第百二十四話
むぅ、ここに来て北郷一刀に逃げられるとは……周泰から逃げ切るとはよほど運がいいのか、主人公補正なのか、吾の詰めの甘さゆえか……しかし逃げられるのはともかく増援か。
「申し訳ありません」
「いや、周泰は悪くないのじゃ。むしろおぬし自身と影達が無傷で帰ってきたことこそ肝要、ようやってくれた」
そう、周泰が悪いわけではないのじゃ。
問題だったのは追撃に出せたのが周泰と影達二十名程度であったことだ。
そもそもの話、周泰達は戦闘要員ではなく諜報員じゃ。
影達は一般兵より優れているが親衛隊よりは劣る。
その代わりに移動速度が馬以上であり、敵地潜入などには長けている。
それにこの世界の周泰は武官としてではなく、愛玩動物飼養管理士兼猫喫茶定員兼野良猫保護団体会長兼諜報員として腕を振るっておるから原作よりは弱体化……いや、正確に言うと諜報員として特化しておる。
その上に経験不足じゃな。
愛玩動物飼養管理士〜(略)〜諜報員であるから戦闘なんぞほとんどさせてはおらん。今回は緊急事態だから仕方ないにしても仕方なく戦ってもらったがの。
というかそもそも戦闘が起こる(つまり見つかる)ほど周泰の諜報員としての能力は低くない……だからこそ戦闘の経験が足らんわけじゃ。
一応関羽や紀霊達と訓練こそしておるが原作ほどの強さはないはずじゃ。
吾の方針は長所を伸ばすことじゃから仕方ないのじゃよ。
何より孫呉ほど後ろに引けぬという崖っぷちにおらんからのぉ。
……え?一流の武官を諜報員に特化させるのはどうか思うじゃと?今では周泰は忍び込めない場所なんぞ密室ぐらいなんじゃから十分役に立っておるわ!
……まぁぶっちゃけて言うと、癒し系の周泰を殺伐とした戦場に放り込みたくないという思いもあるのじゃよ……周泰ってこう……守ってあげたい系じゃろ?まぁ今回は背に腹は代えられないとお願いしたんじゃがの。
つまり全てをまとめると吾が過大評価し過ぎて無茶振りしたのがいけなかった、ということじゃな。
ついでに言えば今回の最大の敗因は姜維の神がかった粘りと姜維が乗っておった馬だと影達は分析しているらしい。
姜維の馬とはなんぞやと思ったが、聞いた話によると普通の馬以上に速い影達が置いていかれる速度で二時間以上走られるそうじゃ。
……それは馬の見かけをした別の生き物じゃろ。
そのせいで定期的に振り切られてしまい、最後の方は影達も疲れてへとへとだったそうじゃ。
「これからはもっと精進します!」
どうやらよほど逃げられたことが悔しかったのかやる気満々なようじゃ。
しかし……周泰達には悪いことをしたのぉ。
いくら原作ほどではないにしても北郷一刀を無傷で捕縛せよなどと言わなければおそらく殺れたであろうに。
吾も最初はいらん種を撒き散らすであろう北郷一刀を殺そうと思っておったが途中であることが過ぎって捕縛に切り替えたのじゃよ。不本意であったがな。
その理由は……外史という設定のせいじゃ。
外史というのが平行世界なのか三国志によく似た異世界なのかは知らん、知らんがこの世界が普通に世界として成立していたり、吾が中心となってできている外史なら構わん。
しかし、もし北郷一刀が中心となった外史であったならその中心を壊してしまえば、最悪この世界が滅びるのではないかと懸念しておるんじゃ。
外史という設定は無印にあったものなんじゃが、アニメや真・恋姫になってからはあまりに存在感がなくて忘れておったし、そもそも無印をプレイしたのは前世ですら随分昔であるから記憶があやふやで当てにならんのじゃが外史を滅ぼす的な展開が……あったようななかったような?と思ったからこそ北郷一刀は生き残らせようと思ったんじゃよ。
