曹魏 幼少期
私は春蘭と秋蘭が居ない時は殆ど読書に時間を割いている。
知識はいくらあっても困るものでもないし、塾では私の話についてこれる者はいないからという事もあるけどね。
その静かな時間はいつまでも春蘭達と合流するまでは続くと思っていた。
今日はそんな日常に変化があった。
良い事か悪い事かはわからない。
「ふむ、おぬしが曹操かや?」
私の読書を邪魔をするなんていい度胸ね、と口走りそうになるのを抑えて本から目を逸らし、顔を上げてみると私より小さいちんちくりんが目の前にいた。
ちんちくりんは無駄に偉そう、と言うより我儘そうな雰囲気からそれなりの家の生まれなんだろうと推測する。
「そうよ、私が曹操よ。貴女は誰かしら?」
「おぉ、これは失礼したのじゃ。吾は袁術じゃ、おぬしと友達になってやらんでもないぞ」
一瞬意味がわからなかった。
友達?私をからかっているのだろうか?うんざりする事ではあるけど私は洛陽で有名なのだ。不愉快で不本意だけど。
『宦官の孫』という私に付き纏う呪い、それが私を有名にしている理由だ。
「貴女、その言葉の意味をわかって言ってるのかしら?」
「もちろんなのじゃ。せっかくのぼっち仲間じゃからぼっち卒業に協力しようと思ってのぉ」
「ぼっちって…まさかと思うけど一人ぼっちの略だったりしないわよね?」
「うむ、さすが塾で一番の切れ者と(悪)名高い曹操ちゃん。その通りなのじゃ」
…これは新たな喧嘩の売り方なのかしら、買わないわよ。面倒くさい。
それにしても袁ってまさかとは思うけれど。
「貴女、まさかとは思うけどあの袁家の…」
「うむ、汝南袁氏の当主にして司空の位を頂いておる袁逢の子、袁術とは吾のことじゃ」
名門と呼ばれる袁家だが前代で若干権勢が衰えていたようだけど今代は歴代最高ではないかと言われている。
現当主の袁逢は司空、その妹である袁隗は姉の袁逢を差し置いて司徒となり現在は太傅と要職に就き、権勢を振るっている。
三公に就いている家なら宦官とも繋がりがあるだろう。
と言うことは私に声をかけたのは
私が唯一尊敬するお祖父様は多くの名士との繋がりを持ち、それに
今回も多くいる中の一人なのでしょうね。
「曹操ちゃん、手を出してくれんか」
「?」
何か渡したい物でもあるのかしら…賄賂なんて欲しいとも思わないのだけど、そもそもこの年で賄賂なんて渡そうとするなら程度が知れるわね。
「ほれ、握手じゃ。これでおぬしと吾は友達じゃ」
な、何言ってるのかしらこの娘は。
わ、私は友達なんて…う、嬉しくなんてないんだからね!
それからというもの袁術は私にやたらと絡んでくるようになり、私は適当にあしらっていたんだけど…諦めないわね。
「諦めんぞ。お互いぼっちなんじゃから大人しく友達になるのじゃ」
「漢文がろくに読めない人と友達になるのはちょっと…」
「むぐっ」
何で孫子や呉子は知っているのに読めないのか、自分より計算が早いのに書くとなるとなぜ書けないのか。
本当に謎ね。
「むむむ、そんなに友達になりたくないかや?」
「…」
そ、そう聞かれると微妙なところね。
最初こそお祖父様へ近づくためかと思っていたけど、これほど私に粘着していては悪印象は与えるだろう。
ならばなぜこれほどしつこく付き纏うのか。
その答えは既にわかっていた。
「今更素直に友誼を交わす…なんて言えるわけないじゃない」
「ツンデレ乙」
「何か言ったかしら?」
「何も言っておらんぞ〜曹操ちゃんはちっちゃくて可愛いなーなんて——痛い、痛い、痛いのじゃ〜」
この子は何を言ってるのかしらワタシニハリカイデキナイワ。
「幼児、虐待、これ以上は割れる、本当に割れるぞ?!」
「華琳!華琳はおるか!」
母上が私を呼んでいるようね。
それにしても屋敷の中でそれほど叫ぶのは礼儀に反しますよ。
「ここに居ったか!何なんだアレは?!嫌がらせか?嫌がらせなのか?!」
「ちょっと、落ち着いてください母上。私には何の事かさっぱり…」
「あの蜂蜜の事だ。一体何なのだ。昨日も一昨日も届いたというのに今日も!」
