第百十話
<劉表>
なぜ、こうなった。
儂はあの小娘に大体のことは劣るとは思っておらん。
ただ、運と金だけは勝てる気はせん。
あの魯粛の手腕で成り上がったとはいえ、それを起用したのはあの小娘じゃ。
それに張勲、紀霊など曲者であるが厄介な者もおる。
しかし、儂は負けぬ。
側近達が得た情報で負けはないと確信した。
戦って勝たねば儂の先はなく、側近達も今まであの小娘の邪魔を散々してきたこともあり先はない。
つまり儂らに戦わぬという選択はない。
そしてこの好機、見逃すわけにはいかん……そう、儂ら全員の思いであった。
「フーハッハッハッハ、わざわざ出迎えご苦労なのじゃ」
なのになぜ……なぜ儂は……戦う前から膝をついておる!!
「ふん、やはり平和ボケしておるな、劉表」
「なんだと?!」
「なぜこうなったかわかっておらんのじゃろ?だから平和ボケしておるというのじゃ」
小娘が生意気なことを言いおって!
「ハァ……おぬしはわかっておらん。いや、袁紹や馬騰、劉備など多くの者が理解しておらんじゃろうから責められぬか?」
なんだ。
一体何がわかっていないというのだ。
「これは、戦争、なのじゃよ」
「そんなこと——」
「わかっておらんよ。今までのような政争ではなく、戦争。戦争というのは……なんでもありなんじゃよ。例えば内応させて城を落とし、敵の兵を根こそぎ抱き込んで寝返らしたり……の」
そんなこと一々想定していたら軍が動かせぬわ!!
百歩譲って城を盗られるのはまだわかるとして、率いておる兵が全て寝返るなどと誰が予想する!
「だから甘いというのじゃ。今、おぬしの……いや、もう既に吾の襄樊か……の経済状況がどういったものか知っておるか?」
「意味がわからぬ」
「魯粛が言うには民の生活を支えておるのは吾等の商会らしくての。その気になればおぬし等などいつでも始末できたのじゃよ」
そんな馬鹿な……そんなことができるわけが……。
「まぁそういうことじゃからの。劉表にはここで死んで……もらう予定じゃったが、哀れなおぬしもう一度機会をやろう。どうじゃ吾は優しいじゃろ?」
魯粛さんの仕込みが完璧過ぎる件について。
なんで劉表のじじいの兵士が全員寝返っておるのじゃ?劉表のじじいじゃなくても絶望しかないじゃろ。
てっきり波才と牛金で数が圧倒的劣勢じゃから吾の知識を伝授(もちろん直接ではなく書物で)したえげつないゲリラ戦でも展開させるのかと思っておったんじゃが……魯粛よ。吾にまで黙っておらんでもいいじゃろ
それに襄樊も既に落ちたらしいしのぉ。
難攻不落の城が落ちる時は決まって内側からというトールなハンマーを持つ要塞が教えてくれておるが、本当にこうなるとはのぉ。
まさかの初戦、双方被害零とは……これってマジで吾、天下取れるのでは……いやいや、増長は死を招く、勝って兜の緒を締めよと言うしの。
劉表のじじいは吾等の軍の出迎えに来て(ということになっておる)劉璋の後見人になることを了承して(させ)既に益州に入っておる。
そのまま殺処分でも良かったのじゃが……劉璋が旗色を明確にしておらんから万が一敵側になった場合、馬騰と合流されたりなどされれば面倒なことになるので未然に防ぐ一手として活用することにしたのじゃ。
それに荊州には劉表のじじいに忠誠を誓っておる者もおるゆえ、殺せば抵抗されて荊州を制圧するのに時間が必要になるからのぉ。
劉表のじじいが生きておれば合流するじゃろうし、寛容さを示せば降伏もしやすかろう。
……まぁ、そのうち滅するのは既定路線じゃがな。
「だから孫権……機嫌を直してたも」
「……」
うう、孫権がジト目で睨んでおる……ちょっと癖になりそうじゃ。
いや、まぁ吾も孫堅の仇討ちのつもりじゃったから気持ちはわかる。わかるが……やはり個人の思いと減らせる戦と兵士の被害を比べると、吾は後者を選ぶしか無かったのじゃ。
吾は……今となっては国(仮)を背負う者じゃからな。
もちろん心情がメリットを下回ればその限りではないが、今回は残念ながらメリットが上回ってしまったのじゃ。
「ほれほれ、膝枕してやるから許してたも」
「そんなことお願いした憶えはありません!」
む、結構需要があるんじゃぞ?七乃達だけに、じゃが。
「ではおまけに耳掃除も付けてお値段なんと一億貫!」
「全然安くないですから、誰が買うと——訂正、今、ここに買う人はいないわ!」
ふふふ、だいぶ理解してきたようじゃな。そう、七乃達なら即金で買うぞ。多分ローンを組んでも買うぞ。
それに……随分袁紹ざまぁ達の戦準備で儲けたようじゃからな。戦争が起こることがわかっておれば負けぬギャンブルと化すからの。
周瑜も随分資産を増やしたようじゃぞ。まぁ吾等とは比べ物にならんが。
主に食料を買い込み相場を釣り上げておったがそれを馬騰のところに売っぱらうと更に三倍ぐらいになったな。
もちろん表向きは吾等が関わっておらんことになっておる。
いくら馬騰が力をつけたとしても所詮騎馬、城を抜くことはできんし、被害が出るとすればまずは董卓達じゃろうからな。
吾等に影響はない……はずじゃ。
「とりあえず袁紹ざまぁ達を退けるまで待って欲しいのじゃ。戦線を真反対に増やすと被害が増えるからの」
「……わかってます。理解はできます。でも納得出来ない……今日はこれで失礼します」
「これ、それとこれとは話が別じゃ。仕事は山のようにあるんじゃぞ?!」
「……残念です」
まさかそれを狙っておったのか?!
孫権が黒くなってしもうた!?……あ、元から色黒さんじゃったな……って違う。
一体誰の影響じゃ
「おそらく一番影響しているのはお嬢様かと」
「ぐふっ、心当たりが多すぎて弁明の余地がないのじゃ」