第五話
「母上…」
「もう限界が来たようじゃ」
母上が病気が分かってもう3年が過ぎ、吾も12歳になり、母上の命の灯火がもう消えかけておる。
「思ったより病の進行早かったようじゃ、すまぬの美羽の成人まで持たなんだ」
「母、上」
「ほれ、泣くでない儂の誇りよ。美羽はもっと小さい時から聡い子じゃった、だから一時は奇人、狂人の類にならぬか不安であったが徒労じゃったようだのぉ」
吾の心が乱れるのが分かる。
吾は今どうするか悩んでおるのじゃ、吾が憑依もしくは転生した事を告げるべきかどうかを。
このまま真実を隠し出来の良い子のままで別れる不義理の親孝行か、真実を語り狂人かと疑い、心残りをさせてしまうかもしれぬ別れる人情を通しての親不孝か。
吾は話したいと思う、じゃが母上に心配も掛けたくはない。
どうしたら良いのじゃどうすれば…分からぬ、どうすればいいのじゃ。
「どうした美羽、おぬしらしくないのぉ何を悩んどるんじゃ?このままでは死んでも死に切れぬ」
「吾は…吾は…」
悩んでしまった結果黙っておっても結局親不孝にしかならぬようになってしもうたので全てを語ったのじゃ。
前世の記憶があり、これから起こるだあろう事をある程度知っている事や日頃の吾は演技などしておらんことを演説し(そんなに重要じゃないから早く続きを話せと言われ仕方なく止めた)将棋も未来で生まれた遊びである事などいっぱい話したのじゃ。
もっともここが恋姫の世界で〜など細かいことは省いたがの、わざわざこれ以上複雑な話にせんでもいいじゃろう。
「そうか…美羽、儂にはその話が本当かどうか確かめるすべはないが儂は信じておるぞ。誰も信じずとも儂だけはな…案外張勲や紀霊辺りならあっさり信じそうじゃがな」
「母上、真剣に聞いておるか?」
思っておった反応と違うのじゃ。
もっとこう、今まで秘密にしていたことを怒ったり、虚言癖が…と嘆いたり、最悪家から追い出される事も覚悟しておったのじゃが。
「もちろん信じておるぞ。美羽がなぜもっと幼い頃からあんなに黒いのか考えておったがこれで納得じゃ。ところで未来を知っておるようなことを言っておったが…美羽の将来は大丈夫なのか?」
「う、うむ。だいじょ——「本当の事を話すのじゃ、時間は少ないぞ」——正確には分からんのじゃ。今の吾は吾が知っておる袁術ではないからの、ただこれからは動乱の時代が始まるのは間違いないのじゃ」
「やはり群雄割拠の時代が来るのじゃな、その筆頭は美羽と麗羽か?」
「確かにそうじゃが…吾等は途中で…」
「そうか…おぬし等を破るのは曹操か孫堅か」
「?!」
「なに簡単な推理じゃよ、美羽があの宦官の孫を友と呼んでおるし、孫堅も年が離れておるが仲良くやっておろう?儂が作った伝以外で仲良くしておるのはあの二人ぐらいじゃろ?」
「いやあれはたまたま話し掛けやすいのが曹操ちゃんだっただけじゃし、孫堅に限ってはあちらからなんじゃが…まぁ、打算が全くなかったと言えば嘘になるの…ってそうじゃなくてじゃな、吾の事をどうも思わんのか?もっと言うことがあるじゃろ」
「特にはないぞ、美羽は儂の大事な美羽じゃ。残り僅かな時間であろうとなかろうとそれは変わらぬぞ、我愛しき子よ」
「母上…」
まだ一緒にいたい。
まだ甘えたい。
また遊びたい。
そう叫ぶ心を無理やり心に押し留める。
本当に叫びたいのはきっと母上の方なのじゃから。
「吾も愛しておるぞ」
