第百六話
「さて、皇太子達とお話する前におぬしらに選択肢をやろう。権力を捨て、そのかわりに生活に心配せず安静に生きていくか、それともお隠れになられた陛下の後を追われるか、どちらが良いか心して答えよ。生きることを選ぶならば抱拳礼にて答え、質問がある者は挙手して吾が許可してから答えよ。それ以外は陛下の後を追うということになるぞ」
ふうぅ、長い台詞じゃったの。
しかし、インパクトを与えることに成功したようで種無し共は唖然としておる。
お、本当に宋典がおるな……ふむ?意外と飲み込みがいい奴だったのだろうか、顔色が悪くなっておるということは吾が言っておることを本気にしておるようじゃ。
普通なら——
「小娘!何を馬鹿なことを——」ゴトンッ。
「我らを誰か分かった上で——」チリィーン。
このように口だけは達者に動くものじゃがの。
まぁその口も胴と離れれば永遠には動けぬであろうがな。
これで十常侍は後三人か……これも絶滅危惧種というのじゃろうか?むしろ絶滅してしまえ種に違いない。他に絶滅してしまえ種がおるとしたらゴキブリじゃな。
護衛もろくに動くことができんとは……やはり中央は腐っておるのぉ……いや、紀霊と甘寧に対抗できる者なんぞ、そうはおらんじゃろうがな。
それにしても——
「ふむ、さすが陛下が父と母と呼ばれておった方々じゃ。間髪入れずに陛下の後を追うことを選択されるとは……その忠義、百代先まで(汚名が)語り継がれることじゃろう」
まさか真っ先に動いたのが張譲と趙忠とは……ちなみに張譲は紀霊、趙忠は甘寧が殺った。
「さて……残りの方々は……む、宋典か、なんじゃ?」
まさかこの流れで普通に挙手されるとは思わなかったぞ。
と言うか顔色が悪いが事態の飲み込みは早いのぉ宋典、思ったよりは使える奴なのかもしれん……が既に表舞台から退場するのは吾等にとって既定路線であるがな。
「我らの扱いはどうなるので」
「行動に制限が加わるし、禁忌とされておるものはできなくなるが、それ以外はあまり変わらん生活になるぞ」
無闇に殺し過ぎるといらぬ恨みを買うかもしれんからの。
贅沢な食事、女、美術品程度なら用意してやるのじゃ……と言ったら残った者達は抱拳礼をした。
これで面倒な奴等は解決じゃな。
いやー十常侍の幕切れもあっけないものじゃのぉ。
さて、続いては皇太子達か……正直扱いに困るのじゃ。
元々ぞんざいに扱うつもりはないが、南陽の民に皇太子達が訪れておることは知られておる……十常侍が頼んでもいないのに喧伝しておったようじゃからな。おかげで吾が誘拐したなどといういらぬ疑いは掛けられぬはず……いや、袁紹ざまぁや何進ならばわからんか。
皇太子の扱い……とりあえずどちらかを帝の座へ担ぐ必要があるな。吾自身が帝になるとしてもまだまだ時期ではないし、何よりなる気がない……いや、ブラック社畜を辞めるにはいい機会か?
……いやいや、ブラックを抜けるために帝になるって吾はどんだけ追い込まれておるんじゃ。
「というわけで、おぬしらどちらかに帝になってもらう。待遇はどちらにしても贅沢な生活を悠々と過ごすことができるし、帝の仕事ではないかもしれぬが適度に(当社比)仕事があり、責任もあるゆえ好きに選ぶが良い。正直どっちがなっても問題ない。帝が飾りなのは今更じゃからな」
「さすがお嬢様、皆がわかっていながら恐れ多くて決して口にしないことを平然と言ってのける……そこに痺れます!憧れますぅ!」
「フハハハハ、もっと褒めてたも褒めてたも」
うん、皇太子達は唖然としておるな。
まぁ今まで周りにおった者達がこのようなことを言うわけがないから当然といえば当然じゃの。
唖然としておったが時間が経つと事態が飲み込めたのかお互い話し合い始めたが……劉弁は帝なんて面倒だから、劉協は年功序列という理由から譲り合うことで話が進まなくなったのじゃ。
劉協はともかく、劉弁……正直すぎるじゃろ。
結局やる気のない劉弁の言い分に負けた劉協が帝となることでまとまった。
どちらでも良いとは言ったが劉弁が帝になってもらえたなら何進をこちらの味方に……ん?味方となって何か得するか?むしろ不和の要因にしかならぬから丁度良かったか。
「さて、本当の戦いはこれからか」
劉表のじじいを討伐に……とかそういう話ではない。
まずは戴冠式じゃ。
