第百三十五話
<北郷一刀対劉備玄徳・孫策伯符>
劉表は喜んでいた。
頭も身体も使えなさそうな男を主と仰ぐのは理解できなかったが文武両道な姜維の登場は武官が少ない劉表にとっては悲願が叶ったといえる。
更に李確、郭汜と頭の出来は悪くないのにテンションが上がるとヒャッハーになってしまう残念さはあるが武官としては一流という二人も手に入れることができた。
劉璋には黄忠、厳顔、二枚看板とも言える存在がいる……ちなみに魏延が数えられないのは性格的に問題があるからだ。他にも地味ながら張任などもいるがこちらは成都に詰めているため出てこない。
北郷一刀達が劉表に仕えるのを選んだのも有利な方より不利な方に力を貸した方が高く買ってくれると踏んだからだ。
そして劉表は軍を整え、本格的に劉璋と戦う……という所で劉備達が宣戦布告した。
タイミングの悪さに舌打ちしたが、劉備勢が美人揃いであることを思い出して今度は舌舐めずりをした。
姜維は大事な戦力で、李確、郭汜は好みに合わなかったし姜維と同じく大事な戦力。
それに比べて南荊州に向かう時に支援をしてやったというのに恩知らずにも乱入してきた劉備は明確な敵であり、敵ならその身体を自由にしても問題ない。
そんな妄想……取らぬ狸の皮算用をしていた。
しかしそれどころではないのは北郷一刀だ。
袁術に囚われた命の恩人である馬超や馬岱、馬騰を助けたいという思いとは裏腹に馬騰の指示と姜維の思いで益州に入り、食うに困り劉表に仕官したのはいいが、まさか戦う相手が三国志演義の主人公である劉備玄徳、なぜか関羽雲長はいないが張飛翼徳、趙雲子龍、そして何より三国志のチート頭脳(のはず)である諸葛亮孔明、鳳統士元が揃っているのだから不安で当然である。
更に李確、郭汜と董卓に並ぶ悪逆非道という言葉が似合う二人が味方ということが不安感を煽る。
それに比べたら劉備勢の不安要素は少ない。
将は粒ぞろい、兵の練度も士気も良し、兵站も良し、と穴がない……ように見えるが一つだけ大きな大穴がある。
それは……裏商会に多大な負債を抱えていることだ。
袁術は戦争になるとわかった段階で食料の買い占めを行っていたのは今更言うまでもない。
その買い占めを行われたのはもちろん南荊州でも行われたが、これには裏の事情もある。袁術にとって劉備勢はそもそも仮想敵であり、絞るだけ絞っておけば行動が起こせないと思い行ったことだった。
しかし、飛躍を目指す劉備達にとって反袁術連合は最初で最後の機会だと諸葛亮や鳳統は考えている。
袁術が負ければ政権は安定せず、更に混迷してまだまだ機会が生まれる。反面、袁術が勝利してしまえば政権が安定し、並ぶ勢力が不在となるため、後の周辺小勢力は飲まれるだけとなる可能性が高く、劉備勢は勢力拡大を行うことができなくなると予想していた。
今、袁術が無関心である益州を手にしておけば完全に並ぶことができないにしても、袁術にとって侮ることができない勢力となり、逆転の目があると希望を見出した、見出してしまった。
つまり、劉備達はこの機会を最大限活かそうと動こうとしたわけだが兵糧が思った以上に集まらず、裏商会から更なる融資(元々融資は受けていた)を受け、なんとか兵糧を整えたのだ。
ちなみに利息制限法なんてあるはずもなく、現代の闇金融と同等の利息となっている……が、この時代で言うとまだ良心的と言えるのだが。
さて、両軍の事情を語ったところで本題の戦場だが、野戦が選ばれた。
劉表側は涼州の騎兵を手に入れたこと、籠城では劉備達を捕らえることが難しいことなどを理由に。
劉備側はそもそも攻める側であるし、頼りない兵站と利息の関係で短期決戦は望むところである。
兵数は劉表七万、劉備五万とやや劉表が有利に見えるが劉璋との戦いで消耗していることや将の質を考えれば一概には言えない。
劉表の七万の内、一万八千が李確郭汜が董卓から引き抜いた軍(元々二万だったが二千は涼州で脱退)、千が一刀と姜維の軍である。
総勢一万九千もの騎兵が存在するため、開戦……というか前哨戦でまず行われたのは涼州軍の十八番である逃げ撃ちであった。
しかし、相手は袁術軍に属していた孫家である。
装備は公孫賛と同等(つまり袁術軍基準で旧式)の装備であり、精鋭と言える孫家に騎射程度では軽傷はあれど死者が出ることはなかった。
もっとも被害がなかったのは純粋な孫家である千五百であり、劉備から狩りている八千の兵士達には被害が出ていた。
この装備格差は後に孫家と預かっている劉備軍との亀裂になるが今は置いておく。
とはいえ、前面に出ているのは孫家であったため戦果が認識しづらかった一刀達はこのまま逃げ撃ちを継続していいものか判断に迷い、数ではこちらが上回り、機動力も上回っているため、一度後退して伏し、奇襲することにした。
孫策が率いる部隊には練度に差があることに一刀が行軍を見て気づき、ならばと姜維が奇襲を提案し李確郭汜も賛同した。
一刀は李確郭汜が思った以上にこちらの意見を取り入れてくれることに安堵していたが……奇襲を仕掛け、突撃の最中に、ああ、こういう人達なのか、と納得することになる。
孫策達の誤算はいくら才能があっても原作では張勲に面倒事を押し付けられて経験豊富だったのに対してこの世界ではそれなり程度にしか使われなかったことで経験不足、何より劉備勢の中では新人であったことが祟り、奇襲は察知できていたが劉備から預かっている部隊の反応が悪く、察知できていたにも関わらず半ば奇襲が成功させてしまう。
「ああ、イイ……イイワッ。もっと、もっと血を流しなさいっ」
「人は死ぬために生きている。死こそ全て……綺麗な死を届けてあげるわ」
李確、郭汜の突撃中の声である。
この二人は日頃は多少血の気の多い性格ではあるが涼州人にしてはまともな方で、孫策よりも荒っぽさがないし、騎射中も問題はない。
しかし、一度突撃してしまうと孫策以上に血と人死に酔う性癖を持っている。
一刀はわかりやすい二人にある意味安心し、ある意味不安を抱くこととなった。