81話
戦闘は一進一退を続けていた。
一昨日にも相対していたため、その手の内は見知っているが。
「くっ」
「うふふ〜まだまだ浅いですよ〜」
翼を一打ちしての飛び込みで斬りかかるが、其れはぎりぎりまで退がって受けられる。
一昨日とはまったく逆、月詠はこの剣戟を長く続ける事にのみ傾注し、守勢を取る。
故に、深手を避けて浅い斬撃ならば構わずその身で受ける。
実際、その四肢には短時間にも浅からぬ傷を受け。
其れでも月詠は凄絶な笑みを魅せる。
己が負った傷に、己が相対する剣士の研ぎ澄まされた剣閃に。
「ちっ……正気を疑う」
「センパイの一撃一撃、全てに決死の覚悟が感じられて……フフフ、赫翼の槍騎士さんが理想でしたが……センパイも良いですな〜」
ぺろりと己が持つ剣を舐め、足場の不安定な不利な戦場で己の危地に酔う。
また、戦闘の最中に湖からは魔力を伴う光の柱が立ち上り、刹那の気を焦らせていた。
其処から感じられるのは確かに近衛木乃香の魔力……最愛の幼馴染を利用した何かが其処で始められたのだ。
けれど、其処へ至るには眼前の月詠と周囲の化生共が邪魔をする。
月詠と斬りあう分には化生共は関与しないが、周囲の囲いを突破しようとすれば猛然と襲い掛かってくるのだ。
結果、刹那は月詠との剣戟を強いられ。
けれど、その時間も終わりが訪れる。
視界の端、刹那が目指すべき湖の方から強力な魔力の波動が感じられたのだ。
一瞬目を向ければ、10本ほどの石柱が降り注ぐ図柄で。
その直下には、森から突き出る棒のようなものがある。
その先端に、刹那はクラスメイト達の姿を確かに捉え。
石柱は、その棒を巻き込んで森へと降り注いだ。
「っ、龍宮……クーフェイ」
其処には、ルームメイトや友人が居たはずで。
「よそ見は嫌やわセンパイ、ウチだけ見てくださいな」
一瞬でも気を抜けば逆に此方が斬り落とされる、そんな修羅場の渦中にある刹那に月詠の刃が迫る。
翼と言うアドバンテージがある刹那は空中へ逃れることで、何とか其れを凌ぎ。
「神鳴流決戦奥義 真・雷光剣」
雷を纏った強力な斬撃が横合いから、十匹以上の烏天狗や
その身を吹き飛ばされ、森へと墜ちていく月詠……それには驚愕の表情が見え。
「
其れを放ったのは、月詠と刹那を包囲する化生共の外側に居た。
後方から刹那を追っていた詠春、それが追いついたのだ……ただし……
「っ、長、その腕……」
「厄介な敵が居ましてね……虚空瞬動で振り切ったのですが、入りの瞬間を狙われました」
その左腕は、肘から先を斬られ、最早皮一枚で辛うじて繋がっているような状態だった。
手持ちの布で止血したのだろうが、止めきれぬ血は諾々と流れ続ける。
礼装・
それにより、相性の悪い魔法生物と姿を見せぬ暗殺者を相手にする愚を避けることが出来たのだ。
代償は、長距離虚空瞬動を行う寸前に受けた数条の攻撃。
腕が最も深手だが、他にもあちこちから出血している。
けれど、その甲斐あって。
木乃香が居るだろう湖への障害は、刹那を囲うようにする、空を舞う化生共だけで。
其れ等は、新たな敵を認識すると、詠春と刹那に向かって襲い掛かる。
月詠と一騎打ちの間は関与しなかったが、詠春が現れたのなら話は別だと。
けれど、この好機を刹那達も見逃さない。
「
アーティファクト、
小回りの利く二刀を得物とする月詠相手には不向きだったが、有象無象相手ならば、超大型武器と化す
3mあまりのサイズとなった
其れによって生じる隙を突こうと化生共が四方から襲い掛かるが。
「百烈桜花斬」
刹那に近づく其れ等は詠春によって斬り捨てられる。
故に、刹那は十分な気を練って
「神鳴流決戦奥義 千烈桜花斬っ!」
類稀な魔力と、研鑽による絶技によって放たれた其れは容易く有象無象を散らし。
ぽっかりと、刹那の周囲から化生共が消え失せる。
「長、掴まってください、飛びます」
「すまない」
邪魔な障害物を排除した二人は、漸く木乃香が居るだろう湖へと向かう。
……けれど、既に機は逸した。
「あれは……」
その眼に映ったのは、祭壇から立ち上る光が一際強く輝く瞬間と。
