第四話
あれほどあった覇気が衰えておるし、前に会うた時よりも生気が薄れておるように見える。
よく見れば少し痩せておるような気もする…これは本当に時間がないのやもしれん。
「ふふ、美羽は凄いのぉ。気づいたのは袁隗と袁遺しかおらんのに早くも気付くとはの」
「吾を見損なうでない、誰の娘だと思うておるのじゃ…当然医者には掛かっておるのであろうな」
「うむ、五斗米道の医師に診てもらったのじゃが本人らの言によれば『才あれば治せるものの我々の才では全ては治せず』だそうじゃ。出来るのは延命と痛みを和らげる事だけじゃそうだ。おかげで確かに痛みは静まっておるがの」
そうか、原作の呉ルートで周瑜をギリギリ治せなかった華佗は見た目通りの年齢だとすれば当時ですら若かった、つまり今はもっと若いはずじゃ。
なにせ原作より10年以上前なのじゃ救えぬのは道理じゃの。
「これ、泣くでない。まだ直ぐに死ぬわけではないのじゃ。人間必ず死ぬ、それが早く分かりそれがちと早いだけの事じゃ」
「そういう母上こそ泣いておるではないか」
「ふふ、美羽の泣き虫が
それでは泣いている事実は変わらぬのじゃ。
しばらく二人で泣き、落ち着いた所お互い泣き腫らした顔で話を始める。
「美羽、賢いおぬしなら分かっておると思うがもう漢王朝の腐敗は取り返しがつかぬ程進んでおる」
「分かっておる、このまま行けば乱が起こる事もの」
「そこまで分かっておるか…というかおぬし、今何歳じゃ?」
「今年で9歳じゃよ…もしや病とは痴呆か?!」
「違うわ!普通9歳の子がそんな事まで考えつかんと言うことを言いたかっただけじゃ!」
むう、曹操ちゃんとか普通にこんなこと言ってたと思うぞ…あ、普通じゃなかったな。
七乃も分かっておるようで袁家の人脈を使って根回ししておるし、紀霊は吾の着せ替え用の服に熱中しておるし惇ちゃんはアレだし、淵ちゃんは…そんな事話してたような…孫堅は年が年じゃからのう…む、殺気を感じたような気がしたが気のせいか?
むう、結果は五分五分か、これでは普通かどうか分からぬではないか。
と言うか友達の少なさに絶望したのじゃ。
「儂の老い先がない事が分かったからの、おぬしに字を与えて家長の引継ぎの準備をしようと思っておるのだがどうじゃ?」
「…袁紹はどうするのじゃ、あやつは頭こそアレじゃが人徳という面では吾とは雲泥の差じゃ」
本当になぜあんな傲慢な態度で人気があるのか謎で仕方ない。
吾の人徳のなさを棚にあげておるわけじゃないぞ?あやつはなぜか人に好かれるのじゃ、良くも悪くもじゃがな。
「確かに悩むところじゃな…儂は麗羽の親でもあるつもりじゃからな、序列は麗羽の方が上になるか…面倒じゃし袁隗にするか」
名家にしても名門の袁家の跡継ぎ問題を他人任せにするのはどうかと思うのじゃ。
ただ現実的といえばそうじゃろうがの、吾はまだ幼く、袁紹も吾ほどにないにせよ幼いから当然の選択肢と言えるじゃろろうが…どうも腑に落ちんの。
「袁隗ばあちゃんなら確かに当分は大丈夫じゃが…先延ばしにしただけな気もするの、しかも悪い方向に行きそうじゃぞ」
『たわけ』の俗説ではないが
「ふむ、しかしどっちを家長に指名しても角が立つ。困ったものじゃな」
確かに跡目争いは豪族の宿命じゃろうな…吾も袁紹ざまぁも家長として足りない部分があるばかりに迷ってしまうのぉ。
吾には性別と威厳と力、袁紹ざまぁには知恵と常識と見る目の無さ…女尊男卑ではないがこの世界では女性の方が個として有能な者が多い、実際吾は非力でそれほど頭がいいと言う訳でもないから納得なのじゃ。
威厳に関しては…後々期待するとしよう。
袁紹ざまぁの事に関しては説明するまでもないじゃろう。
「愚の骨頂じゃが北と南で袁家を分けるか、勢力的には落ちるがこれからは何があっても不思議ではないからのぉ」
「むぅ、正直吾にはどうとも言えんがそれは失策にしか思えぬのじゃが」
「確かにあまり良い事ではないが次世代を担うのは間違いなく美羽と麗羽の二人じゃ、つまり——」
「何かを
その通りじゃと母上は頷いて肯定する。
それなら未来なのに過去の人の名言に習ってベストよりベターを狙ったほうが良いかもしれん、ベターかという疑問はこの際放り投げるのじゃ。
ベストは袁紹ざまぁか吾のどちらかを亡き者にすることじゃろうが…あれ?吾、何気にピンチか?
