第二話
「出来たぞ、これで曹操ちゃんに怒られずに済むのじゃ」
贈り物を考えるのに時間が掛かりすぎて、用意する時間が少なかったので焦ったが何とか間に合ったのじゃ。
やはり吾と言えば現代知識じゃろ、異論は認めんのじゃ!
ギャルゲーじゃろ、ラノベじゃろ、二次小説じゃろ…どれもほとんど役に立たないのじゃ、とか思ったのは間違いじゃった。
ある時ピンときたんじゃ。
あまり特別なものじゃなくともこの時代ならいいのじゃと。
「という訳でこれをどうぞなのじゃ」
「何がという訳なのかは分からないけど早速見せてもらうわね」
「うむ」
「…袁術、これは何かしら?」
「うむ、説明がないと何か分からんじゃろ、吾が作ったのじゃから」
「へぇ、袁術がこれ作ったの。で、これはどうすればいいのかしら?」
「説明書をどうぞ、なのじゃ」
漢文が読める曹操ちゃんならこれで問題ないじゃろう。
「将棋、ねぇ。よく出来た遊戯ね…戦争を盤上でやろうという訳ね」
そう、吾が曹操ちゃんへの贈り物に選んだのは将棋じゃ。
この時代にはまだ将棋はない、囲碁はあるんじゃがな。
「これを一緒にやろうと思っての」
これでもそこそこ強いほうじゃ、ネットでよく対局しとったからの〜。
ただ覇王曹操に初戦から負けた、なんて事になったらさすがに立ち直れんぞ、吾。
「い、いいわよ。そ、その勝負受けて立つわ」
どうしたんじゃろ?なんか狼狽えてるっぽいのじゃ、しかも目を合わせてもらえないのじゃ…もしかして気に入らなかったのじゃろうか。
「な、何落ち込んでんのよ。ほら、やるわよ」
むむ、案外楽しみにしてくれてるっぽいのじゃ、よし気合入れてやるのじゃ。
「貴方が考えた遊戯なんだから貴方が有利なのはわかるけど、それを差し引いても強いわね」
「そういう曹操ちゃんこそいきなり囲いを作るとは思わなかったのじゃ」
本当の天才が目の前に居る。
吾は所詮経験による強さじゃが曹操ちゃんのそれは明らかに天性による強さじゃ。
しかも説明書に書いていない囲い…矢倉囲いを作り出した時には唖然としたのじゃ、これがしばらく経ってからやられたなら分かるがまさか初戦でやるとは…
「ま、貴方に崩されたけどね。まさか貴方に負ける日が来るとは思わなかったわ」
「人間は負けることによって成長するものじゃよ」
「…袁術らしくないわよ」
「ちょっと偉人ぽい事を言ってみたのじゃ」
「それにしても将棋って楽しいけど…」
「けど?」
「1局が長すぎるわね。昼から始めたはずなのにもう夕方じゃない」
おお、本当じゃな。
やっぱり曹操ちゃんへの贈り物はこれでよかったかの、楽しんでもらえたようじゃし。
本当は素人同士の対局にこれほど時間は掛からないのじゃが、さすがに曹操ちゃん相手に早打ちなんてしようとは思わないのじゃ。
「また対局するのじゃ」
「そうね、またやりましょう。今度こそ勝つわよ」
不敵に笑う曹操ちゃん、そこに痺れる憧れるぅじゃ。
「そうじゃ、今度この将棋を売ろうと思っとるから対戦相手には事欠かないようになると思うのじゃ」
「なるほど、私で試したのね。確かにこれなら売れるでしょうね」
「失礼じゃな、順番が逆なのじゃ。曹操ちゃんが気に入ってくれたから売るのじゃ。それなら曹操ちゃんの社交性の無さも——痛い!痛いのじゃー!」
「な・に・か・言ったかしら?」
「曹操ちゃんは人付き合いがめちゃくちゃいいのじゃ!まるで娼婦のように——ぎゃーーーー目が!目がぁぁぁ!」
「全く、人を何だと思ってるのかしら」
うぅ、目潰しは酷いのじゃ〜図らずしもム○カの名台詞を言ってしまった吾は悪くないのじゃ。
「もう帰るわね、これを貰っていいのよね」
