番外編5
その日はHRの前から悲喜交々と言った感じで、教室に緊張感があった……
悲喜に分かれた違い……それは単純に、持つものともたざる者の差と言う事だ……
その中で、数少なくそれらの感じを纏わない二人は、周りからの干渉も無く泰然たる様子で座っていた。
「……と言うか、この学園の風紀はどれだけ適当なんでしょうね」
「一応、学園祭の告白に比べたら成功率は低いらしいですよ……」
理由は単純……まずは朝の下駄箱が勝負なのだ……
彼等が通っているのは男子中等部であるが、この日ばかりは侵入も比較的警備が薄くなると言う噂が根強く……そして、それは事実であるらしい。
2月14日、バレンタインデーに、戦果を得た男子のモチベーションは高く……戦果無き者は悲観にくれながら、一縷の望みを放課後に求める。
そんな姿を、興味無さそうに眺めるのは泰然とした様子の二人で。
「で、朱雀さんは?」
「3つほどいただきました」
「……にしては嬉しく無さそうですが」
ふと、怪訝そうになる……甘い物が然程好きでなくとも、彼女達からの物であれば、それが何であれ喜ぶはずのクラスメイトは、薄く溜息をつき。
「……いろいろ仕込んで置いたんですが、まさか掻い潜って渡されるとは思いませんでした……ちなみに、3人からは放課後の予定を聞かれてます」
受け取った3つが、不本意な物だと言ってのける……周囲からの殺意の視線など軽く受け止めるクラスメイトに、苦笑を浮かべ。
「そのうち、あの3人より先に刺されますよ」
「ん〜……それは嫌ですね……参考までに新田君は?」
「……申し訳ないですが、下駄箱に置き去りにしました」
相方ほどではないにせよ、それなりに優良株と目されている少年……新田は控え目にしても明らかに渋面を作って吐き捨てる。
と言うか、吐きそうな顔を見せる……
「……すいませんね、一応、引止めはしたんですが」
「……うち実家の台所……今……チョコの匂いしかしないんです……」
それは、朱雀にすれば容易く見て取れた結果……昨年の惨事を知る彼にすれば、それでも被害は少ないほうだと思ってしまうのだが。
「……今年は現地生産をすると言ってましたからね、昨年は試行錯誤の結果、アルゼンチンが……いえ、何でもありません」
日本から地球と言う大地を跨いで正反対になる国に危地をもたらしめる程の危険物を発生させ、英霊の力の本来の使い道……世界の護り手、“人間を守る”英霊としての在り方……を思い出させた昨年の惨事を思い出し、思わず身を震わせる……
それの元凶もまた、英霊だったことは忘れることとして……と言うか、何故手作りチョコを作るのに魔女の大鍋の用意から始まるのか……
「……いえ……分かります……鍋とコンロを突き破って地面に侵食を、あの
「……地球の裏側に届く侵食速度を新田君の家でも……それは、すみません……あと、やはり
「……もう、しばらくは……チョコの臭いすら」
「はい……分かります……今晩は、別に帰りましょう」
「はい……ただ、ネットのちうたんのチョコプレゼント企画は」
「無論手伝ってもらいますからね、一応アルバイト2000人ほど雇って各自に動かしてますが、ヘビーユーザーの動きはそれなりに重要ですから」
ルームメイトの相変わらずの独占欲に笑いながらも、義母(予定)に抗する手札を他に持たない……主に、ルームメイトを危地に曝すことで安全圏を得る……少年に選択肢等なく。
「ただ、ちうたんの
「…………きっと、もう直ぐですよ」
「……ちょっと驚きましたが……それは良い事ですね」
言って、二人は笑い合う、きっと近いだろう、みんなで笑い合える日を望んで。
昼休みの麻帆良学園の調理実習室。
騒動と事件の温床と名高い2-Aの女子生徒の多くが其処に集まっていた。
その数は昨年比で言うならばおよそ4倍……異常な数である。
そして何よりも熱意が高い。
その中に取り込まれた少女の一人などにすれば今にも逃げ出したくなる程の熱気だ。
「……今年は市販ので済ませるかな」
