第百八話
乗り切った。
乗り切ったのじゃ。
今は久しぶりにまとまった睡眠時間が取れて目が覚めたところじゃ。
もっとも吾が寝ておったのは部屋の寝台ではなく、馬車の中に用意された寝台じゃがな。
実は戴冠式の準備ができたので洛陽に向かっておるのじゃ。
もちろん、皇太子達もおるぞ。十常侍は当然お留守番(という名の仕事漬け)じゃ。
護衛の数は近衛隊三千に正規兵三万、孫家兵三千と本来ならば太守如きが動かせぬはずの数を動員しておる。
これは皇太子達を手に入れた恩恵じゃな。
……纏まった睡眠時間ができたのも持って行ける書類の量に限度があるためで、全ての仕事が終わったわけではないがな。
しかし、移動時間が休暇などとブラックを通り越してブラッドではないか?そのうち血尿とか周瑜のように血を吐いたりせんか心配じゃ。一度何としても華佗を捕まえて診察してもらわねばならんな。もちろん幹部全員じゃぞ。
「お嬢様。お起きになられましたか」
「周瑜か、おはようなのじゃ。寝ておる間に大事はないか?」
「おはようございます。予定を順調に消化し、問題はございません」
今回のお供は周瑜と孫策じゃ。
孫策がどうしても同行したいと申したので仕方なく連れてきたのじゃ。
周瑜の仕事量は末端の文官よりは多いが、所詮客将……の臣下じゃから正式な客将である程昱達よりもずっと立場は下じゃから問題はない……はずじゃ。
まぁ、そんな客将ですらない……そう、いわば客人である周瑜に侍女のような仕事をさせるのもどうかと思ったが本来その役割である孫権は現在、代官として南陽の責任者となっておる。
そして客将である孫策はあのような性格じゃから侍女に向いておらん。
本来の侍女達は南陽で仕事中じゃ。吾の侍女は武は大したことないが文官としては能力も高い(デスマーチによって鍛えられた)……高いばかりに置いていくしかなかったのじゃ。今侍女達が抜ければ文官達が蜂起しかねん。
というわけで侍女がおらんから周瑜にお願いしたわけじゃ。
もっとも日頃はわりと気楽な友達付き合いをしておる周瑜じゃが、こと仕事に関してはガッチガチであるから肩が凝って仕方ないがの。
いつも通りな方が気楽なんじゃがのぉ。
……あ、ついでに黄蓋もおるぞ……わ、忘れてなんかないんじゃからなっ!
「……ん?孫策と黄蓋がおらんようじゃが……」
「孫策様は物見に出ています」
ふむ…………ふむ、なるほど、孫家の部隊が全ておらん。ということはあれか?行軍訓練でもしておるのか。
戦時でも無いというのに物見に三千もの兵を使う必要があるか、と思ったが訓練ならばわからなくもない。
おそらく、これから群雄割拠の時代が来ることを予見しての行動じゃろう。
……あ、そういえば反董卓連合ならぬ反袁術連合が組まれる可能性が高いとなると孫策達の扱いが難しいことになるの。
孫権は裏切らぬと信じておる……というか偉くなりたい、名声を得たいなどの理由なら吾に頼めば普通になれるからの。金に関しては吾、魯粛に次ぐことから必要なかろう。
ちなみになぜ七乃と紀霊の名が上がらぬかというと、この二人は給金を貰わずに働いておるガチな吾の信者だからじゃ。もちろん金以外で色々と優遇しておるがな。
それに比べて孫策達は信用できん。
吾が悪でなくても悪と断ずれば反逆を企てかねん。面倒じゃから地方に太守か県令で左遷して反逆を促す方が簡単なんじゃが……孫権のことを思えば、ちと無理じゃな。
最近溝が出来ておる二人じゃが、やはり兄弟は兄弟じゃ。殺されたり、あえて反逆させられては思うところがあるはず。
となると手元に置いて監視する方が無難なんじゃが……そうなると今度は本人達の不満が溜まりそうじゃな。
扱いが面倒な奴らじゃ。
いっそ最前線予定地である汜水関を任せてみるか?例え寝返っても虎牢関があるから負けるわけでないし……しかし、そうなると客将という立場は問題じゃな。まさか客将に要所を任せるわけにはいくまい。
だからと言って正式に吾の下に付くわけもなく……おお、そうじゃ。吾には新しい武器が手に入ったのじゃった!
よし、孫策に官職を与えてやればいいのじゃ。
既に漢王朝は傀儡政権に過ぎぬ……って元からか、それはともかく、これで汜水関を任せる口実はできたの。
これでもし袁紹ざまぁに寝返ったとしても吾が追い込んだわけでもなく、ただの裏切り者じゃから孫権は幾分かマシじゃろう……多分……それに武功をあげるいい機会じゃろう。
……あ、孫策達に吾の兵士を預けることになるのか……さすがに不安なんじゃが大丈夫じゃろうか。原作でも確か吾の兵だから、袁紹ざまぁの兵だからと磨り潰すかのように使っておったような?それにああもう!孫策達は使いにくいのじゃ!!
戴冠式終了なのじゃ。
劉協は陛下と呼ばれるようになり、劉弁は慣例的に王を名乗ることになった。
さて、仕事仕事……と言いたいところじゃがその前に問い詰めておくことがある。
「どういうことじゃ!吾が太傅じゃと?!何の冗談じゃ!」
そう、なんと三公の一つである太傅に吾が任じられることとなったがそのような話聞いておらんぞ!
「実はですねー。袁隗様からのご指名なんですよー」
「なぬ?」
話を聞いてみれば、袁隗ばあちゃんが支えておった霊帝が亡くなり、それに伴い隠居すると言ったことが切っ掛けだったらしい。
そういえば政争に疲れてきたと言っておったな。
それで袁隗ばあちゃんが跡継ぎに吾を指名したとのこと、とっても迷惑じゃ。
吾にこれ以上仕事をさせる気か?!
「いや、現実的に無理じゃろ。いくら太傅が陛下の教育係だということを盾にして小突き回して仕事を押し付けるにしても吾の仕事は減らんぞ」
むしろ教えるのに大変そうじゃ。
それに記憶が確かなら太傅は録尚書事を兼任するはず……これはいっそ袁隗ばあちゃんが吾を殺しにかかってると思うべきじゃろうか
「何より仕事がどうにかなるとしても吾が太傅なんぞになれば袁紹ざまぁが黙っておらんじゃろ」
「それは皇太子……いえ、陛下と王を迎え入れた段階で変わりないかと」
ぐっ、まぁそうじゃな。
しかし、しかしじゃ……これは本当に董卓ルートを辿っておるんではないか?
…………もしや吾にとっての呂布は孫策か?