「あれは袁逢様のご息女袁術様から私へのお礼の品です」
今まで不機嫌になっていた母上が一瞬で顔を青くして焦っている。
それはそうだろう、曹家にとって殆どの者は目下の者である程度無礼は許されるが名家の袁家次期当主からのお礼の品をあのような言い様をしたと知られたらどんな事態になるか私でも分からない。
ちなみに袁術が性別を隠している事は私は知っているのに母上は知らない…あまり触れないでおきましょう。
「あ、あら、華琳はいつの間に袁家のご息女と仲良くなったのかしら。そういう事は早く言いなさい」
「お許し下さい」
母上は袁術が男だという事を知らない事に私はちょっと失望してしまう。
官僚にとって情報は命に等しいはずなのだけれど…所詮箔を付けたくて官職を買ったのだから仕方ないのかしら。
「袁術様にお礼を言っておくのですよ。私の分も返礼しといて頂戴」
そう言い残しそそくさと退室する母上を見送り、ため息をつく。
母上が言っていた「私の分」とは恐らく袁術、ひいては袁家との繋がりを持ちたいから母上の名義でも返礼しておけという事なんでしょけど袁術がそんな事を気に掛けるとは思えないのよね。
「何にしても今度袁術に文句言いましょう」
さすがに毎回毎回蜂蜜はというのはどうなのよ。
本当にどうしようかしら、夏侯家にもお裾分けしてもまだ余るわね。というかあの子はいったい一日どれぐらい蜂蜜飲んでるのかしら?
早速使用人に今回届いた蜂蜜を持ってこさせて一舐めしてみる。
「…あの子の味覚は本当に当てになるわね」
私の舌が不満に思う物を一度も勧めてきたことがない…なのに時々粗雑な食べ物をどか食いしている時があるのよね。あの体積でどうやって内包してるのか不思議で仕方ない。
贈り物を貰った場合、礼儀として必ずお礼状と返礼の品を贈らねばならないのだけれど…
「もう何を書いていいのか分からなくなってきたわ」
既に今月に入って10回以上お礼状を送っている。
同じような文章を書くなんて私の矜持に関わる…のだけれど今月10回とは言ったけど期間を3ヶ月に広げると50を超えてるのよね。
ハァ、贈り物ってこんなに面倒なのね。
成人すれば使用人に代筆させたりするらしいけどそれはそれで何か違う気がする。
何より友達からの贈り物なのだから自分で返礼するのは当然よね。
「それにしても蜂蜜どうしようかしら」
そしてまた袁術から贈り物を貰った…これって貢がせてる内のはいるのかしら?
しかし今回は蜂蜜を止めるように言ったので違う物なのだけど…これ、本当に袁術が考えたものなのだろうか、妙に洗練された規則で穴がないところが余計に疑ってしまうのだけど。
「将棋に例えるなら春蘭は香車で秋蘭は桂馬ね」
立ち位置的には金将、銀将が妥当かもしれないけど二人の役割的にはこっちの方があってる気がする。
まだまだ
「それにしても…悔しいわね」
人間、全て完璧に出来ない事は分かっていたのだけれど、まさか袁術に負けるなんて思いもしなかったわ。
例えそれがその遊戯の製作者だとしても、初めてやった事だとしても頭を使った勝負で負けるなんて…
「ふふふ、いつか私の前に跪かせてあげるわ」
それにしても悔しいわね。
そういえば詰将棋という一人で遊ぶ用途もあるんだったわね。
えっと…なるほど、駒の規則は変わらず、決まった配置、駒、手数で相手を詰ませたらいいのね。
現状にあった答えを導き出せばいいだけね。
………
……
…
「初級編こそ幼児でも出来そうな物だったのに中級編以降はなかなか難しいわね」
…本当にこれ、袁術が作ったのかしら。
もしそうなら人は見かけによらないとは言うけどその通りね。
癪だから本人には言わなけどよく出来た遊びだ。
秋蘭と対戦しても面白いかもしれない。
春蘭は…盤をひっくり返す姿が目に浮かぶわ。
<夏侯淵>
「なぜ惇ちゃんはあんなに短気なのかのぉー」
「いえ、今回は袁術が悪いと思いますが…」
まさか差し入れの饅頭に餡ではなく辛子が詰まっておるとは思いもしなかった。
「一応ああいう遊びなんじゃが…」
