第百二十六話
涼州軍奇襲から十五日が経ったが馬騰からの返答はない。
どうやら意見が真っ二つになっておるため判断に困っておるようじゃ。
タカ派は今だに洛陽の兵士が少ないことを突き、もう一度黄河を下り奇襲を仕掛けるなどと言っておるそうじゃ。
一度行った奇襲がもう一度通じると思うておるあたり脳筋じゃのぉ。
もっとも、これが実行された場合はまた被害が出るから吾としてはして欲しくないことじゃから案外的を射ているとも言える。
ハト派はまだ逆賊指定されていないのは政権が安定しておらず、不安定な状態であるため逆賊としても討伐できずに政権の汚名となるからであり、我らの武威を知らしめることができた以上、東の袁紹ざまぁとの戦いも目前という現状、恩を売りつけるために講和して良い条件を引き出せば安泰、更に馬超馬岱姉妹も無事取り戻せるかもしれない、という言い分を繰り広げておるようじゃ。
まぁ陛下達が戦場に出ておったことを知らんから言えることじゃな。もしこのことを知ればそんな中途半端なことを言う者はおらんじゃろう。
もっとも陛下達を戦場に出したとなれば吾の力不足が露呈するから言うつもりもないがの。
それにしても……戦国じゃなぁ。武威を知らしめるとか、自分達が仕掛けた戦争なのに満足したのかしてないのかでコロッと主張を変える。
「そのおかげで工作は簡単なんじゃがな」
脳筋というのは真性ならば言葉が通じず、物が通じず、色欲が通じぬ。
しかし、真性というのは例え脳筋であってもその領域に至るのは難しいことじゃ。
今までは恨み節で盲目的に敵意と殺意で武装しておったが、馬超馬岱が捕らえられたとはいえ、吾等に一撃を入れることに成功したことによってほんの気持ち溜飲が下がったことによって、金に転ぶし女に溺れるようになったのじゃ。
それに馬超や馬岱は馬家、呂布に討たれたのも馬家、つまり主に被害を受けているのが馬家で他の豪族達にとっては涼州を取りまとめる馬家を妬んでいる者は当然おる。
それらを狙って工作を謀るわけじゃ。
さて、落とし所はどうするかのぉ。
……北郷一刀の危険性を再認識した以上、やつの確保が最優先かの。
吾の考えが正しければ外史というのは歴史的場面、つまり物語になるほどの事件がある場所でないと成立しないのではないかと思っておる。
逆説的にその事件が終わりさえすれば外史ではなく、外史の正史になるのではないかと思う。
恋姫は三国志の外史、この後は正史では司馬懿を皇帝とした晋による統一、司馬懿の息子達の分裂による五胡十六国時代になるわけじゃが、それは『三国志の外史』は終わったことを意味するのではないかと言うことじゃな。
北郷一刀が無事であっても、外史の先があるのかないのか、という考えは答えがない上に、防ぎようがないので省くとする。
つまり、北郷一刀は三国志の外史が終了するまでは生きておらせればその後どうなろうと『外史の正史』として世界は継続するのではないかと吾は考えておる。
「となると首謀者である馬騰と吾を負傷させた北郷一刀の身柄引き渡し、馬家は涼州追放あたりか」
しかし、こう求めると北郷一刀は吾を負傷させた英雄であると祭り上げられそうな気がしないでもない。
涼州は武勇を尊ぶからのぉ……直接北郷一刀が何かしたわけではないがな。
姜維の首も貰いたいが、さすがにそれをすると北郷一刀が受け入れんじゃろう……となると件のチート馬を貰い受けるとするか。
関羽の復帰祝いとしてやるかの。
七乃と魯粛にこの条件を更に詰めてもらうかの。
吾は方針を示すことはできるが外交まではできん。長い間隠れて仕事をしておったせいで箱入り男の娘状態じゃからの。人脈は限られる上に涼州の事情なんて董卓や賈駆から聞いた話と報告書、朝廷にある書庫にある資料ぐらいでしか知らん。
だからこそ涼州とは敵対関係になったとも言えなくもない……いや、やっぱりあやつらが脳筋じゃからじゃろ。
西と東は殺伐としておるが南の方は平和なようじゃなぁ。
強いて言えばいつも通りといえばそれまでじゃが、任務中に酒を飲んだり書類仕事を放棄するどこかの淫乱ピンクに李厳や波才の胃を痛めつけておるぐらいじゃ。
ああ、そういえば甘寧と淫乱ピンクがガチ喧嘩をしたらしいとも報告にあったのぉ。
原作では考えられんな。主君が孫権というのは変わらんが、孫家とは距離を置いておるので関係が変わってきておるようじゃ。
それにしても元気が有り余っておるようじゃからまた街の清掃作業をしてもらうとするか、孫策はよほど掃除がしたいらしいしの……ついでにお目付け役のはずなのに役に立っておらん黄蓋も一緒にやらせておくのじゃ。
周瑜は……まぁ孫策に代わって書類地獄と戦っておるじゃろうから免除する……じゃないと巡り巡って吾等の仕事が増えるからの。
とりあえず皆に胃薬を届けておく……いや、そういえばこの前、全都市に五斗米道製の胃薬と整腸薬と蜂蜜(薬用)を常備することにしたんじゃったな。
これで胃痛と座り過ぎから来る便秘などが緩和されるはずじゃ。
「それにしても……これは思った以上に不便じゃ」
五斗米道から派遣された医者に足を治療してもろうておるが、やはり華佗が特別なようで元気になれと言って元気になるほど単純なものではないようじゃ。
確か破傷風の潜伏期間は二週間程度であったはずじゃから今回は免れたと思っていいじゃろう。