「もちろん、曹操ちゃんの為に用意したんじゃからいらないなんて言われたら吾泣くぞ」
「はいはい、わかったからそれぐらいで涙目にならない」
「…曹操ちゃんが冷たい、これは街中に曹操ちゃんが百合百合だという真実を言いふらしてくれと言われているに違いないのじゃ」
「な、なんで知ってるのよ!」
「では吾も帰るとするかの〜」
「こら!待ちなさい!ってこんな時だけ逃げ足速すぎよ!」
やはりこの世界でも曹操ちゃんは百合百合なんじゃの〜見合う男が居なさそうじゃから仕方ないといえば仕方ないのかの。
しかし未来の覇王様は世継ぎが大変そうじゃな、正確には種馬じゃがな…む、他の男ならともかく
別の男ならまだしもアレはその名の通り種馬じゃからな…出来れば蜀ルートにしてくれんかのー蜀陣営はあまり好きじゃないのじゃ、ちょうど孫家を押さえ込めれるか吾が追い出されるかは分からんが戦略方針は蜀侵攻じゃからの〜蜂蜜的な意味で。
呉ルートだった場合は割と対処が簡単じゃから問題ないのじゃ、吾は孫策より偉くて『天』の使いなんぞ名乗りを上げた段階で首チョンパしてやれば孫家反乱フラグも折れるやもしれぬ…あえてここでは吾が殺される可能性はあげない、それをあげると死亡フラグっぽいじゃろ。
「なんか落ちとるの〜」
眼の前にはズタボロになった何かが落ちておる。
ま、人間なんじゃがな。
「大丈夫かの?吾の声が聞こえるかの?」
ぶっちゃけて言うとズタボロの人間なんて珍しくもないのじゃ、富の偏りというのは前世より酷いのは分かると思う。
吾も変えたいとは思わんでもないが吾はまだ一桁の年齢、何も出来ぬのじゃ。
それは置いといてじゃ、このズタボロどうしようかの〜吾の呼びかけに反応して呻き声は聞こえとるから生きてはいるようじゃ。
「さて、どうしたもんかの〜」
助けるのは簡単なんじゃが…助けた後はどうするという話になるのじゃ。
助けたなら助けた後も責任を持たないといかんじゃろうし…正直そこまでして助けたいとは思わぬ。
だからと言って見殺しにするのかと問われればするのじゃが、何やら吾の勘が訴えとるのじゃ、助けておけ、と。
そして吾は散々悩んだ上で出した結論は…助けるのじゃ。
「むう、しかし助けるにしてもじゃ」
この者は吾より大きい、つまり吾の筋力と体力で運べるのかという問題にぶち当たるのじゃ。
荷駄車でもあればいいのじゃがそんなものは都合よくあるわけもないのじゃ、ここは漢・袁術の力の見せ所じゃな。
「よいせ、ぐぅっ、なぜ吾にはこれほど筋肉がつかんのじゃろ…っ!」
お、重いのじゃ。
一応これでも訓練しとるんじゃがなぁ、身体能力では袁紹ざまぁにも負けるからの〜努力が嫌になるのじゃ。
ぐふ、余計な事考えておったら力抜けかけてしもうたわ。
もう一度気合を入れて背負う、幸い吾の家は近い…が今の吾で辿り着けるかどうかは甚だ疑問じゃが頑張るしかあるまい。
「うぅ…あぁ…」
「ほれ、しっかりせい。もうすぐ吾の家じゃ」
背中から呻き声が聞こえたので励まして前へ前へと進みやっと家の前までやってきたのじゃ。
「誰か!誰かある!」
「おかえりなさいま——なんですかその汚いものは?!」
確かに綺麗とはお世辞にも言えんがそれほどストレートに言うのもどうなんじゃろ。
「吾が拾った。とりあえず助けることにしたから手配を任せるのじゃ」
「しかし奥様に相談しませんと…」
「吾が責任をとる、そなたは吾に従えば良いのじゃ」
焦れったいのう、わざわざここまで運んできた吾の身にもなって欲しいものじゃ。
「御意」
一瞬吃驚したようだが次には丁寧に礼して行動に移す。
背負っていた者をひょいっと軽々と持ち上げて家の中に運んでいく…ちくせう、しっと団に入団してしまいそうじゃ。
