「袁術公路!貴様を謀反の疑いで逮捕する!」
兵士達が玉座の間に雪崩れ込んできたので何事じゃろ?とのんきに眺めておったらどうやら吾を逮捕しに来たそうな。
七乃に「午前中だけでいいから玉座に座っててくださいねー」と言われたので蜂蜜舐めながら座っておったが面倒事のようじゃな。
確かあやつは………誰じゃったかな?ん…ま、文官で良いか。要件は大体想像できておるし手はずも整っておるから何の問題もないはずじゃからな。
「それで吾に謀反人という濡れ衣を着せる気か…いったい誰の権限で発行されたものかの」
「ふん、小娘に教える必要性はないわ。大人しくお縄につくがいい」
「逮捕状という事は天子様以外のものなんじゃろ?偶然にも吾も似た物を持っておるから見比べてみるとしようではないか」
「くっ、なんでそのようなものを…しかし私が持っているものに敵うまい」
堂々と逮捕状を広げて見せつけてくる阿呆のそれは予想通りの文言と名前が書かれておった。
誰かが居れば一々吾が確認せんでも良いのに…なぜ居らんのじゃ。
そういえば今日は紀霊と魯粛が所用で出かけておるがひょっとしてタイミングを見計らっておったか。だとするとそれなりに考えての行動ではあるんじゃな。
吾一人ならどうとでも言いくるめれると思うて居るのじゃろう。
まぁ、吾が対応するのが面倒なだけで処理出来ないというわけではないがな。
「ちなみに吾はほとんどの十常侍の連名じゃがそちらはどうかのーくっくっく」
「なっ…私のも十常侍の——」
「うむうむ、分かっておる分かっておる。だから『ほとんどの』と付けたではないか、つまりおぬしが今持っておる逮捕状を発行した者が裏切ったのではなく他の十常侍がその者を見限ったのじゃ」
「そんな馬鹿な!十常侍同士が敵対しただと?!」
十常侍とは言っても所詮は人間同士の集まりでしかないからの〜『十常侍』を排除しようとすれば一致団結して抵抗するじゃろうが個人を対象に排除するならば大きな餌を用意しさえすれば不可能ではないのじゃ。
もっともこの方法は多用すると十常侍同士で疑心暗鬼が生じる事を十常侍本人達も分かっておるから今回は特別じゃな。
先日袁隗ばあちゃんに頼んだ願いと言うのはこれのことじゃ。
吾が直接十常侍と取引してもみ消すことは比較的簡単ではあるのだが手間な上に貸しを作ってしまうので面白くなく、だからと言って相手が十常侍を後ろ盾にして動いている事が分かったからにはこちらも相応の相手を後ろ盾についてもらうか死人に口無しを遂行するしかないが後始末が面倒であるし後ろ盾に気づかれたら本当に処刑台へと送られる事になるやもしれんしの。
そこで袁隗ばあちゃん経由で騰じいちゃんこと華琳ちゃんのお祖父ちゃんである曹騰にリークしたのじゃ。
騰じいちゃんは清廉潔白とまではいかんが汚い事はあまり好きではなくて宦官の中では良識派の筆頭であの十常侍達ですら強く出れないほどの人物じゃから十常侍との対立が起こったというか起こして袁隗ばあちゃんが間を取り持ち、十常侍に貸しを作ったのじゃ。
もっともあまり貸しも大きくし過ぎると弊害が生じるのでいくつか裏取引を行ったがの。
その御蔭で袁隗ばあちゃんと騰じいちゃん、十常侍の連名などという事実上勅命に次ぐ強力な命令書を手にすることができた訳じゃ、もっとも残りの十常侍達の結束力が強くなったので良いことばかりではないがどうせ反董卓連合の際に始末する予定であるし問題はない。…十常侍の結束力が良すぎて反董卓連合、いや董卓の洛陽入り自体が起こらないなんて事にはならんよな?