明らかに吾より人気がある袁紹ざまぁ、ということは袁紹ざまぁが望まなくとも周りが勝手に吾を…ガクガクブルブル。
「よし、割ろう!真っ二つに割るのじゃ!そうすれば全ての問題は解決じゃ!」
原作と同じような状況になりさえすれば吾と袁紹ざまぁが会う機会なんぞ黄巾党討伐と反董卓連合の時ぐらいじゃからな、袁紹ざまぁが吾の事をそれほど気にしておらねば周りも注視しづらいじゃろう。
何より距離の問題もあるしの、袁紹ざまぁは原作では冀州牧…だったと思うのじゃ…か正史の冀州の渤海郡と河北を拠点にするのは間違いない、それに対して吾は正史でも原作でも南陽郡か後おまけに揚州がくっついて来る、つまり荊州か揚州を拠点にすることになるはずじゃ。
南北に分かれておれば曹操ちゃんが壁になってくれるじゃろ。
「美羽…いくら儂が言い始めとはいえ、家を分けるという一大事を簡単に…」
「母上は甘いのじゃ、吾や袁紹本人はともかく周りは…特に袁紹の
「む」
眉をひそめ険しい表情を作る。
「よし、これからお前に紀霊を付ける。お前なら美羽を護れるじゃろう」
「ハッ、この命に代えましても」
「うお!?いつからそこに居ったんじゃ?!」
「私はいつでも美羽様の側に居りますよ?」
一瞬背中がゾワッとしたのじゃ。
これが世に言うストーカーというやつか…まぁ吾の懐はそんなに浅くはないから許容せんではないぞ?うん、決して怖くて何も言えぬ訳ではないぞ。
「ではこれからよろしく頼むぞ」
「お嬢様…手が若干震えておりますが」
「気にするでない」
「大丈夫ですよお嬢様、お着替えやお風呂、厠などは覗いておりませんから…私は変態という名の紳士だと自負しております」
「それは安心…なのじゃろうか」
確かに七乃と似た感じだと思えば…うむ、大丈夫じゃな。
ちなみに後日なんで着替えとか風呂とかを覗かぬのか確認したところ「お嬢様の御裸を覗くなど刺激が強すぎます」と鼻血を流しながら語ったのじゃ。
しかもどうやら原作郭嘉のような特殊な体質では無いようで鼻血を出しすぎて貧血でしばらく動けなくなるようじゃ。
案外変態という名の紳士というのも間違えておらぬかもしれぬ。
「これで貞操以外は安全じゃろう」
「ちょ——母上がそれを言うか?!」
「ジュルリ」
「涎垂らすな!吾は断固として戦うぞ、主に腹黒く」
「それは…本気で怖いですね」
そういえば最近許攸が謎の借金の取り立てにあったそうじゃ、なんでかのぉ。
「ま、仲良くやるんじゃぞ。それで美羽、私がいつまで生きておられるか分からぬから美羽の字を決めておこうと思うのじゃ」
「分かったのじゃ」
「それはめでたい、早速宴会の準備に取り掛かります」
「そんな大げさにせんでいい——ってもう居らん?!」
確かに身体能力は優れておるようじゃな。
「それで美羽、おぬしの字は実はもう決めておるのじゃ」
「おお、教えてたも」
まあ、多分…
「公路というのはどうじゃろ?」
ですよねーこれで別の字じゃったらびっくりするわ。
「良いと思うのじゃ」
「私もいいと思います」
「そうか…これが美羽に与えられる最後の物かもしれんのぉ」
「母上、弱気は許さんぞ。袁家の家長たるもの泥を啜っても生を全うする気概でなくては」
「言いたい意味は分かるがさすがに泥を啜るなんていう表現はどうかと思うぞ」
