85話
転移魔法によって関西呪術協会の本山からホテルへと戻った4人。
その中で、春日と朱雀は息を吐く、戦場での経験の少ない二人には、この夜は実に長いものだった。
長い夜……それは、『
最早、後戻りは出来ず……朱雀は、手を汚したのが自分ではないにせよ、己の意思によって幾人もの人間を殺した事となる……
無論、魔法世界人や魔法世界の人間を見捨てる決断をしたときに、十分な覚悟はしたが……
「……後は私達が済ませておくわ、少し中庭で頭でも冷やしたら部屋に戻りなさい……春日ちゃんはもうちょっと付き合って頂戴」
やはり、精神的に疲れた。それを察したか、メディアは助け舟を出し。
「すみませんね……」
「はいっす」
朱雀は中庭のほうへと向かって行った。
三体の石像はディルムッドがホテルの異界へと運んでいく、彼女達は治療を施された後に部屋へと戻される事となる。
そして、うち二名は今宵のことは何も記憶には残らず……日常への帰還を果たす予定だ。
「さて……」
木乃香を抱きかかえたメディアが春日と共にホテルの入り口へ入ると……其処に、顔を青くした人影があった。
瀬流彦……関東魔法協会に所属する魔法教師である。
メディアと朱雀の姿を眼にし、その手に木乃香の姿があることを確認すると安堵の表情を見せながらも、恐る恐る、メディアへと話しかけてくる。
「その……どう、なりました?」
あからさまに腰が引けているが、其れも、ある状況を知るものとしては当然の事で。
「……あぁ、吸血鬼の呪いが発動したのは、あなたの仕業ね」
その態度と表情から、怖れている事に気付いてメディアが問いかける。
「は、はいっ、そのっ、貴女方が魔法秘匿のために事態の対応に乗り出したことを学園長に報告したところ、ほぼ同時期にエヴァンジェリンを助っ人として派遣したと聞きまして」
ハンコを押し続ける必要があったため、連絡を受けるのに多少の時間はかかったが、学園長は瀬流彦からその報告を受けて。二人して盛大に顔を青褪めさせた……
何せ、GFと【
慌てて学園長は登校地獄を誤魔化すことを止めた……それは、ギリギリのタイミングで……
「おかげでまた、殺し損ねたわ……呪いを追加して、関東へ強制送還の手筈は整えておいたわ、今頃は棺桶に詰められて霊柩車の中じゃないかしら」
「れい……あの、殺し損ねた……生きてます?」
「生きてるわよ、生きたまま棺桶に突っ込んで霊柩車で運ぶように指示しただけ……文句があるかしら?」
「あの……その……どのような事が」
何から聞けば良いのか、不安そうにする瀬流彦。其れに対してメディアは簡潔に状況を説明する……正直面倒だが。
「先に現場に着いたのは私達、鬼神を滅ぼしてこのかちゃんを奪還したのも私達……吸血鬼はその後になって現われて、私達に喧嘩を売ってきた。私達は正当防衛で反撃して……止めを刺す直前で呪いが発動したわ……後数秒で殺せてたのに……何か文句はあるかしら?」
「…………な、無いです……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
状況の最悪さに頭を痛めながら深々と頭を下げる瀬流彦。
この状況でエヴァンジェリンを擁護するなど出来るはずもない。
「ついでに言うと、関西呪術協会は死者が10人くらいかしら……学園側は誰も死ななかったわ、そのうち戻ってくるでしょう、後は西の長か鳥女にでも聞きなさい……吸血鬼に関する苦情は代理人を立てて直接、茄子頭にしておくわ」
「鳥? ……茄子は分かりますが、鳥?」
「鳥女は桜咲さんの事らしいっすよ、メディア様がつけた渾名みたいっす」
春日の補足で何とか理解する瀬流彦……正直、聞きたい事は多いが、眼前の魔女はあからさまに不機嫌で。
「わ、分かりました……ともかく、事態は解決したと言うことですね」