「うむ、儂もじゃ…これから天地動乱の時代じゃ。身体に気をつけるのじゃぞ」
「大丈夫じゃ、吾は寿命で死ぬのじゃ。それは決まっておるし吾が決めたからの」
吾が不敵に笑って答えると母上も不敵に笑って答えた。
「そうか、先に逝っておるから後100年は逝くなよ?」
え、マジで。
「いやいや、母上。いくら吾が摩訶不思議な出自でもさすがにそれは無理じゃ前世の時代なら100年生きてる人もいたがこの時代じゃあのぉ」
「ほう、冗談で云うたが案外本当にいけるやもしれんな」
母上、吾の言っていること聞いていたのかの?前世の話じゃぞ、さすがに現在の医療技術では…どうなんじゃろ、そういえば日本の戦国武将の長寿は結構おるの、北条幻庵なんかは有名じゃの。
ひょっとしたら…いやいや、そういう問題では…三国志でも廖化なんぞは100歳超してたとかしてなかったとか書いてあったような気がするがアレは眉唾ものじゃろ、いくらなんでも最前線で現役の将が100歳超えてる訳が無いのじゃ。
「まだ話したいこともあるがこの辺にしておこうか美羽、次の者を呼んできておくれ」
「うむ、分かったのじゃ…母上、今ま…で、世話に……なった…のじゃ」
これが母上との最後の会話じゃった。
最後が近づいた母上は自分と縁がある者を集め、一人一人辛いであろう身体を起こして面談をしていき、最後の一人が終わり、少し休むと眠りにつき…そうして静かに、だが幸せそうに永遠の眠りについた。
「袁術」
母上の葬儀に多くの者が参加しておった、その中の一人である曹操ちゃんが心配して声を掛けてくれたようじゃ。
「美羽じゃ」
「いいのかしら」
「うむ、真名を曹操ちゃんに預けるぞ」
「そう…華琳よ」
「女性から真名を預けられるなんて…これはもう結婚するしか——」
「そういう事はもっと可愛い顔の時にいいなさい。涙でぐちゃぐちゃよ」
そう言ってハンカチ(?)で顔を拭いてくれる曹操ちゃん…惚れてまうやろー。
「吾は太守になるんじゃと」
「なっ?!」
本来なら吾のような12歳の小娘が名門であろうと本来就けるはずがないような地位じゃからな、驚いて当然と言えば当然じゃ。
袁家がやろうと思えばこれぐらい問題は無いのじゃろう。
「袁隗ばあちゃんがの、おぬしに教えることはなく必要なのは経験と人との縁とか訳わからんこと言って南陽郡を任せると言っておったのじゃ。十中八九勢力拡大の一手なんじゃろうが任せられる吾の身にもなって欲しいものじゃ」
「南陽ですって!」
今度は怒りと呆れが半々と言ったところか、そりゃそうじゃろうなぁこの時代の南陽郡は南陽一群で一州にも匹敵する人口を保有しておる大都市じゃ、現在の吾には分不相応にもほどがあるの。
もっとも間違っておるかどうかと聞かれた場合は微妙じゃの、繰り返すが吾はまだ12歳じゃから田舎の開発なんぞは難しい、ならば完成した都市ならば幼くても周りがしっかりしておれば現状維持程度なら難しくはないと思わなくもない。
ただ、問題は現状維持なんぞ現在の情勢では悪手なのじゃからやはり間違っておると思うがの。
「吾はそんな事はまだ望んでおらんのじゃがな。これも家長が決めた事じゃ、まだ成り立ての袁隗ばあちゃんの家長としての顔を潰すわけにはいくまい」
原作では確かに袁術は幼かったがPC版では登場人物は18歳以上のはずなんじゃが…これから6年間も南陽郡太守をするのかの?
それともやはり設定18歳の魔法なのじゃろうか?
