第百四十話
劉備軍は三つの軍に分けたのは寡兵の現状では戦力の分散でしかなく、下策ではないかと思うのじゃが……諸葛亮や鳳統がいる以上、それが必要なのじゃろうな。
吾ならとっとと蜀を放棄して劉表のじじいと劉璋に離間の計で戦わせるのじゃが……まぁ、連合軍がいつ解散になるかわからないから急いでおるのはわかるがのぉ。
……ん?そういえば孫策達は何処におるんじゃろ?情報は……そうか、劉備軍とは別ルートゆえ少しタイムラグがあるんじゃったな。
ついでにいうならば孫策達の情報源は孫家内におる孫権シンパによるものであったりする。
現在は孫策が当主であるが、そのカリスマ性は当主のものというより英雄や武人としてのものが大きく、吾のところで知識、権力、資産を揃えつつある孫権を当主にすべきだという勢力がいるのじゃ。
まぁ当然といえば当然のことじゃよなぁ。
むしろ周瑜が孫策の親友兼臣下ではなく、本当の意味で臣下であったなら孫権を選んでおっても不思議ではないと思う。
「そこんところ孫権自身はどう思っておるのじゃ?」
「私はお嬢様の側でお世話している方が気が楽です」
当主になりたいとは思わんのか?
「正直、姉様に心酔している孫家を率いるなんて、それこそ姉様が死んで、なし崩し的に……なら何とかなるでしょうけど、姉様がいる以上無理よ」
おっと、まさかの史実、原作を予言するとは……確かに事実ではあるじゃろうがな。
「それなら私自身が新しく家を興したほうが早いと思う……けど、組織なんてここだけで十分よ。更に仕事が増えるなんてゾッとするわ」
わかるぞ〜、凄くわかるぞ〜。
袁家の当主はまだ袁隗ばあちゃんがやっておるからいいが、袁紹ざまぁと吾が後継者候補であるわけじゃが……吾があの権力と金と名誉に目がない袁家を率いる?無理無理無理、そんなものいらんし、何よりこれ以上仕事が増え(以下略)
そういう意味では袁紹ざまぁはアレ等を全てを飲み込む器だけはあると思うのじゃ。もっともそれ以外は袁家特有の豪運しかないがのぉ……豪運も必要ではあるんじゃが他が欠け過ぎておるのは問題じゃ。
とはいえ……嫌なことから目を逸らすのはそろそろ限界かのぉ。
今回の戦いで吾と袁紹ざまぁの跡目争いは決着が付くじゃろう。
戦況がこのまま続けば吾が勝ち、そして不本意ながら袁家当主として決定されることになる。
本当に、甚だ迷惑、不本意、遺憾の意、むしろ熨斗をつけて叩き返したい心境ではあるが、当主となればまた仕事が……仕事が——
「嫌じゃーーー!!もう引退するのじゃーーーー!!!田舎で養蜂して蜂蜜食べるスローライフを満喫するのじゃーーーーー!!」
「ちょ?!お嬢様がご乱心?!」
<孫権>
ふう、お嬢様が謎の暴走を何とか沈めることができた。
できたんだけど……なぜかお嬢様は私の膝を枕代わりに可愛い寝顔がががががが……ゴホンッ、なぜこうなった。
「張勲や魯粛様に知られたら殺されてしまいそうね」
少なくとも陰険な嫌がらせと笑顔の威圧で私の胃が致命傷を受けるだろう。
「……でも、いいか」
お嬢様の寝顔を見ているとそう思えてくる。
ついつい柔らかそうな頬をツンツン突いてみる……想像以上に柔らかい。これは蜂蜜の力か?!