ともかく、最悪の事態は……死者が出ている時点で、かなりまずいが……避けられたと考える瀬流彦。
少なくとも、関東魔法協会には死者が出ていない事には安堵する。
エヴァンジェリンの不始末については、学園長に一任するしかない。
瀬流彦が納得した様子を見て、後は無視するとホテルへ入っていく。
春日も其れに続こうとして。
「あ、待ってくれないか春日君、君からも詳しい話を聞きたいんだが、それと、幾つか仕事が」
「え゛……」
散々振り回されたため、早速、部屋に戻って早く眠りたいと願っていた春日が呼び止められる。
ただ、人手不足の関東魔法協会側としては、魔法生徒である彼女の手も借りたい状況で……
「その子には、私も話があるの……何か問題があるかしら」
「い、いえ……そう言うことなら……」
ただ、メディアが一声をかければ瀬流彦に逆らう術はない。現状、少なくとも、エヴァンジェリンの非に対する手打ちが行われていない以上は学園側はGFに頭が上がらない。
そのまま、メディアは怯えた様子の春日を伴ってホテルの廊下を歩み。
「あ、あの、お話って何すか……何かありましたでしょうか」
木乃香を抱きかかえたメディアの、不機嫌な様子に大層怯えながらも声を上げる春日。
それに、メディアはふと考え込む素振りをしながら。
「よく考えたら、特に無かったわ、もう部屋に戻っても良いわよ」
「め゛て゛ぃ゛あ゛さ゛ま゛〜〜〜一生づいてい゛きまず〜〜」
なかなか面白い寸劇を見せてくれた手駒の一つに軽いおひねりを渡す気分で自由を言い渡す。
何度も何度も頭を下げると、一気に部屋へと駆けていく春日。
最早春日は迷わない、明日の朝まで誰が何と言おうと布団に包まって動かない所存で。
メディアは、自室へ戻ると布団に木乃香を横たわらせる……そうして。
「……それ、新しいパジャマかしら?」
少し戸惑いながら、装いを一新したセクストゥムに話しかける。
春日を電話の固定台代わりにしていたときにはボン太の着ぐるみを着ていたセクストゥム。
戦場に連れて行くわけにもいかず、遠見が出来る水晶球を渡して部屋で待機させていたのだが。
戻ってみれば、随分と装いが変わり。
「この後、パパへ報告です……最高幹部会とも言います、そのための装いです」
まずは、初日の報告をデュナミスに行うとセクストゥムは口にする。
毎日頻繁にする必要は無いのだが、この日一日だけでも、デュナミスに報告すべき事象は大量に発生した。
故に、セクストゥムは、其れに相応しい装いへと着替え。
「そう……変わった風習があるのね」
まさか、旧世界に来てから与えられた
確かに、秘匿性は高められそうだ……自分がするのは嫌だが。
そう、セクストゥムは、一見して本人と分からない装いをしていたのだ。
声音も微妙に変わっている、これならば、例え、その最高幹部会と言うのを覗き見ることが出来たとて、個人の特定は難しいだろう。
それは、黒かった、人間をすっぽり覆う大きさだった、四角かった、数字とかがペイントされていた。
メディアの部屋の一角に、一柱のモノリスが鎮座していた。
「……あの子も大変なのね」
03とかのモノリスを被っているフェイトや、モノリスの並び立つ会議を想像して、メディアは少し息をついた。
少し涼しい風が吹く。
本館からも別館からも、姦しい声や騒がしい声が響いてくる。
中庭を歩むのは朱雀……
戦場から戻り、日常の中に帰ってきて……
少しだけ、指が震えている事に気付く。
それは、慙愧の念か、あるいは、一つ事を達成したことへの歓喜なのか……
ただ、それも一瞬……
朱雀は、少し驚いたように前を見て。
「……もう部屋に戻る時間ですよ、千雨ちゃん」
「お前が来るのが遅いんだ、まったく……何分待ったと思ってやがる」