「まぁまぁ、楽しくなると思うよ」
「うん、みんな、楽しそう」
テーブルにはボウルや包丁等、調理器具が並べられており、これから始められるイベントの準備が進められている。
そして、少女達の前にコアラのオーラを背負った少女が立つと、自然と視線が集まる。
そう、彼女達は、唯一つの目的をもって集ったのだから。
「では、これからバレンタイン手作りチョコ教室を始めます」
「頑張るぞー」「おーっ」「わぁーーっ」
この日、2-A有志による、手作りチョコレート作成イベントが開催されるのであった。
昨年は人数も少なかったため、コアラオーラの生徒の部屋でつつましく行われたイベントであったが……今年は違った。
2-Aのクラスではイベント等は好まれて行われるが、バレンタインと言うイベントはなかなかに微妙なものだった。
お菓子自体は好きだが、あげる相手が居ないと作っても意味が無いし、手作りチョコを同姓同士で渡し合うのも不毛な話だ。
そのため、中等部1年の時は料理の腕を見込まれて生徒の一人にお願いされたコアラ……四葉五月が5人ほどの生徒に作り方を実演するという形で収まった。
それが概ね相手に好評だったため、今年も同じ事を行う予定だったのだが……3学期になって赴任してきた一人の教師の存在がこのイベントを大きく盛り上げた。
「ネギ先生に手作りチョコをさしあげるのですわー」
「ふっふっふ、ネギ君のハートをゲットだよ」
「ん〜まぁ、ネギ君にならチョコあげても良いかなぁ」
……それは、生徒達の中心で感極まったような嬌声を上げるクラス委員長である雪広あやかや、その他女子を見れば一目瞭然であろう……
突如現われた新任の子供先生。
可愛い、初々しい、何より子供だから軽い気持ちであげられる。
それらの理由に後押しされて、子供先生に手作りチョコを贈呈しようと言う思いが急遽、参加人数を数倍したのであった。
あげる相手が居ないから不毛なイベント……だが、気兼ねなくチョコをあげる相手が現われてしまえば2-Aの生徒達がイベントの実行を我慢できるはずも無かったのだ。
「ゆっくり実演する予定ですが、分からない事があったらすぐに教えてください、それと、昨年一緒に作られた方は、だいたいの手順を覚えていると思いますので、よければ周りの方のフォローをお願いします」
四葉の声はか細く耳に届くが、何故か皆、それを聞き逃すことは無い。
嬌声の中でも問題なく響き渡る声に、委員長などは動きを止めるとその目を同じく参加しているルームメイトの那波に向ける。
「確か、千鶴さんは昨年も参加されていましたわよね」
「えぇ、保育園の子達に配ったの、他には柿崎さんと椎名さん、長谷川さんと大河内さんが参加されていたかしら」
自然、視線は参加している中でも、昨年の経験から慣れた手つきで調理器具に触れる数人に向けられる……一人は目立つのがあからさまに嫌そうだが。
「美砂は彼氏にあげてて……桜子は噂のあの人かなぁ」
「ん〜内緒ー♪」
「おっ、面白そうな話じゃん、柿崎が彼氏居るのは知ってたけど、こんなところにもスクープのネタが……てか、いい加減白状してよー」
振って湧いた興味深い話題ににやにやと興味深げな視線が集まる。
もとより、年若い女子にすれば色恋沙汰は大好物だ。それが四角関係なんて噂もあれば注目も集まり。
「小さいときからの幼馴染にあげてるだけだ……」「そうだよー」「うん」
仲の良い幼馴染三人組は、何時もその言葉で逃げてるだけだった……ただ、一度として義理の言葉が含まれなかった辺りでパパラッチは笑みを深めさせる。
けれど、楽しい状況では普段に無い気遣いと言うか……気配りをするものも居るわけで。
「あ、あやか、私は子供に配れる小さいサイズを作るから、本命サイズを作りたいなら長谷川さんとか大河内さんを参考にすると良いと思うわよ、去年も凄く丁寧に作って……あれは愛情がこもってたわね」
「本当ですの長谷川さん!」
