第三話
色々あったが
最初は袁家に預けて吾は関わらないようにすることも考えたのじゃ。
原作の袁術と一緒にいる張勲はある意味幸せそうじゃった、依存していたようにも感じるが絆があったのは間違いないと思うのじゃ。
吾もあんな『関係』が出来ればと思わなくもなかったのじゃが、すぐに無理だと切って捨てたのじゃ。
だって…
「お嬢様お嬢様〜結婚しましょう!妾でも…妾でも…妾…正妻コロス…妾でもいいですから!」
うん、大体予想はしとったぞ。というかヤンデレっぽくてなってないかの?
しかもまだ真名を許してないからって『お嬢様』と吾を呼んでいる。
まだ性別を確認してないからかと思ったんじゃが違うようでどうやら男の娘はお嬢様に分類されるらしいのじゃ。
更に先日の使用人も吾の事をお嬢様呼ばわりである。
そしてびっくりすることがあったのじゃ。
その使用人が何と姓は紀、名は霊、つまり使用人をしている彼女こそ『あの』紀霊なのじゃ。
恋姫系の袁術ルートなんかでよく出てくる紀霊がまさか使用人とは…なるほど七乃を軽々持ち上げたのは必然というものかの。
しかも何を気に入ったのか外までは付いてこんが家の中では常に後ろに控えておる、これが巷に聞くストーカーかの?…この時代にストーカーなどという言葉はないが気にするでない。
最近は外へ出る時は必ず七乃が付いてくるようになったのじゃ、まぁ吾の部下一号じゃから嬉しくないといえば嘘になるがヤンデレは勘弁して欲しいのじゃ。
今から調教…躾れば大丈夫じゃろうか。
「という訳で一週間前から吾の配下となった張勲じゃ」
「張勲です〜よろしくお願いしますねぇ」
「…袁術、貴方正気?」
何気に酷い言い様じゃぞ曹操ちゃん。
「当然じゃ吾の見る目はモグラ並じゃ」
「「?」」
くっ、ボケたのにツッコまれないのじゃ。これが現代と現実の差というのか。
一応説明しておくがモグラには目があるがその実、退化してほとんど目が見えんのじゃ。
後豆知識じゃが処女膜があるのは人間とモグラだけなんて言う話があるが実は処女膜を持つ動物は割と多くおるぞ。イルカやゾウ、猫、猿などがそうじゃ。
「ま、どうせ会話の流れからして見る目があるって意味ならそんな面倒な喩えを出さないでしょうから自分は見る目がないって惚けたんでしょうけど」
「おお、まさしくその通りなのじゃさすが曹操ちゃんは鋭いのじゃ」
「本当に凄いですねぇ。よ、さすがは宦官の孫娘!」
おおぅ、今気温がマイナスになったぞ。
さすがは張勲、問答無用で相手の触れて欲しくないところを突付く!そこに憧れもせんし痺れもせんがな。
「へぇ〜貴女、いい度胸してるわね」
「褒めても何もでませんよぉ〜」
「七乃、少し黙っておれ」
「はぃ…」
暫くの間ギスギスした空気が辺りを覆っておるのじゃ、実際近くにはまるで結界でも張られているように人の空洞ができておる。
一分一秒がこれほど長いと感じたことは母上の大事にしておった花瓶を割った時以来じゃろうか。
「ハァ、まったく。この主人にしてこの従者とは…お似合いの二人よ」
凍りついた空気を溶かしてくれたのは張本人である曹操ちゃんじゃ、本当に助かったのじゃ。
「それはどう——」
「お嬢様お嬢様私達お似合いなんですって、これは結婚するしかないですね!」
「吾の言葉を遮るとはいい覚悟じゃな張勲」
「それにしても私って袁家とそんなに相性が悪いのかしらね」
「その言い方から察するに袁紹とも会うたのか?」
ここに来てようやくか、その口ぶりからするとあまりいい印象は持たなかったようじゃの。
