第百四十一話
「まさか援軍が来るとは思いもせんかったな」
「ウチらは随分世話になってるんやから援軍ぐらい当然やって」
目の前には上着がサラシを巻いて外套を着けただけというハレンチ極まりない格好をした者が立っておる。
察しが良い者は気づいたと思うが、関羽ファンクラブ会員である張遼文遠、つまるところ董卓からの援軍ということじゃな。
これが指し示すことは——
「賈駆は本腰にこちらに付くことにしたということじゃな」
「そのへんのことはウチ、なんも知らへんで」
本当のところはどうかは知らんが、張遼は飄々とした様子で誤魔化すが張遼自身の持つ雰囲気もあって不愉快さはないのは幸いじゃ。これが
賈駆は自分の不幸体質故なのかは知らんが、本人の能力は優れているというのに状況判断を誤ることが多いように思う。
そもそも董卓は天下など欲しておらんことぐらい長い間の付き合いでわかるであろうに無駄に天下を目指そうと志すことや張遼がいるとは言っても勇将という名のイノシシである華雄を守将にするなどがそれじゃな。
……ん?もしそれと同じように状況判断を誤っておる場合、吾の負けフラグかや?!そういえばよくよく考えてみれば吾の同盟者は公孫賛と陶謙と同盟者とは少し違うが揚州を任せておる袁遺……そして吾自身を含めると明らかに負けフラグではないか?!
まぁ、そんなくだらん(?)ことは置いておくとして、董卓が吾の下に張遼をよこしたということは涼州が安定したのじゃろうな。食糧支援をしたかいがあったというものじゃ。
今回張遼は一万という数としては微妙な援軍ではあるが、ほとんどが騎馬兵にして騎射が行える兵士達であるため十分な援軍と言えるのじゃ。吾の重騎兵達も騎射は行えるがそれは使い捨ての弩によるもので、連射性と矢玉の数では大きく劣る。
もちろん重騎兵が全て劣っておるわけではないぞ?そもそも張遼達のような短弓を使う騎射では一般兵の武装ならともかく重騎兵の鎧を貫通することはできず、よほど当たりどころが悪くない限りは死ぬことはないし、突撃時の攻撃力は圧倒的じゃ!……まぁ元々彼らの騎馬は大事な資産であるから騎馬兵による突撃などの無理な使い方はせんから当然といえば当然じゃがな。
さて、話しを戻すとして一万の騎馬兵と張遼という有能な将という戦力が自由を得たわけなのじゃが……はて、どうしようかのぉ。
騎馬兵というのはなかなか扱いが難しい。
本来の力が発揮できる野戦は特になく、現在行われているのは籠城戦ばかり、しかも動かすだけで兵糧はバカ食いするし、輸送の護衛なんて冷遇とも取れる上にやってくれなさそうじゃし、だからと使い潰すわけにもいかん。
……うん、面倒なことは七乃——は大変なことになりそうじゃから魯粛——はいい加減忙しいから孫権——も最近何となくヤバそうな気がするので紀霊——は新たな志願兵の訓練がある……幹部全滅じゃな。
……うむ、楽進に頼もう。確か魏の三羽烏と張遼はそこそこ仲が良かった……はずじゃから相性はいいはずじゃからな。
楽進は今何処におったかのぉ……ああ、そういえば董卓が管理しておった函谷関が李確、郭汜が裏切りで賠償の一部としてこちらに譲渡してきたので、それに詰めておいたんじゃったな。
とりあえず楽進は引き抜いて函谷関は……董卓が傘下に入ったことで重要度が下がったから適当に誰か入れておくとしよう。
よし、これで面倒なことは丸投げ——
「それにしても賈駆っちも相当なもんやと思うてたけど、こんなに書類が山積みになってるんは初めて見たで」
張遼が現実逃避から無理やり覚醒させられる一言が聞こえてきたのじゃ。
風車の設置に関しては商会が行うには大きすぎるので国営とすることにしたばかりに生産と設置場所の策定でてんてこ舞いじゃ。天幕の生産も軍需品であるため政府が製造することになったのじゃが……風車から比べれば少ないが、仕事が増えたことに変わりはない。
