第百二話
日も沈み、星が煌き、民家の火はほとんどが消えるぐらいの頃、吾は割り当てられた寝室で一人——
「はむはむはむ……はぁー……ストレスなく蜂蜜を食べれることは幸せじゃのぉ」
最近書類が減ってきたとは言ってもこれほど気兼ねなくおれる時間は少ない。
今頃南陽では怨嗟が声が響いておるじゃろうが表向き仕事をしておらんから吾に向いたものではないはずじゃから気にすまい……まぁ今回は珍しく誰も付き人がおらぬから七乃や魯粛などの事情を知っておる者からは怨まれておるじゃろうがな。
「……おお、他人の不幸は蜜の味というがまさかこのことか?!」
「いつからそんな悪趣味になったのよ」
「いや、さすがに冗談……ってなぜ華琳ちゃんが?!というかなんで無断で入ってきておるんじゃ?!」
「先程から呼んでたけど返事がなかったから入ってきただけよ」
……寝ておるという可能性は考えなかったのかや。
「寝てても叩き起こせばいいのよ」
「なんという暴君じゃ」
まぁ、吾も最初は華琳ちゃんと差しで飲むつもりではおったんじゃが風呂であのようなリアクションをみると少し時を空けた方が良いかと遠慮したんじゃが……この様子では大丈夫なようで良かった良かった。
「ちょっと座って待っておれ。その手に持っておるのはつまみじゃろ?とっておきの蜂蜜酒を出すからの」
「やっぱり蜂蜜酒なのね」
当然じゃろ。何を言っておるんじゃ。
一通り飲む準備ができてお互い合図も無しに杯を傾け、無言のままそこそこ飲んでそろそろかと口を開く。
「それで話はなんじゃ?」
「前置きはしないわ……帝が倒れたそうよ」
「それは騰爺ちゃんからか?」
「ええ」
ふむ、ならば確かな情報であろうな。
袁隗ばあちゃんはこの前の袁紹ざまぁの件を防ぐことができず、宦官達の評価を落としておるから知らされておらぬのか?既に吾の子飼いとなっておる十常侍の宋典から連絡が来ぬのは通じておるとわかっておるから他の十常侍が教えぬのか、それとも本人の自己保身のためか……どいつもこいつも役に立たぬ。
「……まぁ長生きした方じゃな」
大体三十代にならぬ内にお隠れになるからのぉ。どう考えても周りが使い勝手が悪くなった駒を切り捨てておるのじゃが……暗黙の了解というやつじゃな。
帝とは寂しい存在よな。
「言われてみればそうね……ってまだ死んだわけじゃないわよ。倒れただけ」
「先は長くないんじゃろ?」
「……」
沈黙は肯定じゃぞ。
しかし、よりにもよってこのタイミングか……せめて政庁が完成するまで保ってくれれば良いんじゃが……贅沢を言えば上海完成まで……は無理か、完成まで後三年は掛かるからの。
「それで……華琳ちゃんがそんなに真剣な顔をしておるのはなぜじゃ?」
予想はついておるがの。
「わかった上で言っているのかわかってないで言ってるのかは知らないけど、これから群雄割拠の時代が始まるわ」
うお、華琳ちゃんから覇気を感じる……華琳ちゃんならおそらく覇王色の覇気じゃな。孫権は見聞色っぽいの。え、劉備?常識的に考えて桃色じゃろJK(大事なことなので二回言ったのじゃ)
「そこでどうかしら、私と貴方で不可侵条約を結ばない?」
「…………そこは同盟ではないのか」
「あら、それじゃ面白くないでしょ。最後の敵候補の一人は貴方だと思ってるのよ」
いや、堂々と宣戦布告されても困るんじゃが……というか不可侵を結ぶんではなかったのかや?
「ちなみに他の候補は誰なのじゃ?」
「まずは麗羽ね。将は大したことないけどあの経済力と文官の層の厚さは侮れないわ。それに長安太守になった董卓、特に天下無双と名高い呂布は注意ね。そして……劉備。あの娘は化けるかその前に理想に倒れるか、どちらかしら」
あ、やはりハムの人はスルーか。結構頑張っておると思うんじゃがのぉ。
「そして……南陽という新たな経済中心地を作り出し、その手は揚州、豫州……そして朝廷にまで伸ばしている貴方よ」
「ほとんどが魯粛や七乃が頑張った成果じゃがな」
「それなら——」
続きの言葉がない。どうしたのじゃ?
「……それで、不可侵条約を結ぶ気はあるのかしら?」
「ふむ……」
これで本当に吾が天下統一を目指すならばこれを蹴り、全力を持って速攻で華琳ちゃんを攻め滅ぼすべきじゃろう。
正直、周りに敵なんぞ華琳ちゃんぐらいじゃからのぉ。
董卓は袋叩きにして終わった頃の話であるし、劉表のじじいは戦争になればどうとでもなる。唯一の対抗馬は馬騰ぐらいか……あやつらは戦争以前の話じゃからのぉ。
後強敵といえば袁紹ざまぁぐらいじゃが、華琳ちゃんを潰した後なら国力差で怖くはない。
つまり吾の選択は——
「良いぞ」
華琳ちゃんとは最後まで戦いたくないのは事実じゃ。
吾が思い描く通りなら、最初に攻め滅ぼすよりもっと国力を得てから決戦で決着をつけた方が死者は少ないはずじゃ。
勝ち負けは気にはせん。どちらが勝っても負けてもおそらく両軍の主要人物は死なんからの。
「……自分から持ち掛けておいて言うのもなんだけど……いいのかしら、独断で決めて」
「問題無い。吾の決定が南陽の決定じゃ」
(これが演技じゃなくて素なら敵じゃない……確かな情報が欲しいけど、この子の周りはしっかり防諜されているからわからないのよね)
それから散々遊び倒して華琳ちゃんに怒られ、春ちゃんに嫉妬され、荀彧から真名を預かり、秋ちゃんと和み、曹家のチート武将で遊んだりしてお泊り会を終えて南陽に帰ってきた。
荀彧……桂花の真名を預かるのは性別を隠しておるから心苦しかったが、春蘭も知らぬ(うっかり喋りそうで誰も教えてない)から今更かと流した。
そういえば、帰りもやはり商隊が付いてきて黒字になったぞ。さすが黄金律先生。
さて、そろそろ反董卓連合……かと思ったが帝は無事持ち直したようじゃ。
しかし先は長くないとは宋典からの情報じゃ、多分間違いなかろう。
さすがに二回連続でミスすればどうなるか、本人もわかっておるじゃろうからの。
「そして……やはり地獄の日々再来なのじゃ」
「こんな時にお泊り会なんてするからです」
「私を置いていった罰です!天罰です!それに苦しむお嬢様も素敵です!」
「張勲は振れないわね」
「なぜ使用人の私が置いて行かれたのか……」
「紀霊さんもぶれませんね」
うむ、皆いつもどおりで良いことじゃな。
「それにしても……なんで吾の部屋が全員相部屋になっておるんじゃ?」
「この方が効率的……と魯粛様が」(孫権)
「私も賛成しましたよ」(張勲)
「この前のこともありますから私は護衛として」(紀霊)
「皆でお泊り会です」(魯粛)
……まぁ別にいいがの。
煩悩に負けぬようにせねば……あ、後喰われぬようにも心掛けねばな。