「つまりおぬしは負けという事じゃ。惜しかったのぉ…という訳で関羽さんや、あやつを斬ってたも。死刑の許可は既に出ておるから問題はないぞ」
「いえ、しかし…」
む、青龍偃月刀を持つ手が震えておるな。もしや本当に人を殺したことがないのか?この時代にして珍しいのぉ。
母上が生きておった頃は名門袁家の跡継ぎである当時の吾ですら間接的にはもちろんのこと、直接的にも人を殺したことがあるというに。
もしや劉備に会う直前に人を殺してそれで劉備の理想という名の毒に侵された可能性があるな。恋愛だろうが友情だろうが人が弱っている時こそ付け込むチャンスじゃからなぁ。
原作での関羽の劉備や北郷に対する盲信振りは結果的な心の弱さに付け込んだ形の洗脳のようなものかもしれん。
もちろんあくまで可能性じゃがな。
ちなみに吾が手を汚したのは7歳になった頃じゃったかな。まぁこんなエピソードは後々吾が覚えておったら語るとしよう。
「関羽よ。どうやらおぬしは一つ勘違いしておるようじゃから言っておくが民のそれとは違い上流階級の者達にとって死刑とは軽罰じゃからな」
「「は?」」
む、関羽はともかく文官であるおぬしまで知らぬのか。
もしやまだ務めて短いのじゃろうか、それともただの世間知らずか?
「まさかただ殺すだけが重罪な訳がなかろう。本当の重罪というのは死ぬまで生きさせられ続けながら拷問を受ける事を言うんじゃ。具体的には<自主規制>を<自主規制>したり<自主規制>が<自主規制>なったり——」
※グロ耐性が無い人用に詳細は<自主規制>とさせていただきます。
興味がある方は『拷問 グロ注意』で検索(作者は怖くてできなかった)
いくら第三の都と呼んでも遜色ない南陽とは言ってもやはり現首都洛陽と旧首都長安からすれば田舎で、宮中内や名家のやり方を知らんでも仕方ないので親切な吾が知っている限りの事を教えてやるのじゃ。ありがたく思うのじゃぞ。
…もっとも吾が逆の立場だったなら遠慮願うがの。
「ん、どうしたのじゃ顔色が悪いぞ…言っておくがこれぐらい宮中では当たり前の事じゃからな。それとひょっとすると忘れておるかもしれんが吾は名門袁家の息女じゃ、吾に牙を剥いたとなれば本来はどうなるかは…もう分かるじゃろ」
コクコクと文官が頷くが関羽の反応はイマイチじゃ、普通逆じゃと思うが…まぁ原作関羽を考えれば分からんでもないがこれが現実、戦わなきゃ現実と!
「そこの者…関羽と申したか、早く私を斬ってくだされ」
「それはっ」
「私は死にたくはない…しかしだからといってただ拷問なんぞ受けとうない。頼む」
どうやら文官は腹を括ったようじゃな、既に連れてきた兵共も手の平を返したように文官を逃がすまいと囲んでいるしの、空気読んで拘束はしておらんがな。
兵士達の処遇は魯粛が居らんから七乃に任せるとするか、ただ仕置をほどほどにするよう釘を刺さねばならんがな。
問題はやはり処刑人として選んだ関羽じゃな、これが紀霊なら迷わぬ…以前に兵を連れて入ってきた段階で皆殺しじゃな。少なくともこんな悠長なやりとりは出来なかったじゃろう。そうなったら吾がした根回しの半分ぐらい意味を無くすところじゃった。
「関羽、処刑される本人が望んでおるのじゃ。それにおぬしがそやつの死を背負う必要はない。背負うのは上に立つ者、つまり吾なのじゃから」
そう言うと関羽はやっと覚悟できたのか文官を連れて外へ出て行く。
吾も付いていき、行末を見届けた。
夜になり、昼でもそれほど人通りが多いわけではない城内が更に人通りを減らし、幽霊の存在を信じる者が歩くにはかなり勇気がいるであろう雰囲気を醸し出しておる。
本来吾はこの時間はもう寝て……おったらいいなぁ、ぶっちゃけまだ仕事をしておる時間じゃな。
忌々しい仕事の山が机の上に今日も凛々しくそびえ立っておるがどうしても外せぬ小用があったので散歩も兼ねて
もちろん吾の視界に入らんだけで影達が護衛についておるから危険は少ない。
「お、やはりおったか」
「…袁術様、このような時間に起きていては駄目ではないですか、大きくなれませんよ」
関羽ってこんなに失礼な奴じゃったかな?もしかして今回の事で捻くれたか?
