87話
気配も残さずに消え去った魔女達を見送った後。
何度か深い息を吐いて楓は畳へと腰を落した、その中で、高い能力を誇りながらも、未だ若輩の楓は魔女の殺意に肝を冷やし……交戦すること無く事が収束した事に安堵する。
……無論、ホテルに戻った後で宮崎や早乙女の無事が確認できなかった場合には再び険悪な関係になるだろうが、朱雀と共に図書館島を探索したことのある楓は彼の人柄を知っているためさほど心配はなく。
「彼女は信用できると思うのです」
夕映からも保障が添えられる。刹那とGFの携帯電話での会話を横で聞いていた夕映は、その語り口から一度口にした事柄を撤回するような事は無いと推測したのだ。
その内訳を説明されたため、楓も多少は信用を持ち。
後、問題があるとすれば……
「……それで、良かったのでござるか、夕映殿」
「はい……危険を知らなければ、それに備えることは出来ないのです。私は此処で魔法がはびこる世界を知ることが出来たことを感謝しているくらいなのです」
一般人の夕映が完全に裏の世界に関ってしまったことであろう。
もっとも、楓にすれば裏に関ることを忌避することは無いため、無理に魔法から遠ざけようと言う意図は無いのだが。
「ふむ……それにしても、魔法使いは知っておったでござるが、関西呪術教会と東の確執にじーえふでござるか、なかなか複雑でござるなぁ」
「長瀬さんは、呪術協会と言うのはご存知なのですか」
「拙者は符も使うでござるからな、多少の知識はあるでござる、魔法の方はとんと縁が無かったでござるが、拙者にすれば夕映殿が彼女を知っていることの方が意外でござるが」
「私は、彼女と桜咲さんの会話を横で聞く機会がありましたので」
そのまま、再度より詳しく、携帯電話での会話の内訳と夕映の見解が説明される……その中には無論、春日の奇態の理由もあったが。
GFが当初協力を拒んだこと、それにより春日が派遣されたことと、何を思ったか再度協力体制を取ったこと。
刹那の式神からの補足もあったおかげで、楓もだいたいの状況を受け入れ。
そうして、互いの情報を確認しあっていればそれなりの時間も経過する。
その間に本山に、長を始めとする木乃香奪還部隊の面々が帰還するのだった。
式神経由で此方の状況も確認していたのだろう。
面々は石像の不在を確認こそしたものの、何も言わぬままに大広間へと足を踏み入れる。
其々、それなりの怪我と疲労感を負っているため辛そうな様子だが。
長と刹那は、事が片付いたものの先のことを考えて沈痛な面持ちで。古は龍宮を思ってか心配そうに。痴呆状態のエヴァンジェリンを背負った茶々丸は無表情に。そして、ネギを背負った明日菜が憮然とした面持ちで大広間へと足を踏み入れた。
「ネギ坊主……大丈夫でござるか?」
無事は伝えられてこそ居たが、実際目にすればやはり安心感が違う。
ただ、痴呆状態のエヴァンジェリンとネギの容態が楓には気にかかり。
「あ、はい、大丈夫です……アスナさん、もう大丈夫ですよ」
「あんたねぇ、すっごい大怪我だったのよ? ホテルまで連れていってあげるから大人しくしてなさい」
「うぅぅぅ、すみません」
エヴァンジェリンとGFの仲違いにおいて、自主的に巻き込まれる形となったネギ。
その過程で、その身にはあらゆる魔術的防壁を突き破る槍が突き立てられた。
ネギは肉体を魔力で強化しているために通常の子供よりも遥かに高い身体能力を誇るが、それらの強化を全て突き穿つ魔槍だ……まさしく、10歳児が身体を貫く刺突を喰らったダメージに等しい。
また、そこから改めて強化する魔力すら使い果たしていたのだ、魔法薬の効果によって回復したとは言え、それなりの後遺症が残っている様子で。
「それで、楓さん、本屋ちゃんとパルは?」
「朱雀殿達が連れて行ったでござるよ、石化を解除して記憶を改竄してくれるそうでござ……アスナ殿、目つきが怖いでござるよ」
「分かってるわよ、帰る途中で桜咲さんと長さんに散々言われたわよ、記憶を改竄しないといけないんでしょう?」
明らかに納得していない様子だが、これは帰途にあって何度も何度も繰り返されてきた問答でもあった。
