第百二十九話
袁紹ざまぁの軍が黄河を渡河したため、そろそろ公孫賛に後背を突いてもらおう……と思っておった時に知らせが入った。
「烏桓……丘力居が動いたか」
烏桓の丘力居が幽州に侵攻、その裏には当然袁紹ざまぁがおるじゃろう。
このやり口は田豊じゃろうな。
おそらく袁紹ざまぁ本隊が思った以上に渡河に苦労しておるのも知って公孫賛から進攻があれば本隊は引き返すのに同じだけの時間が掛かることに気づいての策なのじゃろう。
つまり、吾の狙いは見破られたということじゃな。
いや、どちらかというと見破られたこと以上にこれを察知できなかった諜報能力の低下が問題じゃ。
こういう重要な情報は裏商会からではなかなか手に入れるのは難しいからのぉ。本来なら影達を張り付けておくのじゃが敵が多過ぎるゆえ全てに配置するのは困難なのじゃよ。
そもそも影達は今防諜に多くの割かれておるからのぉ。
これで公孫賛の参戦は望めなくなったか……田豊め、やりおるな。
やはり戦争にしても商売にしても外交にしても情報は命なのは間違いないのじゃ。
「戦況は……まぁ負けることはない、か」
兵数は五分、兵種は似たり寄ったり、そうなれば士気と装備の質と戦術となるが、士気はいつものことと若干緩んでいる点が気になるがやはり故郷の防衛であるため否が応でも上がり、装備は吾の軍のお古を回しておるからかなり良質な物が揃っておる。そして問題の戦術じゃがゲリラ戦のプロである張燕がおるし、後方支援では王修、董昭と優秀な人材が揃っておるから問題なかろう。
それに名前は聞いたことすらないが王修や董昭を慕って集まってきた文官も数は少ないがおるため昔よりも随分層が厚くなっておるから負けることはないと踏んでおる。
もっともこれで公孫賛が吾と袁紹ざまぁとの戦いに参加できないことはほぼ確実となったがの。
正面から戦うわけではなく引き篭もっておれば勝てる戦いではあるが、やはり攻勢側に選択権を奪われてしまうのは痛いのじゃ。
公孫賛が後背を突いてくれるなら兵糧のことと相まって相手に時間的余裕を奪い、士気低下と行動の制限を掛けることができたじゃろうに……言っても仕方ないがの。
こうなると涼州軍とはなるべく早く講和しておくべきなんじゃろうが、勝者として首謀者である馬騰と吾的に重要人物の北郷一刀の身柄確保だけでもしておかねばならんから早期講和というのも難しいか。
「中立を保つ劉虞をこちらにつけることができれば話は変わるじゃろうが……」
「それは無理でしょう。あの方は争いごとを好みません」
紀霊が言うとおり、どうも劉虞は中央に興味がなく、戦争を毛嫌いしておるため、吾や袁紹ざまぁなどからの誘いを無視してせっせと并州を富ませるために内政をしておる。所謂箱庭ゲーをしておるようじゃ。
異民族との融和政策で人口は爆発的に増加しておるようではあるがその分トラブルが多くて大変なようで、努力と投資に比例しない成長しかしておらんようじゃがな。
吾も箱庭ゲーがしたかった……とは言うても南陽は既にほぼ出来上がった箱庭であったからあまり楽しみようがなかったがな。
ふむ、打つ手は打ち尽くしたか?華琳ちゃんをこちらに寝返らせる、なんていう考えも過るが……そうしたいのは山々なんじゃが、イマイチ華琳ちゃんを信用出来ないのじゃよ。
もちろん華琳ちゃんは親友であるから信用したいとは思うておるが、乱世の奸雄こと曹操孟徳として見ると途端に味方につけることを躊躇ってしまうのじゃ。
随分元とはかけ離れた現状で華琳ちゃんは天下を狙っているのかいないのか、それは聞いたわけでもないからわからんが、十中八九天下を狙っておるじゃろう。
そして、それの最大の障害が吾……になってしもうたのぉ。陛下達が吾のところに来ず、董卓のところでに行っておったら別の未来があったであろうに。
孫策の暗殺で撤退した華琳ちゃんを思えば無いとは思うが懐に抱え、寝首を掻かれる可能性を考慮せねばならん。
それに華琳ちゃん本人がその気がなくても例に出した孫策の暗殺のように部下の暴走が無いとも言えんしの。
……何より関羽の身が危ない。
「ところで紀霊」
「なんでしょうか」
「厠へ行きたいのじゃが……」
「了解しました」
…………紀霊は帰ってきてからというもの、吾を抱きしめて離さぬのじゃよ。
つまり、今も吾を子供がぬいぐるみを抱きしめるようにされて運ばれておる。
負傷した足のこともあるから楽でいいのじゃが……ちょっと過保護過ぎやせんか?
「いえ、最近はお嬢様にお願いをされたからと本来の職務を疎かにして軍を率いるなどという使用人としてあるまじき行いをしてきました。これからはお嬢様の盾となれる使用人を全うしとうございます」
……え、紀霊、武官辞めてしまうのかや?
や、やばいぞ。いい加減少ない武官が更に減ってしまうぞ?!
「そ、それはさすがに——」
「私にとって国より、民より、お嬢様が大切なのです」
…………そう言われては何も言えぬではないか。
くっ、しかしそうなるとせっかく関羽が帰ってきたというのに武官の数は変わらぬままではないか……いっそ董卓から武官を借りるか?この際、華雄でも……ああ、でも華雄と関羽の相性が悪そうじゃよなぁ。
そういう意味では張遼じゃが、使い勝手が良い張遼を貸してもらえるとはとても思えん。
ああ、本当にどうしよう。
陸遜や呂蒙はまだ見つからぬし……見つからぬということは孫家が雇い入れておると思った方が良いかも知れぬな。
どこに隠しているのかは知らんが。