そして、大岩から上空へと伸びていく、光り輝く四本の腕。
「間違いない、18年前と同じだ、リョウメンスクナノカミ」
未だ距離のある刹那と詠春の目にも、はっきりと見て取れる、その威容。
大岩から半身を乗り出す、その巨躯は、膨大な魔力を発しながら湖の中心から祭壇の方に近づき。
祭壇へと、その両拳を叩きつけた。
「っ、制御に失敗しているのか!?」
遠目にだが、祭壇には10人ほどの陰陽術士の姿が見て取れた、けれど、スクナの拳によって祭壇を破壊され、其れ等は湖に落ちていく。
そして、スクナは巨大な顎を開き、京都全域に響き渡るほどの、憤怒と暴虐に満ちた咆哮と言う名の産声をあげた。
「何と言う威圧感……敵は、このちゃんを利用してこんな化け物を……」
「くっ……18年前、ナギや私達、
刹那の翼をもって湖へと近付いていく二人。
その威容を前にすれば絶望感が浮かぶ。けれど、その鬼神の頭部の近くには主犯であろう千草とコノカの姿が見て取れる。
ならば、退くこと等出来ず。
「刹那君、鳥居のところにネギ君たちが」
湖が近付いてきたのでちらりと視線を向ければ、確かに、砕かれた祭壇より湖の端側に位置する桟橋と鳥居、その辺りにネギ先生達らしき姿が見える。
一瞬、白髪の少年の姿も見られたが、其れはちゃぷんと水に溶け込むように消え失せ。
「まずは合流を……何とか、木乃香を……いえ、最低でも、ネギ君達だけには逃げるように言いましょう」
所属として、関東魔法協会に属するネギや明日菜、クーフェイを無謀な戦いへと駆り立てるべきかを迷い、首を横に振る詠春。
スクナが復活した以上、この先の戦局は絶望的なものになる。
これ以上、死闘へ子供達を巻き込むわけにはいかない……幸い、刹那が転移魔法符を持っている、それで逃亡してもらうことも考えながら、二人はネギ達の下へ急ぎ。
「はい……うん? ネギ先生が呪文詠唱を」
「
その中で、スクナを前にしたネギは朗々と呪文を唱え上げ。
自身が持つ魔法の中でも最大規模の魔法を、スクナに向けて放った。
「まだ、このちゃんが居るのにっ!!」
刹那の言葉通り、スクナの至近には千草とコノカが居る、広域攻撃魔法など使えば巻き込まれかねない。
けれど、既に魔法は放たれた。
十歳の身からは想像もつかない魔力によって編みこまれた、その魔法は、スクナを直撃し。
其れが誇る魔法障壁によって容易く弾かれてしまう。
あまりの魔力の消耗にネギはそのまま膝を屈し、刹那達は漸く3人に合流するのだった。
「刹那、無事だったアルカ、って、血が凄いアルヨ」
「桜咲さんに、お、長さん、その腕……」
クーフェイは刹那と共に現われた詠春の腕を見て驚く、明日菜にしても同様だ。
リョウメンスクナノカミの復活により、動きを止めてしまっていた3人……その隙をついて、フェイトは「失敗したか」と、一言を残してその場を去っており。
どうすることも出来ずに動きを止めていた3人の中で、ネギだけが何とか動いた。
スクナが完全に出る前にやっつけるしかないと、魔法を解き放ち……結果は無駄に費えただけ……最も、刹那にすればコノカに被害が無かった分良かったと思っているが。
「無事だったか、クーフェイ、神楽坂さん……ネギ先生……龍宮は?」
「っ」
ネギ達の顔が曇り、その視線がクーフェイが手にする一つの岩へ向く。
それを見れば、事態の把握は容易く。
「……そう……ですか」
戦闘者としての覚悟をもって其れを受け入れる刹那。
「3人とも、集まってください、転移魔法符でホテルへと転移してもらいます……今ならまだ、スクナは混乱しています」
事実、スクナは大声を上げたり辺りに手を振ったりと奇怪な行動ばかり取っている。
まともに制御できているようには見えない……見えない、が……
「次第に、行動が落ち着いてきています、完全に制御されてしまえば勝ち目はありません」
ゆっくりとではあるが、スクナの行動が意味のあるように見えてくる。
それは、千草がスクナの制御に成功してきている兆候に見え。
「駄目ですよ、まだこのかさんが……」
「このかは、私……それに、刹那君で助け出します」