当たりが一個だけあり、その当たりを引いたら負けという…確か『ろしあんるーれっと』でしたか、もし当たりが華琳様に…考えないでおこう。
「しかしさすが惇ちゃん、吾の期待に答えてくれるのーまさか40分の1の確率で一発で引き当てるとは…やはり表現が『当たり』じゃから当てに行ったのかの?」
「姉者ですから」
さすが姉者、私達にできない事を平然とやってのける。そこが可愛いなぁ。
「淵ちゃんは惇ちゃんに激甘じゃなー蜂蜜に砂糖と蜂蜜を入れたみたいじゃ」
「今蜂蜜が二つありましたね」
本当に蜂蜜が好きなんだな。
それにしては太る様子がないのはなぜだろう。
いくら体力をつける為に運動しているとはいえ蜂蜜を飲む量と比べたら蜂蜜の方に偏るぐらいに飲んでいるはずなのに…不思議だ。
「何を当然のことを言っておる。蜂蜜は至高、これは絶対じゃ」
何処まで本気なのかは知りたくないがおそらく全て
「という訳で蜂蜜取りに行くのじゃ!」
「何がという訳なのか分かりませんが蜂蜜なら華琳様の家に一杯余ってますから結構です」
実は華琳様から処理しきれないからと夏侯家にも大量の蜂蜜が持ち込まれているのだ。だがそれでも華琳様の倉庫の一つは蜂蜜で埋まっているという。
本来頂き物を他の者に譲るというのは礼儀に反することなのだが…やむを得んだろう。
「むう、今日は珍しく淵ちゃんと二人なのじゃから何か変わった事がしたいのー」
「では弓でも教授——「だが断るのじゃ!」——残念」
「大体弓を引くことすらも叶わぬことを知っておるじゃろ」
ええ、知っていますよ。
それに実は陰ながら努力していることも知っています。しかしいくら筋力を付けようとしてもなぜかその成果が現れずに悔しい思いをしている事も。
落ち込んでいる時の袁術がまた可愛いからこっそり覗いて楽しんでるのは秘密だ。華琳様と一緒だということも当然内緒だ。
「そうじゃ、狩りに行こう!」
「狩りとはまた面倒な事を思いつきましたね」
「面倒とはなんじゃ、曹操ちゃんの夕食を豪華にしようという気概はないのか」
しかし華琳様の夕食は元々豪華な物だ。
今更多少新鮮な肉が入ったところで…
「ここは思いが大事なのじゃ!他の見知らぬ人間なんぞが獲ってきたものならともかく淵ちゃんが曹操ちゃんの事を思って獲ってくるのじゃから喜びもひとしおじゃろう」
確かに、少し前までは街にいても暇を持て余していたから狩りにもよく出かけていたが最近は袁術が開発したという将棋の他にも駒やりばーしなど外へ出なくても暇ではなくなったので狩りには久しく行ってはいない。
「きっと曹操ちゃんは喜ぶぞー」
「よし、行くとしよう」
(淵ちゃんも惇ちゃんも根本は変わらんのじゃよ)
袁術に乗せられて狩りに出、鹿や兎など順調に獲物を仕留めていると…
「こやつ…出来るぞ」
分かっている。
目の前に現れたのは虎であった。
私だって虎は見たことはあるし狩ったこともある。
しかし明らかに普通の虎ではなく、一回りどころか二回り大きく鋭い眼光に放つ気が普通ではないと、そして…
「私では勝てない」
という現実を目の当たりにする。
言いたくはなかったが勝てる想像が思い浮かばなかった。
「そうか、ならば夏侯淵よ。逃げるが良い」
「は?」
一瞬袁術を置いて逃げろといったように聞こえたが、恐らく自分を連れて逃げろという意味——
「吾が囮になる。何、死にはせぬから気にするでない。あの程度の大きい猫如きに吾が負けるわけなかろう」
——本当にそういう意味だった。
私を袁術が夏侯淵と呼ぶなど今まで数えるほどしかなかった…つまりそれだけ本気だということだ。
袁術が私を逃がすために囮になるなどという事は華琳様に許されぬし私自身も許せぬ。
「ここで袁術を置いて逃げたとあっては華琳様に見せる顔がないではないか」
「ならば見学をしておれ。あれを倒す事は出来ぬが…退かす事ぐらいは出来よう」
袁術があれを撃退する…だと?言っては何だが私より弱い存在、決して蔑む訳ではなく、これは事実だ。
「まぁ見ておれ、吾の実力を」
(今こそ吾の隠れた才能を示す時ぞ!)
