第九十九話
「ま、予想通りか」
何が、というと暗殺者の尋問で得られた情報の無さじゃな。
そりゃそうじゃよなー。暗殺者は口が固いもの……ではなく、大体は本来の雇い主を知らされぬ。知らぬものは答えようがない。
それがわかっておっても様式美というやつでやらぬ訳にはいかんのじゃよ。
ただ、主犯はわからなかったが内通者をゲロったので裏付け捜査中じゃ。
内通者の経歴からすると主犯は袁紹ざまぁのようじゃが……さて、それが真実かどうか。
「そんなことよりもお嬢様が孫権さんにべったりな件について」
「いや、それはじゃな」
「過剰な触れ合い……もしかしてあれですか、お嬢様は孫権さんのような方がお好みですか?私じゃ駄目なんですか?二番じゃ駄目なんですか」
……なんか妙なネタを挟んできておるが……吾そんなネタ言ったっけか?
「胸なんですか!お尻なんですか?!どうなんですか!」
「強いて言えばどっちもじゃな」
「なっ——」
「もちろん冗談じゃよ。ほれほれ、そう怒るでない」
七乃に抱きついて機嫌を……ん?治らぬ、じゃと?!
「孫権さんの乳と尻は揉んどいて私のは揉めないんですかっ!」
……モテる袁術は辛いのじゃ。
いや、怒るポイントはそこなのかや?
「当然でしょう!孫権さんにできて私にはできないなんておかしいじゃないですか」
いや、おかしいのはおぬしの言動なのじゃが……この場合、それを口にすると明らかに拗れる……もう既に拗れておるというツッコミは受け付けぬぞ。
そもそも……おぬしは吾の性別のことを知っておるじゃろ。
孫権は知らぬからセクハラ……ゴホン、コミュニケーションが取れるのであってさすがに知っておる相手に対してそんなことできるはずがなかろう。
ちなみに紀霊も性別のことは知っておるが……実は魯粛には教えておらん。教えておらんが……知っておっても不思議はないの。偶に獲物を狙う目で見ておるから多分知っておるじゃろ。
他には古参の影達ぐらいじゃな。中堅から新人まではまだ知らぬはずじゃ。
そんな数少ない人数しか知らぬ秘密を知る相手にコミュ……セクハラをかませと?さすがに無理じゃろ。
孫権にセクハラしたのはエロ的な意味など全く……いや、ほとんどなく、勢いとノリだけでやっておるだけじゃ。ほれ、何処かの魔砲少女に出てくる似非関西弁の中二病な本を持つたぬき少女と同じじゃよ。
それの対象を全てを知る七乃にすれば……ただのガチじゃろ。
あ、魯粛と始めて会った時はノーカンじゃぞ。あれは生命の危機を感じたための緊急手段じゃ。
「ほらほら、一発逝っちゃいましょう。ヤッちゃいましょう。そうしましょう!」
ズズズイッと迫ってくる七乃の胸、そして目が泳ぐ吾。
「だ、だめじゃ。できぬ」
「据え膳食わぬは男の娘の恥といいますし、女性に恥をかかせる気ですか?!」
なぜそこまで必死なのか、そしてそれ以上近寄ると胸が当たるぞ?!これが世に言う当ててんのよ!なのか?!
「袁術様、早くしてください。後が支(つか)えています」
いつの間にか紀霊が並んでおるじゃと?!
いやいや、順番待ちなんてするようなことではないじゃろ。
「……えっちなのはいけないと思います!」
「ちょっと理解が出来ませんね」
しまった。えっちは通じぬのか?!おのれ、似非三国志のくせに!サボるとか普通に使うくせに!