己の愛を突き進む委員長は、自分の部屋で作るか、市販で済ませるかを考えていた、イベントに消極的だった少女に突き進むのであった。
「変な無茶振りしてんじゃねぇ、てか、んな期待した目で見ても何も無いぞ委員長、普通だ、私は普通のを作るだけなんだ」
「いえ、普段はあまりこう言ったイベントに積極的でない長谷川さんが参加されてる時点で意欲の高さは分かりますわ、ネギ先生にこの想いが伝わるような素晴らしい本命チョコを是非ご教授くださいませ」
「おおっ、長谷川がまさかそんなにも……これは良いネタだけど……これは受け渡しを張るしか」
聞こえないように呟きながら押し寄せてくる委員長とパパラッチを適当に扱うが、委員長の方はかなり本気のようで。
「だぁぁ、ひっつくな、つか柿崎とか椎名も参加してただろ、それはどうなんだ那波っ!」
「椎名さんが作ったチョコは運悪く見ることが出来なかったの、後は、柿崎さんのと比較して愛情のこもり具合かしら」
「その目は曇ってるぞ、眼科行くか眼鏡買ってこい」
「ふふふふ、そうかしら」
「ああ、そうなんだ」
「ええと……改めて、大河内さん、よろしくお願いいたしますわ」
「うん……いいけど、そんなに凄いのは作らないよ?」
「いえ、期待していますわ」
クラスでも肝が座っている部類に入る千雨と不気味な威圧感のある那波が睨み合ったことで委員長は早々に講師役をアキラのほうに求めて行ってしまった。
本当に肝が据わっているというか、非常事態には那波の年齢詐称疑惑すら口にして窮地を脱することが在り得るのだ長谷川千雨と言う女傑は……雪広にすればそれだけは避けたく。
「では、まずチョコを削って湯煎にかけます、湯煎と言うのは煮るのではなくボウルを使いますので、皆さん、一つずつボウルを手に取ってください」
マイペースに、四葉による手作りチョコの作り方口座は始まるのだった。
「やっほーー」
帰り道、突然に後から腕に掴みかかってきたのは、何時もの重たさだった。
それを感じながら……ふと、昨年と比べて当たるのが柔らかくなった等考えて……
「朱雀、今ちょっとだらしない顔した?」
「桜子ちゃんが抱きついてきたなら、誰でもこんな顔になるんじゃないですか?」
にこやかな笑顔に、にこやかに笑顔を返しながら返す。
それに、腕に抱きついたままの少女は大きく上を見上げ……
「ん〜……よし、これが私の分、来月のお返しよろしくね」
「はぁ、この後千雨ちゃんとアキラの分も貰える訳ですか?」
「それを言ったらつまらないよー、ただまぁ、去年と同じくらいには楽しみにしておくといいかも」
「それはそれは楽しみです……桜子ちゃん?」
ふと、腕に抱きつく少女の重たさが……何時もより重たく感じられて見つめてみる。
其処には、満面の笑みを浮かべる幼馴染が居て。
「……ねっ、朱雀……今年の……ん〜学園祭くらいのとき」
一瞬、二人が真剣な眼で見つめあう。
そして、少女はにっこりと笑い。
「告白しても良いかな?」
「……覚悟して受け止めますよ、その時は」
それを、軽く髪を梳きながら少年もまた受け入れる。
笑い合う、そう、二人とも笑みを浮かべ。
「ん〜でも、この後、帰り道を予測して頑張って張ってる女の子が二人居るの、私は何となーく見つけられたんだけど」
「ちゃんと受け止めますよ」
一瞬、クスクスと笑い合う……けど、それは一瞬だけで……
「千雨ちゃん、笑ってくれるかな」
「……こればかりは、その時になってみないと……」
「そっか、はい、王子様はちゃんと笑って二人からも受け取ってくること」
「かしこまりました」
笑って、少年は背を向ける。
ただ、その背中に。
「私もアキラと同じ、二人までなら我慢する……二人だけだからね、もう増やしちゃ駄目だよ」
背を押すのか、逆に引き寄せるのか……判断に困る後押しを受けながら……
番外編なので、本編と矛盾することがあるかもしれません(ぉ
と言うか普通にスランプに……
後、アルゼンチン壊滅チョコレートはナイトウィザードネタです
大地を侵食して地球の裏側にまで被害を及ぼす