「一言余計なのじゃ」
「それは失礼しました。それでどうしたのですか」
「顔が瞼を閉じても残っておるか」
「…」
「手に残る感触が気持ち悪いか、地面に血で濡れておるように見えるか、姿すら知らぬ家族の罵声が聞こえるか」
「…」
「殺す為に金で雇われた自分を恥じるか、それとも今の時代何処にでも人の死はあると言って自分を誤魔化すか、無理矢理決心を強いた吾を責めるか」
「…」
初めての人殺しというのはなかなか辛い経験であるのは前世の現代も今世の現在でも変わりはない。
原作が日本製だからなのか現代日本の道徳が元々は儒教や仏教をベースとして発展している、つまりこの時代でも現代の道徳があって当然なのかは分かりはせんが認識のズレが生じなかった事はありがたかったがな。
しかし戦国の世ではないにしても理不尽な世ではある現在、道徳を重んじるというのは辛い事じゃ。
「あの時も言ったが吾に責任を投げておけば良いのじゃよ。もしくはあの場に居合わせるようにした七乃…張勲でも怨んでおけ。そうすれば楽じゃ」
もっとも楽なだけで駄目人間に堕ちる可能性が高いがの。
関羽が駄目人間…将としては使えなくなるが将来を考えればありじゃな。うちで雇う分には問題ないし、劉備の所に行っても危険度が下がる…いや外道に堕ちればそちらの方がやり辛いやもしれん。
「先ほどから聞いていると…もしや袁術様は…」
「ん?吾はもう随分前に経験済みじゃよ」
吾の初体験は8歳の時じゃった。
回想なんてラノベでやったら結構な割合で
何やらいつもと様子が違うと思うて居ったが刃物を持った子供が襲ってくるなんぞ何処の少年兵じゃ…と後にツッコミを入れたもんじゃがその時はそれどころではなく、この頃には基礎体力強化と貧富の差による栄養の差もあって普通の子供程度なら相手ができる…と思ったのが間違いで取り押さえようとしてうっかり相手を刺してしまったのじゃ。
調べてみると袁家内の派閥争いに巻き込まれたと分かった。
道徳というものはある程度生活ができている者にしか適用されぬということをここで知ったがな。
その子供の家族は俗に言う貧困層であり、親が吾の暗殺を受けて手段として子供に実行させたというのが全容じゃった。
「その子供の家族や殺しを依頼した者達は今でも生きておるぞ。もっとも地獄の中で、じゃがな」
「さすがにそれはやり過ぎでは…」
「言いたいことは分かるがそのような分かりやすい世界ではないのじゃよ。政界というのは甘い対処をすれば付け込まれ、更にエスカレ…助長を促し悪化してもっと多くの命が失われる、そういう世界なんじゃ」
良心や信念と非情で冷酷な現実の狭間で折り合いをつけて妥協していくのが政治家、子供といえども例外なくそれを強要する職なのじゃ…前世の現代で今なお世襲が残っておるのも子供可愛さの親ばかや家名を守る為という目的以外にもあったんじゃろうな。
英才教育、帝王学、人脈、金、それらを持っておらねば野次要員のザコにしかなれんのじゃ。
もっとも、そうだから言って日本の政治を肯定できるかといえば微妙じゃがな。
「まぁ関羽は初めて殺した人が奴で運が良かったと思うぞ」
「運が…良い…ですか」
な、なんで怒っておるんじゃ?死体愛好家で特に8〜14歳ぐらいの
「関羽よ、ひょっとしておぬしは吾とあやつがただ政敵だから殺したと思っておるのか?」
「違うのですか」
おおぅ、なんということじゃ。政敵なら問答無用で首を
昼行灯を演じておる吾なのじゃからこのまま勘違い…あながち勘違いとは言えぬが…させたままで良いと思う反面さすがに徳が重視されるこの時代でこれはちと行き過ぎておるから弁明しておくべきじゃという考えも過る。
さて、どうしたものかと思考を巡らしてみるが…ここは誤魔化して後で誰かにフォローしてもらうなども考えたがやはりイメージというのは大事であるしひょっとすると今日明日にでも関羽が辞める可能性もあるし辞めた場合は悪い印象を与えたまま劉備と合流でもされたら後々面倒になるであろうし…と悩んだ結果教えることにした。
全て語った関羽の反応は——
「殺さず地獄に落とせばよかったですね」
関羽が超怖いのじゃ。
表情は原作の幸せそうな微笑みの立ち絵のように可憐であるのじゃが…背景に鬼神降臨関羽が浮かんでおるぞ?!というか関羽のキャラ違わぬか?もしや吾がダークサイドへ導いてしまったのか?