「う……む?ふむ……わかったのじゃ。では二人共横に並んでそこに座るのじゃ」
「「?」」
二人はよくわからないという素振りをしておるが、吾が誤魔化すのを止めたのを感じたのか指示通りにしてくれたのじゃ。
よし、後は吾の覚悟次第じゃな。
……ふー……では逝くぞ。
「「っ?!」」
ふう、初めて口付けをしたぞ……とは言っても頬じゃがな。
これなら海外では挨拶代わりでしている国もあるから無問題のはずじゃ。吾の羞恥心を除けばの。
さすがに口にはする勇気はなかったからこれで許して——
「うぉ?!どうしたのじゃ二人共!顔面が崩壊しておるぞ?!」
百歩譲って七乃はわかる。じゃが紀霊はいつもクールであまり表情を変えぬからびっくりじゃ。
なんというか……デレッデレ状態じゃな。顔が真っ赤で表情は……乙女の誇りを護るために内緒にしておくとしよう。
この後、七乃や紀霊が魯粛に自慢をしてどす黒いオーラを纏った魯粛にも同じようなことをすることになるのじゃがそれは割愛するとしよう。
政庁の改築、増築が始まったのじゃが……実は困ったことがある。
それは……吾には自身の館というものが存在せず、政庁に住んでおったから住む場所がなくなったことじゃ。
まさか太守になってホームレスになろうとは思いもせなんだぞ……よく考えればホームレスとは路上生活をする者を指すのであって無職であるとは限らぬのじゃな。今気づいたのじゃ。
それでどうしたかというと——
「というわけでしばらく厄介になるぞ」
「ハァ、貴女ね……せめて一ヶ月は前に連絡しなさいよ。五日前なんて非常識にもほどがあるわよ」
「すまんのぉ。実は事態に気づいたのがその頃であったのじゃ」
「……ハァ」
「まあまあ、そういうでない。吾と華琳ちゃんの仲ではないか」
「それは迷惑をかける当人がいう台詞ではないし、私と貴女の関係なんて学友以外にあったかしら」
冷たいやつじゃなぁ……まぁ目が笑っておるから本気で言っておるわけではないじゃろうがの。
話の流れでわかったじゃろうが、今華琳ちゃんが治める陳留におる。
せっかく暇ができた(仕事は文官達にぶん投げてきた)ので偶には親友(多分)との交友を深めようと思ってやってきたのじゃ。
まぁさすがに政庁完成までというわけではなく、吾の仮住まいが完成するまでの間じゃがな。
「それにしても陳留はなかなか栄えておるのぉ。さすが華琳ちゃんじゃ」
「……それは嫌味かしら?」
「いや、素直な感想じゃぞ」
「金がなければ南陽においで、仕事なければ南陽においで、寂しければ南陽においで……」
「なんじゃそれは?」
「巷で歌われているものよ。金も仕事も人情も南陽にはあると民が作った歌だそうよ」
ほー、それは知らんかったのぉ。
色々と情報操作はしておるがそのような方法は思いつかなかったのじゃ。そういえばこのような歌は現代でもあったような気がするのじゃ。
これからは積極的に広めるとするか……ってせっかく遊びに来たというのにまた仕事が増えたのじゃ。
「まぁ南陽と比べるのは無謀じゃろ」
「今度ははっきり嫌味を言ったわね」
「いや、自画自賛じゃよ」
「それが嫌味だって言うのよ」
そんな軽口を交わしつつ、宴が始まった。
ちなみにこれは歓迎の宴ではなく、自分達の仕事を増やした元凶の吊し上げの宴じゃ。
幹事は荀彧だというから気を引き締めて事に応(あた)らねば……万が一吾が男であるとバレたら殺されそうじゃ。
「さっきの話だけど……認めたくはない話なんだけど、ここが栄えたのは貴女と麗羽のおかげよ」
「む、どういうことじゃ?」
「貴女のところは言うに及ばず、麗羽のところも随分と貿易が盛んに行われているわ。そして南陽と冀州の間にあるのは……」
「ここということか」
ふむ、思わぬところで妙な影響が出ておるようじゃな。
そういえば華琳ちゃんに付けた裏商会の取引額が毎月増え続けておったな。こういう理由があったんじゃな。
やはり世の中報告書だけではわからぬこともあるのぉ。