「ええ、この前会ったわ。それにしても貴方がマシだと思う日が来るとは思いもしなかったけどね」
苦笑してそういう曹操ちゃん…吾はどの程度の評価をされているのか一度話し合ってみる必要がある気がするのじゃ。
それにしてもやっとあったか、このままスルーして終わりかと思っておったぞ。
「袁術が気にしてた理由が分からなくもないわね。本人がお馬鹿なのはちょっとあれだけど確かに悪い人間ではないのは分かる、けど周りがあれじゃあね」
「そう言わんと付き合ってたもれ、あやつには吾の言葉はほとんど届かぬのじゃ」
「…いつもの謀略で何とかすればいいじゃない」
「と言うておるぞ七乃」
「そうですねぇ、出来無いことはないですけど…それだと金魚の糞さん達は半分は死んでもらうことになると思いますよー」
概ねそんな感じじゃな、後袁家にも飛び火しそうじゃがそこは敢えて言わぬ。
「もうちょっと穏便にできないの?」
「吾はそれほど謀略が得意ってわけではないぞ、好きじゃが下手の横好きというやつじゃ」
「よ、さすが袁家の次期当主!腹黒!鬼畜に外道が掛け合わさった鬼外道!」
「ハーッハッハッハ、もっと褒めてたも」
「貴方の将来も不安になってきたわね」
ため息一つもらして呆れたと言わんばかりに頭を横に振る曹操ちゃん。
「なんじゃ曹操ちゃんは吾の事を心配してくれるのかの?」
「そ、そんなんじゃないわよ!私がとばっちりがないか心配なだけよ!」
ツンデレ乙なのじゃ…口には出さんぞ?死神の鎌が吾の首に振られるなんぞ勘弁して欲しいからの。
「でも張勲を傘下に加えたのは何となく分かったわ。確かに貴方に相応しい相棒でしょうね」
「そうじゃろ、曹操に夏侯あれば吾に張勲あり、じゃ」
「それは言いすぎよ」
ふふふ、そんな事言っておるがよいのかのぉ。
「王手じゃ」
「くっ、話して気を散らそうなんて狡い真似を」
「勝てば漢軍負ければ賊軍なのじゃ」
漢字を変えただけで意味がそのままとはうまい事言ったじゃろ。
「さすがお嬢様、みみっちい事に関しては大陸一!」
「ハーッハッハッハ、もっと褒めるのじゃー」
とお約束をすませる。
それにしても何気にまだ将棋では吾が勝てておるのが不思議でならん。
どうも曹操ちゃんは若干短気なところがあっての、どっしり構えて打っておれば焦れてきて好きが生まれ勝機が見出しやすいのじゃ。
もっともそれでもさすがは『曹操』粘るに粘られ吾が押しきれずに負けることも多々あるが今回のように勝つことも多々ある、つまりいい勝負をしておるのじゃ…吾ってこんなに強かったかのう?
「曹操ちゃん、短気は損気じゃ」
「自覚はしてるわ。けど、それでも負けない力を手に入れてみせる」
さすが覇王、眩しくて吾の目が潰れてしまいそうじゃ。モグラだけに目は弱いのじゃ。
いったいその自信は何処から湧いてくるんじゃろ…まぁそれはともかく。
「とは言え、今吾に負けておるではないか」
「むぐっ」
もっともこれにも理由があるじゃろうがな。
この
しかしまだ子供と言っていい年齢じゃ、遊ぶ時があってもよかろう。
そんなに勉強ばかりしておるから短気になるんじゃ。
吾ぐらい心の余裕を持てば良いのじゃ、『曹操』には恋姫上で死亡フラグなんぞありはせんのじゃから…と言ってもそれは仕方ないの、前世の記憶なんぞ持つのは吾ぐらいのものじゃろうし。
「あら、そこにいるのはおチビさん二人組と下僕ではありませんか」
「吾は別に文句はないがさすがに曹操ちゃんはチッパイ——痛いのじゃ〜〜」
「貴方達はどうやら私に喧嘩を売りたいみたいね、買ってあげるわよ」
「私はお嬢様の
そんなものにした覚えはないのじゃ!