一瞬沈黙のまま、刹那に目を向ければ、返るのは力強い首肯。それで刹那の名も出す詠春。
左腕の傷の断面をくっつけると、懐に入れておいた
絵面はアレだが、その傷は直ぐに癒え。
「君達は……無理をする必要は無い」
関東魔法協会の特使であり、戦友の息子でもあり……既に魔力が枯渇した様子のネギ、そして、複雑な経歴を持つ明日菜、その二人を勝ち目の薄い死闘へ巻き込むことを、此処にきて詠春は拒み
刹那が転移魔法符を手にする、木乃香を救い出す切札にもなる其れ。
出来れば、この後挑む鬼神との戦闘で使用したい代物だが。
「そんな……」
「鬼神が完全に制御される前に攻撃をかけたい……言い合ってる暇は無いのですよ」
苦渋の決断をする詠春。
けれど、その危地に在って、彼等に救いが舞い降りる。
即ち、彼等が想像だにしなかった、有り得ぬ筈の助力の手が。
『……坊や、聞こえるか? 坊や』
それは、詠春や刹那にも伝わる何者かによる念話だ。
その声を聴いた瞬間、オコジョや明日菜、ネギが驚き、詠春が一気に喜色を浮かべる。
何故ならば、其れは最強の援軍の声。
このタイミングでの念話であれば、彼女が此処に至るのだろうと詠春は気付く。
そう、魔法世界で最強最悪の魔法使いと怖れられる吸血鬼。
『
『悪しき
関東魔法協会より、最強の援軍が訪れる。
それはその場にいた者達に希望を与え。
『ふん、らしくない戦いをしおって……後三分程……』
その時、手足を振り回すようにして蠢いていた鬼神、リョウメンスクナノカミが動きを止めた。
いや、止めさせられたのだ。
「な、何やこれはー」
現に、何とか手足を動かそうと鬼神は喚き奮え。鬼神の頭部辺りに居る千草も叫びをあげる。
鬼神は、千草や鬼神の意に沿わぬ制止を強要され。
「何なんや、この鎖はー」
それは、天から降りたる呪縛の鎖。
黄金の煌きをもって鬼神の全身を締め上げる鎖は、大鬼神と名高いリョウメンスクナノカミの動きを封じ。
「鬼神と言うだけあって、やはり神性も備えていましたか……ならば、
その場に、朗々と流れ込んでくる声に緊張など微塵も感じられない。
それは、詠春以外とは面識があり、詠春もまた、写真でその顔を知る者。
GFの頂点に立つ、この世界最大の
朱雀命が、その場へと降り立った。
ネギや明日菜、刹那が唖然として上空を見上げる中で、その場に舞い降りた朱雀はコノカへとその歩を進め。
囚われの近衛木乃香を救い出すために、京都の夜空を純白の翼が舞う。
「
その手にするのは鎖と手綱。
鬼神を黄金の鎖で拘束し、そして、その夜空を
ある召喚法によって呼ばれた
加えて、その場へ喚び出された
そんな規格外な
それは、一点に威力の集中された白い彗星の一撃。
「ひぃぃぃぃっ、何や何や」
その勢いに押され、鬼神は大きく体勢を崩し。無論、千草もまた体勢が崩れ。
「彼女は頂いていきます」
その時には、
ほんの一瞬、そのまま自由落下へと身を任せる一瞬、それだけあれば十分で。
「燕返し」
何も見えなかった。
それは、千草には勿論、刹那や詠春にしても何も……
にも関らず、千草の四肢は容易く切り捨てられた……未だ、無手に見える朱雀の手によって。
けれど、その疑問は直ぐに晴らされる。
千草の手からこぼれたコノカを拾い上げた朱雀によって。
「
唐突に、莫大な風が朱雀の手から発せられた、万軍を吹き飛ばす轟風の破砕槌。
それにより、
一瞬のお披露目と同時、
湖すらも越えて、森へと着地していった……其れはまさに、一瞬の出来事で。
慌てて
そして、桟橋に一つの人影が降り立つ。
「無様ね、関西の長……」
朱雀が
そして、桟橋に現われた新たな影は、コツコツと、詠春に向けて歩み寄る。
「あ、あなたは……?」
「昼間の」
「本屋を連れてった
其れは、紫紺のローブを纏い、口元以外を隠した魔法使い。
昼間に、確かに明日菜やクーフェイの前に姿を現し。
「…………」
ネギにすれば、6年前の事件から、これで二度目の邂逅を果たす、
「まさか……メディアさん……ですか?」
刹那が慌てた様子で口にするが、魔女が全力を奮う姿を見たことが無かったため、今まで気付けず。