だが、それらは微々たるものであったりする。
実は帝が謎の病(過労)で倒れてしまって今面会謝絶(意地でも起きない!)状態なのじゃよ。
ただ、帝の仕事が回ってくるぐらい大したことないじゃろう……と甘く見ておったが、いつの間にか帝も成長しておったようで想像以上の仕事量を熟しておったようじゃ。そりゃ過労で——ゴホン、謎の病にも罹ろうというものじゃ。
くっ、まさか袁紹ざまぁの謀略か?!(自分達がサボったことことから目を逸らしつつ)
ん?何処からか「濡れ衣ですってよ?!」という声が聞こえたような気がしたが……空耳じゃな。
「袁術様はちゃんと仕事してたんやなー」
仕事できませんアピールを止めたわけじゃないぞ?ただ、取り繕うことすらできぬほど忙しいのじゃ。
「あ、張遼、吾が普通に仕事をしておること誰かに話すと絶対笑えないリアル暗殺二十四時董卓勢編をお送りすることになるぞ」
「い、意味がわからんところもあるけどわかったでー」
どうも喋り方のせいか信用ならんなぁ。しかし、これだけ忙しいと——
「ん?」
目の前にちょうど良く暇そうな人材が居るではないか。
「あ、ちょっと用事を思いだ——」
「であえー!であえー!ここに生贄がおるぞ!」
どうやら自身の危機を感じ取ったようで張遼は脱兎のごとく逃げ出した……が吾等を甘く見られては困るのじゃ。
五歩ほど進んだ時点で半包囲、十歩進めば完全包囲の完成じゃ。
皆も自分の仕事を少しでも減らそうと必死なのじゃ。張遼よ。悪く思うな……って——
「ウチがこの程度で止まると思うやない!」
「「うわー」」
さすが遼来来……『泣く子も黙る』の語源となった人物じゃな。
包囲したモブがなぎ倒されておる。
これはさすがに無理か——そう思った瞬間にある者が名乗りを上げる。
「私が相手よ」
おお、これは夢の対決が実現?!名乗りを上げたのは桃色の髪、褐色の肌、胸も立派じゃが何より見事な尻の持ち主孫権仲謀じゃ!
史実の合肥の戦いで圧倒的な強さを見せつけた張遼と圧倒的敗北した孫権が相見える、これは燃える展開じゃ。
孫権が構えると張遼の空気も変わったのが吾にもわかったのじゃ。
孫権は武器を持ち、張遼は無手じゃから孫権が有利……と言いたいところじゃが、実力的にはやはり張遼に勝てるとは思えんのじゃが——
と思ったところでなぜか孫権の気迫が増したぞ?!ま、まさか吾の思考が読まれたとでもいうのか!
「では、ゆくぞ!」
孫権は手に持った武器を突き出す。
その速度は間違いなく常人なら躱すことが叶わぬもので、孫権の本気度がわかる一撃じゃ。
その突きを素早く、最小限の動きで身を捻ることで躱して懐に入り込もうと前へ進むが、それがわかっているかのように孫権は武器を器用にクルッと回して張遼の顎を下から狙う。
先程の突き出された先端と違って面積が広く、左右に躱すのは難しいと判断した張遼は後ろに仰け反って回避するが孫権は流れるように足を払おうと武器を振るうがそれも避けられ、お互い始めた時と同程度の間合いに戻った。
双方さすがじゃ……と言うかいつの間に孫権がこんなに強くなったんじゃ?多分ではあるが、原作より強いじゃろ。
今の攻防は一見引き分けのように見えるかもしれんが張遼は無手である以上、間合いを詰めなければならないにも関わらず、それが叶わなかった。つまり孫権は勝ってはいないまでも負けてはおらん証拠じゃ。
「人というのは知らぬ間に成長するものじゃなぁ」
そんなふうに感慨にふけっておると張遼も天性のバトルジャンキーな部分が顔を覗かせ始め、孫権もそれを察し、迎え撃つべく武器を——モップを改めて構え直したのじゃ。