり、元に戻ってしまったのだから……全体の数パーセントを失ったかもしれないが。
有り余る財力と魔力によって生み出された礼装・
……木々を越えるほどの大きさの
「よし、此処なら」
龍宮は森の中で多少開けた場所を見つけると其処で足を止める、慌ててついてきたネギや明日菜は訳が分からないようだが。
クーフェイは既にその気配に気付いており。
「あの、龍宮さん、急にどうし」
「場所は其処でええんか? 西洋魔術師」
響くのは幾つもの足音、広場のようになった其処へ数十の気配が近付いてくる。
そして、その先頭に立つのは。
「き、君は」
「昼間は変な邪魔が入ったがな……仕切り直しやっ、西洋魔術師っ」
昼間、ネギ達を瀕死の重傷へ追いやった狗神使い、犬上小太郎が、数十の鬼を引き連れて姿を現すのだった。