おのれ袁紹ざまぁめ、おぬしのせいでカオスってしまったではないか。
「ガクガクブルブル」
そんなに怯えるなら最初から言わねばよいじゃろうに自分から地雷を踏みおって。
吾か?吾は慣れておるから大丈夫じゃ、伊達に長い間曹操ちゃんをからかって遊んでおらん…肉体言語で返ってくるがの、今のようにいいいいい!
「また変なこと考えてたわね?全く、確かに袁術は謀略には向いてないわ」
「む、むう。と、ところで袁紹。なぜまたこんな所に来たんじゃ?」
今いるのは洛陽の城壁の片隅、つまり袁紹ざまぁが来るような場所ではないのじゃから何か用があるんじゃろ。
ちなみに心の中では袁紹ざまぁなのじゃが現実では呼び捨てじゃ、同じ家に住む者同士に遠慮なんぞ無用なのじゃ…ただ付けたくなかっただけじゃったりするが。
「曹操さんが気に入っているという将棋というものを見に来たんですわ」
「あら、それならこれがそうよ」
なるほど、曹操ちゃんの事が気になっているわけじゃな。
確かに原作では仲が良かったように見えなくもないのじゃ、馬鹿にはしておったがの。
そういえば二人とも原作では百合百合なんじゃよな、もしかしてるいは智を…じゃなくて類は友を呼ぶというやつかの?
群雄割拠に入る前の今ぐらいは仲を取り持ってやるかの。
「ならばホレ、そちらに座るが良いぞ。吾が相手してしんぜよう」
ちょっとムッとした表情になったのじゃ、分かっておるからそんな顔で吾を睨むでない。
「曹操ちゃんは袁紹にアドバ…助言をしてやって欲しいの、何せ素人の上に袁紹じゃからの」
「…ハァ、仕方ないわね」
「オーホッホッホ、私を指導できる事を光栄に思いなさい」
「辞めていいかしら」
「まあまあ、今日はいい天気なのじゃからそれぐらいでカリカリせずゆっくりするのじゃ」
「どの辺が天気と関係するのよ」
ぶつくさいいながらも袁紹にルールを教えていく様を見ると案外いい教師になるかもしれんの〜…いや、どう考えても才能ある生徒を贔屓するのは目に見えとるから向いてはおらんか。
ある程度飲み込めたようなのでデュエルなのじゃ!
細々した話はせんが…あまりにも弱いのじゃ。
「なんで勝てませんの?!」
「曹操ちゃんの言う事をもう少し吟味すれば良かろうに中途半端に採用するからそうなるのじゃ」
そういえば正史では優柔不断な対応で曹操ちゃんに負けたんじゃったな。
仮にも曹操ちゃんを参謀としてつけてこれは…ないのぉ。
面白いぐらい誘いに乗ってくれるので戦い易すぎるぞ。
「面白くありませんわ!田豊さんや沮授さんが薦めてくるのでどんな面白いものかと期待してましたのに!」
「ふむ、それは吾とやったから面白くないのじゃ…そうじゃな、逢紀辺りとやってみるといいと思うぞ。家に帰ったらおぬし用に準備しておくから…の?」
逢紀なら接待ゴルフならぬ接待将棋を上手いことやってくれるじゃろ、あの権力に臆病な奴じゃからな。
吾と会った時なんぞ最初から顔が青かったからの〜吾何もしておらんのに。
「…分かりましたわ、おチビさんがそこまで言うなら続けても良くってよ、オーホッホッホッホ…もちろん曹操さんも一緒ですわよ」
「え、私も一緒なの」