その言葉と共に、私が止めるまもなく袁術は虎に向かって歩み出す。
私でも近づきたくないと思う虎に対して近づこうと気概があるのは凄い、しかし無謀と勇猛とは話が違う。袁術のそれは無謀だ。
「第一投、投げるのじゃ!」
声とともに袁術はこちらの様子を伺っていた虎に対して何かを投げる…袋か?
虎の目の前に落ちる…特に何も…ん?虎の様子が…
「ゴロゴロゴロゴロ♪」
あれだけ殺気立っていた虎が骨抜きになった?!
「ふっふっふ、これぞ吾が用意した秘策じゃ」
「いったい何をしたんだ袁術」
「簡単なことじゃ、マタタビを用意しておったのじゃ」
またたび?なんだそれは…前々から思っていたが袁術は意外と博識だ。
「マタタビとはある植物の名なのじゃ。その植物はなぜか猫が好むらしくての、マタタビをやればあのようになるのじゃ」
「猫をあのようにする植物があるとは驚きだ…がむしろ虎が猫と同じという方が意外だ」
あの大きさで猫だと言うのか?世の中不思議な事もあるものだ。
「実は虎がここらに出ると街の者が言っておっての。せっかくじゃから是非一目見てみたいと思ってのぉー」
「………」
つまり虎がいる事が分かった上で狩りに来た、と?
私に虎がいるという情報を与えないのは百歩譲るとして、民の為に退治するでもなくただ見てみたいなどという理由で?
「おおぅ、ゴロゴロしておるところは可愛いのう。触っても体丈夫じゃろうか?大丈夫じゃよな?」
そのまま喰われてしまえ…もちろん冗談だ。半分ほど。
いや、冗談だから近寄るな…あああああ、本当に無謀というか何というか。
「もふもふじゃ。これは…何というかもふもふじゃ、いいのういいのう。…安全のためにマタタビを追加じゃ。淵ちゃんもどうじゃ」
「遠慮します」
さすがに私を瞬殺できそうな虎に、酔っている?とはいえ触れ合おう等とはかけらも思わん。
「しかしホワイトタイガーとは珍しいのー名前はもしやムックルかタマではないか?」
「ガウ?」
「まさか二次小説でクロスか?!しかしマニアックなクロスじゃの、明らかに駄作フラグの予感がするぞ。…沢城みゆきボイスやくぎみーボイスではないが懐いてくれぬかの?」
「ガウゥ?」
「喋らぬし二足歩行でもないようじゃしボイラー技士資格も持っておらんようじゃから…ムックルの方かの?」
「ガウ」
何やら会話が成立しているように見える。しかも頷いているし…まさか虎に名前があったとでも言うのか?
いや、それより虎は酔いが覚めてないか?…袁術に鼻を近寄らせて匂い始めたかと思ったら今度は甘え始めたぞ。
「おお、これはお持ち帰りフラグじゃ!しかし駄作フラグは折っておきたいから名前を変えたいと思うがどうじゃ?」
「ガウ」
頷いているように見えるのは私の錯覚だろうか。
「名前か…何がいいじゃろうな…タマにムックル…タマム?…タムル?ムタル?…タックル?………ホワイトタイガー…タックル……タイガー、タックル……うむ、おぬしの名前は小次郎じゃ!!」
何処から小次郎という名前が出てきたんですか、そんな単語一言も出てこなかったぞ!しかもそれを連れて帰ると?正気ですか、このような虎を洛陽に連れ帰るなどと…
「では出発じゃ〜」
「ガウ」
いつの間にか小次郎なる虎に跨って私達が来た道を進む。なぜあの虎が袁術の言うことを聞いているのか、出発としか言ってないのになぜ洛陽に進んでいるのか…解せぬ。
そして案の定洛陽に入る時に大騒ぎになり、袁逢殿に散々怒られていた…が最終的に飼うことになったそうだ。
※袁術が勝手に勘違いしているだけでうたわれるもののムックルやハヤテのごとく!のタマではなく、ただのホワイトタイガー。懐いたのには理由がありますがそれはそのうち別の話で。
<夏侯惇>
「惇ちゃん惇ちゃん」
「なんだ袁術」
このちっこいのは最近華琳様によく話しかけるちっこいやつだ。
基本的にはいい奴でご飯を奢ってくれたり新しい菓子をくれたりいい奴だ。でも結構発言に問題がある。
私や秋蘭の事を惇ちゃん淵ちゃんと呼ぶのはまだ譲るとしても華琳様の事を『ちゃん』付けで呼ぶなどと馬鹿にしておるのか?