関羽がダースベー○ー…ある意味似合っておる…か?
「ありがとうございます。少し吹っ切れました」
少し、か?ずいぶん清々しい表情になっておるような気がするが気のせいか?うむ、気のせいじゃな。
まぁ変に気に病みすぎることがなくて良かった良かった。
…鬼神降臨の矛先になるのは嫌じゃから文官の一族と裏で糸を引いておった黒幕の一族を皆殺しにしたのは黙っておくとしよう。
<関羽>
「なぜこれほど重税を強いているのですか?!」
袁術様に仕えて早数ヶ月ですが昨日初めてここの税率を知った。
まさか税率が八割もあるとは…これはさすがに不当過ぎる。
「んー説明するのはいいのですけど少々お待ちくださいね」
「は、はい。お待ちしております」
この南陽郡大守は袁術様ではあるが政を行っているのは魯粛様である為魯粛様宅へ問い詰めに訪れたのだが…なんだこの書簡の山は…これを一人で処理しているのか、やはり幼いとはいえ袁術様にも頑張って頂かなければなるまい。
私も最近机の前へと座ることが多くなってきて客将だから仕事を押し付けられているのかと思っていたが、もしかすると普通の量だったのかもしれん。
「袁術様に任せられている仕事は確かに多いけど半分ほどは実家から回された仕事もあるのよ」
書簡の山を眺めていたのに気づいた魯粛様が手元にある書簡から目を離さず、手を動かすのも止めずに言う…魯粛様、器用ですね。
「書類を書きながら話を聞き、深く考えない程度の会話なら魯家の者なら大抵はできます。確か袁術様が「リアルマルチタスク?!」とか何とか言って驚いてましたけど」
これが農民と名士の違いなのか。
私も頑張ろう。
そして袁術様は稀に意味がわからない単語が出てくるのはどうにかならないだろうか、反応に困る。
「さて、重要な仕事は終わりましたしお話を伺いましょうか」
「はい。先ほど述べたようになぜ南陽はこれほど税が高いのですか、袁術様や張勲様だけでしたらいざ知らず魯粛様が執政なさっているのにこの現状、どういう事でしょうか」
まだ数ヶ月しかいない私でも魯粛様は立派な為政者である事は知っている。
その魯粛様が重税を課すとしたら何か理由があるはず…まさか袁術様の蜂蜜代のためか?いや、袁家は豪族や名家の中でも一二を争う富豪なのだから態々横領する必要性を感じない。ならばやはり不正か…
「関羽さんが聞いた税というのはどれほどでしたか」
「八割と聞きましたが…」
「なるほど、ではその聞いた者ですが裕福そうな方でしたか」
「いえ、何人か集まって言ってきたのですが裕福そうな方もいれば貧しそうな方もいました」
「なるほどなるほど」
何回か頷いて魯粛様は懐から鈴を鳴らすと格好が兵士でもなく他の文武官でもなく侍女などでもない者が音もなく現れたのでつい身構えてしまったが魯粛様が手招きしているのを見てこの者を呼んだのだろうと察し、構えを解く。
何事かを伝えると謎の者は去っていった。
「あれは魯家の者で日頃は私や袁術様の護衛をしています…と本題に入りましょう。まずは関羽さんの誤解なさっている点を説明しましょうか」
「誤解?」
「ええ、ここ南陽では他の州とは違う制度を取っています。八割というのは最大で八割であり民全員が八割という事はありません。例えばお米を納めている方の例にあげますと収穫したお米を八割納めてもらいますが残った二割のお米も一緒に納めると我々が備蓄している古くなったお米二倍になってお渡しします」
「つまり実質六割になるわけですか…それでも高くありませんか」