そこは分かって欲しいところじゃぞ、曹操ちゃん。
袁紹ざまぁはおぬしと仲良くなりたくてここまで追いかけてきたのじゃよ、それぐらい機微は察して欲しいのじゃ…
「そういえば逢紀や許攸はどうしたのじゃ?あの
「あのお二人は勉学に励んでますの、最近仲良くなった顔良さんと文醜さんに勉学を教えているとか何とか言ってましたわ」
二枚看板キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!なのじゃ。
やっときてくれたか、しかもクズ共を散らそうと画策しているようじゃのう、あの二人があの二人に勉強を教える?ありえんじゃろ。
これはこっそり支援すればひょっとするとひょっとするかもしれんな。
吾が躾けたかったが袁紹ざまぁはもう手遅れじゃろう…というか吾の話、聞かんしのぉ。
久しぶりに言うことを聞いたのはさっきの将棋の話より前になるともう何時の事か思い出せんぐらい前の話じゃからなぁ…昔は仲よかったのにの〜やっぱり寂しいのじゃ。
「そうかそうか、それは大変じゃのう。その間曹操ちゃんと遊んではどうじゃ?」
「ちょっと袁じゅ——」
「あら曹操さん、そんなに私と遊んで欲しいんですの?仕方ありませんわね、ほら参りますわよ」
「いやちょっと——袁術!後で覚えてらっしゃい!!!」
曹操ちゃんの怨嗟の声が聞こえたが華麗にスルーじゃ。
正直もうちょっと遊びたかったがの。
「どうじゃ七乃、おぬしも一局」
「お相手させて頂きます!」
七乃の打ち方は吾とよく似ておるが
ひょっとすれば曹操ちゃんともそれなりにいい勝負するかもしれん。
まぁ吾と同じような打ち方をすると言うことは吾に勝つ見込みはほとんどないのじゃが、そんな絶望的な戦いすらも嬉々として挑んできる七乃は多分吾と遊ぶことが楽しいのじゃろう。
そして後日曹操ちゃんに財布が空になるまで食事を奢らされたのじゃ、おのれ貧乳——ぐおおおおぉぉぉぉ頭が割れるのじゃ〜〜!
前世の頃の事を思い出した。
吾は前世では色々な動物を飼っておって、大変可愛がっておった。
そしてふと見ると猫や犬がだらけて寝ておる姿を見て思ったのじゃ、ああ、こいつら野生を忘れとるの〜と。
突然なぜこんな話を始めたかというと——
「待てええええええぇぇぇぇぇぇ袁術ーーーーーーー!ガルルルルゥゥ!」
夏侯惇、吾は惇ちゃんと呼んどる…は人間なのに野生を忘れんの〜。
ちなみに惇ちゃんは
何、今までのは簡単な逃避行じゃ。
久しぶりに曹操ちゃん+夏侯姉妹と食事する事になっての、それでうっかり惇ちゃんの好物を取ってしまったのじゃからさあ大変、リアル鬼ごっこの始まりじゃ。
頑張って走って逃げておるのじゃが惇ちゃんはさすがにしぶといの。
「七乃、もっと気合入れて走るのじゃ〜!」
「これ以上は無理ですよー」
もっとも走っておるのは七乃じゃがの、吾は脇に抱えられておるだけじゃ。
さすがは吾の忠臣、その忠誠百万の金に値するぞ。
「ならば惇ちゃんに打ち勝ってみせるのじゃ」
「もっと無理ーー」
そりゃそうじゃろうな、七乃は決して武の才能が豊かとはいえん…吾よりずっとずっと強いがの、言っておくが全然悔しくないぞ?悔しくないからの?!