「魚釣りに行こう」
「なぜだ」
「いやー小次郎が予想以上に餌を喰うての〜母上から家から出る食事の量に制限が掛けられたのじゃ。しかしこやつは…」
「ガウガウガウ、ガルルルルー」
「このように飢えておるからのーなぜか淵ちゃんは一緒に狩りに行ってくれんし、ならば惇ちゃんと一緒に魚釣りもいいかも?と思ってな」
小次郎とか言う虎は明らかに私に威嚇しているようにしか見えないのだが…売られた喧嘩は買うぞ!
「これこれ惇ちゃん、いい加減人相が悪いのにそれほどメンチを切っては極悪人すら逃げるぞ」
「誰が極悪非道の盗賊すら逃げる般若面だ?!それでは戦えぬではないか!それとメンチとはなんだ?」
「ツッコミ方が脳筋じゃのーというか惇ちゃんが般若を知っておる事に吾は吃驚じゃ」
「誰が足から胸まで筋肉で出来ているだ!」
「それは普通の事じゃよーまぁ胸は殆どが脂肪じゃがな」
ええい、難しいことを言われても分からん!
「それで魚釣りだったか、別に構わんぞ。華琳様にも食していただきたいしな…しかしあの釣っている間の暇なのはどうにかならんものか…そのデカ虎を満足させるほど捕れるとも思えんぞ?」
「大丈夫じゃ、吾に策あり!」
すごく不安なんだが…
「さて出発じゃ〜」
「ちょっと待て、自分で誘っといて置いていくな!」
「それで、川まで来たのはいいがもし坊主なんかだったら…斬るぞ」
「だ、大丈夫じゃ。このやり方で万事OKじゃ!ところで惇ちゃんは魚釣りの経験は?」
「もちろんない!」
「胸を張っていうことじゃないじゃろ。まぁ一応こやつも名家の出じゃから仕方ないか」
「まずは惇ちゃんの力を借りて実験をしてみようと思うのじゃ」
「よく分からんが任せておけ!」
「そうじゃな…あの大きい石…いや、もう岩じゃな、アレを持ちあげれるかの?」
ふん、華琳様の一の家臣の私がこの程度の岩を持ち上げれんわけなかろう!
「フンッ」
(本当に持ち上げれおった。明らかに3tはあると思うのじゃが…バグというやつか。確か人間の骨は500kgぐらいまでしか耐えられぬはずなんじゃがさすがベースが
「それを思いっきり川に叩きつけるのじゃ!」
「むんっ!」
言われた通り投げてみたが…こんな事で魚が捕れるのか?
「お、浮いてきたぞ。気絶しておるだけじゃから早く捕るぞ」
(本当に捕れるんじゃなー正直半信半疑であったが何とかなったな。もしこれで捕れなんだら惇ちゃんにどんな目に合わされたか)
「分かった」
まさか本当にこんな方法で捕れるとは思いもしなかった。
「少ないくないか?」
「確かにそうじゃな。一投げで10匹では効率が悪いのぉ次の手で行くかの」
まだ他にもあったのか、まぁ袁術だからな。
次は小次郎の腹に付けていた袋から何か取り出した。
「これが本日の本命じゃ」
「なんだ、網ではないか。網があるなら最初からそれを出せ」
なんでこんな回りくどいことをせねばならんのだ!