「んー、その辺は難しいところですね。民というのは虐げるものではありませんが甘やかすものでもありません。何事もほどほどがいいんですよ。それに関羽さんは斡旋所を知っていますか?」
斡旋所…確か袁術様が「本当はギルドにしたかったんじゃが名前の意味が分かりづらいと言われて却下されたのじゃ」と言っていた就職先や短期の仕事を紹介してくれる場所と聞いたが。
「あそこで紹介している短期のお仕事は税が掛からない、正確に言えば税を差し引かれた金額の報酬が載せられています。更に労働税という扱いにして労働税を無効化していますから民の負担はそれほどないでしょう…実は他の郡に対しては移民防止策として税八割で通しています。あまり他の郡と差が生じれば移民が進み、他の太守や私達自身も苦しい思いをする事になりますから公然の秘密のようなものになってます」
「そのような場所だったのですか、知りませんでした」
ん?ではなぜ私にあのような訴えてきたのだろうか…他の州の者だったのか?
「気づいたようですね。推測でしかありませんがおそらく劉表さんか中央からの良く言えば嫌がらせ、悪く言えば離間の計と言ったところでしょうか。一応捜査するように手配しましたからこれで多少は静かになるでしょう」
なぜ客将程度でしかない私が標的にされたのだ。
そのような事をするならもっと他の者を狙えばいいだろうに。
「客将という立場は少々特殊なんですよ。一応仕えているという形ではありますが本腰入れて仕えている訳でもなく、だからと言って完全な部外者という訳でもない。そして客将をいつ辞めるかは本人の意思次第、つまり関羽さんはいつでもご自分の意志で辞めることができるので狙われたんでしょう」
ということは私の性格などを調べた上での流言という事か、聞いた内容は事実ではあるが騙されたようでいい気分ではない。
「更に付け加えると悪評を信じて辞める事になった場合、他に仕官した際に袁術様の悪評が流布される可能性は高いですからそれも狙ってのことでしょう」
(と言いつつ実はこういう事をやり始めたのは私達の方からなんですけどね。ふふふ、おかげで劉表さんのところは派閥が六つもあるという混沌具合です。もっともその状況でこちらに仕掛けてくるあたりさすがは長い歴史ある漢王朝の血といった感じかしら。腐っても鯛とは劉表さんの為にある言葉のように思えてくるわ)
いつもの魯粛様の微笑みならば同性の私でも美しく思えるほどの微笑みが…く、黒い何かが魯粛様から発せられている。正直怖い。
しかし、上流階級というものはこういう事ばかりしているのだろうか、民を守る為でないなら正直関わりたくない世界だ。
「いいですか関羽さん。客将という立場ではありますが人の上に立つ者である事には変わりありません。今回のような事はこれからもあるでしょうから良く考え、良く調べ、信頼できる人に話を聞くといいでしょう」
「はい。この度はお騒がせして申し訳ありません」
「いえいえ、変な勘違いで有能な将を失うのは私も不本意ですから問題ありません。まぁ正直、八割の税で今の街並みはありえないでしょう?」
言われてみれば確かに重税でこのような繁栄はありえない、もっと早く気づくべきでした。
洛陽も活気はあったがやはり上流階級を相手とした商売が多くて普通の民には居づらい環境だ。
道を歩いて人とぶつかれば相手によってはその場で斬られることだって少なくはない、そういう事情もあり街は張り詰めた空気がずっとある。
それに比べてここは——