それにしてもたまたま食べてしまっただけじゃのにあれほど怒らなくてもいいと思うぞ。
「毎度毎度私の好物を食べおってーーーー!」
そんな事あったかのぅ、記憶にないのじゃが…というか惇ちゃんがよく覚えておったな、さすが食べ物の怨みは怖いとはよく言ったものじゃ。
それにしても惇ちゃんの胸がボインボイン揺れておるが…痛くないのじゃろうか?本人に聞いたら「慣れだ!」とか返ってきそうで怖いのじゃ。
「よし、惇ちゃん!司法取引といこうではないか」
「そんな意味の分からん取引は認めん!」
おおう、さすが惇ちゃんじゃバッサリじゃな。
このままいけば吾等もバッサリじゃ。
大体この時代に司法なんてないから惇ちゃんじゃなくても分からんじゃろうけど。
「肉まんを奢るから許してたも」
「む…駄目だ、やはり許せぬ!」
「惇ちゃん…許してたも?」
「う…うぅ…これでは私がいじめてるみたいではないか…分かった、肉まん20個で許してやる」
ちょ、それはボリ過ぎじゃぞ。
いくら最近将棋の棋譜を販売して儲けておるというても小遣いを無くされ蜂蜜代を自腹になったので懐事情は改善しておらんのじゃ。
何より先日の曹操ちゃんへの奢りがキツイのじゃ。
棋譜は吾と曹操ちゃんの物がほとんどで売れ行きは上々、ただ曹操ちゃんに売上の2割を渡すことになっておる。
「む、むう。仕方ないのぉ、では買いに行くかの」
全く、惇ちゃんの初登場がまさか吾を追いかけているところだとは思いもせんかったぞ。
「惇ちゃん惇ちゃん、曹操ちゃんと淵ちゃんを放置しておるが構わんのか?」
淵ちゃんがおるから大丈夫じゃとは思うがこの猪が居らねば猪とはいえ困る事もあるじゃろう、なにせ曹操ちゃんの大剣じゃからな。
「む、確かに早く合流すべきか」
「肉まんは張勲に任せて先に合流するかの、ほれ」
「?なんだ?」
「吾は疲れたのじゃ、惇ちゃん、運んでたもれ?」
「…袁術、私を馬鹿にしているだろ?そうなんだな?」
何を言っておるのじゃこの猪は。
「七乃は肉まんを買ってくるのじゃ、七乃も食べたければ買ってきていいぞ、さぁ背負ってたも」
「…お前なんてこれで十分だ!」
「にょあ?!」
まるで猫のよう首の裏の襟を掴まえ、軽々持ち上げられ足が宙に浮いたのじゃ。
おのれ、この力の10%でいいから分けて欲しいものじゃ。
「ではお嬢様をお願いしますねぇ」
七乃はそう言い残し肉まんの注文に行く。
「私達も行くぞ」
「うむ、良きに計らえ」
「…」
何だかんだ言って頼みごとを聞いてくれる惇ちゃん萌えぇなのじゃ、脳が筋肉で出来ておるがなかなかの姉御肌で吾の願いもほとんど聞いてくれておるしの。
さすが猪じゃ、速いのじゃ速いのじゃ〜…そのかわりぶら下げられておる揺れる吾は酔うのじゃぁ〜。
「やっと帰ってきたわね。袁術、貴方にお客さんよ」
「うっぷ、軽く酔ったのじゃ…むぅ、こんな時に来る客なんぞろくでもないやつじゃの」
「それは酷い言われようね」
「おお、孫堅ではないか。久しいのぉ」
話に出て来てないだけで割と頻繁に会っておるが、ここ最近とんと見なくなって気にはなっておった。
「最近賊が多くってな。なかなか治安が安定せんのだよ」
「まぁ当然じゃな、こんな無茶な政治をしておって民が耐えれるわけもなかろう」
「貴方は相変わらず怖いもの知らずね」
「全くだ」
「???」
惇ちゃんが意味不明状態のようじゃが…淵ちゃんに視線を向けると頷いて答えてくれる、さすがは淵ちゃん。
「吾は正直者じゃからな、そもそもその方等も分かっておろう」
曹操ちゃんは頭が良くてしかも宦官の孫娘という立場から腐った漢王朝の実態が分かっておろうし、孫堅は
「普通は分かってても言わないものよ」
