86話
手にする武器を相手に向ける。
それは、如何なる魔法障壁をも突き崩す処理の施されたハリセン。
……強者を相手に、幾度と無く振るってきたそれを高々と掲げ、少女はそれを振り下ろす。
「喰らえ朝倉ーーっつ!!」
「うきゃーー長谷川がキれたーー」
場所はホテル本館のロビー、其処には就寝時間を過ぎているにも拘らず20人ほどの生徒達が集結していた。
大きくドーナツ状に輪となった生徒たちのその姿は、あたかも
そして、
「いいから黙ってそのカメラ寄越せ、データ消したら返してやるから」
「ええ〜いいじゃん〜記念になるよ? 将来、式とかで流すと絶対に盛り上がるよ、あ、ちゃんと動画保存しといたから」
「ざけんなーーっ」
問題となっているのは、中庭で千雨が朱雀を慰めていたときの様子を、朝倉が録画していたらしいと言う事。
距離があったため、会話内容までは聞き取れなかったようだが、その手を両手で握り締める姿は見られてしまったようで。
「朝倉、はい武器ー」
お祭り好きな柿崎などが笑いながら枕を朝倉へと投げ渡す。
朝倉はそれを受け取ると、デジカメを自身の胸元へと隠し。
「良い度胸だ、またあてつけやがるか、クラス4位の」
魔女による魔術処理を行われたハリセンを手にする千雨に対し、朝倉は両手に枕を手にする。
囲む生徒たちの中では昨日に続いてのトトカルチョも始められ、どんどんと熱気が増していく。
……本来ならば、こんな騒ぎになる前に教師による制止がかけられるのだが。
今晩に限ってはそれも望めない、新田先生は高血圧によってダウンしたとの話で、瀬流彦としずなは別件で忙しく対応が遅れ。
「おらーーっ」
「枕ガード、……って、ちょっ、何で枕が真っ二つー」
「千雨ちゃんのハリセン、メディアさん特製ですっごく硬いから。昨日は朱雀が使って長瀬さんとかクーフェイちゃんをノックアウトしてたし」
「ちょっ、あの二人をノックアウトって、それなんて凶器!?」
桜子からの情報提供に顔を青褪めさせる朝倉。
実際、千雨は魔法の事を知っているため、これでもかと言うほどの魔法的処理をされているそのハリセンは、魔法世界でも一線級の攻撃能力を秘め。
「と言う事だ朝倉、データを消すのとデジカメを割られるのと頭をかち割られるのどれが良い、好きなのを選ばせてやる」
「最後のは死ぬよね? デジカメも割ったら弁償してもらうよー 良いのかなー」
「安心して良いぞ朝倉、この間メディアさんからデジカメの良いの払い下げしてもらったところだ、KA600MOさっき持ってたやつより性能が良いやつだから文句はないだろ」
デジカメは被写体撮影のためによくメディアが使っているが、最新機種が出ては試してみて、使いづらければ直ぐに興味をなくすため、機器に強い千雨は色々と払い下げてもらっている。
と言うか、機能が多すぎると使いこなせないので、多機能であればあるほどメディアから払い下げられるものは多く。
「……くっ、賄賂とは卑怯な、けどね長谷川、私のジャーナリズム精神は賄賂には屈しないのよ」
「おめーのはただの出歯亀根性だろうがっ」
一瞬、胸元に隠したデジカメよりも数段上のグレードの機種名を出されて動揺を露にする朝倉。
けれど、断固たる決意で自身の財産が詰まったデジカメを死守すると決意し。
「……けどー、この騒ぎが終わった後で買い取り交渉とかは……」
「今直ぐそのデジカメを渡したら考えてやる」
再びハリセンを構えた千雨が突貫する、それを必死で飛び跳ねて朝倉は避け。
「ん、何、何々? 何か楽しそうなことしてる?」
「パル、良い所に来たね、さっきの映像の死守戦、手伝ってー」
そんな中、遅まきに現われたのは早乙女ハルナと言う名の少女だ、後には首を傾げた宮崎とアハハーと笑う夕映も居る。
こう言う騒動やゴシップが大好きなクラスメイトの登場に朝倉は喜色を見せ、千雨は顔を苦渋に歪める。
ああ言うのが大好きなハルナと言う少女ならば、朝倉の加勢をするのは明白で。
「え、さっき? な、何? なんなの!? このパル様の知らないうちに何か楽しそうなことがあったの!?」
「「「「「「「「「「え゛?」」」」」」」」」」
