第百三話
南陽に帰って来てから一番書類が多かったものは何じゃと思う?
話の流れ的にわかった者もおるじゃろうが……戦争の備え、つまり物資の生産、買い集めじゃな。
表立って動けば謀反の疑いを持たれるがゆえ水面下で慎重に行う必要がある……つまり、情勢に疎い末端はともかく、情報が集まっておる中枢には信頼できる者で固める必要があるわけじゃ。
そうなると自然と七乃、魯粛、紀霊、孫権などの幹部を使うことになるのじゃが、そうすると自然と処理能力の限界は早く訪れるわけ……ブラック企業化は当然ということじゃな。
特に急いでおるのは弓矢じゃな。
吾の軍は矢の消費が半端ないことは黄巾の乱で立証されておる。
数が多い黄巾じゃから必要以上に消費したという可能性もあるが、董卓の軍と当たるなら備えは万全にしとくべし……呂布怖い……張遼怖い。
食料も買い集めたいところではあるがあまりやり過ぎると価格の高騰により察知される可能性もあるから広い範囲から少しずつ集めておる。
一番効率が良く集めることができるのはプランテーションじゃな。市場に流すのをやめれば結構な量が確保できるからの。
その代わり豫州の一部の地域で食糧不足が起きたがそれはスルーじゃ。その代わり他から食料を買って売ってやったから大丈夫じゃろ。
……盛大なマッチポンプじゃが金儲けが目当てではなかったんじゃが……まぁ仕方あるまい。
「それにしても……李典、張り切りすぎじゃろ」
なんじゃこの費用は……一着の鎧だけで蜂蜜一樽より高いではないか……新素材を用いた鎧で重騎兵が携帯しておる弩ではかなり接近せねば貫通できず、周泰の斬撃で胴体半ばまでしか斬れず、重さは従来の物より軽いらしい……どんなチートじゃ。
確かに有用であろうがさすがにコストが掛かり過ぎる……と思ったがどうやら生産できる技術者が少なく月産百着程度であるらしいのでGOサインを出した。反董卓連合までに正規軍に行き渡らせることができれば良いが。
他にも大盾、床弩、新型投石器など様々な物が生産されておるが鎧ほどは重要ではない。
「お嬢様が好きにするように命令したのが原因だったかと」
「孫権の言う通りなんじゃがの?もっと日常品を優先するかと思っておったんじゃ」
李典は頼めば兵器開発もしてくれてはおったが、あまり気乗りしておらんかったはずじゃ。なのになぜこれほど精力的に動いておるのじゃ?
「李典さんが黄巾の乱の被害者と話す機会があり、その時の悲惨さを聞いたようで自分にできることを……護るために開発へ力を入れたようです」
……なるほど、李典自身も元は守られる側であったわけじゃから思うところがあったというわけか。
良い傾向、なのかどうかは判断がつかぬが兵士にとっては良い傾向であろうな。装備を一新したため今までの装備は予備兵へと回されることとなり、他の軍では武官が着るような上等な装備が予備軍の装備となったのじゃからな。
吾ながら贅沢な軍じゃ。
「ああ、それと鎧を斬ることができずに周泰が凹んでましたから声を掛けておいてください」
……普通なら鎧なんぞ斬れぬと思うが……それで満足するような者達ではないんじゃよなぁ。この世界の武官は。
「わかった。話しておこう」
周泰を励ましてきた。
思った以上に凹んでおったが隠れた猫スポットに連れ行ったら一発で機嫌が治った。周泰は分かりやすくて良かった良かった。
これが甘寧や周瑜だったりしたらどうしたらいいかわからぬ……孫策?あれは凹まんじゃろ。
猫を撫で回したため毛だらけになってしもうたの。
着替え……いや、ちょっと早いが風呂にするか……それにしてもここ最近風呂に入る機会が多いような……一日一度じゃから気のせいなのじゃが……はて?
華琳ちゃんと伴に風呂も良いが、やはり家の風呂が良いのぉ。
安心感が違うのじゃ。
「しかし……身体を洗う物の開発もせねばならんの」
布も悪くはないが吾はスポンジ派なのじゃよ。
それにしても……髪が長いと洗うのも手間じゃな。この長さになって随分経つがやはり慣れぬ。
使用人にでも手伝ってもらえれば良いのじゃが……事情がのぉ……それにこの点では紀霊や七乃は信用ならん。うっかり襲われでもしたらそのまま美味しくいただかれてしまう。
…………ん?
「お嬢様、周泰のことありがとうございます。お礼にと言ってはなんですが背中……を……」
………………
……………
…………
………
……
…
「キャーーーーーー!なのじゃ?!」
「それは私の台詞ですから?!え、なんでお嬢様に…………もにょもにょがついてっ?!ど、どういうこと?!」
み、見られてもうた?!
なぜじゃ、出入り口には親衛隊が張り付いて——あ、そういえばここのところブラック企業化したせいと中央の動向を知るため影を動かしておったんじゃった?!
「……お嬢様……お嬢様?……まぁいいわ。これは一体どういうことか説明していただけますね」
お、おう、なんだか今までにない感じたことがないぐらい……それこそ華琳ちゃんにも勝るとも劣らない王としての威厳を感じるぞ。放つタイミングがここなのかは疑問じゃがな。
「それはそれでいいんじゃが……とりあえず、前を隠したらどうじゃ」
「………………」
……?孫権にしては珍しく冷静じゃな。
孫権はトラブルに弱いと思っておったが、慌てた様子もなく布で身体を隠したの……ちょっと残念ではあるが先ほどの光景は脳に焼き付けておるぞ。
一言で言えば……褐色ってイヤラシイのじゃ。
「さて、OHANASHIしましょうか」
あ、一周回って冷静であっただけで静かに怒っておるじゃろ?教えたつもりもないネタが頭に過ぎったぞ。