第百二十八話
<袁紹ざまぁ本営>
「やっと黄河を渡ったのに今度は兵糧が半分しかないとはどういうことですの?!」
軍を動かせば兵糧が減るのは当然のことだが、今回のそれは彼女達が予想を大きく上回る数値を叩き出していて、それに対して声をあげたのだ。
「調べてみたんですが市の食料が高騰しちゃってて兵士さん達が勝手にご飯を売っちゃってるみたいなんです」
こうなることを見越して袁術が仕掛けた策略の一つである。
モラルの低い軍に対しては効果は抜群であり、袁紹ざまぁを始めとして他の諸侯もかなり被害を受けている。
その諸侯の被害を補うのもまた発起人である袁紹ざまぁの務めでもあるので日頃は小さいことは気にしない袁紹ざまぁでも神経質にならざるを得なかった。
「あー、確かに酒が妙に高いと思ってたんだよなー」
納得だ、と脳天気な声とわざとらしい頷きをする文醜にイラッとした袁紹ざまぁは睨みつける。
「そんな脳天気に構えている場合ではありませんわ!早く対策を打ち出さなければ洛陽どころか虎牢関までも行けるか怪しいですわ」
「姫|〜、やっぱり袁術様と敵対するのはやめようぜー。あっちには陰険張勲に師匠がついてる時点であたいらが勝てる見込みはないって……今なら土下座したら許して、いや謝るだけで命は助かると思うぜ」
「私も賛成です。しかも汜水関にはその紀霊さんがいらっしゃいますし……それに曹操さんは包囲されて動きを封じられて、劉表さんは瞬殺、馬騰さんは少しは頑張ったようですけど主力である馬超さんが捕虜、姜維さんは重傷と惨敗……田豊さんと沮授さんが姫の我儘に仕方なく編み出した包囲網も今や跡形もなくなっちゃいましたよ」
田豊と沮授がなんとか勝機を見出した策も袁紹ざまぁが一戦する前に瓦解、更に進軍が遅い袁紹ざまぁ。
兵士の数こそ勝っている反袁術連合だが、元々堅牢である汜水関、虎牢関に篭ろうという相手に兵士の数が多くてもあまり効果はない。
むしろ持久戦を覚悟しなくてはならないのに兵糧が尽きることがほぼ約束されている。
改めて兵糧を買い集めるとなればこの相場が高騰している現状を考えれば資金はいくら袁家の財力を持ってしても容易なこととは言えない。
そもそも袁家の財力、黄金律は経済活動を行うことによって得られるもので、何もしなければ増えるというものではなく、現在の袁紹ざまぁは経済活動ではなく大量消費する方向に動いているので回収する見込みもない。
もっとも例え買い集めるだけの資金があったとしても商会からの圧力で大した量は買えなかっただろうが。
「それをなんとかするのがお二人のお仕事でしょう!」
いえ、それは田豊さん達のお仕事です、と言いかけた顔良だったが言っても解決しないどころか無駄な時間が過ぎるだけだと何とか声を発するのを押し留めた。
ちなみにこれは彼女達の日常である。
「でもさー、なんで公孫賛を倒してからこっちにしなかったんだ?普通に考えれば後背の安全を確保してからの方がいいだろ」
真名と似たもので猪突猛進なところがある文醜だが幼い頃から袁術に勉強しなければ嫌がらせを受けていた彼女は原作よりも多少は顔良以外でも頭を働かせることが可能になっている。
「公孫賛さんのところは堅城で有名な易京がありますから、それを相手してから袁術様を相手にするのは無謀過ぎるよ。それに袁術様を倒そうと思えばこの機会を逃せば次があるかわからないという姫の意見もあながち間違いじゃないと思う」
もしも袁紹ざまぁが公孫賛に気を取られていたなら袁術は公孫賛との同盟を重んじて後方より物資や情報面で支援を行いつつ、洛陽の基盤をしっかり構築し、軍備拡張を行い、帝を手中に収めたことで人材も集まっていただろう。
そうなれば天下は目の前だった……かもしれない。