「明日は筋肉痛じゃな、これは…いや、あやつの面倒も見ないかんのじゃから…死ぬぞ吾」
重たい身体を引きずって何とか吾の部屋に到着、なぜ自分の部屋に来たかというとじゃ。
「蜂蜜〜♪蜂蜜〜♪ハムッ、おお〜これは素晴らしい蜂蜜なのじゃ」
よし、これで筋肉痛も大丈夫じゃろ。
吾にとっての蜂蜜はエリクサーじゃな。
吾の身体は蜂蜜で出来ておる、多分その内固有結界も夢ではないじゃろ…蜂が無数に飛んでる風景が思い浮かんだんじゃが…何の役に立つかの?せめてスズメバチならともかくミツバチじゃあのぉ。
「さて、あの者の様子でも見に行くかの」
何処に居るかは分からんがこういう場合の対応は大体わかっておるから適当に探しておれば見つかるじゃろ。
「何処におるかの〜何処におるかの〜」
適当に客室をガチャガチャ開けて回る。
今日は特に客人がいるとは聞いて居らんから大丈夫じゃろ。
「お、発見なのじゃ。それでどうじゃ?医者は必要そうかの?」
「いえ、どうやら飢えていただけのようです、これなら食事と水を与えておけば直に元気になるでしょう」
「それは良かったのじゃ、さすがに医者が必要となると吾の小遣いでは足らぬかもしれんからの。よし、おぬしはもうよいぞ。吾が看病するからおぬしは食事の用意をするのじゃ」
「御意」
改めてズタボロの様子を…お、綺麗に拭われておるな。
女子じゃったんじゃな、それすらも分からぬほどの汚れじゃったからな。
おれ?こやつ、何処かで見たような…おお、張勲、張勲ではないか。
なるほど、何気に吾も直感スキルがあったんじゃな、褒めてたも褒めてたも!…心で言ってても虚しいだけじゃな。
「ん…」
何か言いたげじゃが生憎そこまで直感スキルのレベルは高くないのじゃ。
「今食事を用意させておるから…これでも食べて我慢——あひゃっ」
「もにゃもにゃもにゃ」
饅頭を持った手ごと食べられたのじゃ。
「そんなに慌てんでも食べさせてやるぞ…全く仕方のないやつじゃの。ほれ、これも——ひゃあっ」
また手ごと食べられたのじゃ。
「落ち着いたかの?」
「は…い」
「うむ、それは良かったのじゃ。さっきも言ったが食事は用意させておるが少し時間が掛かるのでの、少し休むといいのじゃ」
「あり…がとう…ございま…す」
「吾がそばに居るから安心して休むが良い」
「はい…」
すぐに寝息が聞こえてきた、よほど疲れておるようじゃな。
張勲か、原作でのバスガイドっぽさはないの。
もしかしてこれが起因であの張勲が出来たのじゃろうか?
吾は男じゃろうからあれほどべったりすることはないじゃろ、それに…下手したら家臣にならない可能性もあるの。
いや、よく考えたら吾は袁術であって袁術ではない。
つまり吾は…家臣が居らず吾独りで頑張らねばならぬ可能性があるのぉ。
ハァ、なんだか気が重くなってきたのじゃ。
吾が独りでやれることなんぞ限られとるからのぉ、二流の文武官なら袁家の人脈でも問題はないと思うが締める者が居らなければ不正だらけになるのは漢王朝が表しておる。
一流の文武官なんぞそう見つかるものでもないし…張勲も一流とは言わぬが原作では袁術への忠誠心だけは本物だったと思うのじゃ、ちょっと方向性がおかしかったがそこは許容範囲内じゃ。
そうなると原作通り+張勲なしだった場合…とっとと孫家に明け渡したほうがよさそうじゃな、吾は曹操ちゃんのお世話にでもなろうかの〜…案外良い計画のような気がしてきたのじゃ。
曹操ちゃんの家系なら袁家の吾が家臣になっても別に問題ないじゃろう。
よし、これからも好感度上げていくのじゃ。
独り…か、ちょっと寂しいのぉ。