驚愕した様子のハルナだが、観戦していた生徒たち、そして、朝倉や千雨に至るまでもが動きを止めてハルナへ視線を向ける。
そう、有り得ないものを見るようにして。
「う、嘘よ……ハルナが……ハルナがあんな面白いイベントを見逃すなんて」
「偽者? 確かに、夕方くらいから5班は様子がおかしかったけど、てか、ゆえ吉はまだおかしいし」
「ちょっと、大丈夫? 熱でもあるんじゃない?」
本人曰くラブ臭を感知するという尋常ならざる勘を持つ麻帆良の噂拡散魔人早乙女ハルナ。それが、中庭で行われていた甘酸っぱくもラブ臭漂う光景を見ていなかったと言う事実に3-Aの面々は恐れ戦き。
「あっ、パル、パルのアホ毛が!!」
「あぁっ、な、なんてこと……」
「これは、天変地異の前触れ!?」
ふと、一人がある事に気付く。早乙女ハルナの
春休み明けには一本を喪い、アホ毛と化していたが……その残りの一本は……
「折れた……アホ毛が折れた……」
へ? と周りから浴びせられる憐憫の視線に戸惑うハルナ……
そんなハルナに、無言のままに四葉が手鏡を差し出す……その、幸福の象徴であるさっちゃんすらも悲しそうな顔をする状況に怖れを感じながら、ハルナは鏡を覗き込み。
其処には、額の辺りからぴょんと跳び出していたアホ毛があった……そして、2cmほど飛び出した後で、アホ毛は力を失ったように……折れていた。
それはぶらぶらと、ハルナの顔の方へと垂れ下がるのだった。
「私のアホ毛がーーーーっ!!!」
事態に気付き、打ちひしがれるハルナ、その肩にぽんと手が乗せられる。
其処に居たのは朝倉だ……菩薩の如き慈母の笑みを浮かべながら、幾多の戦いを潜り抜けてきた友の肩に手を置き。
「大丈夫だって、パルなら、この映像を見ればきっと復活」
「させんじゃねぇぇぇっーー!!」
胸元からデジカメを取り出そうとした朝倉に慌てて千雨が踊りかかる。
慌てて朝倉が飛びのくが、ハルナは朝倉の言葉に興味を惹かれた様子で。
「何? 何々!? 何があったの!?」
「長谷川と噂の幼馴染の逢引よ、中庭で、見詰め合って手を握り締めあって、その時のを朝倉が映像で撮ったって」
「見せてーそれを見れば私のアホ毛もぴーんとそそり勃てると思うのー」
「ざけんなーてか、勃てんなーっ」
「長谷川、パルのアホ毛のあんな姿を見て治療に協力しようとは思わないの? あの映像を見れば絶対回復するって」
「あんなアンテナは回復しないほうが世界人類のためなんだよっ」
「見せてー見せてー 甘酸っぱいラブ臭いっぱいのー逢引ー!」
場はどんどんと混沌へと突き進んでいく、朝倉の悲鳴とハルナの哀願と千雨の罵声が響き渡る本館。
けれど、それも何時までも続けられるものではない。
「こらー皆さん静かにするですよー」
本館の教師たちが当てにならない中、さすがに騒ぎを聞きつけたのか男子中等部の教師も様子を見に来たのだ。
そして見たのは、ホテルのロビーで繰り広げられるバトルロイヤルで。
「これは一体何の騒ぎなのですか」
様子を見に来たちびっ子教師、月黄泉は小柄な体を精一杯いからせて3-Aの生徒達を威嚇する。
ただ、それも、違う学校の教師の上に課題を出された事も無いので然程効いてはいないが。
「えーと……デジカメ争奪バトルロイヤル?」
「ホテルのロビーはバトルロイヤルをする場所ではないのです、新田先生はどうしたですか?」
「高血圧で倒れたそうですー」
「瀬流彦先生と源先生はどうしたですか」
「何か忙しそうにホテルを飛び出していきましたよ」
「……ね、ネギ先生は?」
「行方不明でーす」
教師がまったくの不在、それを聞いて思わず頭を抱える月黄泉。
前に勉強会をしたことがあるので教師であることは3-Aの生徒たちも知っているのだが、その小柄な体躯も相成って、あまり怖がられることは無く。
言う事もあまり聞いてくれそうにはない。
今にも月黄泉を無視してバトルロイヤルを再開しそうな勢いで。
「……念のためにうちの最終兵器を連れてきたのは正解だったようなのです……朱雀ちゃん、やっちゃってくださいっ」
けれど、それは月黄泉も承知の上。
噂の3-Aの面子を数度の面識しかない自分で押さえられるなどとは思っていない。