(でも袁家の天下を手に入れれるなら袁術様でも良かったと思うんだけど……)
袁紹ざまぁと袁術は親しいと言えるか怪しい関係であったが、それほど険悪な仲というわけではなかったし、次期当主の座を争っている現状もお互いを暗殺するという考えが思い浮かばない程度には良好な関係だった。
それなら袁術が天下を取ったところで袁紹ざまぁを重用してくれるだろうという思いがあった。
もっとも反袁術連合を結成した段階で既に手遅れ……ではない。反抗しそうな勢力をまとめ上げて全滅させるために行ったという言い訳をすればまだなんとかなるだろう。だが、それを袁紹ざまぁが良しとするかはまた別のはないである。
「何にしても兵糧の確保を優先しなくちゃ……ご飯が食べられなくなっちゃう」
「曹操んところで用立ててもらおうぜ。兵士をこっちに回してくれないんだからそれくらいしてくれても罰は当たらないだろ」
「……」
テキトーに思いついたことを言っているだけの文醜だったが、その言葉は顔良にとってはいい案だと感じた。
既に資金に限界が見えている以上、後残されているのは商家から借りるか略奪するかぐらいしか選択肢はない。
借りることが可能なら問題ないが、この大義すらも不透明な戦いにどれだけ集まるかは疑問であるし略奪は論外である。
曹操が多くの敵に包囲されているのは、良く言えば敵を引きつけていると言えるが悪く言えば敵と相対して何もしていないとも言える。
ならば悪い方に受け取り物資を融通してもらうことも可能なのではないかと思えた。
なんだったら武力をちらつかせて強請るという選択肢もある。
多少醜聞であったとしても民から略奪を行うことよりは断然マシよね、と顔良は自身の良心に鞭を打つ。
「やれるだけやってみないと……姫が望んだことだもん」
それが例え、無謀、無茶であっても、親しき者を敵にする破滅への道だとしても顔良は足を止めようとは思わなかった。
「嫌ですわ!華琳さんが頭を下げてくるならともかく、私が頭を下げるなんてありえませんわ!」
足は止めないけど頭痛と戦う日々なのは間違いなさそうだ。
「ふむ、華琳……曹操ちゃんに協力を仰いだか、しかも多少強引に……顔良も随分思い切った手を使ったのぉ」
なかなか怖いもの知らずというか……それだけ飢えというものが恐ろしいというか、人間その気になれば不可能だと思うことも可能にしてしまうことがあるようじゃな。
平常時の顔良なら説得したりはするじゃろうが武力を盾にするようなやり方はせんじゃろうに。
まぁ華琳ちゃんもそれほど余裕があるとは思えんがな。
袁紹ざまぁが檄文を発した時から仕掛けておった買い占めのおかげで随分と蓄えることができた。
その物資の一部が董卓に渡したものでもある。
さて、これで華琳ちゃんがこちらに寝返る大義を得たのぉ。本当にこちらに付くかどうかは不明じゃが味方になってくれればこれ以上無い味方なんじゃが……実はそれはそれで困ったことが起こるがそれは吾が描く計画であって他の者達は知らぬからのぉ。
どうしたものか。
それはともかく、兵糧を確保した袁紹ざまぁはもうじき汜水関に到着する。
これからが反袁術連合の本番なんじゃが……おそらく涼州軍の洛陽奇襲ほどピンチになることはなかろうな。
なにせ守将は文聘と紀霊……と言いたいところじゃが、紀霊は洛陽、もっと言えば吾の隣におる。
なんとも公私混同な話ではあるが、今回の吾の負傷に関して紀霊はかなり後悔と怒りに燃えていたそうで、やはり吾の側にいないといけないと改めて思ったらしく激しい訴えがあったので仕方なく関羽とバトンタッチしてもろうたのじゃ。
まぁ紀霊曰く関羽の強さは既に紀霊自身を超えているそうじゃから問題ないと言っておるから大丈夫とは思うが……久しぶりにあったのに早くも離れる運命とは……。