「うむ、惇ちゃんのいうことはごもっともじゃ。しかし効率を測るにはそれ相応の手間が掛かるのじゃよ」
「意味が分からん!」
「ですよねー」
む、今馬鹿にしたな?絶対したな?斬るぞ?というか斬らせろ。
「なんか惇ちゃんの目が徐々に野生に満ちてきたのじゃ」
「ガルルルルゥ」
いかんいかん、いくら日頃饅頭を盗み食いされたり肉まんを盗み食いされたりラーメンのチャーシューを盗み食いされたりその都度華琳様を盾にして逃げていたとしても…いや、やはり斬っておくべくきではないか?
「これ以上続けると墓穴に入る事になりそうじゃからとっとと漁を始めるぞ」
「む、わかった。それでやはり網は投げるのか?それにしては大きいような…まあ私がやれば問題ないだろう」
「いやいや、それは普通の漁じゃろ。まぁ何処かで同じような漁の仕方があるやもしれんがとりあえずここでは吾のオリ…考えた特別な方法じゃ。おそらく惇ちゃんに最適じゃよ」
む、言われてみれば投げ網では普通だ。…どうするんだ?
「まずはこの網の端を持って向こう側に行くんじゃ」
「分かった」
よっ、ほっ、とっ…ふ、此の程度の川なら足場になる石があって問題ないな。
「それで一緒に渡した杭で網を固定して貰いたいのじゃ」
「フンッ…袁術、杭が割れたのだが」
「力入れすぎじゃ!期待を裏切らん奴め、予備も渡したじゃろ。それを使うのじゃ…もう予備はないからの!くれぐれも加減するように!」
わ、分かっている!
よし、もうこれで後はないと言っていたし、ここは慎重に振りかぶって…全力で振り下ろす!
「すまん砕けた」
「さっきより悪いぞ?!そもそも振り上げる時に慎重にしても意味ないのじゃ」
「だからすまんと言っているだろ」
「無駄に成長したその乳を張って謝られても説得力ないのじゃ」
確かに最近胸が大きくなってきて鍛錬の邪魔になってきて大変なのだ。
「惇ちゃん、決して曹操ちゃんに言うでないぞ。良いな、絶対言うでないぞ…決して振りではないぞ」
「?よく分からんが分かった」
なぜ華琳様に言っては駄目なのだろう。
「しかし、せっかく追い込み漁をしようと思っておったのにこれでは無理か。しかたないの〜惇ちゃん今日は最初のやり方でやるぞ」
「うむ、任せろ」
「ではさっき投げた岩を引き上げてきてたもれ」
「わかった」
む、水の中は動きづらいが、岩は持ちやすいな。
「ふむ、網がなくても追い込んで岩を落とした方が効果的かの。小次郎、お前の餌なのじゃからお前も手伝うのじゃ」
袁術の声が聞こえた小次郎が煩わしげに唸り声をあげる。
「なんじゃ、文句あるのか」
「ガウ」
当たり前だ、とばかりに返事をする…袁術は虎と喋れたのか。
「ならおぬしは晩飯も抜きじゃ」
「ガゥ?!」
「吾の言うことを聞くならばやらんでもないぞ?」
「ガア!」
小次郎が袁術に飛びかかった!?
「逃げろ!」
私は水に入っていて到底追いつかない。
袁術があれを止めれるとも思えぬ…ならば!
「フンッ!」
持っていた岩を小次郎と袁術の間に投げ込む、が小次郎は軽い足取りで落ちてきた岩を足がかりに飛び越え、袁術に向かって走ることを止めない。
水を切ってなんとか向かおうとするが間に合わぬ。
「甘いわ」
小次郎の間合いに入る寸前に袁術は何か袋のようなものを投げる。すると小次郎はあれほどの動きを一瞬で止め、投げられた袋に鼻を近づけて…ごろんごろんと転がり始めた。
「おぬしも懲りんの〜」
そう言い小次郎の頭をぺしぺしっと叩くと低い声で威嚇をするように鳴くがごろごろとするのは止めない。
「いったいどうなってるんだ」
「いやーこやつはもの凄く短気での、少し気に入らぬ事があったらすぐに襲ってくるのじゃよ。この前なんぞ紀霊に襲いかかっての、見事に返り討ちにされたようじゃがな」
なにぃ、紀霊が強いことは知っていたがこの虎を倒すほどだったのか。
今までは断られ続けたがやはり一度は手合わせ願わなければ!