「あれ、待ち合わせ……してました?」
「してない……けど、何かあっただろ、だから頭でも冷やしにくるかと思ってな」
ゆっくりと歩み寄ってくるのは千雨。
そのまま、拳を握ると、朱雀の腹に少し強めに押し付けた。
「……ひどい顔してるぞ……」
長谷川千雨は、これまでに何度も魔法に関わる騒動に巻き込まれてきた。
吸血鬼に襲われ、施設の子供が呪いを受けた場に居合わせた。
そのため、多少は異常な雰囲気と言うものに鼻が効く。
3日目の夜は、5班の面々と子供先生があからさまにおかしな状態で、挙句の果てには異常な咆哮が聞こえた。
朱雀の携帯電話は電源が切られて繋がらず、超は尋問が始まった途端に逃げ失せ、メディアすら不在で瀬流彦先生は挙動不審。
裏で何かが起こってますと喧伝しているようなものだ。
「……関西呪術協会が騒動を起こしました、その解決を行う羽目になりまして……」
「……そっか、分かった、それ以上は聞かない」
「今日は随分とあっさりしてますね」
基本、幼少の頃から朱雀の更生……厨二病の治療……を心がけてきた千雨は朱雀の問題行動は咎めることが多い。
そのため、隠し事も苦手だ、今回は説明に困ることが多いために、正直、聞かれないのは助かるが。
「言いたくなさそうな顔してるからな……」
ただ、震えている指を握り締める。
それだけで、指の震えは収まり。
「あんまり無茶はするなよ」
「大丈夫ですよ、無茶はしません」
寸前まで、銃を、ナイフを、槍を握っていた掌が、細い指に包まれる。
肩の荷が少し軽くなり……
「今日は随分と優しいですね」
「心配しなくても、明日には元に戻ってる……色々と聞きたいこともあるしな、私とアキラと桜子から逃げられると思うなよ」
超が逃亡した以上、尋問の相手は朱雀と決定している。
それを、少し苦笑交じりに口にして。
「いえ、たぶん直ぐにでも何時もの厳し目の千雨ちゃんに戻ると思いますが」
「弱ってるお前をこれ以上虐げるほど酷くないつもりだぞ」
「じゃぁ、言わせて貰いますと……見られてますよ、私達」
ぴくっと、千雨の身体が一瞬震える。
朱雀の掌を両掌で包み込んだまま、ギギギッと首を傾ける。
本館……女子3-Aが宿泊している、姦しいはずの建物は、何時の間にか妙に静かで。
……その窓に、幾つもの……ぶっちゃけ20対以上の、爛々とした瞳が輝いている。
と言うか、千雨たちを見ている。
そのうち一対、ビデオのRECの時の赤ランプのような輝きと共に此方を見るその視線は、器用にブロックサインで『気にせず、続けて』と千雨を促し。
「出来るかーーーーーーーっ!!! 朝倉っ、そのカメラは寄越せーーーっ!!!」
とりあえず、朱雀を突き放すと、出歯亀共目掛けてハリセンを振りかざして突貫した。
朱雀の顔に笑顔が戻ったことだけは安堵して。
「ちょっとは元気が出たかしらね」
死者が発生する戦場、どんな心構えを持ってはいても、慣れぬ者にはきつい場所だ。
直接手にかけたものは出はしなかったが、それでもストレスは積み重なる。
幸いにして、それを融き解せる存在が、3人ほど傍に居てくれる。
実際、新田が意識を取り戻さぬままのせいで大騒ぎの許される本館は朱雀すら巻き込んで大騒動の模様で。
「さて……此方も意識を取り戻してもらいましょうか」
メディアは、布団に横にした木乃香の口元に香を運ぶ。
その香を呼気に流し込まれた木乃香は、数秒の逡巡の後で目を覚まし。
「うん……あれ……ここ、何処や? ……うち……っ、せっちゃん!?」
思い出したのは、石像と化した巫女たち、侵入してきた白髪の少年、それと戦う父と幼馴染の姿。
ルームメイトは裸にされ、担任が傍に来てくれ……それから急に、意識が遠のいた。
「あら、起きたかしら」
「メディアさん……此処、ホテルなんか? うち、家におったはずやけど、それに……」