「魯粛〜新しいお菓子を作ったので食べんか〜!お、関羽もここに居ったか。丁度良い、関羽も一緒に食べんか?」
何の前触れもなく現れたのは我らが君主袁術様。
君主がこの調子だからなのか、民は忙しなく働いているのだがその忙しさも楽しんでいるように見える。
…そしてまたお菓子ですか、蜂蜜の差し入れでない分救いですが…いえ、決して甘い物が嫌いという訳ではないのですがそんなに甘い物ばかりだとその、えーと…体重がががががががが———
「いただきます」
思考とは別に口が勝手に間髪入れずに答えてしまった。
甘い誘惑には勝てぬ、何より袁術様の開発するお菓子は斬新で美味い物ばかりで困る。
袁術様は政治家ではなくお菓子屋…巷で最近流行っている喫茶店などを開くと絶対成功すると思う。(この時私は知らなかったが巷で流行ってる喫茶店は全て袁術様と魯粛様の店だった)
「なんですか、果物の山に確か生クリームでしたか…とこの薄い生地は」
「それはクレープと言っての、なかなか腹持ちが良くて小腹が空いた時などいいと思うぞ。食べたい果物を選ぶのじゃ。そしてこれを——」
生地の上に生クリームと果物を乗せて生地自体を畳んで巻いていく。
「ほれ出来上がりじゃ、これをパクッと頬張れば!う、美味い!」
まるで商人の喋り方のようだが…不思議と袁術様がやると本当に美味しいんだろうと思えてしまう。
「更にこれじゃ!」
ああ、壷が出てきた瞬間に中身が何か分かってしまった私は色々と染まってしまったんだなと悟る。
「蜂蜜〜♪蜂蜜〜♪」
予想は裏切られることがなかった。
ただ、袁術様は蜂蜜が入っていれば何でもいいのかと思っていたんだが実はかなり舌が肥えているようでよく料理長を呼び出して説教をしている。
そういえばここは変わっていて昼食は一定階級以上の者は可能な限り、食堂とは別に用意されている宴会などを開くのに利用される『食の間』で一緒に取るという不思議な規則がある。
もちろん私も同席するのだが出てくる料理が驚く事に袁術様の手料理だったりする…のはまぁ百歩譲っていいとして出てくる料理が幅があり、豪華な料理は当然として極稀にすごく質素な…袁術様が言うには精進料理という修行僧が食べる料理と言っているがどう見ても貧乏人が食べるような料理にしか見えない物まで出てくるのだ。
正直名家のお嬢様が食べるような物ではない、というか何処でこのような物を知ったのか、疑問が尽きない。
「ほれほれ、関羽も食べるのじゃ。それとも吾が作ろうか?」
「いえ、そこまで——「じゃあ私にお願いします」——」
「うむ、吾直々に作ってやろう」
楽しそうにクレープの作成に取り掛かる袁術様、そして君主にクレープを作らせる魯粛様。
普通ではありえない光景ではあるが…嫌いではない。
ふと思い立って袁術様に質問する。
「袁術様、南陽の税率が八割と重いのはなぜですか?」
魯粛様に聞いた内容と同じ質問、袁術様はなんと答えるだろうか。
「ん?魯粛がそれで何とか調整しておるからじゃろ?紀霊も七乃も特に何も言わんし、何より民は平和そのものではないか。この前こっそり小次郎と一緒に散歩しに出たから間違いないいいいぃぃぃぃだいのじゃーーーー!」
「袁術様?また黙ってお出かけしてましたの?これはお仕置きが必要ですね。フフフフフ」
「にゃーーーー」
袁術様が魯粛様に頭を掴まれている姿はなんとも言えない光景だ。
それにしても袁術様は本当に家臣を信頼しているし思っていた以上に民の事も見ていた…一人で散歩に出たことは許しませんが。
「私も是非参加させていただこう」
「吾\(^o^)/オワタ」