「おぬしが普通…じゃと」
「最近思うんだけど実は袁術って私の事嫌いなんでしょ」
「ぬぁにぃぃぃぃ!」
「姉者落ち着いて、今は客人の前だ」
惇ちゃんは予想通り吾に向かって襲いかかろうとし、淵ちゃんも予想通り惇ちゃんを羽交い絞めして抑えておるが…
「そんなわけないのじゃ、成人したら曹操ちゃんに真名を預けるつもりでおるぞ」
そう言った瞬間に曹操ちゃんの顔が一気に赤くなったのじゃ…まぁ真名を預けるというのは異性の場合のほとんどはプロポーズを兼ねておるからのぉ。
「へ〜お嬢ちゃんは曹操嬢みたいなのが好みなのか…そりゃ私には興味がないはずだ」
孫堅が曹操ちゃんを下から上まで見やり、何かに納得したように二度頷く。
いや、元々曹操ちゃんをからかう為にもったいぶった言い方しただけなんじゃが…と言うか孫堅、おぬしは三児の母じゃろうがもう少し考えて発言せい…見た目は20歳後半ぐらいにしか見えんけども。
「貴女…孫堅とか言ったかしら、貴女も私に喧嘩を売りたいのかしら?」
さっきまでの吾に対しての凍てつく空気よりも底冷えする空気へと変化したのじゃ…ガクガクブルブル。
「冗談よ冗談、お嬢ちゃんもそもそもそんなつもりで真名を預けるつもりじゃないだろ?」
「ん?どういうことじゃ?」
ここは敢えてスルーするのじゃ。
「そ、そんな事分かってるわよ!…袁術、後で覚えてらっしゃい」
吾は鶏より記憶力無い自信があるぞ!…自分に都合がわるいことだけは、の。
「それで孫堅、吾に何のようじゃ?」
「いやなに、お嬢ちゃんの母上を紹介してもらおうと思ってな」
「ふむ」
このタイミングで母上への仲介か…袁家との繋がりを持ちたいならばもっと早く言ってくるようなものじゃ、しかし孫堅はどうやら吾はともかく袁家にはあまり近づきたくないような雰囲気じゃった。
ならばどうして今更、という事になるが今までの話から推測すると…なるほど。
「活躍しすぎたのじゃな、目的は保護か昇進という名の逃亡がお望みか」
「ご明察、さすがお嬢ちゃんだ」
また袁術被りし損ねたのじゃ、このような対応では袁術ではないのじゃ。
もう面倒になってきたのぉ…でも吾が生き残る上ではマスターしておかぬと
「確かに朱儁ばあちゃんが後ろ盾になっておっても所詮ばあちゃんは武官、そういうのには向かんじゃろうな」
ばあちゃん、あれで潔癖な所があるからの…他人に対してだけじゃがな、ばあちゃん自身には賄賂ok横流しokの強者じゃ。
ある意味今の漢王朝でもっとも『らしい』人物かもしれん。
「よし、吾に任せよ。会わすだけなら会わせてやるぞ。ただいつになるのか分からぬのぉ、母上も忙しい身じゃ」
「それは分かっている、しかしあまり時間がないのだ」
むう、それほど切羽詰まっとるのか…確かに誰かに監視されとるような気配がするのじゃ。
もしやこれは孫堅に対する
「袁術もいつもこれだけ真面目ならもうちょっと…」
「ん?なんか言ったかの?」
「何も言ってないわよ」
「それでは家に行って誰かに聞いてみるかの、曹操ちゃんはどうするのじゃ?うちに来るなら将棋の相手をせんでもないが…久しぶりに淵ちゃんとやるのも楽しそうじゃ」
何気に淵ちゃんとの将棋の勝率は曹操ちゃんとどっこいどっこいなのじゃ。
どうも打ち方の相性が悪いらしく読み筋をよく間違えて窮地に立たされることがしばしばあるのじゃがここで淵ちゃんと曹操ちゃんとの地力の差が出てしまうため勝率は五分になっているのじゃ。
「今回はやめておくわ、私はこのまま気になる店が幾つかあるからそれを冷やかして帰るわ」
「ではこの店のお金は吾が出そうかの」