「簡単に説明すると、このかちゃんは浚われちゃったみたいなの、それで、学園長とか桜咲さんとかから助けて欲しいってお願いされて、結果として私達がこのかちゃんを取り戻したの」
布団から身を起こして狼狽する木乃香に簡単に事情を説明するメディア。多少自分の立場を良く聞かせるが許容範囲だろう。
木乃香はメディアの言葉を少し反芻し、自身の魔力の減りように驚く。
寝ている間にかなりの魔力を消費したようで。
「せっちゃんは無事なんか? アスナは、ネギ君は?」
「ちょっと怪我したけど無事よ、もう直ぐ戻ってくるわ」
「怪我したんか?」
「えぇ、子供の先生が一番怪我は酷かったけど、昼間に私があげた魔法薬を使ってたみたいだから大丈夫よ、桜咲さんは特に怪我らしい怪我は無かったわね、神楽坂さんと言う子は……怪我は無かったけど」
ふと、メディアが困惑した顔を見せる。
其れは普段に無い様子、不安を誘うような、沈鬱な顔で。
「アスナに何かあったんか?」
「何かあったというか……いえ、知らないほうが良いわ、もう直ぐみんな戻ってくるから、もう少し待って」
「何があったんですか!?」
メディアの、あからさまなまでの、隠しように木乃香がどんどんと不安になっていく。
それを待ってから、メディアは困った顔を見せ。
「ねぇ、このかちゃん……神楽坂って言う子、相談に来たわよね、魔法から遠ざけたいって」
「……はい、それで、色々教えてもらいました、ネギ君のお父さんのこととか」
魔法と言う危険な世界にルームメイトが足を踏み入れるのに反対した木乃香は刹那やメディアにも相談をした、その時に、色々と教わり。
「その時に言ったわよね……ネギ君と言う、魔法使いが来てから魔法に関ったようだって」
「そうやと思いますけど……」
「……あの子、多分、それよりもっと早くから魔法に関ってるわ、それも、結構な大事に」
木乃香が息を呑む。
それは、メディアが感情の沈静化しようとした際に気付けた異状。
そして、その情報から類推すれば、おのずと気付く事実。
「このかちゃんを浚った相手から奪い返したときにね、神楽坂さんと言う子に会ったの、その時に、ちょっと頭に血が上ってる様子だったから、少し沈静化させようと思って焦りや怒りを鎮める感情操作の魔法を使おうとしたの」
それは、既にメディアから教えられている魔法の一つだ。
魔法の習得の手順として、宝石魔術と平行して記憶消去や改竄系の魔法の基礎を習っており。
「……凄く強力な
「そんなっ……アスナが!?」
「あれだけ強力な
「おじいちゃんが……アスナの記憶を?」
それは、木乃香の足元の根幹を崩す言葉。
何年も一緒に暮らしてきた明日菜と言う名の少女が揺らいでいく。
「魔法関係の、かなり特異な体質をしていたし……あの子を魔法から遠ざけるのは、難しいかもしれないわね」
「そんな……」
「確かめたいなら、前に教えてあげた、簡単な感情感知の魔法を使ってみると良いわ、少なくとも、
ずっと、共に過ごしてきた少女に秘められた秘密。
それに、木乃香は思わず混乱してしまう。
メディアは、ゆっくりと笑みを深め。
「学園長なら知ってるかもしれないけど……」
「聞いて……みます」
「そうね、それと、もし良ければ、魔法の方も……そちらを優先して教えてあげるわよ、このかちゃんの魔力なら、
「はい……」
呆然と頷くのを確認して、優しく抱きしめる。
色々なことを次々に告げられた木乃香は混乱しながらも、それを受け入れ。
「大丈夫よ、きっと大丈夫」
腕の中の震える少女を抱きしめながら、ゆっくりと笑みを深めていくのだった。
では、報告に行ってきます
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