第百四十五話
金属と金属がぶつかり合って火花が飛び、耳障りな音が連打する。
空気を切り裂き、地面を削り、目にも留まらぬ速さで跳ね回る二本の槍。
「ハハハッ、楽しいな!関羽!」
「ああ、そうだな!張遼!」
戦場であるにも関わらず、戦場より激しい手合わせが二人によって生み出されている。
最初こそ各々が率いる兵士が自身の将を応援する声が響いていたが、今では闘気と武に当てられすっかり静まり、その戦う姿が美しく、その技量に魅せられてしまう。
そんな変化など当事者達は気にも留めず、お互いの力を見せ付けあい、引き出しあい、高めあう。
……この手合わせが、書類地獄と籠城地獄の憂さ晴らしで実現したなどと言うことは既に誰もが忘れているだろう。
しかし、周りの兵士達は見惚れているが本人達としてはまだ序の口であり、双方の槍の速度は更に加速してゆく。
そして加速していくにつれて魅了されていた兵士達は段々と青くなり、畏怖や畏敬という形へと変化していった。
同じ人であるはずなのに次元が違いすぎて別の生き物のように見えてきたのだ。
「ハァァ!」
「フン!」
五分の戦いを見せていたのだが、徐々に張遼が関羽のペースについていけなくなっていき、関羽の槍が張遼の胸元に当てられ、とうとう終演となる。
「いやー、さすがは噂に聞く関羽やな。負けるとは思わんかったけどな!」
「張遼殿の腕前も見事でした」
お互いがお互いを褒め合う。
ただ、張遼の様子が少しおかしい。戦いの興奮とはまた違った何かを発しているのだが……関羽はそれに気づいていないようだ。
「美髪公と呼ばれるだけのことはあるな!」
「いや、それとこれとは関係ないと思うが」
「……という展開になっているに一票じゃ!」
「それじゃ賭けが成り立ちませんよー」
「そうね」
「同じく」
「確定した未来に賭けるのは商いでも行いませんよ」
と張勲、孫権、紀霊、魯粛の幹部全員が一致したためちょっとした賭け事は不成立になってしもうた。残念じゃ。仕事を押し付けようと思うておったのに。
ちなみに後日確認してみたところほぼほぼ予想通りであったことが知らされたのじゃ。
さて、本日も仕事、仕事、仕事、であるが、ちょっと変わった案件が持ち込まれたのじゃ。
「ふむ、珍しく于禁から上申か」
于禁はデザイナーであるため家臣というよりもどちらかというと商会寄りに属しておるから吾との接点は楽進や李典よりもずっと少ない。まぁ色々と吾の希望する衣装を色々と仕立ててもらっておるがな。着物や巫女服、アニメやマンガのコスチュームなどのぉ。
紀霊には進撃しているかどうかわからん巨人の巨人より強い女のもの、魯粛にはコードなギアスの病弱()な女のパイロットスーツ、七乃にはスッチーの制服、孫権にはビキニアーマーをプレゼントした……のじゃがなぜか魯粛と孫権からクレームが来たのじゃ。とても似合うと思うのじゃがのぉ。
と言いつつ着て見せてくれた二人には感謝じゃ。
さて、少し話が逸れたな。
「何々……ふむ、朝廷内の衣装が地味過ぎる?新しい衣装を作りたいと……」
ふーむ……帝を馬車馬のごとく働かせておる吾が言うのもなんじゃが、朝廷は伝統を重んじるため変化させるとなると面倒なんじゃよなぁ。
いや、必要があれば別にいくら労力を掛けても構わんのじゃが、さすがにこのような労力の掛け方は……今は無理じゃな。
「しかし、ただ却下するのもなんじゃな……よし、朝廷ではなく涼州の官僚の衣装を一新させるか」
涼州には漢の旧都長安があるので改革のやりがいはあるじゃろう。それに長安で流行れば洛陽に流れてくる可能性は大いにあることも含ませておこう。なにせ長安から洛陽はシルクロードであるわけじゃしな。
ちなみに何をどうしてそうなったのか、董卓と賈駆が使用人の服(北郷の下に入った時の原作の服)を着ている姿を目撃されることとなる。
楽進と張遼は一時の間、関羽と親交を深め(ストレス解消)た後に南へ下り、荊州、襄陽へと向かった知らせが入ったのじゃ。
最前線が籠城であるため戦わせづらいこともあって襄陽へと向かわせた。
目的は劉表のじじいを打倒した(だけ)南荊州を有する劉備軍に圧力を掛けることじゃ。
これ以上戦線を増やすと兵士達より先に吾等が死んでしまうため、攻めることはせん。しかし、劉備達に楽をさせるのは気に入らん。ようは嫌がらせじゃな。
実際、効果はあったのじゃ。国境付近の常駐する兵士が増えたのじゃが、財政が厳しい劉備軍にとっては地味に痛いじゃろうなぁ。
それに国境付近に住む民達と常駐しておる素人兵士達とはトラブルが耐えんようじゃ。この時代の地方では兵士というのは警察と裁判官と軍人を兼ねておる場合がある。
そのような重要な職を徴兵した新米兵士に任せると無法な行いがあって当然じゃろう。
……まぁ吾等が劉備の評判を下げるために悪習慣を身に着けさせたのじゃがな。こういう地道な作業が実を結ぶ、はずじゃ。
それにしてもいつぞや追放した楊松、楊柏が流れに流れて劉備のところにおるとは思わなかったのぉ。というか黄皓のことといい、いくら吾等が工作しておるとはいうても人材管理が甘すぎじゃろう。
一平民からのし上がってきたために家臣がおらんから苦労するのはわかるが……。
「さて、劉備軍の方は……分かれていた軍は合流したか、これで本格的に劉璋軍と戦うことになるのぉ」
結局、北郷一刀はなんとかやりくりして劉備軍に食糧を供給したようじゃ。その代わりにいくらかの文官と軍役、つまり援軍は免除してもらったようじゃな。
劉備のところもそんなに文官に余裕があるわけではないが背に腹は代えられぬといった所じゃな。
ちなみにその文官達の中にも吾の間者がおったりする。
なかなか良い感じに浸透してきたのぉ。