89話
四日目の朝食の時間、3-Aは前日までと同じく大広間に集まっていた。新田による監視の目が無いせいで初日、二日目よりも姦しい様子だ。
本来は瀬流彦やしずなによる制止もあるのだろうが、昨晩の騒動の後始末に忙しいらしく、今は旅館にその姿は無く。
「皆さん、少しは静かになさってください」
その役目は3-Aの委員長一人に割り振られることとなる……結果としては焼け石に水の様子だが。
もっとも、中には普段よりも大人しいメンバーも居る。
主には昨晩の事件に参加したか巻き込まれた面々だ……楓やクーフェイ、春日等は昨晩の疲労が色濃く残っているのか大人しい様子で。
「まったく……あら、5班と6班はずいぶんと席が空いていますわね」
また、未だに朝食の場に姿を現さない者も居る。5班は眠たそうなクーフェイと、アホ毛の折れたハルナ、普段通りののどか等が居るが、班員の半数が欠けている様子で。
6班に至っては葉加瀬以外の班員が居ないと言う有様だ。
「アスナとブラックはまだ寝てるアルヨ」
「起こしても直ぐに寝直しちゃうから置いてきたよ、昨日はちゃんと寝たはずなんだけどねぇ」
「す、すいません、直ぐに起こしてきますので」
欠伸を噛み殺すクーフェイは事情を知っているため、激戦の疲労の上に寝不足が重なったためだと理解している。
石化を解除されて、記憶改竄を受けたのどかとハルナは何ら支障がある様子も無く、のどかが慌てて部屋へと走っていく。委員長も直ぐにその後を追っていったので無理矢理にでも叩き起こされるだろう。
「6班ですが、今朝になって桜咲さんが体調を崩されまして、瀬流彦先生に連絡して病院に行かれています。インフルエンザの疑いがあるらしく、他の班員も念のために病院に行かれました、私は予防接種をしていたから大丈夫ですが」
「……あぁ、そう言えばそうでしたわね、旅行先で病気になるなんて可哀想に……本当に、何てひどい事……」
一瞬考え込むと、6班の班員の不在の理由を自然と思い出して溜息をつく委員長、周りも今朝になって病気になった刹那を思い出して自然と同情的になる。
無論、実態は強制送還や暗躍、昨晩の後始末等に駆け回っている状態だが……また、この場合の自然とはとある魔女によって占拠された異界に等しい旅館の自然に相応しい代物だが……この状況においては特に問題にはされず。
「そう言えば、ネギ先生も居ないねー」
「ふむ……真名、起こしに行くでござるか」
「……そうだな」
「あ、ちょっと、それは委員長である私の仕事ですっ、待ちなさい」
5班の半数や6班の大半の他に、副担任も不在であることに気付いた生徒たちの中で、楓と龍宮が一瞬、千雨の方に視線を向けると、立ち上がってネギが眠る職員用の部屋へと向う。
それを見送っても未だ、長谷川千雨は我関せずを貫き通す。
昨晩、何か起こったことを察しており、また、幾度も裏に関らざるを得なかった千雨にすればだいたいの状況すら推測できるが……関らないのが一番と既に確信している。
「……千雨ちゃんも、お疲れ気味?」
それでも、長い付き合いの幼馴染には内実が伝わるようだ、隣に座っている桜子に少し心配そうに見られる千雨は、確かに朝から疲労感を覚えている。
朝からメディアの着せ替えにつき合わされたのだ、普通に着せ替えられるだけならばともかく、なまじ魔法関係の知識があるせいで魔法を使って一瞬で着衣を変えさせられてしまい全方向から写真を撮られる。
僅かな時間の間に数十着の着せ替えはそれなりの疲労感を与える……それでも無言に徹して食事を続けるのは、この後の面倒も察してるからで……
「…………はっ、まさか、ううん、そうなんだね千雨ちゃんっ♪」
急に、キラキラした瞳で千雨を見つめる桜子は望外の事を言い出した。
「朱雀と初体験?」
とりあえず桜子の襟首掴んで壁に押し付けたのは、まだ千雨にすれば穏やかなことだったろう。
それでも、クラス中の注目を集めてしまったのは発言も含めて仕方の無いことだろうが。
「お、ぉぉぉぉ、まえなぁぁあっ」
「ん? うわっ、ひょっとしてもっと凄いことまでしちゃったの!?」
興味津々と、瞳を輝かせて問いかける桜子にすれば、幼馴染が何かを隠してるのは明白で、それは自分には話せない様子だった。
だから聞いてみたのだが……効果は上々な様子で。
「おおっ、とうとう」「長谷川が一番ってのは分からないでもないけど」「……え、あれ、昨日のあの雄叫びとか雷……朱雀?」「え、そんなエフェクトまで出来るんだ」「ある意味記憶に残る初体験?」
「してねぇっつ、別にそんなことしてねぇからなっ!!」
「「「「どんなこと?」」」」
すっと、千雨の眼が据わる。
別段何をしたわけでもない、ただ携帯電話を取り出して。
「ごめん、千雨ちゃん、私、先に部屋に……戻るから」
それで迷わず桜子は頭を下げて逃げようとするが、襟首掴んだ千雨が離すはずも無く。
気付けばアキラは既に居ない。
「あぁぁ、私の防音クッションーー」
「朱雀……よし、今朝は通じたな、はっはっは、中庭で準備しろ、直ぐだ」