吾の年齢では黄巾の乱がいつ始まるかの目安にならぬか…正史での年号なら覚えておるが原作の方は…さすがに覚えておらんのじゃ。
「そう、私より早く偉くなって不満があるのね」
ま、禍々しいオーラを感じるのじゃ、具体的には某狩人の伸縮自在の愛な人が主人公を見てる時ぐらいじゃ…会ったこともなければ感じたこともないがな。
「お、落ち着くのじゃ華琳ちゃん…ほ、ほれ、吾が偉くなれば華琳ちゃん…を推挙することができるし悪いことばかりではないぞ!」
「真名を呼ぶ度に赤くならない、私まで何だか恥ずかしいじゃない…ま、確かにこれで推挙に困ることは無いわね。本当に、本当に|い《・》|い《・》|友《・》がいてくれて嬉しいわ」
「華琳ちゃん…が怖いのじゃ」
「だから照れない!」
そんな事言われても何だか真名で呼ぶのって照れくさいんじゃよ。
前世で言う『○○たん』とかバカップルが言い合ってる愛称っぽいんじゃ。
「なんじゃったら吾の部下として召抱えてやっても良いぞおおおおおおぉぉぉぉぉ痛いのじゃ〜〜〜〜」
「あら、名門の袁家からの勧誘なんて光栄だわ」
確かに三国志と言えばコー○ーじゃな…って違う。
「やっておる事と言っておる事が違うのじゃぁあ」
「美羽が巫山戯た事を言うからでしょう」
「おぉ、初めて吾の真名を呼んでくれたのぉ」
「な、何よ」
「いやいや、ちぃーっとばかし嬉しかっただけじゃ」
「フン」
アレは照れておるの、顔を逸らして吾に見えぬようにしておったも分かるぞ…耳まで真っ赤じゃからな。
「吾には照れるなと言っといて自分が照れるとは何事じゃ〜」
「私はいいのよ」
なんたる横暴、さすが覇王じゃ。
「それでいつ赴任なの?」
「多分今月の下旬には、まぁ幸いな事に距離は比較的近いから助かるのじゃ。吾はあまり馬車が好きではなくての〜」
もちろん乗馬も嫌いじゃがの、馬車はサスペンションがない上に舗装されておらん道から振動が凄いのじゃ。
座布団を作ったんで少しはマシになるかと思ったんじゃが甘かった、本当に少ししかマシにならぬのじゃ。
ちなみに今はまだ今月が始まってすぐじゃからまだちょっとだけ先の話じゃ、ただし準備にどれほどの時間がかかるのか皆目見当がつかぬから
「そう…何か手伝って欲しい事があったらいいなさい、家は無理だけど私個人でいいなら手伝うわ、もちろん春蘭と秋蘭もね」
「うぅ、いい友達を持ったのじゃ〜」
「本気で泣かないでよ」
母上が亡くなって涙もろくなっておるようで涙が止まらぬ吾に困ったような、それでいて笑っているような表情を浮かべる華琳ちゃん。
「本当にいい友じゃ」
「分かったから何回も言わない」
「それでばあちゃんに願いがあっての」
「だからばあちゃん呼ぶなっていってんだろうがこのガキ!」
相変わらず口が悪いばあちゃんなのじゃ。
これでも優しい心の持ち主なのじゃが…親しくなればなるほど口が悪くなるとはどうかと思うのじゃ。
「吾をガキ呼ばわりする間はばあちゃんのままじゃ。で本題なんじゃが…南陽郡の太守になるにあたって資金援助と人材派遣を頼みたいのじゃ」
「ほう、ガキの分際で偉そうな事をのたまうじゃねぇか、しかもこの時期に資金に人だぁ?舐めてんのかぁ!」
確かにいくら跡を継ぐ地盤を整えていたとは言っても実際に跡を継いだ今はやはり実際跡を継ぐと言うのは並大抵のことではなく、不穏分子の種はあっちこっちに蒔いた覚えもないのに蒔かれておる。