刹那によって取り押さえられていた明日菜は口出しできなかったが、GFが出してきた提案は殆どが明日菜にとって気に食わないものだった。
ネギを
明日菜には尽くが受け容れがたく。
「危険に踏み込ませぬためには仕方ない処置でござろう……問題があるでござるか?」
「わかんないけど……なんか、そういうことには凄く嫌な感じがするのよ、絶対に嫌なのよっ」
記憶を改竄する魔法、それに対して感じる言い表しようも無い不気味な忌避感。
未だ、彼女が知る由も無いが、それは彼女の本能とでも言うべきものが騒ぎ立てる警鐘。
記憶を改竄する魔法、それがクラスメイトに使われるのが嫌なのだ……そう……
……とても、大切なことまで、忘れてしまいそうで……
「こればかりは仕方ないと思うでござるが……ただ、夕映殿は」
「夕映ちゃん」
「夕映さん……」
ふと、明日菜とネギの視線が夕映に向けられる。
石化することなく本山に残り、裏の世界に巻き込まれた一般人の少女。
その少女はこくりと頷くと心配そうにネギを見つめる。
「私は、神楽坂さんの意見に賛成なのです、知識の集大成たる記憶を改竄される等もっての外なのです」
魔法の危険度を確認して適度にのどかに距離を取らせる……それが最も大きな理由だが、それを本人に口にするのも憚られるので二番目の理由をあげる夕映。
事実、知識を追い求める夕映に刷ればそれもまた、間違いの無い事実である。
「ですから、どうか私の記憶を改竄しないでほしいのです」
深くネギに向かって頭を下げる。
魔女からは見逃されたが、この後、ネギの所属する関東魔法協会や関西呪術協会によって記憶を改竄される話になってしまえば元の木阿弥である。
故に、まずは、この場における関東魔法協会の人員であるネギにそれを請い。
「あ、あの、魔法は内緒にしなければいけないんです、綾瀬さんは……」
「大丈夫です、けして口外はしないのです」
「で、でしたら、僕は無理に記憶を消したりしようとは思いません、僕の生徒にそんなことはしたくっ」
はっきりと言い切ろうとしたその最中、言葉は中断させられた。
「どの口がそれを言うのよ〜っ、あんた、初日に思いっきり私の記憶消そうとしたじゃない、て言うか、私がその手の魔法に無性にイラつくのは、あの時のことが原因なんじゃないかって気がしてきたわ」
ぐっと拳を握り、はっきりと言い切ろうとしたところで背負ってくれていた明日菜がその頭を鷲掴みにして力を込めたのだ。
事実、テンパって記憶消去を行おうとしたことは事実なのだ。結果として下着を消したが……
「まぁまぁ、落ち着くでござるよアスナ殿……む」
長や刹那が今後を話し合い、茶々丸がオムツを換え、ネギ達が歓談している中に新たなる珍客が訪れる。
それは、上方から轟音を伴って近付いてきているようだ。
「次から次に、今度は何よ」
「これは……ヘリの音ですね、まさか、本山に着陸しようとしているのでしょうか」
慌てて本山の中庭へと飛び出ると。
それは、確かにヘリだった、かなりの大型ヘリで……黒いコンテナをロープで吊るして降下してきている。
そのまま、コンテナを中庭へ落してロープをヘリから外すと。改めて本山へと着陸を果たす。
その中で、詠春や刹那はけして敵対体勢をとらずにそれを容認した。
理由は単純、そのヘリに不死鳥を模した
即ち、GOLD FLASH ……京都における騒乱に終止符を打った団体の再度の登場である。
ヘリから降りてくるのは一人の女性のみ。
にこにこと、営業スマイルを浮かべながら詠春へと近付くとぺこりと頭を下げ。
「GOLD FLASH GROUP 外部委託機関の春庭鈴音と申します」
それは、麻帆良におけるマスコミ事件においても最終的な沈静化を行った一人の少女。
実態は特殊メイクによって社会人を装う超鈴音である……もっとも、それを知るのは、魔女を筆頭に3名ほどだけだが。
表向きはGF会長であるメディア直轄で会長秘書のような役割を与えられていたりする。社内では会長の無茶振りを進んで引き受ける変わり者と認識されているが。
「このたびの事態の収拾と仰せつかっています。既にマスコミ各社へは工作済みです、今回の件が日の目を見ることはありません」
にこにこと、笑顔で詠春の懸念事項の一つを切り崩す。