(ん?お仕置きフラグが立ったような気がするのじゃ)
それから十回ほど岩を投げて魚を捕り、帰ることにした。
帰って華琳様の胸を気にしているのか聞くと…10日ほど無視された、なぜだ!!
<曹操>
「てめぇ、この前俺の女に手を出したらしいな!」
「そっちこそ俺の姉さんを口説いてるらしいじゃないか!」
全く、塾で下世話な喧嘩は止めてもらえないかしら、品がないわよ。
こんな奴等に狙われる人も災難ね。
「しかもこの前の宴会代を俺に押し付けやがっただろ」
「それはこっちの台詞だ!」
何とも幼稚な言い争いかしら、知性の欠片も無いわね。
「曹操ちゃん、おはようなのじゃ。今日は朝から騒がしいのぉ」
「おはよう…袁術、貴方が何か仕掛けたのかしら?」
言い争う馬鹿共をにやにやして眺める袁術…十中八九貴方の仕業ね。
「ん〜何のことじゃ〜?」
貴方がやったって態度に出てるわよ。
気づかれたら私も巻き込まれそうだからもうちょっとどうにかしなさい。
「まぁ、いいわ。何の思惑があるのか知らないけど私を巻き込んだらその時は覚悟なさい」
「それは大丈夫じゃ、あやつらは袁紹の取り巻きの取り巻きでの。正確に言うと許攸と逢紀じゃな。あやつら最近調子に乗りすぎて目障り…ゲフンゲフン…邪魔なので少し痛い目見てもらおうと思っての」
「誤魔化すなら最後まで誤魔化しなさいよ。それと言い直した意味ないわよ」
最近調子に乗りすぎなのは同感ね。
私が気に入してた娘を何人か持っていかれたし…これでも温いぐらいね。
私も手伝おうかしら?
「何じゃったらその気に入っていた娘、助けだしてしまうか?」
「そんなことできるの?」
少なくとも今の私ではできない。
それだけの私財もなければ人脈もない…お祖父様に頼めばできるかもしれないけどこんな事をお祖父様に頼もうなんて思わない。
お祖父様の期待を裏切る事にもなるし
「曹操ちゃんは難しく考え過ぎなのじゃ、騰爺様が「孫が頼ってくれんのだ」と嘆いておったぞ」
「…いつの間にお祖父様と会ったのかしら?」
やっぱり袁術も他の奴等と同じでお祖父様狙いだったのかしら?もしそうなら付き合い方を考える必要性があるわ。
「ん?この前母上に用事があったらしくての、そこに吾も居合わせただけの事じゃ。男の訪問者は珍しくて驚いたぞ」
そういうこと、袁逢は司空なのだから不思議ではないわね。
………なんでホッとしてるのよ私。
これじゃあ私が寂しが———考えるのはよしましょう。
「それでその時曹操ちゃんと友誼を交わしておる事を言うと色々と愚痴られてしまったわい。曰く曹操ちゃんは見た目可愛らしいのに棘だらけ、曰く曹操ちゃんは妙な所で短気、曰く曹操ちゃんの
お祖父様、お願いですから私の友に愚痴らないで下さい。
せめて私に仰ってからにして欲しいです。
「それで吾は言ってやったのじゃ」
「なんて言ったのかしら」
「どうにもならん!」
胸もないのに胸を張っても何もならないわよ…って男だったわね。
あまり意識しないせいで偶に忘れる。
この前ついうっかり湯浴みに誘ってしまったのは痛恨の極みだわ。
「曹操ちゃんをどうにかするなんぞ恐れ多くてどうもできんと言ってやったぞ。恋でもすれば変わるのではないか、とも言うたが」
「そう…貴方のせいなのね。最近お祖父様がお見合いの話をたくさん持ってくるようになったのわ」
「にゃ?」
「…なに、その猫の耳は」
「よく聞いてくれたのにゃ、これぞ吾…いや吾輩の新商品、猫耳にゃ。ちなみに名前はまだないにゃ」
「今商品名言ったのに名前がないってどういうことよ。可愛らしい、可愛らしいから頭を擦り付けるな!」
全く、何考えてるのよ…でも似合ってるわね。
それにしても語尾の『〜にゃ』は猫を表してるのでしょうけど…いいわね。