友人なんて今のところ曹操ちゃんと孫堅。
曹操ちゃんは覇王になり、普通の友としていられる時間はもう多くはないじゃろう。
孫堅は多分近いうちに死ぬ、原作で何も語られていないから死因は分からないから防ぎようもないと詰まった状態じゃ。
名家袁家とはいいことばかりじゃないのう…いや、平和な今を過ごせておるだけで恵まれすぎておるのか。
「大…丈夫、です…か?」
「ん?なんじゃ目が覚めておったのか。大丈夫か聞くのは吾の方ぞ」
「私…は大丈夫…です。それ…より、深刻な…顔をして…た、ので」
「はは、けが人…いや病人?は気にするでない。先も言ったが吾は大丈夫じゃ」
「お食事をお届けに参りました、丁度昼食の頃合いかと思い一緒にお持ちしましたがよろしかったでしょうか?」
「うむ、構わんぞ。起きれるかの?」
まだ自分で身体を起こせるほどは回復してないようじゃな。
「うむむむ、お、おも…くないぞ!うん重くなんてないのじゃ」
女子に重いなど言うわけなかろう…ただ自分の力のなさの嘆きなのじゃ。
「ほれ、その身体じゃ食すにも不自由じゃろう、食べさせてやるぞ」
食事はお粥と梅干しじゃ、吾の分まで。
ちなみに梅干しは吾が作った、そんなに面倒なものではないからの。
その最初こそその酸っぱさから評判が悪かったのじゃがいつの間にか癖になり、保存食の1つとして今では家中では人気になっておる。
「この赤いのは梅干しと言っての、吾が作った凄く酸っぱい食べ物じゃからちょっとずつ食べるんじゃ。どうしても嫌じゃったら食べなくても良いぞ」
「は…ぃ」
「では…ふーふー…あ〜ん」
女子にあ〜んをするとは…これがリア充というやつかの!
冗談じゃがな、何処からどう見ても病人の介護以外なかろう。
「あむ…っ!!」
あ、顔がキュッとなったの、やはり初めて食べる時がネックじゃ。
だからと言ってこの酸っぱさが癖になる要素でもあるから難しいのじゃ。
「その様子ではちょっと辛いかの、代わりに何か用意するのじゃ」
何がいいかの…ん?袖が引っ張られたのじゃ。
「おいしい…ですよ」
「無理はせんでいいのじゃぞ?確か今朝仕入れた川魚がまだあったと——」
「おいし…いです、だから食べさせて…下さい」
「分かった、任せるのじゃ!」
今度は果肉を小さくして酸味を薄くするようにお粥に浸して口へ運ぶ、今度は普通に食べておった。
良かったのじゃ。
相当腹が減っておったようでアッと言う間に完食、一人分では足らなさそうじゃったのでこっそり吾の分も分けて食べさせて満足したようじゃ。
吾は後で蜂蜜でも食べるから問題ないのじゃ、後ろに控えておる使用人の視線さえ気にせねば。
「どうじゃ、腹は膨れたかの?次はどうする、話をするか、それとももう少し寝るか」
「話がしたいです」
先程よりしっかりした声じゃ、これなら話しても支障はないじゃろう。
「うむ、何を話すかの?」
<張勲>
身体は動かないですねーそれも仕方ないと言えば仕方ないですね5日も水以外口にしてませんし水もたまたま雨が降って飲めた程度、もう動く気力もないです。
人間いつか死にます、早いか遅いかだけの違いしかない。
おや、誰か声を掛けてくれたようですね。でも残念、何とか答えたつもりでしたが呻き声しか返せませんでした。
そのせいか分かりませんが何も反応がない、無視されたんですねきっと。この洛陽にこんな薄汚い人間を救うような奇特な持ち主はいないでしょう。
そう思ってました。
上半身を持ち上げられ、背負われた。
目もぼんやりしか見えないけど私を何処かに運んでくれているようです。