実際、ニュースや新聞での鬼神の咆哮の報道を怖れていた詠春には朗報で。
「また、県外に出ております関西呪術協会の者達に交通手段を確保させていただきました、恐れ入りますが、その旨の連絡だけ協力して頂けますでしょうか」
「何から何まで……恐れ入ります」
「いえいえ、此方もそれなりの思惑があってのことですので」
あくまでも、関西呪術協会が保有する魔力溜りを利用した儀式魔法の実験。それと引き換えに協力を申し出ているのだ。無論、この後、魔法を用いた誓約によってそれを遵守させるつもりで。
「後は……吸血鬼の搬送ですね」
「車を用意していただけると聞いております」
「えぇ、軽く提案した内容が受け容れられてしまったので、少しばかり手間取りましたが」
ふっと、息を洩らす鈴音。
メディアからエヴァンジェリンの強制送還の話が出たときに、メディア自身は棺桶に詰めて学園長室へ叩き込んでおけと指示を出したのだが。
悪ノリして『ついでに霊柩車もつけておくカ?』と言ってしまったのが運の尽き。
返答は『……そうね、そうしておきなさい』の一言である。おかげで……
「ヘリまで用意する羽目になりました」
ぽんっと、ヘリが吊るしていたコンテナを叩く鈴音。それによってコンテナの四方を囲んでいた壁がぐらりと倒れこみ。
コンテナ内に収容されていたそれが曝された。
「れ……霊柩車?」
「中に棺桶がありますので、それに入れていただけますか」
「っ、ざけんじゃないわよ、なんて悪趣味してんのよあんた」
「一応、棺桶も最高級品を用意させていただきましたし、乗り心地は良いと思いますよ」
明日菜が吠えるが、本来在るべき姿よりも製作者の権限が強められている茶々丸は否応も無い様子だ。
そのまま、エヴァンジェリンを霊柩車に内蔵された棺桶へと横たわらせる。
「さすがに高速道路を走らせるのも気が引けますので、再度コンテナで囲って空輸させます」
「……わざわざ霊柩車を用意した意味は……」
「うちでは、会長の言葉は絶対なんですよ……霊柩車で運べと言われたからには、それは実践しないといけないのです」
それは悪ノリした彼女も悪いのだが……
結局、明日菜もGFには何を言っても無駄……長と刹那に止められるだけ……だと言う事を学習はしたのだろう、不平不満は大いにあるようだが、登校地獄の呪いの緩和のためにと言うお題目で言い包められて学園への帰還を至急に果たす必要があるとヘリでの空輸には賛成し。
「学生の皆さんにはマイクロバスを用意させていただきました、どうぞホテルへとお戻りください」
「そうね、本屋ちゃんたちの無事も確認しないといけないんだから」
ヘリで空輸されて来た霊柩車とは別に、本山の前へマイクロバスが近づいてくる。
それを見て、深く息を吐く面々。
破損したネギの杖や呪いの発動体を始めとして未だ問題は幾つも残っているが、それでも、漸くの一段落を得ることが出来そうだ。
その様子を見つめながら、鈴音はニコニコと笑い。
じーっと此方を見てくる視線に少しだけ汗を垂らす。
「ど、どうかされましたか?」
「ん〜どこかで会ったこと無いアルカ?」
それは、超の親友であるクーフェイの視線だ。
何かを感じ取ったか、変装した超をじっと見つめ。
「え、ええっと……先月に、麻帆良学園を訪れた事がありますので、その時にではないでしょうか、期末テストの際に」
「おお、あの時は超に勉強を教えてもらって頭がいっぱいいっぱいになってたアルヨ、ところてんみたいに抜けてしまっていたアルネ、すまないアル」
勉強漬けの悪夢を思い出したか、少し顔を青くしてふらふらとマイクロバスのほうへと向うクーフェイ、それに安堵しながら、鈴音はマイクロバスにて去っていくネギ達を見送るのだった。
残されるのは長と鈴音の二人のみで……
「では、本格的な話し合いをいたしましょうか」
「はい」
関西呪術協会の長とGFの傀儡の密談は夜明け近くまで続けられたのだった。
久しぶりなんでちょっと書き辛かった
……とりあえず……終わったーーーーーーっ(リアルでのゴタゴタが)
決意してから3週間……比較的順調に終わったほうかな。
とりあえず、これで二月は全部休みになったので更新速度は昔に戻るかと思います
後はクオリティを戻さないと……