故に、月黄泉は此処に来る前に、男子中等部3-Aが誇る最終兵器を同伴させており、ホテルの外で待機させていたのだ。
そして、月黄泉が目と耳を塞いでしゃがみこんで丸くなり。
桜子がアキラの浴衣に顔を突っ込んで同じように目と耳を塞ぎ。
瞬間、圧倒的な
「ウヒウヘアヘアーーーーっつ!?」
ホテルの部屋の何処からからか、安心して布団に包まっていたにも拘らず
基本的には、ロビーに居た面々は背筋が凍るような恐怖を感じ。
「どどど、ど、ど、ど、ど、どうですか、こ、こ、これを、もう、もう一回、ひっく、喰らいたくなければ、部屋に戻るですよ、うぅぅ……朱雀ちゃん、今のはちょっときつすぎです」
男子中等部3-Aを恐怖政治によって統治する暴君の殺意、初日、別館の夜を静寂に包ませたそれを向けられた。
それにより、女子3-Aの面々は冷や水を被ったように顔色を変え。
「朱雀、其処に居んのか」
唯一、それを喰らっても大して表情を変えなかった千雨が問いかける。
アキラも大分マシなようだ、桜子はさらにアキラを盾にしたので殆ど害は無さそうだ。
……実際、過去に一度、直接自分にすら向けて目の前で喰らったことがある千雨にすれば、手加減した今のならば余裕があり。
入り口から外へ向けて声を向け。
「えぇ、中は見えない位置に居ますから大丈夫ですよ」
「そうかそうか……今の、少し強めてもう一発頼む」
「ちょっ、長谷川!?」「長谷川さん!!??」「長谷川さん、マジ勘弁」「な、何を考えてるですかーあれは心臓に悪いんですよ!?」
千雨の爆弾発言に周りの生徒たちがいっせいに色めき立つ。
月黄泉すらも、それを制止する側に回り。
「朝倉……データを消せ」
「っ、長谷川、アンタ……私を脅す気?」
「データを、消せ……ちなみに、私はあれには慣れてるから全然平気だぞ」
「千雨ちゃーん、私達は地味にきついんだけど」
「千雨、そんなに朱雀を怒らせたことあったんだ」
他の幼馴染が苦情を洩らすが、他の生徒に比べれば二人はかなり無事な様子だ。
例え部屋に逃げ出したとしても、
「はぁ……私としてはそのデータに興味も」
「朱雀」
「無いです、大丈夫です、で、もう一回ですか」
客観的に見た際の映像データと言うのにも興味があったが、千雨の一言で言葉を取りやめる。
……超に頼めば監視カメラから映像はとれるだろうし。
「す、朱雀ちゃーん、もう良いですよーもういいですからねー先生とその女の子、どっちの言う事を聞くですかー」
「千雨ちゃんですね、これ以上強めると近隣から動物が居なくなるんですけどね……まぁ、いいですか」
「ストップ、ストップです、朝倉さん、委員長命令です、そのデジタルカメラのデータを消去してください」
姿を見せぬままの言葉に全身に汗をかきながら朝倉に命じる委員長、クラスの他の生徒達も概ね同じ意見で。
死守の構えを取っているのは朝倉とハルナの二名だけとなり。
「動物が居なくなるって……あったか? んなこと」
「ほら、前に熊に遭遇したとき、威嚇で」
「あぁ、栗拾いの時か……でっかい熊が気絶したんだよな、あの時は……確か、赤兜とか言う名の」
「あの後、山から動物が急に居なくなったって苦情があったんですよ、私の縄張りになっちゃったみたいで、未だにその山に動物は戻ってきてないらしいですね」
朗らかに昔の思い出を語る二人だが、話している内容は都市伝説に近い内容だ。
もっとも、アキラと桜子も「そう言えばあったねー」とか言ってるので信憑性は何気に高そうだが。
「じゃ、ジャーナリズムは脅しには屈しない」
「……そうか……よし、朱雀派手にいけ、私が許す」
「千雨ちゃんの許可ありですか、それは思う存分いけますね、たまった鬱憤全部吐き出しますか」
「「「「「ちょっと待ったーーー」」」」」
その後、3-A勇士数名の手により朝倉からはデジタルカメラが奪取され、データは無事に消去されるのだった。
「待たせましたか」
「いや、問題………………セクストゥムかい?」
とある日本家屋、其処に戦場から逃亡したフェイトの姿があった。
関西呪術協会の陰陽師の手により大鬼神リョウメンスクナノカミが復活したことで、契約を遵守させる魔法具の効果は無くなった、最早関西呪術協会に協力する理由も無く。