しかもぼんやりした視界で目に入るのは小さい背中、どう見ても子供でしょう…追い剥ぎでしょうか、でも肌触りから服はとても高価な物だと分かる。ならまさか私を助けてくれ様としているのでしょうか。
もう一度口を開き何とか喋ろうとした…のですが案の定呻き声にしかならない。
「ほれ、しっかりせい。もうすぐ吾の家じゃ」
今度ははっきり聞こえた。
どうやら私を助けてくれるみたいです。
こんな小さな子に救われるとは思っても見ませんでした。
救われるとしたら奴隷か娼婦としての扱き使われる運命だったでしょうけどこんな子供がそんな事を考えているとは考えづらく、そして思った通り使用人に担がれ降ろされたと思ったら丁寧に身体を拭かれ、幾分か綺麗になった私は客室だろう部屋に通され、寝かされた。
寝台に横たわった瞬間に、想像以上の柔らかさに驚いたがもちろん身体は満足に動かない。
私のような人間を寝かせるには勿体無い寝台だと分かる、どうやら助けられたようですねぇ。
少し待つと何やら話し声が聞こえてきた、目を動かし視界に入れると…綺麗な、どんな宝石よりも輝いてる可愛い女の子がそこにいた。
ああ、こんな子に救われたんですね。私はとても幸運だったようです。
お礼を言おうと口を開くがやはり呻き声しか出ない。
「今食事を用意させておるから…これでも食べて我慢——あひゃっ」
久しぶりの食べ物が目の前にあってつい可愛い女の子の手ごと食べちゃいました。
わざとじゃないですよ〜。
「そんなに慌てんでも食べさせてやるぞ…全く仕方のないやつじゃの。ほれ、これも——ひゃあっ」
またしちゃったでもでも決してわざとじゃないですよ〜…それにしても可愛いー鳴き声ですねー。
「落ち着いたかの?」
かすれた声で返事をすると少し休むように促されたのでとりあえず感謝の言葉を返して意識が薄れていく中で可愛い少女が側に来る気配を感じた。
「吾がそばに居るから安心して休むが良い」
「はい…」
半分寝ながらでしたが何とか返事を返した。
少女との出逢いが夢ではない事を祈りつつ意識はアッと言う間になくなり、眠りについた。
目が覚めた。
そして一番に確認したのはあの可愛らしい少女の行方、目を走らすとそこにいた。
よかった、夢じゃなかった。
ただしあの輝かんばかりに美しい愛らしい表情はなく、悲しそうで寂しそうな表情を浮かべている。
これは
「大…丈夫、です…か?」
いい時に声が出るようになった、さすが私。
「ん?なんじゃ目が覚めておったのか。大丈夫か聞くのは吾の方ぞ」
「私…は大丈夫…です。それ…より、深刻な…顔をして…た、ので」
優しいいい子です、悪い大人に騙されないか心配になります。
私は悪い大人じゃないです、悪い美少女です。異論は認めません。
「はは、けが人…いや病人?は気にするでない。先も言ったが吾は大丈夫じゃ」
明らかに無理している笑顔だけどなんだかキュンッとします、これが恋でしょうか…レズもありだと思います。
なんて思ってたら使用人の方が食事を持ってきた。空気読んで欲しいですねーおばさん。
ちょっ?!今私を見て鼻で笑いましたよ?!もしかして空気読んでの妨害ですか。
あの使用人侮れん。
身体が動かないので起こしてもらう…必死になってる幼女萌え、ただし重いという言葉は聞き捨てなりませんね。
「ほれ、その身体じゃ食すにも不自由じゃろう、食べさせてやるぞ」
吹き飛びました。
ええ、見事に色々吹き飛びましたよ。
こんな可愛い子にご飯を?!
「この赤いのは梅干しと言っての、吾が作った凄く酸っぱい食べ物じゃからちょっとずつ食べるんじゃ。どうしても嫌じゃったら食べなくても良いぞ」
…見た目毒っぽいんですが大丈夫ですよね?
まさか人体実験の為に連れてきたわけじゃないですよね?