吾の直属にあたる七乃や紀霊などは袁家に仕えておるというより吾に仕えておるから家長になれなかったことにあまり気にしておらんのじゃが袁紹ざまぁの取り巻きなどは袁紹ざまぁこそが正当な後継者じゃと影で色々動いておるからの、吾も同類に見えて不思議はないからの。
安定するまでに金と人はどれだけあっても困るもんではない、というより必須じゃ。
「舐めてるのはばあちゃんの方じゃ、吾には学がないからのぉいっぱい失敗するじゃろうから資金は多くあっていいじゃろうし、吾を補佐してくれるのは七乃と紀霊しかおらんのじゃ、こんな幼い吾に無茶言いすぎじゃろ。せめて文官をくれ、別に秀才をくれと頼んでおるのではなく凡人で良いから不正をせんやからを頼むぞ」
「ばぁたれ、金はともかく不正をせん文官を寄越せってのがどれだけ難しいか分からんほどにガキかてめぇ」
今のご時世不正なんぞ当たり前じゃからな、そんな奴がおったら自分の近くにおいておきたいじゃろうし…とは言うとも吾は遠慮せんがな。
「まあまあ、吾も|無料《ただ》でとは言わぬぞ、これでどうじゃ…おっと、中身はまだ見るでないぞ。それは袁紹の取り巻き共や数が多すぎるから名前を出さぬが袁家の中の不穏分子達がやっておる犯罪の数々とその詳細が書かれておる」
「ふん、偉そうに、どうせ紀霊が調べたんじゃろうが」
いやいや、為政者としては部下をどれだけうまく使えるかが重要なところじゃろ、吾自身が調べるなんて愚の骨頂じゃ。
大体そんな事言っておると袁隗ばあちゃんだってろくに仕事しておらんことになるじゃろうに。
「それでどうするのじゃ、吾は別にばあちゃんの敵になるつもりはないぞ。厄介払いで吾を南陽郡に押し込めようとする事は分かっておるが可愛い姪が地盤安定に協力しようというのに袁隗ばあちゃんはそれを断るのかや?」
「…12歳の小娘が政の機微を理解しておる段階で警戒しても不思議じゃねぇだろうが」
「それを吾に言ったという事は取引成立を思って良いのじゃな?」
ここで断るぐらいならわざわざ本人に対して『お前を警戒してるおる』なんて言わぬじゃろ。
「ふん、本当に気に入らないガキだねぇ」
「吾は口汚さ込みで割りと好きなんじゃがなぁ」
お互い利用し合うにはいい関係でおれると思うしの。
それが袁隗ばあちゃんも分かっておるから何だかんだ言いながらも…
「ったく、仕方ないガキだなぁ。後で張勲と話しとくということでいいだろ?ハァ、また仕事が増えやがった…しかも袁紹にも肩入れせにゃならんな、不公平な事しては後々面倒なことになりそうだかんな」
こうやって協力してくれるのじゃ。
本当は良い人なんじゃがなぁ、親しき者に対しての口の悪さと日頃の鉄壁さで近づきづらい人物というイメージで周りを遠ざけておる、ある意味華琳ちゃんと似ておるかもしれん。
つまりはツンデレなんじゃよ。
「じゃあ早速見るぞ、これで偽りだったらただじゃすまさんから覚悟しとけ」
「ばあちゃんこそこれから忙しくなるから覚悟しておくと良いぞ」
竹簡を渡して流し読みをはじめる。
これで中身がラノベだったらウケる…のは吾じゃが袁隗ばあちゃんに殺されること間違いなしじゃな。
順調に読み進めているところを見ると少なくとも全くの偽情報という事はないじゃろう…ま、そもそも紀霊が探ってきたんじゃから大丈夫だと信じておるがの。
「誰か!」
「ハッ」
読み終わり渡した竹簡に何やら書きたし、もう一つ真新しい竹簡に書いて終わると誰かを呼ぶと3秒もしない内に文官らしき人が入ってきたのじゃが…吾等の会話筒抜けじゃないかや?
