第百二十五話
<賈駆文和>
僕は今起きている戦争には中立でいるつもりでいた。
袁術とは同盟関係だったけど涼州の最大勢力である馬家と戦うには僕達の勢力は涼州出身者が多すぎた。僕自身もそうだし、月もそう。
それに西を馬家が、東を袁紹が攻めれば、袁術が勝つ見込みは薄い。
本当はどちらかというと同盟を無視して馬家との繋がりを重視し、共に参戦する方が勝利確実……なのに……なのに月が袁術に味方するって言って聞かなかったのよ。
食料を回してもらった義理もあるし、何より帝を擁立している以上は袁術様に大義があるよ、って言われると正論ばかりで反論できなかったのよ。
確かに恩があり、同盟まで裏切った上に相手は帝を手中に収めているから月の汚名にしかならないんだけど……でもこれじゃ月が偉くなれないじゃない!馬家と一緒に洛陽を落として帝を確保すれば内政の素人……どころか脳筋ばかりなんだから私達が、月が摂政にだってなれるのに!!
そう言って説得していたらこういう方針にはほとんど口出ししてこない恋が——「駄目、絶対」——と割り込んできた時は吃驚し過ぎて椅子から転げ落ちたわよ。
しかも、恋ったら真名まで預けてるっていうんだから余計に驚いたわ。
それはともかく結局袁術に味方することになって馬家と対立することになったわけなんだけど、幸い、長安は涼州じゃないから民衆は落ち着いたもの……なんだけど、兵士達がやばいわ。
私達の兵士は半数が涼州兵なの……そして袁術は涼州兵に恨まれていて私達は同盟関係……結果は李確、郭汜の離脱。しかも馬家に合流したらしいのよね。
まぁ汜水関に立て篭もられなくてよかったわ。
それにしてもやっぱりあいつら馬鹿ね。敵になるぐらいならもう一度洛陽を攻めなさいよ。
いくら魯粛と関羽がいるっていってもあいつらは二万も引き抜いていったんだから圧倒的有利あったのに。
「賈駆っち、現実逃避してても進まへんで」
……月が涼州牧になったのは、まぁ当然よね。
月が居なかったら袁術なんて今頃包囲されてボコボコにされてるんだから——
「賈駆っち、帰ってこ〜い」
「何よ。ボクは月の華麗なる歩みを振り返ってるんだから邪魔しないでくれる?」
「そんなことより、この荷物どーするん?」
「……」
涼州牧の任命を代理で受け取り、ついでに御祝品も届いたんだけど……一日経っても途切れることなく運び込まれるってどんな量なのよ。
「目録も風呂が沸かせるぐらいの多さやったな」
「木簡じゃなくて紙で寄越して欲しかったわ。置き場所に困るわ」
「まぁこれで兵士達の離反は防げるんちゃうか」
「……そうね。これだけあれば懐柔も難しくないわね」
そのあたりも考慮されての量なんでしょうね。
それに新しい政権の力を見せつけるためでもあるんでしょうけど……内乱が起こっちゃってるから半減だろうけど、財力は十分見せつけられたわね。
蜂蜜が妙に多いのは……まぁ袁術だから当然といえば当然……なんか刷り込みされてる気がする。
「これからどうするんや?ウチが函谷関に詰めた方がええやろか」
「そっちは牛輔に任せるわ。霞は私の手伝いをお願い」
「嫌やー!また机から離れられなくなるやないかー!」
これで董卓への対処は良かろう。
今董卓が崩れると西側の前線が崩壊して洛陽が無防備になってしまうからのぉ。
とりあえずテキトーに倉庫にあったものを御祝品として贈っておいたのじゃ……なぜか吾の蜂蜜が一部なくなっておるんじゃが何処いったのじゃろ?
今のところ馬騰達に動きはない。
一応、娘達の命が惜しくば降伏せよ。命の保障はする。と降伏勧告はしておいたのじゃが……娘可愛さに降伏するような可愛げがある性格をしておるかは謎じゃがな。
どーも馬家は脳筋過ぎて思考が読めん。
なんというか、ゴールが見えている迷路なら壁を壊して突き進むような……そんな怖さがある。
まぁ吾はゴールの前に落とし穴を掘っておくんじゃがな。
それはともかく、おそらくどうするかの対応で言い争っておるんじゃろう。
脳筋であるがゆえに意見をまとめるのに苦労する……ん?まとめるのに苦労するのは脳筋は関係ないか。
しかし、脳筋であるがゆえに力任せな手段か正攻法しか頭になかろうな。
数少ない知恵者である楊阜は兵站の維持と呂布と華雄にズタズタにされた軍の再編で大忙し、北郷一刀もその手伝いで手一杯、しかも馬家の娘二人を犠牲にするような形で逃げ帰ってきたので評価は急降下、姜維は重傷……というか生きておったのか、しぶとすぎるじゃろ。
どうやら麻痺毒がいい感じに麻酔になってしもうたようで命を繋ぎ止めたようじゃ……いや、出血は麻酔してもどうにもならないと思うんじゃが、担当医からの情報じゃからその通りなんじゃろう……理不尽じゃ。
何にしろこのような状態では交渉なんぞなかなか上手く行かぬじゃろうな。
「ところで関羽よ」
「予算に困らないって素晴らしい……一々行う理由も説明しなくても理解してくれる部下とはありがたいものだな……食事も美味しいですし……あ、はい。なんでしょうか」
……よほど劉備のところで苦労したんじゃろうな。独り言の内容が悲しすぎる。
「そういえば聞いておらんかったがおぬしはなぜ劉備の面倒をみようと思ったんじゃ?」
「……おそらく、袁術様と出会うことがなければ桃香……劉備様は私の主君となったお方ではないかと思いました。私は劉備様の理想に強く惹かれました」
さすがは桃園の誓い、その誓いが成立しておらん世界でも影響するというのか。
しかし、それならなぜ吾の下に帰ってきたんじゃろ?
「しかし……理想は理想で……現実はどこまでも現実。昔の私ならいざしらず、今の私ではやはり劉備様に仕えることは叶わぬと思い、ならばせめて独り立ちできるまで手助けをしようと思ったのです」
「ふむ、では人に言われて、ということではないのじゃな?」
「ええ、張勲殿からは内情を知らせてほしいと頼まれましたが、それはあくまでおまけみたいなものです」
なるほどのぉ……つまり純粋だった関羽を吾が汚して劉備からNTRことに成功したわけか。
まぁ正確には関羽が成長した、もしくは子供から大人になったということかの。