「確かにそうじゃな」
二人で一通り笑い…
「今サラっと入ってきたな紀霊」
「お褒めに預かり光栄です」
「うむ、褒めて遣わすぞ」
「…ツッコまぬぞ、儂はツッコまぬ」
母上が何やら呟いておるが大したことではないじゃろう。
それにしても…長生きして欲しいものじゃ。
先が長くないという事が分かってから母上は吾や袁紹ざまぁと共に過ごす時間が増えた、というのも…
「何じゃこれは計算を間違えるにしても限度があるぞ」
「そんな?!私の華麗なる計算では間違いなく——」
「間違っておるわ!しかも十倍違うぞ!」
現在母上直々に勉学を学んでおるのじゃ。
袁紹ざまぁは意外でも何でもなく頭が弱い子じゃからな、頑張って教え込まなくてはならん。
名門の袁家という事で教師役が袁紹ざまぁを叱りにくいのもこうなった原因の一つじゃろう、その点母上が教えるのであればその問題もなくなったのじゃ。
それに…母上と共に居られる残り少ない時間じゃ、どんな形であれ共に居られる貴重な時間じゃからな…いかん、涙が出てきたのじゃ、本で隠しておくとしよう。
「美羽、お前は何を読んでおるのじゃ…趙家監修、メンマ道の極める者達…面白いのか?」
「個性的じゃの」
ただのメンマの料理本かと思うたら何故かメンマ道は武術にあり!とか書いて武術指南書に、かと思えば保存用の塩漬けに適した塩の考察を各地の塩産地と味、大体の価格が子細が書かれておるのじゃが…塩の産地って書いていいのじゃろうか?
塩は漢王朝が専売していてその場所や産出量などの情報は漢王朝が管理しているのじゃが比較的機密度(地域に差がある)は低く役人であれば閲覧出来る程度ではあるが庶民向けの本に書いて良いものでは決してないのじゃ。
それと…何してるんじゃ趙家の皆さん。
どう考えても趙雲の家じゃよな?あのメンマ好きは趙雲個人ではなく遺伝じゃったのか。
しかもこんな本売れるわけがないじゃろ、実際在庫は腐るほどあると本屋の店主が言っておったぞ、自費出版ならば大赤字じゃ…まさか趙雲は借金から逃げるために放浪しておったりせんよな?…ありえるのじゃ。
「なんで私がお勉強していますのにおちびさんは読書なんですか!」
「麗羽の言っておることは分からんでもないが…」
母上は言葉の続きを言わん。
実は吾は母上から学ぶことが殆ど無いのじゃ、知識としてはもう頭に入っておるからのぉ…もっとも実践できるかどうかと聞かれたら微妙じゃ、と答えるがの。
これでも幼い頃(今でも十分幼いがの)から色々勉強しておったからな。
計算なんぞは前世の記憶があるから容易いが政治や軍学などは一般知識程度にしかない吾にとって生まれ変わった場所が袁家であった事が幸いじゃった、勉強するには事欠かんし、良い教師もつけてもらえたのじゃ。
「吾は袁紹ほど出来が良くないからの、勉強なんぞせずくだらぬ本を読む程度が丁度じゃ」
目下の敵は袁紹ざまぁじゃからな、吾を誤認しておいてもらった方が都合がいいじゃろう、暗殺なんぞされてはたまらんからの〜母上が生きておる間は大丈夫じゃろうが死んだ後にこの擬態の真価が分かるじゃろう。
問題は周りが袁紹ざまぁに付く者が多くなることじゃが袁紹ざまぁに付くような者はいなくてもいいじゃろう。
何がいいのか分からぬが名士がよく集まるのじゃ、筆頭が沮授や田豊などじゃな。