「これを7日以内に用意してください。そしてこちらは内密に、しかし迅速に下調べを終わらせ同じく7日以内にお願いします」
「御意」
相変わらず二重人格かと思う切り替わりじゃの。
文官と話している袁隗ばあちゃんはクールビューティーと言って相違ない、が素を知っておる吾からすれば歪な人物にしか見えん。
おかげで袁紹ざまぁは怖がって近づかないらしいがの。
「これで許攸、逢紀、郭図の袁紹過激派は抑えられるの」
「それはどうだかなぁ、許攸は無理なんじゃないか。あいつは忌々しいが言い逃れだけは上手いからな」
確かに、紀霊が許攸だけはなかなか尻尾を掴めないと言っておった。
今回手に入れたネタもまだまだ弱いじゃろうが自分は傲慢にして強引な癖にちょっと潔癖症がある袁紹ざまぁの事じゃ、袁隗ばあちゃんの押した汚職の烙印を嫌って末席ぐらいに落ちるじゃろう。
出来るだけ原作に近い形であって欲しいから残っておってもいいが…そういえばこやつが居らんと袁紹vs曹操で烏巣襲撃は未発生になるのじゃろうか。
でも華琳ちゃんと袁紹ざまぁなら普通に勝てそうな気が…というか原作ではどうなっておったかの?イマイチ覚えてないのじゃ、原作をプレイしたのは生前ですら3年前、吾になってからは9年(3歳ぐらいで憑依というか吾自身を認識したから)、合計して12年も前の話じゃから忘れておっても仕方ないのじゃ。
二次小説は前世の終わり直前まで読んでおったが原作とは若干、もしくは大幅にシナリオが違うから当てにならん。
正史や演義はかなり覚えておるがな、原作も三国志だからプレイしたのであって本来の用途ではなかったのじゃ。と言っても正史や演義もWikipediaや人形劇、ネットのサイトで書かれているものを読んだ程度なんじゃがな。
正史を調べなかったのは漢文とか今ならともかく前世では苦手じゃったから手を出せなかったのじゃ…今では書物という書物を読みあさっておるがの、周りへの体裁があるから全力では読めなかったが今回の赴任で一人になれる時間も増えるじゃろう。
「少なくても袁家内の馬鹿共はこれで頭打ちだろうがなぁ。もしかしてこの前の騒動は——いやなんでもねぇ」
この前の騒動というのは袁隗ばあちゃんが跡を継いで直ぐの頃に袁隗ばあちゃん反対派の中心人物となった者が何者かに暗殺されたという事件の事じゃろう。
それの犯人が吾と思ったのじゃろうがそれはいささか過大評価というものじゃ。
吾がしたことと言えば反対派の中心人物、史実では吾の兄で今は従兄弟にあたる袁基(男)が袁隗ばあちゃんを陥れようとしておる事は分かっておったので調べておったらよく庶人の妻を掻っ攫うのが日課だったらしく、それはもう恨みを持つ者は数知れずおったのじゃ。
それでそやつらにこっそり警備の穴を教えてやっただけじゃ、吾が手を下したわけではないぞ。ちなみに犯人は吾がこっそり手を回して逃がしてやったのじゃ…え?お前も共犯じゃと?いやいや袁基が引越しがしたいと頼まれたから手伝ってあげただけじゃ、まぁ引越し先は地獄のようじゃがな。
まったく、略奪愛は燃える!などと公言する馬鹿は死んでいいのじゃ、しかも吾や袁紹ざまぁまで狙っておった節があるからの…表向き吾は女という事にしておる事の弊害じゃな。
ん?そういえば正史の袁紹と曹操も似たような事をしておったような…ま、まあここでは女じゃから気にしてはいかんな。
「では金と人材のことは頼むぞ。吾はこれでも忙しい身なのでな」
「ふん、何が忙しい身だ戯け。どうせほとんど紀霊と張勲に押し付けてるだろうが」
「何を言う!吾は蜂蜜を飲むのに忙しいんじゃぞ!…そうじゃ、何じゃったら派遣される奴等の中に何人かじゃったら問題児を入れておいても良いぞ。こちらで適当に首をはねるからの」
「おお、それはいいな。たまには良い事言うなガキ」
たまにはとは失礼な言い様じゃな。
さて、これで当面の資金と人材は確保したと言えるが吾が赴任するのは中華一人口が多い南陽郡、つまり有象無象の|輩《やから》が他と比して多いことは間違いない、つまり今回得られる資金と人材で手が回るかどうか分からぬ。
原作を見ると七乃が頑張ってくれるはずじゃ、目立った人材が他に居らず袁術本人がアレだったのだから七乃が全てを手配しておったはずじゃからな。
それに原作には居らん紀霊もおるし、何より吾も原作と違うしの。さすがに原作の袁術よりは出来はいい…はずじゃ。
