第百二十二話
陛下達の宮殿は無事だった。
本来なら真っ先に焼かれるはずである宮殿は突貫工事で簡易ながらも要塞化しており、それに籠城した七乃達の奮闘したのじゃ。
兵士こそ農民兵がほとんどであったが武装だけは一級品ばかりを揃えておったから間断なく弩による矢の雨を降らすことで圧倒的な勝利であったと報告があった。
問題は籠城する分には問題なかったが、追撃戦の上に市街戦を行うには兵士の練度が心許なかったことじゃ。
宮殿や朝廷を守り通すことはできた。しかし、守れたのはそこまでじゃった。
陛下も吾も確保できぬと踏んだ内応者達は吾等側の豪族達の屋敷を襲うことに切り替えた結果がこの惨状じゃ。
一応信頼できる者達には事前に戦の準備はしておくように言っておったが、やはり攻撃側にイニシアチブを取られるために被害が大きくなってしもうたようじゃ。
しかし、調子に乗って略奪していた内応者達は涼州軍が敗北したことを知ると蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、今となっては何処に言ったのか不明じゃ。吾の予想では袁紹ざまぁと合流するつもりじゃろう……いや、もしかすると一番近い反袁術連合に参戦しておる華琳ちゃんを頼るかもしれんな。
色々と言ったが、つまり何が言いたいかというと……。
「圧倒的文官不足!」
「いっぱい文官さん死んじゃいましたからねぇー」
有能な文官の被害は少ない。
しかし、問題なのは吾等はあまりの書類の多さゆえに有能な文官が必要なのではなく人海戦術、質より量が必要としておるのじゃ。
程昱や郭嘉のように統率できるなら話は変わるがそういう人物は限られるからのぉ。
「そういえば七乃、無事で良かったのじゃ」
「今ですか?!それを言うの今ですか?!嬉しいですけど!!」
ちなみに吾等が洛陽に帰還して四日が経っておる。もちろん、吾も七乃も魯粛も一睡もしておらんぞ。そんな贅沢は吾等に許されぬのじゃっ。
……まぁいつものことであるがな。
万全な状態でいつもギリギリな仕事量じゃが、多くの文官が死んだことで組織がガタガタになり再編できたのが二日前、マジで書類で溺れそうになったので涼州、冀州に展開しておった裏商会を最低限に縮小を決定したのが昨日のことじゃ。
涼州や冀州の情報が減ってしまうがやむを得んな。自領を疎かにして敵地ばかり気にしておる場合ではない。
他にも危険性が高いとして道路整備を後回しにして治水工事に合流させたり、行商人護衛サービスを軍の輸送部隊と共に行わせたり、根本的な解決を目指して新たな人材を求めたり、宮殿の面倒な仕来りを整理したりと仕事量を減らす試みを行ってみた結果毎時間三センチほど書類が減らすことに成功した。
特に宮殿の仕来りを簡略化できたのは嬉しいことじゃ。こんな有事でないとこのようなことはできぬからな。
いやー、長ったらしい儀式をバッサリカットしてやったぞ。まぁ文化保護という観点から定期的に正式な手順で行わせるようにする予定じゃ。
もっとも儀式が短くなって陛下達も喜んでおったがな……一体誰のための儀式なのか……決して書類のノルマが達成できずに罰ゲームを受けるのが嫌がってのことではないはずじゃ。
「それにしても周泰から報告が来んのぉ……」
本来なら周泰の心配なんぞ実力からしてそうはせんのじゃが、今回の相手は本来の主人公と蜀後期の英雄にして戦犯と名高い生姜こと姜維じゃからついつい心配してしまう。
影達もいくらか連れて行ったから逃がすことはあっても負けることはないはずじゃが。
<周泰幼平>
あれが標的ですか……派手な服装で逃げ切れると思っているのでしょうか。
一度見失っても網さえ張っていれば見つかりそうな格好ですよ。
しかし……伴をしているあの女性は負傷しているとはいえ正面から戦っては勝てるかどうかわかりませんね。
正面から戦うなんてことはしませんが。
これで十本目の投擲用の短刀を投げる。
狙うは彼女ではなく、明らかに動きが鈍い派手な男の方。弱い方から狙うのは狩りの鉄則、この方法で護衛三十人を十五人まで減らしています。
「くっ、姿を現しなさい!卑怯者!」
卑怯者も何も戦いとは勝てばいいのです。
お猫様だって獲物を狙う時は草木に隠れ、姿勢を低くして仕留める。だから問題ない。
何より先に奇襲を仕掛けてきたそちらが先ですよ。
私が投げた短刀は見事に弾かれてしまいますが負傷している身でどこから攻撃されるのかわからない状態というのは精神的に疲労を蓄積させますのでこれでいいのです。
しかし……乗っているお馬さんが足が速すぎて度々振り切られてしまい、決めきれないのが歯がゆい。
こちらも走って追いかける分、体力を消耗してきていますからそろそろ決着と行きたいのですが焦っても仕損じる可能性が高いのでじわじわと嬲るしかありませんね。
幸い彼女の出血は止まっていませんから時間の問題でしょう。
「姜維、もういい。降伏しよう。このままだと君が死んでしまう」
「駄目です!何としても逃げるんです!」
その出血で心が折れないとはさすが関羽さんや魯粛様と戦って生き残っているだけのことはあります。
それに比べて男性の方は……なんというか軽い、ですね。
随分袁術様が気にかけていたようですがそれほどの人物とは思えないのですが……もしやああいう方が好みなんでしょうか?でももしそうだとすると張勲様から抹殺指令が届くので違いますよね。
しかし、彼女達が向かっている先にあるのは長安ですが……函谷関をどうやって超えるつもりなのでしょうか。それとも別の場所から?