ここで沮授が出てくるという事は韓馥は存在せぬのかのぉ、特に問題はないんじゃが…原作で韓馥は名前だけ出てきた気がするのじゃが気のせいかのぉ。
原作で出て来なかったこの二人は何と男じゃった。
なるほど、冷遇される由縁をこう表現したのか、と感心したものじゃ。
女尊男卑っぽいこの時代、男であれば才能が疑われ、宦官達の暴政により更にその機運が高まり、男であるだけで出世など金持ちや宦官を除くと夢に近いのが現状じゃ。
今はいいじゃろう、袁紹ざまぁも官位はないので特に何も思うまい。
しかしじゃ、偉くなればなるほどそういうのは明確に出てくるのものじゃし袁紹ざまぁだからの〜そういう意味では曹操ちゃんなんぞは今も女尊男卑のど真ん中におるな。
こう考えると吾と仲良く遊んでもらえておるのは奇跡じゃな、曹操ちゃんは百合でレズでドSで気位が高いからのぉ、種馬も天の使いでなかったなら斬って捨てるどころかいっそ殺してくれと頼むほどの地獄が待っておったに違いない。
…決して原作がエロゲーだから男に価値がないから出番がないなどという事はない…はずと信じたい。
「オーッホッホッホッホ、おちびさんには難しすぎて——「変な高笑いしておらんでさっさと解けい!」——はひぃ!」
母上ガンバじゃ!
袁紹ざまぁには母上の病気の事は伝えておらん、あまり早く公にすると必要以上に騒動が大きくなるからじゃが一番の問題はやはり派閥争いが起こることじゃから母上の事が発覚する前に袁隗ばあちゃんがある程度掌握する為の時間稼ぎじゃ。
袁紹ざまぁは口が軽いわけではないのじゃが身内には甘々なところがあるからの…身内の定義も広いことが問題なのじゃ。
「ほれほれ、袁紹頑張るのじゃ〜」
「ぐぎぎぎぎ、私の方が勝っているはずですのに負けた気分ですわ!」
「麗羽、まだまだ山のように覚えることがあるのじゃ。早くせい」
「はいぃ」
母上…数学教えるより先に常識を教えた方が…いや、駄目じゃな。何だかんだ言っても母上も上流階級の人間なのじゃ、袁紹ざまぁよりもマシじゃがそれでも普通とは感覚が違うのじゃ。
実際買い物の時に値段なんぞ見ずに買うからのぉ、元一般人である吾にはついていけん感覚じゃな…吾も未だに前世の感覚が残っておるのでこの時代の常識とは言いづらいがの。
おかげで親戚から吾は守銭奴というありがたくもない二つ名を貰っておる。
「麗羽、これが終わったら次は軍学じゃぞ、これは美羽も参加するんじゃぞ」
「え、これで終わりではないのですか?!」
「分かったのじゃ」
他のことはともかく軍学は少し自信がないのじゃ、さすがに前世では軍学なんぞ一般人では一部のオタクぐらいしかそんなもの知らぬから全く知らぬ…訳ではないが復習しておくのも良いじゃろう。
軍学のベストセラーである孫子の兵法は写し間違いや解釈の相違などなされてはおるが現代まで受け継がれ、今尚偉人や政界人などが学ぶことが多いとされるものなのじゃ。
しかもじゃ、これの原本があるかもしれないと思うと胸熱じゃ、そういえば曹操ちゃんが後に注釈するんであったか…原作でそんな描写があったようななかったような…思い出せぬのじゃ。
いっそ直に聞いてみるかのぉ。
争いというのは縁遠くありたいと思う吾は甘いのじゃろう。