「いや、ここは私が持とう、お嬢ちゃんにはこれから世話になるんだ。これぐらいはな」
「私達の分もかしら?」
「もちろん、そんなケチではないわ」
ふむ、先に言った通り吾の懐事情もそれほどいいとは言えぬ状態じゃからお言葉に甘えるとしよう。
「では馳走になろうかの」
あれから曹操ちゃんと別れて我が家へ帰宅。
紀霊に母上のスケジュールを聞いてみると何と、今日家に居るというのじゃ。
何というご都合主義、ならば善は急げと母上に取り次ぎを頼むと直ぐに許可が出たので良かったのじゃ。
それで今、母上こと袁逢と吾と孫堅が面会しておるのじゃが妙じゃ、母上はなぜこうも…ああ、そうじゃった。
「母上…」
「久しいの美羽、家臣を迎えたと報告が入っておったが上手くやっておるか?」
「うむ、何の問題もないぞ。強いて云うならお小遣いを——」
「却下じゃ」
せめて最後まで言わせて欲しいのじゃ、しかしそうか、すっかり忘れておったが…出来る手は打ってみるかの。
「それでそちらが儂に紹介したい客人かな?」
「うむ、吾の友人なのじゃ」
「お初にお目にかかります、私は姓は孫、名は堅、字は文台と申します。この度はお願いがあり参りました」
「ほう…最近賊退治で大層な功績をあげておると儂の耳にも入っておるぞ。その孫堅殿が何用かな、願いを叶えるかどうかは話は別じゃが考えはしてやろう」
母上も分かっておるであろうに意地悪じゃの〜まぁこれも駆け引きじゃから仕方ないのじゃろうな、まどろっこしいのう。
それにしてもこれで長沙太守に任命されるんじゃろうか、となると原作で言っておった『孫呉の地』って長沙になってしまうから原作通りにはならぬからやはりここは揚州の何処かの太守か。
いやいや、肝心なこと忘れておったな。
名目上は昇進、つまり太守程度では昇進ではなく左遷に近いものになってしまうのじゃ、つまり揚州刺史辺りが妥当になるかのぉ。
あそこは揚州の都である寿春、一昔前までは寿県だった…は三国志より以前から開発されている土地で穀倉地帯な上に物産集散地とかなりの優良物件で正史の袁術がここを拠点にしたのはなかなか見所があるのじゃ、さすが腐っても吾。
それに江南…丹陽郡・呉郡・会稽郡・豫章郡…はまだまだ未開発の地な上、開発されている地は地方豪族等の力が強いから厄介な場所というイメージが中央では強いから他の者からすれば左遷のように感じるじゃろう。
正史を知らねばじゃ。
孫家のほとんどの主力はその地方豪族じゃからな、特に呉郡の四姓である陸遜の陸家、顧雍の顧家、朱桓の朱家などが有名じゃな、後ひとつの張家は張温という武将を出しておるが…正直有名とは言い辛いの、ここで注意じゃが江東の二張で有名な張紘や張昭などは別の場所の名士なのじゃ。
これだけ説明しておいて荊州だったりしたら笑うのじゃ。
もっとも荊州には琅邪王氏の一人で荊州刺史の
「そうじゃなぁ…条件付きでおぬしの出身である揚州刺史に推挙してやらんでもないが…美羽、今からは大人の時間じゃ。席を外してもらえるか」
「わかったのじゃ、ただ条件が何か分からんが吾の友人にあまり無茶を言わんでやってほしいところじゃが…」
「フッ、大丈夫じゃそれほど無茶な条件ではないぞ」
母上は吾に嘘は言わんからどうやら大丈夫そうじゃな。
「では後でな母上、孫堅」
話は丸く収まったようで孫堅は嬉しそうに笑っておった。
「その顔は上手くまとまったようじゃな、よかったのじゃ」
「それもこれもお嬢ちゃんのおかげさ、これからもよろしく頼むぞ親友」
「む、いきなりランクアップしたのじゃ、まぁ良いか。これからもよろしくなのじゃ」
「らんくあぷ?」
「気にするでない気にするでない」