「売れ行きはそれほど良くないのにゃ」
「それは当たり前でしょ、そんな物欲しがる人がどれだけいるというのよ」
「特殊な性癖の者が目覚めて購入していくことが主だにゃ、標準装備として使っておるのは荀家かにゃ」
荀家って…荀子の荀家よね。
あそこは日頃名門、名家と言っている袁家より格が上の名家と断言できる。
代々優秀な人材を輩出し続ける学問に愛され、愛する家。
それなのにこんな物を愛用するなんて…王朝が腐敗するのは仕方のないことなのかもしれないわね。
「で、お見合いの件の責任はどうとってくれるのかしら?」
「にゃ?!誤魔化せなかったにゃ」
「貴方が私を誤魔化そうなんて1000年早いわ」
「むーわかったのじゃ、ならば吾と婚約———は冗談じゃからな、今の吾が躱さなかったら死んでおったぞ?!」
(今から1000年後…鎌倉幕府少し前ぐらいか。そういえば『良い国作ろう鎌倉幕府』というゴロは今では成り立たぬらしいの〜最近は1185年頃から鎌倉だったというのが有力なら説らしいからの)
「本気だったんだから当然ね。まさか貴方に躱されるとは思わなかったけど」
「
それは修練なのかしら?確かに春蘭から逃げ
「それでどうしてくれるのかしら」
「誠心誠意騰爺を説得させてもらうにゃ」
別に土下座までしなくてもいいわよ。ていうか周りの視線が痛いわよ!実は仕返しじゃないでしょうね?しかも語尾がそのままというのも真剣味がないわね。
「おい、あれ」
「やだー袁家のご息女に土下座させてるわよ。宦官の孫のくせに」
「きついやつだとは思ってたけどここまでとは…」
「あんまり言ってると直々に宦官にされるぞ」
「母親は売官だしなー」
「ハァハァ…ふ、踏まれたい」
「せんせーここに変態がいまーす」
「ざけんな、俺は変態と言う名の紳士だ!」
「もうやだーこの塾」
最後の言葉には激しく同意するけど貴女も同類よ。
いつの間にか袁術が仕掛けたと思われる言い争いは終わっていたから余計に私達が目立っている。
「そこまでしなくていいから早く立ちなさい」
「にゃー」
襟首を掴んで起こすと本当に猫のようね、何て思ったのは一瞬で口が悪くない分猫の方が可愛い…と言う訳でもないわね。見た目は可愛いのに…男なのが残念ね、本当に。
「これも取りなさい」
「あ、何をするのじゃ。結構制作費用掛かっておるんじゃぞ。具体的には禁軍の装備一式ぐらい」
「…本気?」
「本気じゃ。蜂蜜を賭けるぞ」
最後の一言で本当だという事は分かった。けど…何考えてんのこの子?!一体いくら掛けてんのよ。
「その毛は虎の黒い所だけを使用し、頭に触る部分と耳の中の部分は蜀の絹を使い、頭に被せて落ちないようにする為の極秘の材料と手法など最高の一品と自負しておる」
「貴方は本当に無駄が好きね。将棋といいこれといい…そういえば最近服にも手を出してるそうじゃない」
「うむ、
それにしても
「正直趣味の一環で作っただけでそんなに売れるとは思っておらんかったのじゃが想像以上に売れておるぞ」
趣味にしても微妙な趣味ね。まぁ私も利用者だから人のこと言えないのだけれど。
可愛い女の子に着せれば更に可愛くなる。趣味としては微妙だけどよくやってくれたわ。
「実はこの猫耳も
どうして猫の耳と服が
「曹操ちゃんが吾の商品の愛用者って事も知ってるぞ。惇ちゃんがかり——おっとつい真似して真名を呼びかけたわ。曹操様から可愛い服を貰った!と自慢げに見せに来たからの」
帰ったら春蘭はお仕置きね。
この前の胸のことといい、今回の事といい、もうちょっと勉強させるべきかしら。
今夜が楽しみね。
「おお、曹操ちゃんの目が野獣の目になっておる。惇ちゃん南無」
袁術、なにか言ったかしら?
「ん?空耳ではないか?」