次期家長としてはまだいいかもしれぬが群雄割拠の時代においては無理なことじゃがそれでも争い何ぞ…特に生死を分けるようなものは特に縁遠くあって欲しいものじゃ。
「俺、俺の腕があぁ!」
まあ、絶賛争い事中なんじゃがな。
吾が散歩しておったら真っ直ぐ向かってきておる男がおったのじゃが特に気にせんかったのじゃがすれ違う時に懐から短刀を取り出したのが目に入ってきたの、驚いて硬直してしもうた吾じゃったが次の瞬間『ゴトリッ』という音と共に男の腕が地に落ち、血が空を舞ったのじゃ。
一瞬怪奇現象かと思ったがいつの間にか最初からおった七乃以外に側に人の気配がある事に気づき、確認したらあまり使用人口が多くない武器である直刀を鞘に戻しておる紀霊がおったのじゃ。
なるほど紀霊が吾を助けてくれたのか、これは礼を言わねばならぬな。
「オエェェ」
とりあえず吐き終わった後で、じゃがな。
七乃が背中をポンポンしてくれるおかげで少し気が楽になった。
人が斬られたのなんぞ今まで見たことがないからの…よく道端で民を問答無用で斬り捨てる連中がおるらしいが運良く(?)そういう場面に出くわしたことがなかったがこれはなかなか堪えるのぉ。
それにしてもまだ周りを警戒している紀霊のその様は堂に入っておるが本当に使用人か?と改めて疑問に思う。
「お嬢様、こやつをどういたしましょう」
「そうじゃな…」
そう言われて七乃に視線を送ると吾の視線に気づき頷いて答える、本当に伝わっておるのじゃろうか。
「どうせ袁紹様の刺客ですよねぇ?」
「く、なぜそれを…」
さすが七乃、よくやった。
「ふむ、そうか。あのデカ乳がおぬしの雇い主か…なんて言うと思っておるのか。おぬし等は吾を馬鹿にしておるじゃろ」
吾の言葉が理解できぬと言わんばかりの顔じゃな。
本当に舐めておるようじゃ、
「ですねーいくら袁紹様の雇った刺客だったとしても雇い主を直ぐに口にするような阿呆を雇ったりしませんよー」
いや、そこはどうじゃろうな。
正直袁紹ざまぁならもしかすると…それはともかくとしてじゃ、どうせ許攸か郭図辺りの差金じゃろ。
田豊や沮授は良くも悪くも日和見主義、吾とは縁が薄いが跡目が吾と決まれば吾につくじゃろう。
「許攸さん…じゃないですねーあの方はもっと臆病な方なんでこんなバレでもしたら首が飛びそうな策は使わないと思いますしー」
許攸の名が出た時に刺客の肩が上がった…がこれは違うのぉ、主犯というよりは主犯に繋がりがあり疑われるのが嬉しくないと言ったところじゃろうか、ならば。
「なるほど、郭図の仕業かや」
刺客の顔に一瞬動揺が走るのが見て取れたのじゃ、本当に刺客として向いてないにも程があるじゃろ。
それとも罠なのかの?
「真実はともかく、こやつを母上に届け——おっと自殺なんぞさせんぞ?」
近くにあった吾の拳ぐらいの石を素早く拾い、刺客の口の中へ放り込む。
「よし、これで大丈夫じゃ」
「さすがお嬢様!人として戸惑うような事を平気でやっちゃうなんて!よ、鬼畜!大陸一の外道!」
「惚れ惚れする手際でした」
「ハーッハッハッハ、もっと褒めてたも褒めてたも」
刺客が「ああ、こいつらと関わったのが運の尽きか」的な表情を浮かべる、間違ってはおらぬと思うぞ、吾でもそう思うじゃろうからな。
そして紀霊もやはりというべきか七乃と同じ匂いがするのじゃ、吾の周りにはこんなのばかりか?