途端、吹き入れるのは不穏な威圧感……
それは、昨晩味わった代物と同じで……
「……えぇと、長谷川さん、あのですね」
「はっはっは、かなり強めってのを味わってみろ、桜子」
「やぁぁっ」
迷わず千雨は腕を振り下ろした。
「ちょっ、ちょっとま、ひぃぃぃぃっ」
再度、
修学旅行の日程では、初日はクラス単位での京都観光、二日目に班行動での奈良観光、三日目は完全自由行動日、そして四日目は班行動での京都観光となっていた。
とは言え、幼馴染の京都アレルギーが相当なもののため、それも見越して女子1班は四日目は県外にエスケープする予定だったのだが……
「悪いねー急に予定変更お願いしちゃって」
「いいよー♪ 私も興味あるし」
4班と行動を共にする事になったため、またもや予定は変更されることとなった。
怖ろしい事に、男子女子の1班においては修学旅行の二日目以降は、元の予定スケジュールを一切敢行せずに突発的に行き先を決めるという事態になっている。
……それはそれで楽しめているのだから問題は無いのだろうが。
結果として、食事の場所が用意できる、二人きりになりやすい、スポンサーの趣味が満たせる等の理由で、彼女たちは今、京都のシネマ村へと来ていた。
ホテル嵐山からも程近く、イベントもあり、コスプレも出来ると利点が多かったためだ。
唯一、問題があるとすれば京都と言う点で不機嫌になりがちな男子が一人居ることだろうが。
「朱雀、良かったのか?」
「えぇ……昨日の騒動で忙しくて、こちらに干渉する暇も無いでしょうから」
昨晩、いろいろな不愉快の種を排除できた朱雀にすれば、大元を断てた為に構わない様子だ。
そんな訳で、女子中等部の1班と4班、6班生き残りの葉加瀬、男子中等部の1班は揃い踏みでシネマ村を訪れ。
「お昼はホテルに色々揃えさせておくわね」
当然のように、メディアとディルムッド、セクストゥムも同行している。
実を言えばラブ臭を感じ取ったらしい早乙女等もなんとかついて行きたそうにしていたのだが、班員の半数が体調が悪そうだったこともあり、午前中はホテルで安静にする事にしたようだ。
木乃香も調子を崩した様子だったため、5班と行動を共にする事になっている。
尚、昨晩の件に巻き込まれたものは、4班にも居るのだが。
「良い天気だけど……ちょっと陽が強いかしら」
「日傘でございます」
4班の班員で昨晩の事件に望まずして巻き込まれた筆頭である春日は、メディアの呟きに即座に日傘を差すことで応える。
正直、目の下には隈が残り寝不足の感は否めないが、旅館には子供先生一行が居り、下手にメディアから離れれば雑用として魔法教師に捕まるのは必至である。
ならば、無理を押してでも彼女の傍に居たほうが平和だと言う判断の下、メディアの身の回りの雑用を率先して引き受け。
「私は適当な甘味処に入ってるよ……ちょっと朝食だけでは足らなかった」
昨晩の事件で最も大きな怪我を負った龍宮は、怪我や疲労はまったく感じないものの、多少の倦怠感と空腹感を感じてエネルギーの補給に徹する事にした、半身の再生と言う怪我を考えれば破格の対価と言えるだろうが……
「さて、それでは……」
「仮装するよーーー♪」
「「「「「「おおおおーーーっ♪」」」」」」「おぎっ」「やはぎっ」
その他の面々は、我先にと更衣所へと走っていった。
残されるのは、まさか女子の更衣所へ入るわけにはいかない男子1班とディルムッドだ……もっとも。
「いやぁ、早かったですねぇ」
「間違ってますかね」
「いえ、過程がどうあれ最終的には同じ結果になってたと思うんで問題ないと思うんですが」
男子1班の足元には早々から脱落が確定した青いのと金色のが転がっている。
女子たちが更衣所へ走っていったのと同時に跳び上がったので迷わず鎮圧されたのだ。
それを割り切って眺める新田と神上は、直ぐに我関せずと視線を逸らし。
「さてと、私達も適当に着替えますか……」
「ですね、まぁ……その前に、また一人脱落しそうですが」
「ま、待て、俺は変なことなんて考えてないぞ、この状況で覗きなんて命知らずな真似考えるシスコンやピアスと一緒に扱われるのは心外だ」
「いえ、そうではなく……」
新田の視線の先、其処には……自分達同様修学旅行生であろう数人の男子が一人の女子を取り囲んであまり良くない雰囲気を醸し出しており。
「ありゃまずいな、ちょっと行って来る」
一級フラグ建築士の異名を持つ男は迷わず其処に向かって走っていった。
それを見送った朱雀と新田は見慣れた光景に肩を竦める。
無論、女子に何かありそうなら迷わず助けるつもりだが、強度のスタンガンでも使ってるのか、神上を除き感電して倒れ付す男子達を見ていればその気も失せ。
「僕たちも仮装しますか……」
「ディルムッドに似合うのがあると良いんですが」
「はぁ、和装と言うのは……あまりした事が無いのですが」
とりあえず、着替えのために更衣所へと向う事にした。
スランプ気味
昔の作品でも書き直すか……オリジナルでも書いてみるかな
一応次回は薬味側の予定