未だに前世で使っていた言葉を喋ってしまう場合があるのじゃ、なんとか直さねばならんな。
この前フライドポテトを作った際に思いっきり連呼してしまって恥ずかしい思いをしたのじゃ。
それにしても梅干し作った時にも思ったのじゃが塩が高すぎるのじゃ、豪族達がボッタクリ商売しておる…吾、戦乱になったら揚州をとって塩量産するのじゃ。
岩塩の産地も調べれば手間も掛からんかもしれん…って今こんなこと考える場ではないな。
「それでやはり揚州か?」
「そうだ、私の生まれ故郷だから気楽なもんさ…ちょっと故郷が大きくなっちまったが」
「そうか…」
これで容易くは孫堅とも会えなくなるのぉ、寂しくなるのじゃ。
「そう沈んだ顔をするな、また遊びに来るからさ」
「そんな事は当たり前なのじゃ」
そういえば結局三人娘には会うことが叶わんかったな、孫堅から聞くに中央に連れてこようと思っておったが自分への嫉妬が娘達にも行きかねんと呼び寄せるのを止めたそうじゃ。
さもありなん、下手をすると変態官僚に嫁と言う名の奴隷にされるかもしれんからの。
「いくら中央から外れるとはいえ気をつけるんじゃぞ、吾はおぬしの功績がどの程度かは知らぬが宦官共から疎まれるほどのものなんじゃろう?なら近隣の者からも熱い視線が注がれる事間違いなしじゃ、劉表とか陶謙とかの」
「はっはっは、さすがだな嬢ちゃん。さっき袁逢様からも同じような事を言われたわ」
さすが母上、伊達に三公の一つに納まっておらんな。
しかし…恋姫の孫堅はどうやって死んだんじゃろうな、二次小説なんぞは劉表が仇なんて事が書かれておったりするのじゃが黄巾の乱の前に劉表と敵対する事はありえんじゃろ、漢王朝の崩壊は黄巾の乱が起こった事が切っ掛けとなり董卓で止めじゃ。
それなのにも関わらずちゃんと任命されておる太守同士が争うなんぞありえんじゃろ、あるとしたら政争じゃが…ないとは言い切れんか、孫堅は政務とか外交とか苦手そうじゃ。
少し釘を刺しておくかの。
「孫堅、おぬし政務や外交は大丈夫なんじゃろうな。ちゃんと周りの者の言うことを聞くんじゃぞ?」
「そんな当たり前のことを今更言わんでも分かってるわ」
「ふ〜ん」
孫堅は分かっておらんな、当たり前の事を常に当たり前に出来ることなぞありえんのじゃよ。
しかも今言っておる孫堅の『当たり前』は絶対に出来てない当たり前じゃ。
「な、なんだ」
「吾が言っておる事を青二才どころかひよっこの戯言と取るか、友人の助言として取るかは任せるが、覚えておいて損はないぞ」
孫堅がブルッと震えたように見えたが…気のせいじゃな、吾のような子供に震える要因なんぞなかろう。
…まさか笑いを堪えた震えか?
「あ、あぁ。肝に銘じとく」
「うむ、おぬしには良い家臣がおるじゃろ、それはおぬしの周りを見れば分かる。取捨選択さえ間違わねば大器を成すじゃろう」
「…お嬢ちゃんは人物鑑定家にでもなる気か」
吾は正史と原作の知識があるからこんな事言えぬから多分無理じゃよ。
実際紀霊なんぞは演義でも正史でもほとんど出番がない武将じゃから殆ど何も知らぬのじゃ、原作にはまったく影も形もないからの。
「あちらに行っても元気にやるんじゃぞ、友よ」
「ああ、元気に暴れてやるさ、友よ」
だからそれが如何と言っとろうが!
孫堅が帰り、再び母上の居た部屋を訪れる。
「美羽か、孫堅からも聞いたと思うが——」
「母上、吾が成人するまで持つか?」
「…なんの話じゃ」
母上、いや、この場合は正史の袁逢というべきじゃろう。
「身体が重くはないか?食欲が落ちておらぬか?熱はないか?」
正史の袁逢の死因、それは…病死。
「…気づいたのか、美羽」
つまり、今、母上は…
「うむ、病を患っておるのじゃろ」