第百五十一話
「な、なぜ陛下がこのような場に?!」
まぁ普通は帝が宴の場におるとしても特別な席を用意されておるもので、今のように誰もがおるような座席に座って皆と共に食事をしておるなどと誰もが思うまいて。
しかも先程までフードファイターよろしく黙々と目の前に並べられた料理を食べておった姿を帝など思う者がおればおそらく天下が取れると思うぞ。
などと思っておったら華琳ちゃんを始め、宴に参加しておった春秋姉妹に荀彧、程昱、郭嘉等が箸を置いて慌てて跪く。
「よいよい、これより朕と(地獄の)友となる者達じゃ。せっかくの宴の席でそのような堅苦しいことは無しじゃ」
と言っておるが……その評定にはなぜか吾に向かって、これが当然の態度じゃぞ?と訴えてきておるのじゃが……なぜそのようなことをしておるのかよくわからん。吾もちゃんと帝として扱ッテオルツモリナンジャガナ。
ちなみに帝も厚化粧しておることに華琳ちゃんは気づいておるじゃろうか?
「はっ、陛下と伴にできること、ありがたきことこの上なく、末代まで語らせていただきます」
……うむ、華琳ちゃんの言動を見ておると吾、とんでもないことをしておるような気がしたのぉ。改めるつもりも反省するつもりも微粒子レベルでも存在せんがな。
それにしてもこれが余所行きの華琳ちゃんか……いつも以上の覇気じゃな。謙っておるはずなのに放つ覇気のせいか何処か上から目線のように感じるのぉ。正直、これは損な気質じゃな。
覇気とは戦う、従わせる上では必要ではあるが相手が目上、上司などであった場合はよほどの器が大きい者でない限りは反発を生むだけとなるじゃろう。
昔、まだ下位職で立場が不確かであった頃に華琳ちゃんが上司達相手に苦労しておったと聞くが、それは無能な上司、腐敗した上司ばかりではなく、華琳ちゃんのその態度が気に入らなかった者もおったじゃろうなぁ。
そして帝はどのような対応をするのか……だからなぜ吾に、これが臣下のあり方ぞ、的な表情をしておるんじゃ?あまり調子に乗っておるとありがたいお布施(書類)をしたくなるではないか。あ、帝の顔色が悪くなったぞ。どうやらこちらの意図が伝わったようじゃ。これぞ以心伝心じゃな。吾ハ嬉シイゾ。
「う、うむ、苦しゅうない。しかし今は宴を楽しむが良いぞ」
「?……はッ」
帝の声が上ずっていたことに違和感を感じたようじゃが華琳ちゃんは何を言うことはなく、自身の家臣にも声を掛けて席に戻らせる。
その様子を見届けると帝は再び料理を食すことに集中し始める。まぁこの宴が終わればまた日常(地獄仕様)に戻ることになるからのぉ。まとまったエネルギー補給は大事じゃ。
本当に忙しい時は必要な栄養だけを集めた固形食を常食しておったからのぉ。もちろん味は蜂蜜をベースとしておるが、さすがに吾以外の者にとっては辛かろうな。この美味い料理に夢中になるのもわかる。
……それにしても伊勢海老がなぜここに並んでおるんじゃろ?いや、吾としては前世込みで食べてみたかったので問題ないのじゃが……伊勢海老フライウマッ?!
「ちょっと美羽!なんで陛下がここにいるのよ!」
「もちろん(帝の)労いのためじゃが?」
「(私達の)労いで宴に呼ぶような方ではないでしょう?!」
いやー、これほど動揺しておる華琳ちゃんは初めて見るかも知れぬな。
これ以上を見るとなると春秋ちゃんが戦死ではなく、事故死するぐらいじゃろうと思うぐらいにオロオロしておる。
それと労いの意味を華琳ちゃんは何やら勘違いしておるようじゃが……まぁ良いか、わざわざ訂正するのも面倒じゃし……そもそも帝を書類漬けにしておることが知られると説教されかねん。吾も仕事漬けではあるが、それを話すつもりはないしのぉ。
「ハァ……全く、貴方は誰に対してもその調子なのね」
「失礼な!吾も礼を尽くす相手ぐらいおるぞ!」
「……それは一体誰なのかしら?陛下をあのような扱いをしておいて——」
「蜂蜜取りや養蜂家の者達じゃ!」
「「「あー」」」
納得する声があちらこちらから聞こえてくる……というか今、さり気なく帝も声が出ておらんかったか?
それからも華琳ちゃんと色々話をしながら料理を食して過ごす。
華琳ちゃんは吾を挟んで反対側におる帝には一切話を振らなかったのじゃ。話題がなかったわけではないじゃろうが、帝のフードファイター振りに声を掛けるのに戸惑ったのじゃろうな。
一段落して席を立ち——
「懐かしい顔があったので声を掛けに来たのじゃ。息災なようで何よりじゃ」
「これは袁術様、挨拶が遅くなり申し訳ありません」
「ZZZzzz……」
「まぁ挨拶がしづらい状況であったから気にすまい。それにしても相変わらずじゃな程昱は……飴を引っこ抜くぞ」
「おお?!袁術ちゃんは相変わらず手厳しいのです」
吾が話しかけたのは郭嘉と程昱の二人じゃ。
「華琳ちゃんにお願いしておぬしらにも少し手伝いをしてもらうことになったのでよろしく頼むぞ」
「…………まさかとは思いますが、以前のようなことは……ありませんよね。ここは中華で一番才のある者が集まる洛陽——」
「残念ながら以前より仕事は多いぞ。魯粛などてんてこ舞いしておるからのぉ」
「実家へ帰らせていただきます」
「また眠れない日々がこんにちはー」
「まあまあそう言うでない、華琳ちゃんも手伝ってくれるそうじゃから心配無用じゃ」
「華琳様!絶対騙されてますよ?!」
「今のうちに寝だめをしておくことが大事ですねー…………何年寝れば足りるかわかりませんねー」
失敬なことを言うでない。
ちゃんと死ぬほどこき使うと華琳ちゃんにも堂々と宣言したわ!本人は真面目に受け取っておらんかったようじゃがな。
むふふふふ、これで吾等の睡眠時間が増えるのは間違いないぞ。
華琳ちゃんに程昱、郭嘉など三国志を知る者にとっては夢のような組み合わせではないか……もっともすることはただの書類仕事でしかないがの。
残念ながら荀彧は借りることができなかったのじゃ。荀彧は討伐軍の仕事を担うそうじゃ。