第百三十話
そろそろ反袁術連合軍と開戦かっ?!という時に涼州に送っておった使者が帰ってきた……馬騰だけを連れて。
「……吾は北郷一刀も連れてくるように言ったはずじゃが?」
「申し訳ありません。北郷一刀、姜維伯約両名は軍の一部を率いて益州へ向かったようなんです」
どこまでも往生際が悪い……いや、ちょっと待つのじゃ、このルートは……これはもしや北郷は無印では劉備の代わりをしておったがまさか馬超の代わりをしておるのか?いや、馬超はおるんじゃしそれはない……はずじゃ。
「では講和の話は無しじゃな」
「少々お待ちを」
「何じゃ、この期に及んで申したいことがあるとのかや」
「この度のことはは私が企てたということにしていただきとうございます」
「こちらの要望も叶えずそちらだけ要望を述べるとは……これだから脳筋は困るのじゃよ」
そもそも涼州に恨まれておる原因も本来はそちらの失態なのじゃぞ?それを吾のせいにしても何も言わずに済ませてやった……どころか輸出を続けてやったというのになんという言い草じゃ。
「お願い致します」
土下座されてものぉ。
私人の吾ならば少しは通じたやもしれんが公人の吾はその程度の手段が通じると思わんことじゃな。
とは言うもののどうしたものか……魯粛助けてたも。
「……順当に行くとするならば約定を守れなかった以上、馬騰、馬超、馬岱の三名は打ち首、馬家一族も同上、涼州の代表的な豪族達も同上というところですが……」
「相手は脳筋じゃからのぉ」
約束が違うとか言って反抗してくるんじゃろうなー、約束を破ったのは脳筋共なんじゃが。
そうなるとまた西戦線が活発になるわけで、馬家がおらんから余裕……と思いたいところではあるが董卓も万全とは言えぬ現状で頼るのは心許ないため戦争を継続するのも不安がある。
つまり講和するのもやぶさかではないが……ハァ、脳筋は交渉もできんから困るんじゃよ。
せめて馬騰だけでも打ち首にすればこちらの面目がある程度立つんじゃがな。
「まぁとりあえず娘達との面会ぐらいしてくるが良い」
「……」
馬騰は土下座の状態から動かぬ……そこまでの心構えをしてきたということじゃろうが——
「いくら粘ろうと今すぐ決まる話でもない、大人しく親子の再会を楽しんでくると良いぞ」
と、温情を掛けるフリをして実は時間稼ぎじゃ。
このままテキトーに時間を潰して袁紹ざまぁと決着をつける。そして返す刀で涼州をたたっ斬る。
逃したのか、逃げられたのかは知らんし興味はないが北郷一刀のおらん涼州なんぞに遠慮はせんぞ!……だから七乃、そんな怖い顔をせんでたも。せっかくの可愛いお顔が台無しじゃぞ。
「そ、そそそそそんなお嬢様、私が、か、可愛いなんてててててててて」
……七乃がバグってしもうたのじゃ。
割りといつも言っておるはずじゃが……ああ、怒りを抑えるのに集中しておったから不意打ちで思った以上の効果を発揮したようじゃ。
<汜水関>
文聘、関羽率いる袁術軍二万は汜水関に籠もり、袁紹、鮑信、孔融、劉岱、王匡などの小物が集まった烏合の衆、兵の数だけは立派に十五万にもなった。
これほどの戦力差があれば袁術軍は戦意喪失状態でも不思議ではないはずだが士気は高揚し、開戦を今か今かと待ち望んでいるのが現状だ。
この士気は袁術自身が前線で戦ったこと、それにより負傷したことによって齎されている。
正規軍の中での袁術の立ち位置は立派でもなく無能でもなく、守ってあげたい系の君主であり、それが傷つけられたという知らせは彼らにとってあってはならないものだった。
そしてその怒りは当然、切っ掛けを作った反袁術連合に向けられているわけである。
そんな中、城壁の上で静かに後悔とやる気を漲らせている女性が居た。
関羽雲長である。
馬超、馬岱を捕縛し、姜維を負傷させたという功績がある彼女ではあるが袁術の負傷によって、これらの功績を周りではなく、自身がとてもではないが功績だと認められなくなった。
長い間好きにさせてもらい、しかも黙って出て行ったと思っていたにも関わらず何も言わずに資金援助をしてもらい、更には帰属してすぐに上軍校尉という地位までもらって……結果が袁術の負傷。
「二度と同じ過ちは繰り返さん」
「……関羽殿、気張りすぎても良い結果は得られるという資料は多くはありません」
「文聘殿……わかってはいます。わかってはいますが……」
それでも自身が許せない、と表情が語っていた。
「あの時、私は全力だっただろうか、あの時、戦いを楽しんでいなかっただろうか、あの時、慢心をしていなかっただろうか……そんな思いが湧いてくるのです。そしておそらく、私は全力ではなかった」
姜維というまだ若いながらも輝く武の才を見出し、もう少し手合わせをしたい。馬超は武の才では関羽が上であったが華麗な人馬一体を見せた。
特に馬超との戦いは心躍った……姜維が姿を消したのを気づかないほどに。
「……私は自身で戦うような将ではないので正確に解りかねますが、統計的には自身が先頭に立つ将は多かれ少なかれ戦うことを楽しむ傾向にあると思います」
「ああ……しかし、その快楽に溺れた報いが袁術様が負傷したというのは……」
ギリッと歯ぎしりとともに手を強く握りしめて反袁術連合の陣営を眺める。
その姿はまるで今から出撃の号令を出しそうな雰囲気を醸し出している。
「良かったではありませんか」
「良かった、だと?」
思わぬ言葉に無意識に語気が荒くなるが文聘は特に気にした様子もなく、続ける。
「ええ、袁術様が亡くならなかった。ですから次の機会がある」
そうでなければ貴女は張勲様か魯粛様か紀霊様に殺されています。と冗談なのか本気なのかわからないいつも通りの声で告げる。
それを聞いてキョトンとした表情を一瞬浮かべ、続いて苦笑いで関羽が、それもそうだな、応えた。
「……しかし籠城戦では私の出番も多くはないだろうな」
「さて、どうでしょうか」
「出番がある、と?」
「さすがに全ての事情を計算で割り出すことは不可能ですが、そのような未来もあるかと思われます」
「…………ここはあえてそのようなことがないことを祈るべきだろうな」
「そうですね」