「
「……返す、言葉も無いですね」
「ふん、それにしても目障りね………」
周りが呆気に取られる中で、ローブを纏った魔女は桟橋から鬼神を見上げ呟く。
そして、目の前の目障りを消し去るべく一瞬で呪文を唱え上げる。
「θθжжΠΠЧЧ 重複“
高速詠唱により、魔女は瞬時に対軍勢用の広範囲殲滅呪文を解き放つ。
それは、魔法使いの常識すら破壊する秘儀で。
夜空を光で染め上げるほどの轟音と雷がリョウメンスクナノカミを含めて湖全体を干上がらせるほどの勢いで降り注ぐ。
それは、ナギ・スプリングフィールドと共に戦場を駆けた詠春をしても初めて見るほどの威力であり。
ネギにすれば、6年前に見た、あの時と同じ勇姿。
あの時と同じ、
「よし、これならスクナの再封印が」
「ふん」
そして、スクナが大岩へと消滅していきそうになるその寸前で、魔女はその魔法を止めた。
その存在感を薄くし、小さく低い呻きを洩らすスクナは、辛うじて存在を許された。
「っ、何故止めるのです、あのまま大岩へ押し込めば再封印も」
「朱雀、戻ってるわね」
「えぇ、まぁ……あぁ、近衛さんは無事ですよ」
バサッと、羽音を立てて背後の森から
その腕には近衛木乃香が抱かれ、その直ぐ後をディルムッドが付き従う。
それを見もせずに、目の前の消えかけの鬼神を見る魔女は一言。
「あれ……目障りよ」
関西呪術協会や関東魔法協会へ認識させている立場的には、自身より下位にある朱雀に、命じた。
「ディルムッド、近衛さんをお願いします」
それに応えるように、ディルムッドに木乃香を預けると、天馬より下りる朱雀。
慌てて刹那がその木乃香を受け取るためにディルムッドのほうへ駆け。
朱雀は仮契約カードを取り出し、己がアーティファクトを取り出した。
「
其れは、古めかしい装飾の施された一冊の書物。
その一頁を開くと、手を添え、唱えあげる。
「LOAD 殺人貴(KILLER)」
瞬時に
先までとは纏う雰囲気を明らかに変え、何よりも、その双眸は蒼い光を湛えた。
無言のままに、朱雀は眼鏡を外すと、ポケットに入れ。
何処からとも無く、朱い槍を取り出した。
そして、その眼に映るままに、弱りきった鬼神に目掛け。
「
その槍の真名を解き放ち、鬼神に向けて槍を投擲する。
放たれた槍は瞬時に夜空を突き抜け……双眸に映った“
響くのは鬼神の哀れなまでの苦悶。
「馬鹿な……」
目にした詠春には信じられぬ光景。
目の前で、大鬼神リョウメンスクナノカミが……18年前、あのナギですら封印しか手の無かった、人々の信仰と共に存在し、けして滅びることの無い鬼神が。
今、目の前で滅びを迎えていく。
「……さて、それで、何か用かしら?」
すっと、鬼神の最期を前にしながら、朱雀がメディアの傍に寄る。
同じく、ディルムッドもまた二人の傍に近づき。
「……貴様等、何者だ……いや、その前に……貴様のアーティファクトを出して見せろ」
「あら、随分不躾な子ね、子供はもう寝る時間よ、さっさとおうちに帰りなさい、お嬢ちゃん」
ゆっくりと、先の鬼神以上の
其れは、増援の筈だ、味方の筈だ、心強い助力の筈……だった。
「ふざけるな、この私を誰だと思っている」
「関東の使いパシリよね……確か、
けれど、それは最早有り得ない。
最大の難敵だった鬼神は既に無く、其処に在るのは、正体不明の3人の
「どうやら、余程殺されたいらしいな」
「先に馬鹿げた要求をしたのはそっちでしょう……ねぇ……
鬼神が完全に消え去る中。
混沌とした体を見せるその場に、最強の魔法使い エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが降り立った。
『最強の魔法使い(笑)』か、『自称最強の魔法使い』にしたほうが良かったかな(何
感想の返信が遅れております、申し訳ない
あれ、ラストバトルもう一回?(ぉぃ
殺す動機はあるんだよなぁ……身内を手にかけた自殺志願者だし
同じ事をした青山分家の残りは、祭壇にいたし……
尚、湖の泳ぎ心地としては、レンジでチンだと思っていただければ(何