「止血せんとOHANASIする前に死んでしまいそうじゃ、七乃やってたも」
「はいはーい、いい子だからじっとしてて下さいねー」
言っておる言葉自体は何の変哲もない言葉なんじゃが目のハイライトが消えておるような気が…いや、気のせいじゃな。
何気なく切断面を
「さて帰るかの」
本当はもう少し散歩しておりたかったんじゃが…仕方ないかの。
しばらく歩いておったら見知った顔がおった。
「おお、惇ちゃんではないか。今日は一人かや?」
「ん?おお、袁術か。うむ、華琳様がまた新たに料理を研究すると仰ってな、材料を買いに来たのだ」
もしや仙豆フラグか?!カリン様だけに。
「またくだらぬことを考えていただろう」
「惇ちゃんはさすがに勘だけはいいの〜」
野生の勘的に。
「ははは、そう褒めるな。で、その荷物はどうしたんだ」
「姉者…褒められてないぞ」
淵ちゃんの声は惇ちゃんには届かなかったようじゃ。
「吾の命を狙った刺客…ってちょっと待て待て待つのじゃ〜」
そして陽気な雰囲気が打って変わって惇ちゃんが殺気を放ち刺々しい雰囲気を生み出したのじゃ。
いつも持ち歩いている大剣を抜き、ズンズンと刺客に迫る惇ちゃんを止めようと必死に足にしがみ付く…なんで吾が刺客の為にこんなことをせねばならぬのじゃ。
「我が友の命を狙うような下衆など生かしておくわけにはいかぬ!」
ちょ、惇ちゃん、こんな時にジーンと来るような事言わんとって欲しいのじゃ。
「吾の為に怒ってくれてるのは嬉しい、じゃがの?こやつをここで殺してもただそれだけなのじゃ、こやつを差し向けた奴を懲らしめねばならぬからこれから事情聴取を行うから我慢して欲しいのじゃ」
「難しい話は分からん!」
全然難しくないのじゃ!
日頃は可愛い惇ちゃんじゃがこういう時の惇ちゃんは困ったものじゃ。
「お願いじゃ〜」
泣き脅ししてみるのじゃ。
「う、うぅ、分かった、分かったから泣くんじゃない」
案外ちょろかったのじゃ、惇ちゃんは純粋じゃからの〜。
「惇ちゃんの先の言葉、嬉しかったぞ」
「うむぅ」
恥ずかしそうに顔を逸らす惇ちゃん可愛いの〜。
「お嬢様を泣かすとはいい度胸ですね猪の分際で…でもお嬢様が喜んでるみたいなので今回は許してあげます」
「お嬢様の泣き顔を見ていると何だかゾクゾクする」
後ろで傍観しておった吾の従者の声なぞ聞こえぬぞ、全然なにも聞こえぬぞ。
「ああ、あんなに姉者が照れてる…可愛いなぁー」
こっちも聞こえん!
<曹操>
ハァ、なんで未だに袁術に将棋で勝ち越せないのかしら、確かに袁術は強いんだけど…秋蘭は割りと勝ててるわね。
納得いかないわ。
遊びとはいえ私が負け越して、もしくは互角なんて認めないわ。
やるからには全力で叩き潰すから待ってることね。
面白い棋譜があればいいのだけれど。
「いらっしゃいませ〜なのじゃ」
「こんな所で何やってるのよ…袁術」
まさか自経営とはいえ袁家当主の息子が…
「見ての通り店番じゃよ、新しい棋譜を仕入れてのぉついでに整理をしておるんじゃ」
店番だけじゃなくて店の管理までしてるなんて、袁家は大丈夫なのかしら。
もっとも私には関係ないことだけど。
「それで曹操様はどのようなご用件でこちらに」
「…袁術、貴方は貴方らしく喋りなさい。鳥肌が立つわ」
「酷いのじゃ!吾も頑張って普通に接客しておるのにその言い草はないのじゃ!」
この子と話していると調子が狂う、可愛くて食べちゃいたいほど狂う…んだけど男なのよね。
「貴方、本当に男?」
「曹操ちゃんもしつこいの〜吾は男の娘じゃと何回言えば気が済むのじゃ」
ぷんぷんっという音が聞こえそうな可愛らしく怒っている袁術を見ているとやはりこれが男なのか?と思ってしまう。
「まぁ他所では女の子として通っておるから内緒にしておいてくりゃれ」
「まったく、悪趣味よね」
そう、袁術は親と側近である張勲と紀霊と極少数の使用人と私にしか男であることを内緒にしているのだ。
気持ちは分からなくない、私が男だったなら男というだけで軽く見られるだろう、いい加減宦官の孫娘ということがあるのに更に男だったら何て考えたくもない。
そう、気持ちは分かるんだけど袁術の場合は見た目が女の子にしか見えない事が問題なのよね、男だという確たる証拠もない現状どうしても疑ってしまう。
「なんだったら一緒に風呂に入って——痛い痛い、痛いのじゃー」
「袁術、いくらなんでも言って良い事と悪い事があるわよ」
暴力なんて振るいたくないのにいつも袁術がお馬鹿な事言うもんだから………決して袁術の泣いてる顔が可愛いとかそんなこと思ってないわよ?