そう、戴冠式なのじゃよ……また仕事が……しかも鬼のように……いや、元々地獄じゃから鬼は超えておるか?何にしても、ものすごい量が増えるぞ。
「これは久しぶりの修羅場じゃな」
おかしいのぉ。優秀の部下が増えたというのになぜ仕事が減らぬ……あ、吾が黄金律で調子に乗った結果じゃった。
皇太子達を迎え入れて大きく変わったことがある。
それは……荀攸を筆頭に楊彪や士孫瑞など中央で働いていた臣下達の気合の入り具合じゃ。
今まで威張り散らしておった十常侍のほとんどは死に、生き残った者も軟禁状態、これを喜ばぬ豪族は売官ぐらいしかおらん。
もっともその気合の入った者達をも飲み込む——
「この仕事量は過去最高じゃな」
「だから上海の建設を後に回そうと……」
「しかしこういう事態になったからこそ公孫賛との友好関係に罅が入るようなことは避けねばならぬと説明したじゃろ」
「それはそうですが……」
まぁ肌より黒いクマができるほど働いておる孫権の言いたいこともわからんでもないが、上海建設は徐州にも影響があるので見過ごすわけにはいかんのじゃ。
「せめて魯粛と七乃がおってくれれば……」
「魯粛様達は司隷……洛陽の確保に向かったのですから仕方ないですよ……同意しますけど」
そう、事務能力の高い魯粛、七乃、そして呉懿と甘寧は軍を率いて司隷……というより首都洛陽の確保に向かわせた。
既にクーデターは鎮まっておるから制圧は簡単に終わるじゃろうが……地獄のような書類地獄(大事なことなので二回重ねたのじゃ)が待っておるから逃げたなどとは思わぬぞ。
地獄の前の休息(移動時間)ぐらいは大目に見るのじゃ。
ちなみに盧植はまだ長安に居るから丁度良く董卓との同盟を打診しておる。
「それにしても……よろしいのですか、十常侍を駆り出すのはともかく、陛下と皇太子(劉協に子がいないため継承順位変わらず)まで働かせて……」
「まぁ自分の部屋や宴に出す料理や見世物ぐらいは自身で選んでも問題なかろうよ」
「いえ、それだけなら言いませんが、普通の仕事も随分回してるわよね?」
そ、そんなわけなかろう。誰が国のトップに雑用を頼むというのか。
そんなことしたら吾が打首になってしまうぞ。はーっはっはっはっは。
「ハァ……減らぬのぉ」
「……減りませんねぇ……あ、お嬢様、そろそろ時間です」
む、もうそんな時間か。
あやつらを見送りせねばならんが……いかんな。目のクマをファンデーションで消してからじゃな。
……それにしてもこのファンデーション、なんでできておるんじゃろ?于禁が旅の行商人から手に入れたといっておったが。
「程昱、郭嘉、二人共今までご苦労じゃったな」
「本当疲れましたねー」
「程昱っ!」
「でもそれと同じくらいいい経験をさせてもらいましたよー」
「それならば良かったの」
「私も……いい経験をさせてもらいました。そしてこの忙しい時に出て行くことをお許し下さい」
「全くじゃ……と言いたいところじゃが、約束じゃからの。吾は約束を破らぬいい子じゃからな」
本当に辛いがのぉ。
まさかこのようなタイミングで契約が切れるとは……くっ、後何日徹夜すればいいか全く予想がつかんぞっ?!
「そうじゃ。魯粛がこれをおぬしらに渡すようにと言われておったんじゃった」
「これは……曹操様への書状ですか……内容は同盟、もしくは不可侵、そして陛下の支持というところでしょうか」
ほう、さすが郭嘉、察しが良いのぉ。
しかし陛下のことは書いてはおらんぞ。
華琳ちゃんはこのままじゃと厳しい立場におかれる。
袁紹ざまぁの下に何進が居ることはわかっておる。
そして何進がおる以上、その息子である劉弁が吾の下に居る限り敵対することはまず間違いない。
そうなると華琳ちゃんは北に袁紹ざまぁ。西と南を吾に囲まれることとなるじゃろう。
となると吾を支持するようなことがあれば袁紹ざまぁを敵に回し、最前線となり、袁紹ざまぁを支持すれば吾を敵に回した上に二方向……正確に言えば司隷、豫州、揚州の三方向から攻められることになるが……その時に袁紹ざまぁが助けてくれるかというと……さて?
「吾は知らんが、大事な書状らしいからおぬしらに任せるように言われておったんじゃ」
「最後の最後に大仕事ですねー」
「あ、報酬もあるんじゃった。ほれ」
「これは……」
「蜂蜜じゃな!」
「「最後の最後まで蜂蜜ですか」」