華琳ちゃんや孫策…いや孫権のような善政は無理でも劉表のじじいの現状維持ぐらいは目指したいものじゃ。
「それで武官の方は心配せんでいいんじゃろうな、紀霊」
「問題ありません、武人としては二流がいいところですが将としてはそこそこの者が育っております」
「孤児を利用するようで良心が痛むのぉ」
「今更だと思います」
ちょっとその物言いはグサッときたのじゃ。
実は将棋とその棋譜を販売し始めて以来孤児院を経営しておるのじゃ、と言っても最低限の食事と子供でも出来る仕事の斡旋と寝る場所を確保しておるだけなのじゃが、その仕事の斡旋の一つに吾の武官もあるのじゃ。
堕ちぶれた豪族や名士などならは文官になることも出来ぬ事はないが、庶人では文官は計算が出来ねばならぬからやはりなかなか向いた者がおらんから募集せず、武官は原作基準の武力=武官みたいなものではなく、人をある程度束ねる力を優先して雇用しておる。
「これから…吾はどうなるのじゃろうか」
中華統一なんぞ興味はない、名門を守る気もない、袁家を残すのはやぶさかではないが戦乱の時代とはいえ原作では一応吾も袁紹ざまぁも生き残っておる事から吾が死んでも十中八九袁紹ざまぁは生き残るじゃろう…多分。
何か目標がないとつまらない人生を終えるじゃろう、今準備しておるのは『困らぬ』為の行動でしかない、さすがに為政者の端くれになるのに準備を怠るなど民に悪いじゃろう。
「本当にどうしようかのぉ」
「お嬢様…私や張勲は袁家ではなく、お嬢様に仕えております。私は何処まででもお付き合いします、もちろん張勲も同じでしょう。好きな事をなさってください。たとえそれが袁家に背くことであっても私達はお嬢様と共に居ります」
何というか…その…見事な忠臣っぷりに逆に不安を感じるのは気のせいかの。だがその忠誠に答えてこそ主として立つ者の勤めじゃろ。
「うむ、期待しておる。しばらくは為政者として頑張るから一緒に付いてきて欲しいのじゃ」
これからどうするか分からぬが、二人が一緒なら吾は大丈夫じゃ。
「御意」
顔が真っ赤じゃが大丈夫か?
「お嬢様〜〜〜〜〜」
「おお、七乃!久しぶりなのじゃ」
おかしいの〜袁術ルート?のはずなのに七乃の出番が少ないとはどういうことじゃ…って人手不足としか言い様がないの。
「お嬢様お嬢様お嬢様」
「よしよし」
身長差があるにも関わらず吾の胸に抱きついてくる七乃、ちょっと可愛いと思った…が。
「七乃、その手は何処を目指しておったのかの?」
「えーっと…やですねーもちろんお嬢様を抱きしめようと思ってのことですよー」
今、明らかに吾の股間を狙っておったぞ。
実は七乃も紀霊も吾を男だと確認しておらんから疑っておるようじゃ、全く…こんな可愛い子が女の子な訳なかろう!…ん?電波か?
「そういえば七乃」
「はい?」
「真名を預けるぞー」
「………へ?いやお嬢様本気ですよね?なんか軽すぎて実感がないんですけど…」
「もちろん本気じゃぞ、吾の真名は美羽じゃ。これからもよろしく頼むぞ」
「ハ、ハイ!これからもお嬢様の為に昼寝を惜しんで頑張ります!」
昼寝って…まぁ良いがの。
「うむ、そういえば袁隗ばあちゃんからの援助は受け取ったかの」
「はい〜滞りなく〜お金もたんまりもらいましたし〜可もなく不可もなくって感じの凡夫達と明らかに馬鹿丸出しの愚物が何人か混ざってましたし予定通りですぅ」
「注文通りじゃな」
秀才や天才なんぞ扱いきれぬと毒にしかならぬ者は今のところ不要なのじゃ、必要なのは吾や七乃に従う身の程を知る凡夫じゃな。
「ではしばらくそやつらに適当な仕事を任せて様子を見るとするかの、それは紀霊に任せるとして七乃はしばらくは吾と共におれ」
「やったーこれでお嬢様のお世話ができます」
…これが褒美ってどうかと思うのじゃが休みをとらせても結局甲斐甲斐しく吾の世話をするのは変わらんからのー出来れば休んで欲しいのじゃが…七乃も紀霊も「お嬢様と居る事が私の休息」などと言うから困る…決して照れてないぞ。
「休暇が欲しくなったらいつでも言うのじゃぞ?特別忙しい時じゃなかったら吾が頑張って時間を作るからの」
「はい、その時は頼りにしますよ〜」
むう、七乃は吾を撫でるのがマイブームらしくてよく撫でられるが恥ずかしいのじゃ…ハッ?!吾がいつの間にかナデポされるじゃと?!