これが記憶違いなら別にいいんじゃ。吾の記憶力の無さと無駄な労働力を割いたと思うだけじゃからの。
斬れば破傷風や膿、落馬なんて運が分ければ即死してしまう可能性があるので実行できなかったのも大きいじゃろう。
この時代は何を切っ掛けに死ぬかわからぬからな……吾も矢を受けた身としては戦々恐々としておるんじゃぞ。
一応アルコール消毒はしたが、それでも不安がある……まさか矢に糞を塗っておらんよな?確か戦国時代の戦死者のほとんどが失血か糞矢による負傷が原因の破傷風と何かで読んだが。
「それでお嬢様を疵物にした咎人を救出したのは李確(機種依存文字であるため代用)と郭汜という愚物で間違いないんですね?」
「はい。影の一人が本人であることを目視で確認したので間違いありません」
「魯粛さん、董卓軍自体の離反という可能性があると思いますか?」
「……董卓様がそれほど不義理なことを行うとは思えません……が、今回のことで自分達に謀反の疑いを向けられたと感じれば本当に離反する可能性はあるかと」
む、さすがに董卓まで敵に回しては吾等に勝ちはないぞ。
呂布……恋ちゃん怖い。
家族である動物の面倒と腹一杯に食べさせるからこちらに寝返ってくれんじゃろうか。
それはともかく、李確と郭汜か……この二人が出てきたということは離反工作を行ったのは北郷一刀か?
歴史的に見れば董卓の後釜に座った二人じゃが……李確はやばいのぉ。
李確は董卓配下の時代に朱儁軍を打ち破り、董卓死後、呂布を破り、実は董卓軍一の戦功者である徐栄を討ち取っておる。
下手をすると呂布以上の猛者じゃ。まぁ恋姫は三国志演義や漫画の影響が強く出ておるから大丈夫……と思いたい。
姜維も演義基準なら強くても納得できるしの……そう考えると孫家は演義基準ではなく、ゲーム基準じゃな。
脱線気味になってきたところで関羽が声を上げる。
「その件に関してこちらからご報告があります。馬岱から聴取したのですが李確、郭汜の二人は涼州出身であるらしいのです」
む、そういえば董卓軍には二つの派閥があったの。
一つは話に出た涼州、もう一つは并州じゃ。
涼州出身者は董卓、賈駆と無能な脳筋モブ(名前忘れた)、并州出身者は張遼、呂布など元は丁原の配下であった者達じゃな。
董卓軍の幹部は頭脳派の涼州人と并州の良識(?)派の并州人とバランスがいいように見えるが少し下を覗くとその他大勢の多くは涼州人ばかりじゃろう。
つまり、涼州人に嫌われておる吾にとって董卓軍内部に潜在的敵勢力が潜んでおるということじゃな。
その先駆けとなったのが李確と郭汜というだけのことか。
「また面倒なことになったのぉ」
「更に馬騰は李確等と昔からの知り合いだとも言っていました」
ますますもって面倒な。
こうなると董卓は下からの突き上げを食らっておる可能性が高いな。
そういえば出撃しておるメンツは董卓、呂布&陳宮、華雄で、長安を守っておるのが賈駆と張遼というのはそのあたりの対処をするためか?
「では、まずは董卓様達に疑っていないと伝えるために涼州牧にしては如何でしょうか」
ふむ、表向き褒美っぽいのぉ……しかし、魯粛よ。吾は気づいておるぞ。
それは董卓の官位を上げることで涼州人達に自分達を売った裏切り者というレッテルを貼ってしまい吾等への悪評を軽減しようとしておるな?
いいぞ、もっとやるのじゃ。
褒美っぽいとは言ったが他の者から見ても褒美にしか見えんから別にいいじゃろ。内実は官僚不足で眠れぬ政庁mk-IIになるは必至じゃろうがな。