「で面白い棋譜はあるかしら」
「仕入れた中で言えば盧植将軍と水鏡先生こと司馬徽先生などどうじゃ」
「また凄い名前が出てきたわね、貰うわ」
さすが腐っても袁家という事かしらね、こんな見応えがありそうな棋譜なんて簡単に手に入れるなんて普通はできないわね。
「後はネタ…面白半分で買った惇ちゃんと文ちゃ—文醜なんて棋譜もあるが、いるか?」
「…そんなの買って大丈夫なの?そんなの売れるわけが——」
「ちなみに結果は惇ちゃんが勝ったのじゃ」
くっ、袁術のにやけた顔がムカつくけど気になるわね。
春蘭は当然のように勘で打ってる、それに比べて文醜は馬鹿は馬鹿だけど中途半端な馬鹿で武も大したこと無い使えない子に違いないが将棋の戦いとなると文醜の方に軍配が上がるはず、にも関わらず春蘭が勝ったという、興味がある…というか私が買わなくてもきっと秋蘭が買ってくるでしょう。
それが分かった上での袁術のにやけ顔だから余計に腹が立つ。
「買うわ」
「毎度あり〜なのじゃ♪」
狙い通りだ、という声が聞こえた気がした。
こうやって負けたような気分にさせられるのは袁術ぐらいのものだろう。
まぁ…こんなでも一応友人だからいいのだけどやられっぱなしというのも癪ね。
「そういえば最近蜂蜜を使ったお菓子を作ったのよ」
「なん…じゃと…」
仕掛けた私がびっくりするぐらい挙動不審になったわね、そんなに蜂蜜が好きなのね。
言葉で表現するとソワソワ、チラチラ、ソワソワ、チラチラ、と言うところかしら…若干うざいわね、仕掛けた本人が言うことじゃないかもしれないけど。
「曹操ちゃん…あのじゃな…その…」
「何?何か聞きたいことでもあるのかしら?」
可愛い女の子…じゃないけど可愛い子にちょっとした意地悪をするのは義務よね。
「そのお菓子…食べさせてくれぬか?」
ま、眩しい…この子のたまにするキラキラした目は異様に眩しいのよね。
自分が招いた事とはいえ…
「ど、どうかの?駄目か?」
私以上に小さい袁術が上目遣いの涙目で私に迫る、距離的にじゃなく強迫観念的に…
「わ、分かったわよ。食べさせてあげるわ」
「やったー曹操ちゃん愛してるのじゃ〜」
また負けた気がするわ。
ハァ、まったくこの子は調子がいいんだから。
「では早速作ってたも」
「い、今から?」
「うむ、善は急げと言うからの、店番は…紀霊任せた」
「ハッ、お気をつけて。くれぐれも曹操様から離れられませんようお願いします」
「分かっておるぞ」
この使用人…紀霊とか言ったかしら、私に気配を悟られずにここまで近寄られるとは…欲しいわね。
「ほれ、曹操ちゃん、物欲しそうに見とらんで早くおぬしの家に行くぞ」
「物欲しそうなのは袁術もでしょう」
「紀霊が欲しいと思ったことは隠さんのじゃな、さすが
何かしら、言ってることは普通の事なのに一瞬イラッとしたんだけど…とりあえず。
「痛いのじゃ〜梅干しはやめて欲しいのじゃ…とは言ったが絶はやりすぎじゃろ?!てか吾何をした!」