このまま魔法世界へ戻ろうと思っていたのだが、一つ、重大な情報を入手したので、それを魔法世界に居る同志に伝えようと思ったのだ。
そのため、千草の下に居たときに根城としていた家屋を訪れ。
協力者たちの監視として派遣されたセクストゥムも同様に、報告事項があるとの事だったため、手間を省くために合流したのだが。
「はい、何かおかしいですか?」
「君の恰好がおかしいよね」
合流した相手は、転移魔法で現われたモノリスだった……これがおかしくないはずが無い。
「正体を隠すための隠蔽です」
なるほど、それは分からないではない。
現在セクストゥムは関東魔法教会との接点もあるGFの監視を行っている、そんな者が関西呪術協会で事件を起こしたフェイトのそばに居るのを見られるのは確かに問題だが。
……もう少し、別の変装はできなかったのかとフェイトは少し悩み。
「……まぁ、いいけど」
日本家屋へと足を踏み入れるフェイトとモノリス。
千草達には内緒で設置しておいた魔法陣が起動すると、魔法世界との間に通信が繋がり始め。
同時に極めて強力な隠蔽結界が作動する……ついでとばかりに、モノリスの中でセクストゥムが宝石魔術で結界を補強し。
通信機器によって、魔法世界に居るデュナミスの姿が映し出された。
『昨晩に引き続き緊急連絡か、慌しいものだなテルティウム、セ………………?』
「どうかしましたか、パパ」
ぶっと、デュナミスが噴出した、ついでにフェイトが胡乱な目で、通信機器によって浮かび上がったデュナミスを見る。
『ま、待て、身に覚えは無いぞ、いや……まさかあの夜の……イヤイヤイヤ、しかし何故旧世界に』
「……一応言っておくと、セクストゥムだよ、正体がバレないよう変装したそうだ」
かなり冷たい声でフェイトがそう告げると、数度の深呼吸の後復活するデュナミス。
もっとも、随分と汗をかいているが。
『そ、そうか……し、心臓に悪い冗談だな、ハッハッハ』
かなり狼狽した様子のデュナミスは何かを誤魔化すかのようにかなり咳払いをしている、それを無視して。
フェイトは要件を告げた。
「報告は二点、まず一つ、魔法完全無効化能力者……らしき少女と遭遇した」
「同じく、私も遭遇しました」
『む……確かか』
「僕の冥府の石柱の大半を消してみせたからね……極めて強力な対魔能力だった」
幾つか、フェイトの口から神楽坂明日菜と言う少女の特徴が説明され、モノリスもそれに同意する。
そうして、3人は同じ結論へと至る。
『……なるほど……私が考えるにそれは』
『罠だな』「罠だろうね」「罠だと思います」
デュナミス、フェイト、セクストゥムが同じ答えへと至る。
「英雄の息子と言う、あまりにも目立つ存在の直ぐ傍に、黄昏の姫巫女に酷似した容姿・能力を持つ少女を配置して我々の動きを誘うと言ったところかな、あまりに警備も薄く、直ぐに浚えてしまいそうな感じだよ」
『ふむ、わざと浚わせて我々の尻尾を掴む策謀か……そうだな、黄昏の姫巫女の最後の足取りは高畑・T・タカミチで途切れている、関東魔法教会に保護されていても不思議ではないが……あからさま過ぎる』
「戦闘能力は極めて低く、知能も低いように感じられました、あれでは一般人程度かと」
まさか、20年前の戦争の原因とも言える少女を、あんな状態で放置しているわけが無い、ならばあれは罠なのだろう。
『
『では、放置するか……』
「いや、虎の尾は自分達以外に踏んでもらおう……
『ふむ、わかった、手筈は整えておこう』
フェイトの意見により、元老院へと、その情報を流すことで彼等の先走りを期待することとする。
6年前同様、悪魔等を派遣する程度に留めるだろうが、罠を潰してさえくれれば、それで十分で。
「もう一点、協力者はきわめて優秀だよ、実際、随分と助けられた」
ふと、一瞬フェイトは視線をモノリスへと向ける。
それは、不思議そうに首(?)を傾げ。
「……多少の悪影響はあるかもしれないけどね」
『……染まる前に何とかしたかったのだがな』
「どうかしましたか、パパ、お兄様」
フェイトとデュナミスは一瞬向かい合い。
ゆっくりと頷き合った……そして、無垢ゆえに染められてしまった少女の更生に尽力しようと誓い合うのだった。