く、さすが七乃じゃ、危うく虜にされるところじゃった。
それにしても転生もしくは憑依テンプレな吾がナデポされる側とはどういうことじゃ、いや別に洗脳まがいなものが欲しいなんて思っておるわけではないが納得できんぞ。
「七乃〜腹が減らぬか?この前華琳ちゃんが——ヒィィ」
「ナンデオジョウサマガソウソウサンノ真名ヲヨンデルンデスカ」
「あ、う…」
もしかせんでも七乃…怒っておる…のか?いや、どちらかというと嫉妬かの?ってそんな事を考えておる場合ではないのじゃ。
「いやの、七乃は吾の銘代として色々忙しかったじゃろ?吾も七乃に一番に預けたかったんじゃが吾もこれからが忙しくなる事がわかっておったから華琳ちゃんには忙しくなる前に——」
「言イ訳ハソノ辺デイイデスヨ?」
想像以上に|怒って《嫉妬して》おるようじゃ、ここは吾が極めた最終奥義で勝負じゃ。
「ゆ、許してたも」
上目遣い+うるうる涙目じゃ!
正直これは女子が使うものだと思うのじゃがこの容姿だし通じるかも知れないという希望的観測だったのじゃが。
「じょ、冗談ですよ〜怒ってませんよ?ええ、怒ってません、ただの冗談です。ああもうお嬢様は大陸一可愛いです!」
効果はテキメンじゃった。
さっきまでの怒りは何処へやら、妙にハイテンションとなっておる…しかも頬ずりまで始めてどうしたものかと思考を巡らすが…ま、いいのじゃ。
「七乃…怒っておらんか?」
最終奥義を更に高めた真・最終†奥義、上目遣い+うるうる涙目+ちょっとビクつく。
「———」
もはや言葉にならんということかの…ただし抱きしめられてブンブン振り回されとる吾の身になって欲しいものじゃ。
まぁ実はこの奥義、あまり乱用したくはないのじゃ…主に吾のsan値的な意味で。
誰じゃ「もう手遅れ」とか「男の娘のくせにw」とか「女装キモ」言った奴は?!…事実だけに反論できぬ。
いやいや、可愛いは正義じゃよ。
「ああ、光が見える」
「なんかやばい事になっておるぞ?!」
七乃はニュータイプじゃったのか?いや、確かに普通ではなかったが…てそうじゃなくてじゃな。
「七乃〜帰ってこ〜い」
頬をピチピチと叩いて見ると目が覚めたようじゃ、よかったのじゃ。
「結婚式はいつにしましょう!あ、でもでも対外的には女の子になってるから皆には内緒ですねー!と言うことは私とお嬢様は百合百合な関係に?有りだと思います!」
あ、前言撤回じゃ。
どうやら|幻《妄想》をみておったようじゃ、まぁ前から七乃は|ニュータイプ《変態》じゃったがレベルがあがったようじゃな。
華琳ちゃんも|ニュータイプ《変態》に違いない、しかも女の名前でコンプレックスのあの人ぐらい強いのじゃ。ちなみに七乃はカブトムシに乗った皿さんぐらいか?
「お腹が空いたのじゃ〜華琳ちゃんから聞いた店は確かあっちじゃったな」
「華麗に流された?!」
「吾が華麗なのは言わんでも分かっておるぞ」
「そうですねー当たり前のことでしたねーうっかりしました」
自分でこういう風にするぞ!とキャラ付けしたんじゃが…なんとも阿呆な会話じゃのーさすがに威厳がなさすぎるか?…12歳の身で威厳とか笑い者にしか…いや、よく思い出してみたら曹操ちゃんは12歳でも威厳があったような…気にせんでおくか。
「ごはん〜♪ごはん〜♪」