第百三十六話
<孫家陣営>
「……まさかここまで練度の違いが出るとは思わなかったわ」
「ああ、私としたことが認識不足だった。すまない」
孫策と周瑜の二人は理解していなかった……自分達がどれだけ恵まれた環境であったのかを。
袁術の下にいた頃は調練を孫家はもちろん、袁術軍も四六時中行っていた。
袁術軍は目立つ武官こそ少ないが袁術軍の正規兵は他州の精鋭と同等と言っても過言ではない。装備込みだと並ぶ勢力はいない。
そのような軍と共に行動し、孫家の一党はそもそも精鋭の集まりであるため二人は農民兵というものへの理解度は浅かった。
そもそも劉備軍の懐事情からして正規軍は数が少なく、そのような現状で正規兵が孫家に預けられることはありえず、ほとんどは農民兵であり、調練は最低限のものしか施されていないので本当にただの農民とほぼ変わらない。
周瑜も演習では袁術軍を率いた経験があったが孫家の兵と変わらぬ働きをしていたのでそれが当たり前となっていた。なってしまっていた。
訓練の施されていない兵士が、殺し合いをしたことのない人間がどれだけ戦えるのか、どれだけ臆病なのか、どれだけ無能なのかを理解できていなかった。
もっとも一番の要因は……。
「涼州兵……騎馬による突撃は農民兵にはきついわねー」
ただの殺し合いにすら緊張している農民兵達が、騎馬が集団で襲ってくるという恐怖に耐えられるわけがない。
更に指揮していたのが劉備の下から派遣された将であったことも敗因の一つかもしれない。
「おかげで副官らしいやつの首しか取れなかったわ」
ただし、孫策もただやられていたわけではなかった。
李確郭汜が血と死に酔う質なため、指揮代行……実質指揮官であった両名の副官二名を突撃中の涼州軍(本当は元董卓軍だけど出身は涼州だからこう呼称する)の横っ腹から孫策と百人の精鋭が突撃仕返して討ち取った。
これにより涼州軍の統率力が大きく低下することになり、農民兵が二千ほど削られたがその犠牲に見合う戦功を手に入れていた……のだが、そんなことを孫策達は知るはずがなかった。
「行軍速度が違う段階で気づくべきだった。何より騎馬隊がこれほど厳しい相手とは思わなかった」
袁術軍との演習で騎馬隊と戦うこともあったが、それはあくまで演習でしかなく、死人が出るような本気の突撃は禁止であった。
ほぼ唯一の実戦である揚州の制圧戦の時はこれほどまとまった騎馬隊を持った軍が存在しておらず、だいたい孫策と精鋭による無双で勝利していた。
孫策達は今回のことで本当の意味での騎馬隊の強さを思い知った。
「万全の状態でも正面から受けるとなると私だけならどうとでもなるけど兵士達には荷が重いわねー……どうしたらいいかしら?」
「突撃をさせないことが最善。森に誘い込むか陣地を整えて待ち構えることが常道ではあるが……」
「でも状況がそれを許さないわね」
最善の策とは言ってもどちらも基本待ちの戦法であり、今の主である劉備達は短期決戦を望んでいる……それに孫策自身も待ちの戦法は好みではなかった。
そして周瑜もそれを察しているため次善策を話す。
「となると被害を覚悟の上で正面から受け、内側に馬防柵で足を止め、その隙に将を討つことが最短にして最善だろう」
軍師、とは言っても限度がある。
相手の方が数が多く、練度も平均値では上回られ、機動力もあり、時間的制約もあるとなると打てる手が少ない。
「よしっ!次はあの変態二人(李確、郭汜)を討ち取ってあげるわ!」
…………
………
……
…
そして翌日、涼州軍は……孫家の周りをぐるぐると周っていた。
突撃した結果、一部が鬼のように強いことが判明し、それ以外は雑魚であることが解り、ならばと機動力を活かして翻弄、好きを見出したなら突撃するつもりでいた。
もちろんその間騎射を行い、被害を与え続ける。
追えば逃げ、引けば追ってくる。
袁術軍なら騎射より射程が広い弩で封じることができるが今の孫家や資金に乏しい劉備軍にそのようなものがあるはずもない。
「ああー、もうっ!この前みたいに突撃してきなさいよ!鬱陶しいわね!」
それが狙いなのはもちろん孫策もわかっている。わかってはいるのだがストレスが溜まるのはまた別の話である。
周瑜も周瑜で相手に合わせて一々陣形を組み直しを行う必要があるが、それが農民兵であるため反応が悪く、てんやわんや状態だ。
しかし、この追い込まれている状況で良いことが一つだけあった。
それは農民兵の鍛錬になるということだ。
被害は出ているものの騎射が行われているのは射程ギリギリであり、対処が上手くできれば被害は少なくなり、騎馬隊への恐怖も若干薄れている。