いえ、私が間違ってました。
貴女のためなら毒も食べますよ。
「では…ふーふー…あ〜ん」
ぐはぁ…こ、これはなんという攻撃なんですか。
こ、こんなの私どうすればいいんですか!いえ、食べますけどね。
悶えたい身体を必死に抑え、差し出されている匙を咥える。
ああ、幸せ…なんて思ってたらバチが当たったんでしょうか、物凄い酸っぱさが私を襲う。
つい口を窄めてしまいました。
「その様子ではちょっと辛いかの、代わりに何か用意するのじゃ」
ちょっと残念そうな表情がこれまた何とも…ってそんな事言ってる場合じゃありませんね。
この子の表情を曇らしたままいいわけない。
「おいしい…ですよ」
分かってるんです、無理があるって…でも女にも頑張らなくちゃいけない時があるんです。
「無理はせんでいいのじゃぞ?確か今朝仕入れた川魚がまだあったと——」
「おいし…いですよ、だから食べさせて…下さい」
少しの間少女と見つめ合い、少女は頷いた。
「分かった、任せるのじゃ!」
心の中でホッと安堵する。
確かに酸っぱいが傷んだ物の酸っぱさとは違うので慣れれば食べれなくはないでしょう。
今度は少女がその赤い物を潰したり浸したり色々してから食べさせてくれました、最初の一口は強烈でしたけど次の一口は食べやすく、酸っぱさの中に塩っぱさがあって良い感じでした。
「どうじゃ、腹は膨れたかの?次はどうする、話をするか、それとももう少し寝るか」
「話がしたいです」
さて、ここからが勝負です。
頑張れ私、負けるな私。
「うむ、何を話すかの?」
「助けてもらったお礼をしたいのですが…」
そう言った瞬間後ろに控えている使用人さんの目が鋭くなった気がします、何気に怖いです。
「む、そうは言ってもおぬしは何も無いから倒れておったんではないのか?」
「ええ、もちろんそうですよ。でもたった一つだけ残ったものがあるんですよ。私の命というものが」
少女が何かを考えるように眉間に皺が寄る…せっかくの可愛い顔が、とも思ったんですけどこれもありですねぇ。
「それは吾の家に、と言うことかの?それじゃったら口利きぐらいはしてやるぞ。これでも吾の家は贔屓目なしに名門じゃからな。それぐらいは朝飯前なのじゃ」
わざと言ってるんでしょうか、私の意図は伝わってると思うんですけど。
「いえいえ、私はお嬢様に仕えたいんですよぉ」
「しかしじゃな、吾はまだ成人の儀を迎えておらんからの、仕えると言われてものぉ…今吾に仕えたとしても結局俸禄を出すのは家からになるのじゃから形はともかく実質的には家に仕えるのと変わらぬ…困ったのう」
むう、見た目無邪気で我儘そうな外見とは違ってお嬢様は随分しっかりしてるみたいですねぇ。
これでは私の
「お話の途中失礼します、どうもお忘れのようなので例の物の収入で何とかなるかと存じます」
よく分かりませんけど何か使用人さんがいいこと言ってる気がします。
「おお、将棋のか、そういえばあれの利益は家と折半じゃったな。そうかそうか、ところでおぬし名はなんと申す」
「あ、これは失礼しました。姓は張、名は勲といいます。そして真名は七乃、私の真名を預かって下さい」
言っちゃった。
真名を初めて預ける事が出来る人に会えた、苦節11年…やっとやっと…と言っても11年=実年齢なんで実際は5年程度ですけどね。
「初めて真名を預かったのじゃ、これは責任重大じゃな。では七乃。そなたは吾のものじゃ、これから先吾に命を捧げよ」
「はい!」
やりました、やりましたよ私!
思った以上にしっかりしたお嬢様で焦りましたがこれで
「そういえば自己紹介がまだじゃったな、吾は姓は袁、名は術、真名は…未成年故母上から許可がいるから少し待ってもらえるかの」
「はい、わかりm…ゑ?」
「ん?」
あれ?今私の耳には袁って聞こえたんですけど…気のせいですよね?まさか四世三公のあの汝南袁氏ではないですよね。
「あのぉ失礼ですが袁術様のご実家は…」
「豫州汝南郡じゃな、恐らく七乃が思っておる袁家じゃよ。崇めてもよいぞ」
「袁術様ロリコン様幼女様」
「…ハーッハッハッハもっと褒めてたも褒めてたも」
あれ、何か袁術様が「やはりここは原作通り…」って呟いたような…気のせいでしょうか?
「さて、今から重大な事を告げなくてはならんのじゃ」
なんでしょうか、こんな可愛い女の子が袁家だったという事以上のものなんて無いと思うんですけど。
「実はの…吾は」
ゴクリ。
「男の娘なんじゃ」
な〜んだ、そんな事ですか…
………
……
…
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
「え、嘘…ホント?!」
「いや、なぜ使用人のおぬしが驚いておるんじゃ?!」
使用人さんの気持ちは分からなくもない、だって———
「「こんな可愛い子が男なわけがない!」」
ああ、さっきまで仲良くできないだろうなぁと思ってた使用人さんが近く感じますね。
「是非確認を——」
「却下じゃ」
案外お嬢様はケチでした。
あ、坊ちゃまなんて呼びませんよ?私にとってお嬢様はお嬢様ですから。