そんなどうでもいいことを考え、あまりしつこくすればお嬢様の睡眠を妨害することと知りつつも手が止まらない。
「……お嬢様は今の立場が窮屈なのかもしれないわね」
所々意味がわからない単語が混ざっていたけど、簡単にまとめると、もう働きたくない、というものだった。
それを聞いた時、やっぱりという気持ちがあった。
お嬢様は権力や名誉を欲しているわけではない。
欲しいのは安定と蜂蜜、そして今の時代、安定は蜂蜜以上に高価で希少……だからこそそれを手に入れるために奮闘しているだけ。
「きっと国が安定していたなら蜂蜜と私や張勲、魯粛様、紀霊様がいれば国のこと……いえ、それどころか家のことすらも気にもしないでしょうね」
……少し見えを張った。
私はきっとお嬢様の中では比重はきっと小さいもので、いなくても問題ないものよね。でも私にとってお嬢様は姉様という壁を壊してくれた大事な人だ。
そういえば——
「あの馬鹿姉は一体何を考えて出ていったのかしら、今度会ッタ時ハタダデハ済マサナイワ」
祭から遺言を聞いたはずなんだけど……というか祭も大変ね。
母様の遺言とはいえ、典型的な駄目な名家である袁家を頼れなんて遺言を残されて……無下に出来ず、さりとて遺言を伝えれば足枷になる可能性を考慮して私達に遺言を黙っていたなんて……私だったら何も考えずに遺言を優先して伝えていたわね。
まぁ姉様や私達が頼りなかったのもあるでしょうけどね。そもそも当時の姉様は当主に成り立てなんだから宿老の祭の方が立場は上だったのだから問題ないんだけど。
「でも、遺言を聞いた上で出ていくなんて……しかもお嬢様が悪い上司ではないと知ったはずなのに……」
本当に、何を考えているのかしら……それに冥琳が止めなかったのも納得がいかない。
冥琳なんてお嬢様から薔薇までもらっておいて……私モモラッタコトナイノニ。
「ん……んー」
いけない、お嬢様が寝苦しそう……ふう、頭を撫でると収まるなんて子供みたいね。少し、ほんの少しだけ大きくなったお嬢様も見てみたい気もするけど、張勲が言うとおりでお嬢様はこのままが一番なのは間違いないわね。
最近、周りの者が私が張勲に似てきたというのだけど……お嬢様が可愛いのがいけないのよ。(確信)
「のおおぉぉぉぉ……」
仕事が、仕事が波のように押し寄せてくるのじゃ。
実は……吾等のうっかりなんじゃが、李典が開発した脱穀機や洗濯機、手押しポンプを南陽以外の吾の(任命はされていないが実質的な)領地に設置して成果が出たのじゃが……全て同時期に設置した成果の第二次報告……つまり、最初の報告よりもより重要な成果報告が一斉に届き始めたのじゃ。その重要性と計り知れぬ膨大な量となって、の。
決して孫権の膝枕が気持ち良すぎて寝過ごしてしまったり、七乃や魯粛、紀霊にバレてしもうて同じように膝枕をされたり、逆にしたり、耳掃除オプションまで付いておったりして政府の中枢機関が一時的に麻痺してしまったせいでは……せいでは……ないはずじゃぞ?
何やら帝が吾等より仕事をしていたなど錯覚じゃ。青い顔をして叫んでおったが気のせいじゃ。
ちなみに政庁に詰めておる太った文官達もダイエットして痩せていたのはびっくりしたが……イッタイナゼジャロウナァ。
「袁術様!袁術様!以前言うてた風車と組み立て式天幕が完成したでぇ!」
……更なる仕事が増える予感……いや、予感なんて生易しいものではないかの。
風車は案としてはすぐに思いついたのじゃが水車と違って一定の力ではないため(水車は災害時には取り外して逃げることが可能になっておる)耐久性に問題があったり、大型化させなければならないため試作が大変だったため時間がかかったようじゃ。
組み立て式天幕は本格的な戦争を経験したことで、軽量で迅速で簡単に組み立てられるテントを思い出して李典に開発を依頼したのじゃ。
正規兵であれば天幕など組み立てる訓練を施しておるのでそれほど時間が掛からんが、徴兵した民兵ではそうはいかず、時間も労力も倍以上掛かる上に更に士気にも健康にも関わるので優先的に開発してもろうたのじゃが……予想よりも早かったのぉ。
「人の命のために開発するんは気合いの入り方が違うんや」
「確かに人を殺す兵器よりはやる気になるか」