第百四話
今、どのような状態かというと……正座をしておる。
正座……それは格式高い座り方にして拷問としても使える万能性を持ち、更に深い謝罪や崇拝、敬意を表す土下座への移行もできる。
そんな正座をして懇々と説教されておる。
ただし、吾ではなく、孫権が、じゃ。
「私達ですらほとんど拝見できない袁術様のお姿を貴女は見たというのですか」
「嫉妬で人を殺せたなら!」
「使用人である私ですらご同伴できていないというのに……」
……うちって大丈夫じゃろうか?信じられるか?今をときめく経済の中心南陽の幹部がこのような奴らじゃぞ?
いや、ちょっと待つのじゃ。ほとんど拝見できない?ほとんど、じゃと?
「いや……その……私の裸も見られたのですが……」
「「「それはご褒美です」」」
「む、胸やお尻も触られ——」
「「「ご褒美です」」」
これがマジョリティーとマイノリティーというやつか……いや、何か違う。このようなことで実感するものではないはずじゃ。
孫権の方が正しいはずなのに数では七乃達が上回っているせいで正論が通じぬ。
おい、おぬしら、あまりやり過ぎるでない。なにやら孫権の勢いが……む?涙目になっておらんか?
「や、やめじゃ。やめ。というかなぜ孫権が吊るし上げにあっておるんじゃ?!」
いや、本当に、なぜこんなことになった?
確か……
孫権と共に執務室兼私室へ向かう。
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ばったり魯粛と遭遇。
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孫権、魯粛に事の次第をオブラートに話す。
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事態を把握した魯粛が犬笛を吹く(幹部の緊急招集の合図)
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七乃、紀霊……そしておまけに周泰と甘寧が集まる。(そして周泰と甘寧は追い返す)
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私室に連行。
↓
孫権の吊し上げ←今ココ
…………うん、対応事態は間違っておらん……そもそも吾は何もしとらんの。
これは孫権の自業自得……ではないが、少なくとも判断を誤ったのは間違いない。
魯粛が吾に入れ込んでおる理由が男であるから、もし孫権に秘密が漏れたら消されるという可能性を考慮すべきだったのじゃ。
まぁ魯粛はどちらでもイケる二刀使いであるから吾の性別なんぞ気にしないと踏んで話したのかもしれんが……そこまで孫権が知っておったか謎じゃがな。
ああ、二刀使いではあるがロリショタとものすごい業の深さなのも注意じゃ。実は程昱もこっそり狙っておるらしいしの。
どうも孫権の妙なところでの甘さが抜けぬな。
一度中央で揉まれて来させるべきかもしれん……いや、黒いのは肌だけで良いか。謀略家になられでもしたら吾の安らぎが……。
「大丈夫か孫権」
とりあえず孫権を慰めるように抱きつく。
普通に拒否られると思ったがすんなり受け入れられた。
「ハァ……誰でも一つや二つ隠し事ぐらいありますから……それに私の不注意があったのも事実ですし」
と吾の頭の上でぶつぶつと呟きながら整理しておるようじゃ。
そういえば溜息をつくと幸せが逃げるというが実は溜息はついた方がストレス解消になって良いらしいぞ。
「お嬢様……孫権さんの胸の感触はどうですか?」
「最高うおぉーーーーあ、肋が砕けるのじゃ?!」
な、七乃!余計なことを言うでない。つい本音で返してしまったではないか。
ぐぁ、孫権め、ベアハッグとは、やって、くれる。
「実は全然反省してないでしょう?」
「そ、そんなことは、な、ないぞ」
「では、これからは悪戯しませんね?」
「………………ギブギブ!!ちょ、折れるのじゃ?!ちょっとした冗談じゃ。心配せんでも吾のことを知る者にそのようなことはせん。その証拠に七乃を始め、魯粛や紀霊にそのようなことはしたことないのじゃ。しても膝枕や膝に乗るぐらいじゃ」
吾の言葉を聞いて本当ですか?という確認の視線を七乃達に向ける。
「残念ながら本当ですねー。実は男色なのかとか実は逆に女の子なのかとか不能なのかとか思っちゃったりしましたね」
「いえ、お嬢様は立派なものを……ハッ?!」
「「「そこを詳しく」」」
「話さんでいいからの!詳しくも大雑把にも話さんでいいからの?!フリじゃないぞ?!」
何が悲しくて吾の息子の話をされねばならんのか。
というか男の娘のアイデンティティーを崩すようなことを言うでない!
孫権にとうとう国家機密がバレてしもうて早半年。
お互いの距離感が微妙に変わった……ような変わっておらんような?
知った最初こそソワソワしておったが、いつの間にかあまり変わらぬ距離感になり、なぜか以前より微笑ましく見守られるようになった。
理由は知らんが拒否されるようなことがなくてよかったのじゃ。孫策達にも話をしておらんようで良かった良かった。初めての身内の粛清が孫権なんて嫌じゃからな。せめて孫策ならいいがの。
それにしても……今更ではあるが孫権はなぜが警備が手薄な時に狙ってくるのぉ。
吾が働いているところに出くわしたのも警備が手薄になっておる時じゃったが……まさかそういう星の下に生まれておったりするんじゃろうか?……いや、どういう星じゃ、それは。
そんなラブコメのようなドタバタがあったが、次の日からはほぼ平常通りであった。
南陽にそれほどの変化はない。ただ一つ、予備兵の拡大を行ったぐらいか。
これからのことを考えれば当然の処置じゃな。
むしろ激しく動かしたのは揚州じゃな。
揚州は司隷から離れておることもあって大きく動いたとしても中央はあまり関心を抱かんし、吾が前もって伝えてあるのだからもっと関心がない。
揚州は豪族連合とも言えるほど豪族に力がある。
袁遺はそれの代表をしておるような形であり、意思決定に時間が掛かるので……いくつか大家を潰したのじゃ。
もちろん力を持って……というわけじゃないぞ?武力なんぞ振り回しては味方になる者も敵になるというものじゃ。
こういう時にこそ役に立つのが金じゃな。
ギャンブルにハマらせて借金漬けにして一族郎党奴隷、もしくは官僚という名の首輪付きにしてやったのじゃ。
いやーギャンブルって怖いのぉ。
まぁそもそもこの時代のギャンブルなんぞチンチロリンや丁半のような原始的なものばかりじゃから未来知識を持った吾が提供したギャンブルにハマらぬわけがない。
実際南陽に作った賭博都市では毎日破産者が出ておる……もっとも仕事に困らぬ南陽じゃから破産してもすぐある程度取り返しができるがな。
それはともかく、この工作によりまとめ役が不在となった豪族達はガタガタになり、取り込むことに成功したのじゃ。
以前の鎮圧ではあくまでも渋々であったが、今回は借金の肩代わりというマッチポンプによりスマートに取り込むことができた。
いやー、金とは恐ろしい物じゃの。
「で、とうとうこの時が来たか」
「はい。すぐに動けるように手配いたします」
吾等の元に届いた一通の手紙。
それは……霊帝の死という名の群雄割拠への通知。
これからどうなるか、楽しみ……などと思うほど吾は戦いが好きではないが、より良い未来のためには仕方あるまいな。